2-4. 引率者をからかう者たち
「お疲れさまでしたー」
「おっつー」
「おつかれー」
今日も、いつも通りの練習三昧。
全体での合わせが少し白熱したせいで、いつもより15分ほど押してしまっていた。
手早く荷物をまとめて音楽室を飛び出した。
薄暗い階段を、1段飛ばしをしてみたり、踊り場近辺では大きめにジャンプしてみたり、少々手荒く先を急ぐ。
少し遅れるかもしれないとは伝えていたが、これ以上遅れるのはさすがに申し訳ない。
親しき仲にも礼儀あり、と言う話である。
生徒玄関前まで来たが、人の姿はまばらだ。
吹奏楽部と、今日は下のフロア――第1音楽室を使っていた合唱部、それとどこかで見覚えがあるあの子は美術部だっただろうか。
でもそれくらいだ。
今日もまだ寒い。
日が落ちればなおさらだ。
手早く靴を履き替えて玄関を出ようとしたところで、ふたりの陰を見た。
「待たせた!」
「あ、来た来た」
ボクの声に気が付いて、こちらに向かってゆるやかに手を振るのは玲音。
「こっちー!」
そして、祐樹。
今日の待ち合わせ相手は、野球部所属のこのふたりだった。
「ごめんごめん、ちょっと練習が盛り上がっちゃって」
「いえいえ、大丈夫ですよ海江田センセ」
「その言い方はやめれ、めんどくさい」
祐樹のおどけたような言い方には、パシッと軽くツッコミを入れておくことにする。
「結構待ったんじゃない?」
「いや、こっちも片付けとかでいろいろ時間かかるんだ」と、祐樹。
「部室の方に寄ってからこっちに戻ってきたから、……3分も待ったかな?」
「固茹でのカップ麺くらいだな」
「そっか」
祐樹は巧いんだか巧くないんだかよくわからないたとえ方をした。
完全に安心ということではないけれど、そこまで待たせていないのなら良かった。
ただ、タイムロスを食ってしまったのは事実だったりするわけで。
「……それじゃあ、待たせた人間が言うのもおかしい気がするけど、行こう」
「おっけー」
「どこまでも着いていきやすゼ、兄貴」
「センセはどこ行ったんだよ」
「あ、間違えた」
「言ってろ」
しょうもない言い合いが、案外いちばんラクだったりするんだよな――。
そう考えていることこそが、それほどラクできていない証拠でもあった。
学校から帰るルートを辿りながらの途中下車。
降りた駅は星宮中央駅。
星宮市はだいたいこの駅か、ここから2駅先の三番街駅で降りれば、だいたいのモノは網羅できると思う。
少し歴史のあるような百貨店とか、細かい専門店ならば三番街駅。
最近のトレンドを意識するのなら中央駅。
一応はそんな棲み分けが出来ていた。
「それにしても新鮮な感じ」
「ん? 何が?」
改札を抜けつつ首だけで振り返って言うと、玲音が反応してくれた。
「あんまり他の部活の連中とこういうところに来ないから」
「なるほどねー」
人好きのしそうな微笑みで納得したような声を出した玲音だが、彼はすぐさま苦笑いを浮かべた。
「まぁ、それを言われちゃうと、僕らは部活終わりにどこかに行くっていうアイディアがそんなに……。ねえ?」
「だな」
「あ、そうなの?」
運動部だとそんなもんなのだろうか。
ボク自身は運動部所属の経験がないからよくわからない。
玲音からも時々、最近は野球部の練習もかなりタフになってきていると聞いていた。
家と学校を往復するだけの生活、というヤツだろうか。
――その点については、ボクもあまり他人のことは言えないかもしれないけれど。
「むしろ、吹部が珍しいんじゃない? しかも男女いっしょでしょ?」
「え、そうなん?」
「むしろ祐樹、知らなかったの?」
「おお」
玲音はため息だけを返した。
何かを諦めたらしい。
「良いなぁ。こっちなんて間違ってもマネージャーといっしょに遊ぶとか無いわ」
――良いなぁ、って祐樹。
眉間にしわが出来そうになるのを、何とか我慢する。
疲れ目アピールをするようにまぶたの上の方を押さえるようなポーズで、こっそりとマッサージをしてみた。
「まぁ、ウチのクラスには言い出しっぺというか、仕切り屋が居てくれてるからな。玲音が知ってて祐樹が知らないのも無理はないな」
「あはは、たしかに」
きっと玲音の脳裏にはその『言い出しっぺ兼仕切り屋』の顔と声が思い浮かんでいるはずだ。
顔を見れば簡単に解る。
「じゃあ、とりあえずおふたりさん」
「ん?」
「行きましょう」
「どこに?」
「ついてくりゃわかる」
説明するのもちょっと面倒。
実際に見てもらった方が早い。
改札から地下街を通り過ぎ、辿り着いたのは駅直結の百貨店。
その地下。いわゆるデパ地下。
しょっちゅう利用するほどの余裕は無いけれど、たまに足を運ぶこともある。
入り口付近にある荷物台。
その傍らにあるパンフレットを3部いただいて、ひとつずつ手渡す。
思いっきり突き出したのでふたりは一瞬面食らったようだが、理解は早かった。
「なるほどなー」
「あ、これ美味しそう」
祐樹は感心したように表紙を眺めている。
玲音は早速ぱらぱらのページをめくりながら吟味を始めた。
このままでは通路の妨げになりそうだったので、ふたりをそっと端の方へと寄せておく。
「いろんなところのオススメがそれには載ってるから、あとは好みに合わせるとか、自分の予算に合わせるとか。いろいろ方法はあると思うから、君たち次第。……ほら、部活の道具も同じだろ、たぶん」
「なるほどなぁ」
「慣れてるなぁ」
「見に来る用事があるから知ってるってだけだ」
何だってどいつもこいつも、ヒトを熟れたヤツ扱いするのか。
「スーパーとかよりはもちろんいろいろいあるけど、……値段も結構だね」
「まぁ、そりゃあねえ」
ここは百貨店である。
高校生男子が手を出せる範囲なんて高が知れている。
――だけど、ムダに嘆く事なかれ。
「だったら、そのパンフの後ろ側をどーぞ」
「……おお」
ちょっとお手頃な、『学生さんでもご安心を』とアピールをしているようなリストが並んでいる。
「たしかにこの辺なら……」
「でしょ?」
「さすが」
「だから、よしなさいっての」
――玲音、君は解っててやってるね?
そんなことを視線だけで伝えようとしてみると、にんまりとした笑顔が返ってきた。
――間違いない、彼は理解している。
そして、ボクのリアクションを楽しんでいる。
というか、さっきから祐樹が静かなのが気になった。
「……おっと」
「わ。わりと真剣」
「……んぁ? ああ、ごめんごめん。何かあった?」
「いや、別に」
そこまでガチに読み込もうとするとは思っていなかったから、少し驚いただけだ。
いろいろと違う感情も生まれ落ちてきそうだったが、何とか我慢して、そのままデパ地下の暖房の風に散らしてしまう。
「ちなみに、予算は?」
「あんまりよくわかんなかったけど、とりあえず2000円くらい」
「僕は2500円」
「いや、上出来」
むしろ、予想外。
ギリギリお札が出てくるくらいかと思っていた。
そりゃあ上を見てしまえばキリは無い。
バレンタインデーの時なんて、その傾向が顕著だ。
プラリネが10も入らないようなモノが危うく10,000円を超えてしまいそうな場合もある。
ホワイトデーはそもそものターゲットがその手の物に疎い人を含めているため、先月の催事に比べれば控えめだった。
「ちょっとお高いモノっていうか、イイヤツは上の方の催事場メインでやってる。今、祐樹が見てたようなモノは地下の方にあるよ」
「だからここで話をしたってことなんだ」
「そういうこと」
納得いただけたらしい。
「じゃあ、見に行くぞー。早くしないともっと混んでくる」
「あれ? ミズキもそれ持つの?」
「どれ? ……あ、コレ?」
行こうかと思ったところで足止めをされる。
祐樹は、ボクの手の中に1部だけ残っていたパンフレットを指差す。
変なところでめざといヤツだ。
「これは説明のために」
「あれ? もしかして、やっぱり、誰か渡す宛てがあるってコト?」
そして、玲音のイジりが飛んできた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
いっそのこと、口に出して言ってしまえば、楽になるとも思うんですけどね。
それを知らない側からすれば、まぁ、そうなりますよね、という話。




