2-7. 答えのわからない関係性
「彼氏いる、って……? ん? どゆこと?」
「それ、ボクに言わせます?」
「あー、違うの違うの。たぶん私の理解が、ちょっと追いついてないだけだから」
おでこに人差し指をあてて、何かを推理するようなポーズを取る美春さん。
そんなに大袈裟なものでもないと思うのだけれど、美春さんの中では衝撃的だったらしい。
「美春さん勘違いしていそうなので言っときますけど、あの時ボクも聖歌が来てたの知らなかったですからね」
「ああ、そうなの……。てっきりいっしょに来たんだと思って」
どうやら、その勘違いをしているということで間違いなさそうだ。
少しは納得がいったようだが、それでも美春さんは渋い表情を大きくは崩さなかった。
「……ああ、そっか。たまたまだから、か。なるほど。……いや、これを『なるほど』で片付けるのはおかしくない? しっくりこないっていうか、辻褄が合わないっていうか……」
何やら思考の海とかいうものに飛び込んでしまったらしい。
かなり険しい顔になってしまっている。
普段の人当たりが良さそうな雰囲気はどこへやら。
今の美春さんには、絶対に誰も声なんかかけなさそうだ。
――それにしても、何が『なるほど』なんだろう。
「美春さーん」
「んん? あ、ごめんごめん」
少々トリップ気味だった美春さんをこちら側へと呼び寄せる。
間を取るための咳払いをひとつして、ボクを見る。
さっきまでの雰囲気とは少し違う真剣な色合いが、美春さんの瞳に宿っている様な気がした。
「なるほどね」
――だから、何が『なるほど』なんだろうか。
何にどう納得したのかが全くわからない。
「で、瑞希くんは、その……聖歌ちゃんだっけ? その娘にはあげないの?」
ストレートに訊かれた。
もしかして納得したことって、そういうこと?
決まってボクにとって面倒な結論になるのは、何なんだろう。
「いや……。その、別の男の彼女にあげるのって」
「別に良くない?」
「え?」
何が良いというのだろう。
「え? ちょっと美春さん、ボクの話聞いてました?」
「聞いてるわよ。だから、それを踏まえた上で、言ってるんです」
幼稚園児に言い聞かせるように言わなくても、わかります。
――わかりますけども。
ボクが言いたいのは、美春さんに理解してほしいことは、そういうことじゃない。
「そもそも、義理チョコ文化はまだ死んでないわよ? ……たぶん」
「まぁ、そうだと思いますけどね」
でも、そこで自信の規模を下げられちゃうと、余計に懸念材料が増えるんですけど。
「だったら、男女の友チョコだって全然アリでしょ? その理論が通るんだから」
「うーーーん…………」
唸るような声がだいぶ長くなってしまう。
悩みの深さと比例してるような気がした。
内心、本当だろうかと疑っている節はある――というか、多い。
けれど、ここで差し伸べられたような美春さんの手を振り払ってしまうのはまた違うような気がするのも確かだった。
「っていうか、瑞希くんと聖歌ちゃんって、赤の他人って関係でもないでしょ? 今更そこまで遠慮する必要あるのかなって思ってさ」
「どう……なんですかね」
幼なじみって、一体どういう表現をするのが正しい間柄なんだろうか。
母親同士の仲は良い方である。
互いを知ったのは物心が付くよりも早いかどうかのレベルだ。
でも――。
「付き合い長いんだったら、別に」
「そういう風に、先着順っていう話でもない気がしますけどね」
――知り合った早さに何の意味があるというのだろう。
誰かの人になっている今となっては、そんなものに意味は無い。
それに、親同士の付き合いと言っても、昔の話。星宮にほとんどいることのないウチの母さんから御薗家の話を聞くことは、今はもうない。
それこそ最後に話を聞いたのは、ボクらが小学生くらいまでだっただろうか。
そもそも連絡なんてもう取っていないのだろう。
「ふーん……」
ため息成分をかなり強めにした反応だった。
どうして美春さんは、そこまで聖歌に対して踏み込ませようとするのだろうか。
何か意図があるようにしか思えないのだが、真意が見えなかった。
「さて、と。しゃべってても仕方ないから、イイ感じのヤツ探しましょ。おなかも空いてきたし」
言われてみれば、結構いい時間になってきている。
レストラン街はともかく、催事場の営業時間はもうそろそろ終わりが近付いていた。
「その辺、渡すかどうかは瑞希くん次第だから」
「……はい」
そういえば。
――渡すときって、どうしたらいいんだろう?
そこまで気が回っていなかったのは、やっぱり今のボクには余裕がないからだろう。
神流や春紅先輩は部活で渡せば良いとして――って、里帆先輩はどうしたらいいんだろう。
学校に呼び出すわけにも行かないだろうけど、かといって先輩の家の具体的な場所を知っているわけじゃなかった。
もちろん、亜紀子に関してもそうだ。タイミングが合わなければ危険なのは、彼女の場合だろう。
いろいろと詮索してくるような奴らに見つかったら、間違いなくボクの胃には穴が開く。
あのバレンタインデーの日、生徒玄関のところで逡巡していたときの亜紀子の心境が、痛いほど理解できてしまった。
――目の前の女性は、またしてもボクとは全く違った方向性で、何かを理解しているようだが。
「とりあえず確定なのは、美波さんでしょー? 手袋くれた娘たちでしょー? バーでいっしょに飲んだ娘でしょー?」
「ちょっと美春さん、その言い方はダメ」
「細かいコトは気にしないの!」
「言い方がダメなんです!」
割と細かくはない。お酒飲んだ感じになるから、ダメ。未成年飲酒は法律で禁じられています。
「……ま、いいわよ、それで。で? あとは、その幼なじみちゃんね? これは確定ね」
「…………ハイ。もう、それでいいです」
投げやりな感じで返事をしたが、美春さんのお気に召さなかったらしい。
眉間にしわがくっきり。
綺麗系の顔立ちなのも相まって、ものすごく精神的に見下ろされているような気持ちになる。
「気持ちがこもってないプレゼントなんて、もらっても嬉しくないわよ?」
「そりゃあまあ、そうでしょうけど」
気持ちを込めることは、許されるのだろうか。
「あー、もう!」
小さな絶叫。
一応は周りの目を気にしたのだろうか。
そのままの流れで、がっしりと美春さんに両肩を掴まれた。
「男子! 変なところでウジウジしない!」
「えー、今このタイミングでそのセリフ出しますー……?」
「口答えだけは立派よねえ」
煮え切らない態度なことくらいわかっている。
傍目から見れば、なにこの小僧、的な感じだろう。
「それを言われると、ボクもう何も言えなくなるじゃないですか」
カップルの喧嘩で、どうしてそこで黙るの? ――とかいうセリフで詰られている光景を、時々地下街などで見かけたことはある。
彼女からすればそう思うことは仕方ない場合が多いだろうけど、男側の気持ちもわかる。
黙るしかなくなる局面って、あると思うのだ。
そんなことを考えている間に、美春さんは少しだけ怒気を弱めた。
情けない男が醸し出すような雰囲気を察してくれたらしい。
「瑞希くんからプレゼントもらって喜ばない女の子って、いると思う?」
――前言撤回。
そうでもなかった。
「それ、本人に向かって訊くことですか?」
「……あ、それもそうね。言われてみれば」
どんな答えを返せばいいのかもよくわからない。
間違っても『いないです』なんて言えるわけがない。
そんなこと言ったらただの自意識過剰のナルシスト。
だけど、そうかと言って『いるでしょ』なんて言えば、卑屈すぎるだの言われつつ美春さんに怒られることになるのだ。
だったら、選ぶのは沈黙。
きっと、これが最適解。
そりゃあ、男子なら。
女の子からの贈り物は、総じて嬉しいに決まっている。
雪まつりのときの手袋だって嬉しかったし、状況はどうあれあの時食べたチョコも美味しかった。
ただ、それを性別をそのまま入れ替えたときに、全く同じようには思えなかった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
この幼なじみ、何とも言えないくらいの細いつながりなんですよね。
実は瑞希がわりと孤独になりがち。




