2-9. さらにハプニングを呼び寄せる
神流には何か文句のようなモノをぶつけられるだろうと思ってたけれど、トイレから戻ってきたボクに対してほとんどリアクションが無かった。
むすっとした顔で軽く睨まれたくらいだ。
とにかくやかましいくらいの反応が来ると思っていたので、拍子抜けだった。
中身を見たかわからないので、ホームルーム直前あたりでプレゼントについてのメッセージを送っておく。
神流へもチョコレートクッキー。
こちらは亜紀子のモノと違って、ホワイトチョコレートで表面をコーティングされている全体的に甘めのモノ。
ビターよりもスイートなチョコが好きだった記憶があったので、そういうタイプにしておいた。
届いただろうタイミングで神流の方を見ると、アイツもほぼ同時にこちらを向く。
そして、なぜか力強くサムズアップ。
――もう少し、何か違う反応はないのか。
そんなことを思っていると、ボクのスマホが連続で着信を告げる。
告げる。
告げ続ける。
――いや、多い。
いくつスタンプ送信してくるんだ。
ありがとう関連だけでよくそんなに持ってるなと感心してしまうが、怒っているわけじゃないことがわかったので一安心だった。
亜紀子からもメッセージは来ていたが、こちらはシンプルに文字だけだった。
――『みずきくん、ありがとう。今度また聴かせてね』
こちらを窺うようにしていた彼女に、返信をすると同時に微笑み返し。
周囲にはとくに気付かれていなさそうなので、こちらも一安心だ。
「みずきー」
「ん?」
そういえば1時間目は移動教室か、なんて思っているタイミングで声を掛けてきたのは玲音だった。
いつも穏やかな彼だが、今日はさらに機嫌も良さそうだ。
――ということは。
「ありがとねー。亜理沙、すっごい喜んでくれたよ」
「お、ホント?」
「ほんと、ほんと」
朝のウチにしっかりと渡せたようだ。
もちろん、亜理沙とは玲音の彼女さんのお名前だ。
「でも、最終的に選んだのは玲音じゃん?」
「いやいや。あそこに連れて行ってくれなかったら、あんな感じにはならなかったからさ」
店員さんも、ちょっとイイ感じの包装にしてくれてたしな。
「ま、言われたんだけどね」
「何を?」
「『玲音にしちゃ、随分チョイスが凝ってる』って」
意外に君は、そういう配慮を彼女さんにはしないタイプなのかな。
「だからスペシャルサンクスってことで、瑞希の名前は出しておいたよ」
「……マジで?」
何かいろいろと面倒そうなんだけど。
「だって、めっちゃ真剣な目で『これ、誰と選んだの?』って訊いてくるからさ……」
「……ああ、なるほど」
別の女の差し金か!――的な意味合いってことだろうか。
「ん? そこでボクの名前なんか出して、彼女さん納得したの?」
「うん」
即答だった。
何となく胸のどこかに引っかかりを覚えたが、まぁいい。
せっかくなので玲音といっしょに化学実験室へと向かうことにした。
放課後は部活の時間。
掃除当番の割り当てもないので、いつもは持たない大荷物を忘れないようにして真っ先に音楽室へと向かうことにする。
「こんにちはー」
「お、来た来たー」
揉み手をしながら構えていたのは春紅先輩たち。
随分と早い時間から待機しているようにも見えるけれど、楽しみにしていてもらっていたのならちょっと嬉しい。
よく見れば、ちょうど先日、ホワイトデーのお返しの話を神流にされたときに側に居た人たちだけだ。
これはまたしても好都合かもしれない。
「持ってきてるー?」
何を、とは言ってこない。
「もちろんですよ」
こっちも勿体振らずにカバンの中身を大解放。
基本的にはバレンタインデーのときの品揃えとほとんど同じだが、それだけだと芸が無いと言う話になり、定番のクッキーやビスケット系のお菓子も混ぜ込んでいる。
口の中の水分を無許可に持って行くタイプが多いけれど、なんとか大丈夫だろう。
「おー、いいねー!」
「何か去年のよりちょっとゴージャス感無い?」
「言われてみれば!」
そんなものを仕込んだ記憶はないですが。
たしかにスーパーの駄菓子コーナーでは売ってないけれど、でもそこまでお高くつかないタイプのチョコを入れている。
ボクが『この辺りとか、手頃でちょっとイイ感じですよ』なんて言ったら、『じゃあ頼んだ』と返されて、言い出しっぺが責任を取るというある意味当然のような流れのもとで買ってきたものだ。
「あ。瑞希くん、『この先輩たち、何言ってんの』みたいなこと思ってない?」
「よくわかりましたね」
「顔に思いっきり書いてあるし」
ならば仕方が無い。
「去年なんて、ねえ」
「ウチの学年の男子陣のセンスの無い事、無い事」
「口に出すのも恐ろしい……!」
「バレンタインのヤツをサンプルにすればいいだけなのにねー」
先輩たちがまだ来ていないのをイイコトに、ケチョンケチョンにされている。
言えないレベルって、一体ナニを上げたんですが先輩方は。
この話題のままだとこちらがいたたまれなくなるので、ちょうど良さそうなタイミングを見計らって矛先を変えることにする。
「あとは……。言ってたとおりのヤツです、春紅先輩」
「え? ……あ、すごい! なんかちょっとイイ感じっぽい!」
さらにいい感じの反応が返ってきた。
春紅先輩を取り囲んでいる先輩たちまでもがテンションアップ。
アイドルでも通りかかったような雰囲気だ。
「ちなみに、中身は?」
「開けてみてのお楽しみ……って言えたらかっこいいかも知れないですけどね。焼き菓子系です、ホワイトデーっぽく」
「なるほどーなるほどー」
満足そうに眺めておられるので、ほっと一息。
「実は指輪のひとつやふたつ入れてくれてるとか、そういう流れはないの?」
「ないです」
「甲斐性なしぃ」
どういうことですか、それは。
何だか今日は誰のセリフであっても、妙にそこかしこに引っかかるような感じがしてしまう。
心が荒んでいるのだろうか。
「神流ちゃんには渡したんだよね?」
「渡しましたよ、朝イチに」
「だよねー、同じクラスだもんねー……」
つまんなさそうな、でも興味津々のような。
対照的なふたつを同居させたような顔だ。
「教室で?」
「ええ、まぁ……」
何だ。何かを訊きたそうで、何かを言いたそうなんだけれど、それがわからない。
そんなことを思っていると春紅先輩を囲む輪から、先輩がひとり飛び出してきて――。
「……あのね」
「は、はい」
耳元でのささやき声に、ちょっとドキッとする。
というか、鈴木雪絵先輩ってば、そんなに素早く動けたんですね。
全然イメージと合わなくてびっくりです。
「春紅ってば、神流ちゃんからラインもらって、『ウチの教室にも届けに来てくれないのかなー……』って言ってたんだよ?」
「…………え」
何ですか、それ。
どういう風なことを言い返すのが正解になるんですか。
言葉通りに受け取ると、単純にボクが持ってくるのを待ってたということになるけれど。
――いやいや、まさかまさか。
「ちょっと雪絵。今、こそこそと何吹き込んだ?」
「いいえー、なーんにもぉ」
余計に油を注ぐような雪絵先輩の言い方が恐ろしいので、もうひとつの話題に転換。
こういうとき話のタネをたくさん持っておくと、後々に逃げ道が作りやすいから便利だ。
「あ、そうだ。春紅先輩」
「何?」
「実は里帆先輩の分もあるんですけど……」
「んー? ……あ、どうやって渡そうか、ってこと?」
「そうです」
察しが早くて助かる。
「だったら呼べばいいじゃん」
「は?」
何をそんなあっさりと。
それはいちばん単純明快で、いちばん高難易度な戦法でしょ。
「先輩、暇だーって言ってたじゃん。チャットでも」
「……たしかにそうですけど」
オーボエ担当グループでも、この前の遊びに行った仲間内のグループでも、本当に時間を持て余していそうな様子は把握している。
ボクらの予想通り、しっかりと前期日程で志望校への合格を決めた里帆先輩は、高校生と大学生の狭間にいるこの時間を腐らせてしまいそうな雰囲気だった。
「ほら、呼びな」
「いけいけー」
「ごーごー」
「……ウッス。っていうか、先輩たち、里帆先輩に会いたいだけでしょ?」
「あったりまえじゃん!」
脅しか、はたまたカツアゲか。
そして周囲のガヤの棒読み感。
カオスな状況がそこにある。
そんな芝居をうち終わって、けらけらと笑う春紅先輩たち。
いっしょになって笑えば、気が付けば結構な数の部員が集まってきていた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
遠慮は無用なのかもしれないですね、いろいろと。
特に彼は余計に遠慮しがちなので。
……まぁ、彼だけの話ではないですが。
ということで、次のお話で「ホワイトデー篇」は終了です。
…………が。
次は第2部の10話目なんですよねえ。




