1-18. 対決! ネージュ・エトワール 〜リプライズ〜
テニス部一同、絶句。
ついでに合唱部のふたりも、絶句。
何人かはスマホで動画を撮っていたらしいが、どのカメラのレンズも今はテーブルをゼロ距離で写しているせいで画面は真っ暗になっていた。
ボクと歌織はひっそりと目を合わせて、マンガとかでよく見る『はぁ、やれやれ』とため息を吐くような顔になった。
――だから言ったのに。
第一印象の押し付け合いの時点でこれではダメなのだ。
立ち向かう相手にはむしろ威嚇のひとつやふたつぶつけてやるくらいの勢いが無いと、尻込みしてしまって勝手に後ろへ下がってしまう。
演奏も同じ。
たとえひとつ前の学校が前評判の高い強豪校だったとしても、それを喰ってやるくらいの意気込みが無ければその時点で負け確定。
「うわぁ……」
「ちょっと、しっかりー」
思わず引いてしまったような声を漏らしたすみれの背中をばしばしと叩きながら、歌織が笑う。
彼女の手には早速パフェ用の長いスプーンが握られている。
ボクと同じく挑戦経験があるので、そのあたりでは微妙に精神的には余裕があるらしい。
「こんなにおっきいんだ……」
「一応このお店でいちばん大きいサイズだからね」
ボクの隣では聖歌と、
「吹部のみんな、これ全部食べたの……?」
「一応はね。今日より何人か人は少ないけど」
亜紀子がぼんやりとした瞳をパフェの頂に向けていた。
ふたりの視線に沿わせるように、ボクも今回の対戦相手を見つめる。
前回と同じく、メニュー名は『ネージュ・エトワール』。フランス語で『雪と星』を意味するところのそれは、この街・星宮に降る雪をモチーフにしているらしい。
このパフェをデザインした人に言わせれば深々と降る粉雪のようなデザインなのだろうけど、このパフェを一度食べたことがある身として言いたい。
――ムードも何も投げ捨てて表現するなら、この街に時々襲いかかるように降るドカ雪のようなモノだった。
ただ――。
「……前の時とちょっと違うような気がするんだけど」
「え?」
思わず呟いた言葉には歌織が反応した。
彼女もボクと同じようにパフェ周辺をじっくりと検分していく。
「あー、わかった……かも」
「ちょっと。私、まだそんなにチェックできてないんだけど」
それは、ちょっと申し訳ない。話を振っておいて自己完結されたときって、やっぱり妙なやるせなさを感じるよね。
「あれだ。クリームと、フルーツがちょっとだけ変わってるんだ」
「んー……。あー? あ、言われてみればそうかも。春感出してるんだ」
全体的に色合いや風合いに暖色系が強い。
この前来たときに――ボクは選ばなかったけれど――春の限定メニューがいくつか出ていたが、この巨大パフェにもその風が吹いてきたらしい。
――だからといって、今更何だという話ではあるのだけど。
だって、この分量だもの。
どこまでそんな季節感を味わうことができるのか、って話だ。
「おーい、幹事さーん」
「………………」
「すみれさーん」
「…………はっ!?」
トリップすんな。
――いや、これはむしろ現実逃避か?
「ごめん、ごめん。……何?」
「いや、食べ始めの音頭とか取らないのかな、って思って」
「……あ、ああ! そうね、そうだよね! うん!」
これ、今日、大丈夫か?
しかし、そんな心配は割と不要だったことに気付くまで、それほど時間は掛からなかった。
吹奏楽部は文化系と体育会系の合いの子なんて言われ方をすることもあるので、体力自慢の子も居たりするし、結構なフードファイターが隠れていたりする。
今回のメンバーは、確かに男子はボクと大輔のふたりだけ。
しかも甘党はどうやらボクひとりという状況。
厳しい戦況になるかもしれないという予想は、比較的簡単にできた。
――けれど、それは男子だけを見たときに限る話。
ココに居る女子陣は、大半が体育会系。
健康的によく食べている。
まだまだ全員グロッキーになるような様子は無かった。
「……ぐへえ」
グロッキーになっているのは、こともあろうに小野塚大輔、彼ひとりだけだった。
「ダッサ」
「しっかりしてよ、そこの男子」
容赦のない一撃がすみれと歌織から飛ばされた。
顔面付近に直撃を喰らったようで、大輔はそのまま椅子と一体化してしまった。
「まだ10分ちょっとしか経ってないんだけどなぁ。信じられない」
「……むしろ俺からしてみれば、瑞希がけろっとしてる方が信じられねえわ」
椅子に溶け込んだ男が何か言っている。
「だから私はみずきくんは誘ったの」
甘党だということも、既に一度攻略済みだということもすみれは知っていたからこそ、今回こうして白羽の矢を立てられてしまったわけだった。
「来なきゃ良かった」
「そもそも呼んでねえし」
吐き捨てる大輔に対して、アイスバケツチャレンジのような勢いで冷水をかけるすみれ。
「あ、帰るにしても金は置いてって」
「……容赦ねえ」
「イヤだと思うなら少しでも食べて」
「大輔。もうちょっと食べないと元取れないと思うぞ?」
「お、おお……ぐふ」
攻撃の手は緩まないのでちょっとだけフォローを入れてみるが、効果は無かった。
実際問題、もう少し食べておかないとかなりの赤字になってしまうのだけど、それと引き換えにしたとしても食べられないらしい。
大抵の男子はこういう言い方にノってくると思ったけれど。
「その言い方でパフェにも食いつくの、たぶん瑞希だけでしょ」
「そうかな?」
ボクの問いに歌織は勢いよく肯いた。
「だって大輔、見るからに甘いの得意な方じゃないし」
「焼き肉とかそういうのだったら、意地でも食らいつく男子いるだろうけどねー」
「あはは、たしかにそうかも」
すみれも亜紀子もそう言って笑う。
きっと思い当たる節があるのだろう。
「えー……。ケーキバイキングとか絶対元取りに行くけどなぁ」
「……まず、そんなにケーキバイキングに行かねーよ」
遺言のように大輔が呟いた。
失敬な。
しかし、援護射撃が来ないというのは辛いところだった。
いつもなら幹事役を務めることが多い神流あたりがやってくれるのだけど、今日は不在。
歌織も吹奏楽部随一のスイーツ大好き娘ではあるけれど、主催はしないタイプだ。
今日のボクは明らかに分が悪かった。
「それにしても、ミズキくんはホントに甘い物大好きなんだねー」
「ここまでとは思って……うーん、割と思ってはいたはずなんだけど、さすがに予想を超えられちゃったわ」
「いやいや。……たとえば、ほら。デパ地下ならまずはスイーツコーナーでしょ」
「ね? こういう人だから」
「よーくわかった」
「覚えとくね」
あれ?
まさか、墓穴った?
「おーい、話聞いてー?」
残念ながら、歌織もすみれも亜紀子もそのままパフェに集中してしまい、ボクは蚊帳の外。
なるほど、大輔の心境がよーく理解できた。
これは、折れる。
そのままソファと合体できそうなくらいだ。
わりと昔からそうだ。
不意なタイミングで自分と他の人との違いを見せつけられるようなことが、そこそこの頻度であった。
それは今回のように単純に食べ物の好みだったり、音楽の嗜好だったり――家庭環境だったり。
「……やっぱ、変なのか? オレ」
「変じゃないよ」
「えっ」
頬を横から殴られたみたいな勢いで、その声がした方向を見る。
「変じゃないよ。……昔から」
聖歌が、初春の陽射しのような眼差しで微笑んでいた。
まだそこまで雪解けを進ませるだけの力はないかもしれないが、それでも積もった雪の表面にじわじわと汗をかかせるには充分な強さ。
そんな光を、ボクは、たったひとりの幼なじみに見た。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
「このあたり」が強みなんです。
ただ、世に言う幼なじみ像(とくに2020年初頭のなろう界隈を賑わせているような雰囲気)とは少し違って「ゴリ押さない」。
それが逆に拗れを生んでしまった、みたいな。
そんな雰囲気なんです。




