2-13. アオハルデイズ
土曜日の朝――と言うには少し遅いか。
今の時刻は9時を少し過ぎたくらい。
いつもの土曜日ならばとっくにパート練習が始まっている時間帯だけど、今のボクはまだ地下鉄に揺られている。
だけど、遅刻をしたわけではないし、むしろそれでもまだ早い方だ。
月雁駅のひとつ手前、市民体育館前駅で下車。
今日の目的地はこの駅から延びる地下通路に直結している。
便利だ。
できたらウチの高校も地下鉄駅から直結の通路を延ばしてほしい、なんて思ってみる。
さすがに1キロ以上の、しかも高校生しか使わないような通路なんてできるわけがないけれど、夢見るくらいはいいだろう。
なにせ、タダだから。
――でも、私立校の中には地下鉄駅直結の学校もあるんだよなぁ。
わりと羨ましい。
とくに真夏とか、真冬とか。
「お、来た来た!」
「おはよーっす」
市民体育館の玄関前に、宇野くんが待ち構えている。
元気に手なんか振っているし、服装は部活で使っているものと思われるウェア一式。
完全に戦闘モードらしい。
「早いね」
「そういう宇野くんの方が早いじゃない」
「いやー。何か知らんけどテンション上がっちゃって」
頭をかきながら笑う宇野くん。
完全なるアッパーモードじゃなくて、ちょっとズレた感じのアイテンションに見える。
まるで徹夜明けのような雰囲気が無くもない。
――ということは。
「ああ、遠足の前日は……」
「そう。あんまり寝られなくなるタイプ」
「ってことは、修学旅行の朝の移動中には……」
「寝るタイプ」
「やっぱり」
「よくわかるな」
「誰だってわかるわ」
ヒントが多すぎる。
いろいろと正直な人だった。
「みんなは?」
「まだちらほらって感じ。とりあえず中に入っててよ」
「おっけー」
ボクよりもまだ早く来ていたのがいるということらしい。
思ったよりも体育祭にガチなクラスメイトたちだった。
予定通り始まった1年7組バレーボールチーム合同練習は、終始和やか――かと思いきや、ちょこちょことガチの体育会系の色を滲ませながら進んでいった。
宇野くんが本気なのは練習の誘いを受けたときにだいたい察していたが、他の体育会系のメンツがいろいろと熱かった。
このクラスでの最後のイベントだからか、熱が入るのはよく解った。
ある程度レシーブ練習をこなした後で、なぜかボクをコーチ役として、無回転サーブ講習会が開かれることになってしまった。
そんなことを言われても、という話だ。
なにせ、打ちたいように打った結果としてああいう弾道になっているだけだ。
教えるための極意みたいなものがあるわけでもない上に、運動の類いを誰かに教えたことなんか無いから困ってしまう。
仕方がないので自分のやり方をそのままメンバーに教えたのだが、結果として全員がまったく違う球質のサーブを打てるようになってしまうというミラクルが発生してしまった。
これには宇野くんもお手上げだったようで「海江田方式、謎すぎる」というお言葉をいただくことになったが、それは自分でもそう思っているのだから当然だった。
「あ、ミーズキー!」
「……お」
いろいろありつつも、お昼の時間帯になった。
空腹を覚えつつトイレから出たところで名前を呼ばれる。
この呼び方の時点で誰かなんて簡単にわかる。
神流と、その横には亜紀子がいた。
「昼行くべ!」
「おう。……あれ? みんなは?」
他のメンバーの姿が見えない。
「先に行ったみたいだよ?」
「むしろ、ミズキが先に行ったんじゃないか、ってみんな思ってるみたいだったけど」
「マジか」
せめて誰かにトイレに行くことくらい伝えておけば良かった。
とはいえ、ふたりがまだ残っていてくれて助かった。
「まだボクが居るってよくわかったね」
「カバンがまだあったから」
「っていうか、アンタ不用心すぎでしょ。感謝しなさいよねー、荷物見ておいてあげたんだからさ」
はい、と目の前に差し出されたのはボクのカバンだった。
「助かった、ありがとう」
「どういたしまして」
「何か奢ってね」
「……しゃーない、チロルチョコを進呈しよう」
「無いよりマシか」
「いいの?」
「それくらいだったら、全然」
ダメ元で言ったものの、それで大丈夫らしい。
ファストフードのサイドメニューとか言われても案外困るくらいの懐事情だったりする、哀しい現実がある。
懐具合もだいたいは把握している神流のことだ、その辺は容赦してくれるようで安心した。
反面、あまり要求をするようなことのない亜紀子は、申し訳なさそうな顔をしていた。
神流と亜紀子から話を聞けば、結構な大所帯になるのでそれぞれバラバラに好きなところで昼食を取って、1時半くらいにまた体育館に戻るという予定になっているらしい。
だいたいは近場のファストフード店とかカフェに行っているということなので、この周辺をぶらついていればそれぞれのグループが見つかりそうだった。
「んじゃ、行きますか」
「おー!」「はーい」
ほんのり対照的な反応を聞きながら体育館を出る。
星宮中央駅のやや北寄りにある市民体育館周辺は、この近くに国立大学のキャンパスが在ることもあり、中央駅より南側のエリアと比べてリーズナブルな価格帯のお店が多い。
学生にはありがたいところだった。
「それにしても、楽しみだわぁ」
「神流の場合は、体育祭もだろうけど……」
交差点での信号待ちの最中、感慨深そうに神流がつぶやく。
どうも違うことを考えていそうな気がするが、一応確認してみよう。
「ええ、そりゃあもう。そうですよ、と」
「打ち上げな?」
「あったりまえでしょ」
「あ、そっちかぁ」
亜紀子のほんのちょっとだけ感心したような雰囲気のある答えを聞いて、神流はふんぞり返りそうな勢いだった。
そこでそんなに自慢気な態度を取る理由が今ひとつわからない。
「だと思ったよ」
「ミズキ。そんな反応してたら後悔するからね?」
何か秘策があるのだろうか。
「今回はね、肉よ。お肉」
「ほう……?」
「お肉?」
さすがに、それはちょっと気になる。
「しかも、場所はもう確保してあるってわけよ」
「……ちょっと待て。その準備の早さはどういうことだ」
いつも手が早いとは思っていたが、今回はそれにもましてスピーディーだ。
信号が青に変わった。
何となく急ぎ足で信号を渡り終えると、神流が話を続ける。
「なーんもなんも。私の親戚がやってるお店だから、その辺は融通効くって話よ」
「そうなの? 初耳かも」
「しかも、グルメレポ系のサイトでもけっこう高評価よ?」
「マジか」
有能の権化に見えるぞ、高島神流。
でも、そんなお店だと――。
「でも……お高いんでしょう?」
「ぶっ」
まさかのセリフを亜紀子が言い放つ。
ボクもちょっとだけ言いたかったのは内緒だ。
「もちろん特別価格でのご提供となっております」
えっへん、とふんぞり返る。
これはふんぞり返ってもいい案件だった。
「あ、あの一団は……!」
前方に視線を戻した神流は、何かに気付いたとほぼ同時に駆け出していく。
入る店を決めあぐねているらしいクラスメイトの姿が、神流の走って行く先に在った。
いつも思うが、よくあんなに体力が続くと思う。
「……ミズキくん」
「うん?」
神流がダッシュしていったタイミングに合わせたように、亜紀子に名前を呼ばれた。
「男子の方、スゴかったね」
「ついていくのがやっとだよ」
そう言って苦笑いをするが、彼女はきょとんとしたような顔をする。
「えー? 全然そんな風に見えなかったけど。高畠くんが言ってた通りに、ちょっと期待しちゃうなー」
「だから、それはやめなさいってば」
ちょこっとだけイジられる。
悪い気はこれっぽっちもしない。
「吹奏楽部はけっこうハードなことやってるから全然平気、ってカンナちゃんも言ってたし」
「たしかにそうだけど、使う体力が違うっていうかさ」
「あー、なるほど」
「あと、神流を他の人と同じような基準に置いちゃダメだから」
忠告的なネタを挟むと、亜紀子が笑ってくれた。
ちょっとだけ年下の子を窘めるような顔つきになったが、それも一瞬。
やっぱり耐えきれないという感じで小さく噴き出した。
「ふふ……。ミズキくんの、カンナちゃんの扱いって、おもしろいよね」
そんなことはない――と思うんだけど。
神流に合わせている感じは、たしかにあるかもしれない。
だけど、それを弁明しようかどうか迷っているうちに、亜紀子に見つめられていることに気が付いた。
「体育祭、勝ちたいよね」
「……そうだね」
真っ直ぐな彼女の眼差しに打ち抜かれる。
がんばってみようか、と思える。
やっぱり、もう少し『青春』らしいことをしてみたくなった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
呼び方って、大事だと思うんです。
そんなわけで、次回は冬季体育祭篇の本篇突入です。




