2-3. 続けざまの難題
隠す気なんて更々無い、火を吹きそうなほどストレートな怪しい笑み。
これでもかと言わんばかりの不敵さだ。
これもある意味、神流らしさなのだろうけれど。
「何だよ」
「別にぃ」
それでも、会話を拒否する感じではない。
むしろ、訊いてこいオーラを漂わせているような雰囲気だ。
訊く気があるなら答えるよ、というスタンスだろうか。
なかなかのご身分だ。
「そういうところ、ミズキらしいな、って思ってさー」
「ん?」
――ボクらしい、って何だろう。
「わりと、『ポイントを抑えてくる』っていうかさ」
「ポイントねえ……」
神流の言いたいことは何となく解る。
でも、だからといって、ここで『オレはすごいだろ』みたいな雰囲気を出すのは間違っていると思うわけで。
「一応訊くけど、何のポイント?」
「それは察しなさいよ」
「……難しいこと要求するなぁ」
何かを自覚した上で神流の言うようなポイントを突くことができるのなら良いんだろうけど、それが出来ないから今の自分が居るわけで。
そういう意味で考えれば、言い方は悪いかも知れないけど、きっと神流は『ボクらしさ』とやらの半分すら理解できていない。
――口に出してなんか、絶対に言わないけれど。
「まー、もらえるモノは、しーっかり貰っておきますヨ」
「へいへい」
そんなことだろうと思ったよ。
だからこそ、お返しをしようと思うわけだ。
「先輩もそうだろうけど、そこまで深く考えて言ってないと思うよ」
「それでもだろ」
「え?」
不意を突かれたような声を出す神流。
「第一、里帆先輩もそうだけど、とくに春紅先輩と神流には返しておかないと後が怖いからな」
「……アンタの中で、私って何? どーゆーキャラ?」
「そういうキャラ」
にっこり笑顔でそう告げてやると、何を邪推したのか、神流は怪しげに目を光らせて、ステップを踏みながらシャドーボクシングを始めた。
ボクが何か失礼なことを考えているという読みなのだろう。
――だいたい当たっているけど、そんなことを面と向かって言うほどマヌケじゃない。
この後もまだまだ体力を使うのだ。
「はい、ミズキ。正直にどーぞ」
「礼には礼で返さないといけないキャラだ、って話だぞ?」
「へ? あ、……そう」
神流は面食らったように軽快なステップを止める。
危ない、危ない。
都合の良さそうな言い訳を思いつくことが出来て良かった。
だって――。
「やっほぅ、おふたりさん!」
「あ、ハルカ先輩! こんにちはー」
「こんちはっす」
音楽室の扉に手を掛けながら何となく背後に視線をやったとき、春紅先輩たちの姿が見えていたから。
ここでそのままの流れでおふざけが過ぎるようなことを神流に言えば、その内容は間違いなく包み隠されるようなこと無く――下手をすると盛大に脚色されて――先輩の耳に思いっきり突っ込まれることになっただろう。
危険は強引に突破するモノじゃない。
しなやかに回避するモノである。
「じゃあ、そこそこ期待しておくわ」
「手加減はしてくれよ」
「ん~? 何の話?」
当然のように話に入ってくる春紅先輩。
「雪まつりの時に、ミズキに3人で手袋あげたじゃないですか。その時のお返し、ホワイトデーにくれるらしいですよ」
「あらま、楽しみだわぁ」
あっさりとした情報漏洩。
それは、まだ許す。
何ですか、輪を掛けてめんどくさそうなそのリアクションは。
正月にやってきた親戚のおばさんみたいな雰囲気で、本当なら笑えてしまうはずなのだけど、状況が状況なだけに今は笑えなかった。
絶対に笑ってはいけない新年のご挨拶、的な。
「えー! なに、春紅ってば何時の間に!?」
「はははー」
「なにそれ、その笑い方」
けれど、意外にも二の矢が飛んでくることは無かった。
いっしょに来た先輩に何やら質問攻めに遭いながら、春紅先輩はそのまま準備室へと消えていった。
助かったのかどうなのか、もう少し様子を見ないと解らないような気がする。
余計に質が悪い事態なのかもしれない。
「……ところでさ」
「ん?」
ため息を吐こうとする直前、神流が割り込んできた。
「何だ?」
「ミズキはバレンタインデーに何かもらったことってあるの?」
「は?」
「……まぁ、あるか。いいわ、やっぱ聞かなかったことにして」
「いやいや。何だそれ」
答えづらい質問をしてきたと思ったら、おかしな方向性で自己解決した。
神流のことだ、これをボク自身の答えだと言いかねない。
「良いから良いから、気にしないで」
わざとらしく春紅先輩を呼びながら準備室へと駆け出す神流。
とくに深い意味を込めたような訊き方には思えなかったが、それにしても。
「無茶言うなよ……」
取り残された自分をどうすればいいのか、皆目見当が付かなかった。
○
帰り道は久々にひとりきりだ。
今日は狙ってひとりになったわけじゃない、気が付いたらひとりだったパターン。
ちょっと寂しいタイプのヤツだった。
「これで、猛吹雪だったら目も当てられないな」
思わず独り言が漏れ出す。
どうせ周囲には誰もいない。
車の通りも無い。
とくに気にするようなところではない。
手袋をしている手を上着のポケットに突っ込んだまま、少しだけ歩く速度を上げた。
雪国の夜の時間帯とはいえ、一応今は弥生の月。
本当ならもうクローゼットに押し込んで良いはずのコートを出してこなくちゃいけない寒さは、地元民でも少しキツい。
先週辺りにそこそこ気温が上がってしまったのが余計に悪さをした感じだ。
一度あたたかさに緩んだ神経は、ちょっとやそっとの寒さじゃ元に戻ってくれない。
「……ん?」
ポケットの中でスマホが震えた。
一瞬気のせいかと思ったけど、メッセージを受信したらしい。
「仲條さん? ……んー」
名前呼びにはまだ慣れない――というか、あの時のルールはきっとあの時だけだろう。
慣れないのなら別に変える必要も無い気がしてきた。
とにかく、メッセージを送ってきたのは彼女だった。
連絡先を交換したのはかなり前の話だったがこれと言って話す内容も無かったため、実はこれが初の受信だったりする。
何かあったのだろうか。
少し気にはなるが、歩きスマホだけはしないと決めている。
地下鉄の駅までは残り400メートルくらいだろうか。
ちょっと申し訳ないけれど、車内でやりとりをしようと決めたボクは、さらに歩くスピードを上げることにした。
ホームに辿り着くのと同時にやってきた電車に飛び乗る。
幸い席も空いていた。
遠慮無く座ることにして、スマホを取り出す。
『さっきの言い方、みずきくんの気を悪くしてないか心配になっちゃって』
『怒ってない?』
さっきの言い方、って何だろう。
放課後、部活前の会話を思い出そうとしてみる。
けれど、該当しそうなセリフなんて。
――『でも、バレンタインデーにもらったら返さないとだよ』
この程度だと思う。
別に怒るような内容でもないし、仲條さんの雰囲気も全然そういう感じでは無かった。
ひとまず、『全然怒ってないよ』と『むしろ、そんなこと言われたなんて思ってないし』のふたつを返信する。
しかし、気になるのは――。
「……『みずきくん』」
口に出してしまう。
トンネルを駆け抜ける轟音でほとんどかき消されているだろうけど、思わず口を押さえてしまった。
一旦落ち着いて、もう一度画面を見る。
間違いなく、この前テニス部の子たちといっしょに遊んだときの流れが、彼女の中ではそのまま続いている。
この流れ、乗るべきか乗らざるべきか。
この空気、読むべきか読まざるべきか。
本当に不意に、あまりにも突然に、難題が降りかかってきてしまった。
どうしたものか悩んでいるうちに仲條さんから返信が来た。
『バレンタインの話だけど』
ドキっと、心臓が跳ねる。
予想は一応当たっていたらしいが、この心臓の痛みはそれが原因じゃない。
『みずきくんはあの日のことだけでお返しは充分だからね』
『そーゆーことでした』
パパッと矢継ぎ早に文章が送られて来たと思ったら、最後ににっこり笑顔でこちらに手を振る猫のスタンプが添えられてきた。
気持ちはわかる。
わかるのだけど、それとこれとは話が別のような気がする。
既読スルーにしてしまうのは絶対に間違っていると思う。
けれど、今このタイミングで彼女に対して何をどう返せばいいのか、ボクには全く解らなかった。
最終的には、家に帰って荷物を放り投げてリビングのソファに身体を預け10分くらい悩んだ挙げ句に、プレゼントボックスの絵文字だけを送りつけるという、謎の行動に走ってしまった。
テンパるにも程があるだろう、海江田瑞希。
――このお詫びの意味を含めた上で、お返しを選ぼう。
かなり強引に結論づけて、夕飯の準備にかかった。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
意味深だなぁ。
なんだか、探り合いをしてるみたいですね(ゲスい笑み




