2-2. トラブル回避に最適解はあるか?
「これでも、一応は調べたんだけどさ。……全然よくわからなくてさ」
「ネットで?」
「そう」
「余計にわかんなくなった、ってパターンか?」
「よくわかるな」
まぁそうだろうな、とは思う。
ネットのコラムなんて千差万別、『それは貴方の好みですよね』みたいなものも多い。
調べれば調べるほど深みにはまるなんてこともよくある話だ。
「……っていう感じで言ってくれそうな気がしたから、ミズキに訊いたんだよ」
「……ふうん」
なるほどね、とは返したくなくて、曖昧な鼻息だけを返すことにした。
「だったら実際に見に行けばいいじゃん」
「どこに?」
「えっ」
予想外すぎる反応を祐樹に返されてしまった。
それすら知らないヤツがいるとは思っていなかった。
だけど、少しだけ冷静になって、そのまま反省する。
自分の尺度だけで物事を測るのは、やっぱり褒められたものではない。
祐樹を下に見ているような気がしないでもないが、仕方が無い。
何か贈り物をしようとする人間にしては、もう少し物事を知っていてほしかった。
——そう考えるのは、きっと当然のことだと思う。
「いや、ほら。デパートとか」
「……へえ」
いや、そんな。
初めて聞いたみたいなリアクションしないでくれ。
「さすが瑞希」
「待って、玲音。梯子片付けないで」
さっきのタイミングで既に梯子は外されていた気がしていた。
さらに裏切られたような気持ちだ。
「でも、そうは言うけどさ。瑞希だって何か買う予定とかあるんじゃないの?」
「……無いわけでは無いけどね」
吹奏楽部の女子にはお返しをすることは確定済み。
本当の意味で『バレンタインデーのお返し』になるようなモノを全員で出し合って買うことになっている。
人数バランスの都合で、どうしても彼女たちよりも部員ひとり分の出費が多くなるのだが、それは仕方がなかった。
「じゃあ、それに付き合わせてくれ!」
「ごめん、もう行ってきてる」
「マジか!」
「だって、間に合わないし。まとめ買いって結構キツいんだぞ」
いろんなモノを選べるようにしてくれた配慮も含めての、お返しである。
「他には! 他にプレゼントする宛ては?」
「……無いわけじゃない」
「またかよ」
「んん?」
「……すまん」
祐樹の、訊く側としての態度を正させる。
そりゃあ、回りくどい言い方だと自分でも思っている。
でも、ハッキリなんて言えるか。
言えるわけないだろう。
——結局は、ボクが飲み込んでしまえは済むような、簡単な話なのだから。
「誰?」
「母さん、とか」
「……なぁんだ」
玲音、君にもお灸を据える必要があるみたいだね。
「だったら、それに付き合わせてもらうのはイイか?」
「なら僕も」
「……玲音もかい。まぁ、いいけどさ」
いろいろと、モヤモヤする部分はある。
でもそこまで冷徹になれない自分に少し呆れる。
「っていうか、いっそのこと手作りでもしてみればいいじゃん」
「あ、瑞希。悪いことは言わないから、それだけは薦めないであげて。祐樹には絶対に無理だから」
「ああ、無理だ」
それは絶対に、自慢気に言うことじゃない。
同じ中学校だという玲音の話によれば、中学2年生だった祐樹は家庭科の調理実習のときに、それはそれは後々語り継がれそうだというくらいの大事件を起こしたらしい。
詳しい話を訊こうとしたところで、祐樹が背伸びをしながら懸命に玲音の口を塞ぎにかかった。
祐樹によってはよほどの汚点らしい。
是が非でも聞き出してみたいところだったが、今日のところは引いておいた。
いずれボクらが調理実習になったときにでも訊いてみよう。
○
放課後。
購買へ寄ってから音楽室へ移動しようと思っていたところで、神流と亜紀子が声を掛けてきた。
ふたりも飲み物を買うつもりだったらしいので、いっしょに1階へ向かうことになった。
「やー、楽しみだなー」
「何が」
「白日」
「……ん?」
いきなりを言うのやら。
訳がわからずそのまま放置しようかと思ったら、神流があっさりとネタばらしをする。
「今日は調子悪いわね。そのまま直訳で英語にしなさいよ」
「……ああ。いや、解りづらいわ」
ホワイトデー、ってことか。
何で漢字表記にしたのか。
「ハッキリ言えばいいじゃん」
「イイの?」
ギラリ。
神流の目の奥底が光ったような気がした。
「……いや、あんまり良くは」
「ホワイトデーのお返し、楽しみだなー!」
ボクの制止を完全に無視した、廊下の向こう側の壁まで突き抜けていきそうなくらいの声。
さすがの肺活量だ。
さすがすぎて、廊下にいる生徒のほとんどが神流と、ボクを見てきた。
すみません、ご迷惑をおかけします。
——でも、そういう風にひそひそ話を始めるのは勘弁してくれませんか。
間違いなく、貴女たちの想像とは違う話だと思います。
「お前なぁ。部内での交換の話をそうやって」
「でも、バレンタインデーにもらったら返さないとだよ」
「ほらほら。アッコちゃんもそう言ってるし」
「……誰も、返さないとは言ってないだろ」
一応は女子には内緒という体裁でプレゼントの選定をしているが、部内の恒例行事みたいなものでもある。
予定調和というか、公然の秘密というか。
そういう類いだ。
お返しと言えば、という話。
雪まつり時期に里帆先輩、春紅先輩、そして神流から手袋をプレゼントしてもらっている。
バレンタインデーに近いタイミングだったし、本人たちもバレンタインデーの代わりみたいなモノだと言っていた。
何かを送る口実としては持って来いだと思う。
そして、他でも無い、バレンタインデー当日の話だ。
本人は何と言おうと、やはり亜紀子には何らかのお返しはしてあげるべきだと思う。
昼休みに玲音と祐樹にはああ言ったけれど、ホワイトデーにどうするか悩んでいたのはボクも同じだった。
「お? ってことは期待できるヤツ?」
「知らん」
「照れちゃってー」
「違う」
めんどくさい。
「アッコちゃん、良いこと教えたげる。……ミズキはね、照れると単語でセリフを返してきがちだから」
「へー……」
「またお前はそういうウソを教える」
「また、って何よ」
「はいはい。ほら、さっさと飲み物買うぞ」
相変わらずのウザ絡みをかましてくる神流を、いつものように適当にあしらうことにした。
購買で亜紀子と別れ、神流といっしょに再び階段を上がって行く。
買ったオレンジティーを早速開けてひとくち。コンビニでは見かけていたが、まさか学校で買えるとは思っていなかった。
今度からここで買うのもアリかもしれない。
「ねー、ミズキ」
「……うん?」
神流もミルクティーをひとくち飲んだところで、ボクに話しかけてきた。
「何くれるの?」
「……それは、どれに対するお返しの話?」
「……は?」
「え?」
質問の内容と回答の内容が食い違っているらしい。
「どれって?」
「いや、部活のもあるけど、……ほら。これもあるし」
手に持っていたコートのポケットから例の手袋を取り出して、神流の前に掲げる。
神流も理解したらしく、『ああ、はいはい。それね』と口だけを動かした。
「部活の方の話のつもりだったわ、私」
「部活の方は、だいたいバレンタインの時の同じ感じだと思うよ」
「まぁ、そうよね。先輩から去年の話は聞いているし」
そうだろうよ。
公然の秘密として当然の帰結だ。
「ん? そっちも考えてんの?」
「まぁ、そりゃあ」
「何くれんの?」
「……考え中」
ストレートに訊かれたけれど、下手なことは言わない。
そこまで考えていなかったのは事実だし、それこそ何を渡すのかここでネタバレしてしまっては面白くないはずだ。
「そもそもバレンタインデー代わりみたいなことも言われたし、もらったら返すだろ」
「へえ……」
思ったよりもだいぶ静かな反応が来た。
妙に気になって神流の方を見れば——。
「……フフフ」
神流の顔には、見なければ良かったと思うくらいのじっとりとした笑みが浮かんでいた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
悩みは尽きない。




