1-14. ビスクドールの悪夢
夢なら覚めてくれ。
冷ややかな視線をいくら送っても無駄なことは解っている。
ただ、それでも言わせてほしい。
「これは、何?」
「服」
「当たり前だ」
見りゃ解る。
あいにくボクは、ファッションどころか服という言葉すら知らないような前時代の人間じゃない。
以前この3人に手袋を買ってもらった、あのファッションビル。
その4階。
前回来たときにも思ったけれど、リア充じゃない限り男子高校生が立ち入るとはあまり思えないようなフロア。
ちょっと見回してみても、男子の陰なんかどこにも無かった。
何故か、って?
考えるまでもなく、ここは明らかに女の子向けの商品を取り扱うショップしか入っていないから。
辛口系だったり甘口系だったりとそのジャンルはバラエティーに富んでいるものの、間違いなくガールズ向け。
今ボクらが来ているのは、その一角。
少し大きめのサイズも扱っているけど、基本的にはカワイイ系とか言われるタイプのモノを扱っているらしい。
「で? 誰が着るって?」
「ミズキ」
「おかしいだろ」
どうして、さも当然のような感じで、ボクの名前を口にするのか。
「ボクの性別知ってるよね?」
「オトコの娘」
「………………ん?」
何だか、素直に『うん』と首を縦に振ったら負けのような気がする。
その代わりに眉間に皺を作ると、神流は『ケッ』と何かを吐き捨てるように唇をゆがめた。
――やっぱりか、コイツ。
「別におかしくないよ?」
神流に助け船を出す春紅先輩。
だけどその船は、ボクから見れば船尾に大きな穴が開いているようにしか思えない。
そうでなければ泥の船だ。
「何がですか」
「今の世の中はね、瑞希くん。ジェンダーフリーなの、ジェンダーフリー。わかる?」
「言葉は、知ってますけど」
あの界隈、解釈に悩むというか、微妙に考え方が違ってたりして難しいんだけど、だいたいはわかっているつもりだった。
「誰しもがね、それぞれに似合う服を着る権利があるの」
「……はぁ」
何だろう。
何の受け売りなんだろう。
その辺の細かいことはすべて投げ捨てた上で、それでも面倒くさいことに巻き込まれてしまいそうだということが手に取るように解る。
「だから私たちが、瑞希くんにぴったりな服を選んであげましょう、ってことで」
「だったら余計にガールズ向けはおかしくないです?」
一応これでも身長は178センチ。
低い方ではないと思っている。
「でもさぁ、ミズキも」
「ん?」
「『着せ替え人形になりたい』って言ってたじゃん」
「……は?」
何を言ってるんだ?
この前のことを少し思い出してみる――。
『着せ替え人形みたいな気分になりますね』
『……ほほぅ?』
『なるほど?』
――――。
――。
「いや、言ってないし! 『着せ替え人形みたいですね』とは言ったけど!」
記憶の改竄を謀ろうとするな。
なりたい、なんて言った覚えは更々無い。
「だったら大体同じじゃん」
「全然違うわぃ!」
「はいはい、オトコは細かいこと気にしなぁい!」
神流に気を取られすぎたことを後悔する。
だけど、残念ながらもう遅い。
真後ろから里帆先輩に羽交い締めにされるが、払いのけるのも何だかおかしい気がしてしまう。
もっとも、そんな甘いことを言ってる余裕なんて無かったんだけど。
試着室のカーテンを開ければ、そこには獲物を狙うような雰囲気で見つめてくる目が、なぜか、12個。
「ほら、やっぱり似合うじゃん」
「さすが、レベチだわ」
「ふたりの見立てがスゴすぎて、わりとビビる」
ふんぞり返る神流と春紅先輩。
そんなふたりに苦笑いをしつつも、こちらへの視線はキラキラしている里帆先輩。
そして――。
「いやちょっと可愛すぎでしょ」
「ホントに男の子?」
「……負けた」
ショップの店員さんまで集結。
しかも、たぶん今いる全員。
いやいや、『負けた』って何ですか。んなわけないでしょ。
「感想は?」
「いや、その……」
何なの、この拷問は。
どう答えるのが正解なのか、全然解らない。
誰か今すぐボクに、この答え方が載っている問題集を教えてほしい。
今ボクのアタマの中は、このふわふわもこもこなアウターと同じくらいに真っ白だ。
普段から服装に関しては、自分でも思うが基本的は飾り気が無い。
シンプル・イズ・ザ・ベストを地で行くようなチョイスになっている。
別にそういうのが好きとかいうわけではなく、いろいろと合わせやすくてラクだからという、どちらかと言えば消極的な理由。
だから、こんなにも表面にモノが付いている服なんて、自分の記憶では恐らく着たことが無かった。
――いや、っていうかこれ、女の子向けだしね?
「そもそも、良くボクが着られるサイズありましたね」
「大きめサイズも揃えているんですー」
店員さんが容赦なく答えてくれた。
「あ、そっすか……」
今のボクにとっては、完全に余計なお世話だった。
「じゃあ、次はこれねー」
「まだやるんですか!?」
「当たり前じゃん」
容赦の無いふたり――春紅先輩と神流。
「ちょっと。里帆先輩も何か……」
「ごめん、みずきくん」
不穏すぎる。
ごめん、ってどういう意味ですか。
「それ着たら、次コレね」
「裏切られたっ!?」
しかも、ふたりが持ってるヤツよりも、明らかに危険なニオイしかしないような色とフォルムなんですけど!
パステルピンクのワンピースはおかしいでしょ!
「おおーっ!」
「リホ先輩、さっすがー!」
違う、そうじゃない。
本当にやめて。
ああ、もう。
――店員さんまで、こっちに何かを期待するような顔を向けないで。
「ほら、ミズキ。その前に感想を。カメラに向かって」
「え……?」
とても自分のモノとは思えないような媚びた声が、自分の口から出てきた。
神流が指差す方を見れば、春紅先輩がしっかりとこちらにスマホを向けている。
「……ちょっと。今のリアクション危険だわ」
そう言って、鼻血でも拭うような仕草をする春紅先輩。
どこかおかしなところのある先輩の性癖をくすぐってしまったらしい。
めちゃめちゃに後悔する。
「ほら。早ぅ」
「……ふわふわで、とてもカワイイと思います」
何コレ。
新手のいじめですか。
セクハラですか。
あの、ごめんなさい店員さんたち。
そこで固まってキャアキャア言うのは、本当に恥ずかしいのでやめてください。
ボクはもう二度とこのビルに入れなくなってしまいます。
「ハイ、ありがとーごさいましたー」
「じゃあ、コレね」
コイツら、マジで容赦ねえ。
かと言って、ここから脱走できるとは到底思えない。
時よ進め、早く進め。
そう願わなくてはいられなかった。
○
間違いなく今夜はぐっすり眠れそうだ。
そんな確信を得ながら家の鍵を開ける。
「ただいまー……」
小声で告げる。返ってくる声はない。
母さんは今どこにいるんだったかな。
リビングのカレンダーには書いてあったと思うが、今はそれを見に行くような気力もない。
肉体的な疲労もあるが、明らかにそれ以上に精神的な疲れがピーク値を超えていた。
手洗いとうがいを欠かさずに行って、そのまま自分の部屋へ入り、ベッドへダイビング。
何も考える気力が起きないのは、流石に仕方が無いと思う。
しかし、自分のスマホは、どうやらそれを許してはくれないらしい。
ポケットの中で容赦なくメッセージの着信を告げていた。
「……何だよ、もう」
うつ伏せの身体をどうにか仰向けにして着信内容をチェックする。
「……んん?」
メッセージの差出人は、仲條さんだった。
少し意外な感じもする。
一応連絡先こそ交換しているものの、実際に連絡を取ることはほとんど無かった。
「なんだ?」
独り言とともに確認すれば――。
『すみれが海江田くんの連絡先を知りたがっていたので教えました』
『後からの連絡になっちゃってごめんなさい』
それは別に問題無いけれど。
それを返そうと思ったが、そんな間もなく仲條さんから矢継ぎ早にメッセージが届く。
『今からすみれから連絡行くと思うから、よろしくです』
そういえば、と思い出すのは先日の会話。
聖歌のクラスメイトで、仲條さんと同じ硬式テニス部所属の子、花村すみれ。
何でもボクをレンタルしたがっているという話だったが。
「……おっと」
そんなことを思い出していると、絶妙なタイミングでそのご本人からのメッセージが飛んで来た。
『どもでーす』
『花村すみれです』
『っていうか、私のこと知ってる?』
軽い感じで入ってきたかと思えばわりと冷静な言葉が続いてきて、思わず噴き出してしまう。
何となく、仲條さんと仲が良くてダブルスを組んでいる理由を察することが出来たような気がした。
『知ってる知ってる。時々ウチの教室でお弁当食べたりしてるしょ?』
そう返せば、10秒も経たずに笑顔のスタンプが飛んできて、
『そうそう。よかったー。亜紀子から聞いてるよね?』
『一応聞いてるよ』
『だったら質問だけど。高校入試の日って吹部で何かあったりする?』
高校入試の日と言えば、明後日か。
当然ながら吹奏楽部は屋内での活動がメイン。
高校入試は教室を使うので自然と部活は休みになる。
そして、ボク個人としても特段予定は無かった。
『とくに何もないよ』
『ホント!?』
妙にテンションの高い返事が来たので、頷くような動きのスタンプを送ってみる。
すると花村さんからはサムズアップとともに、
『だったらその日、海江田くんをレンタルさせてくださいっ!』
――来たよ。
ため息交じりにOKを出したものの、結局最後まで目的地を教えてもらえなかった。
いっそのこと断ってもよかったのだけど、そのたびに仲條さんの顔が思い浮かんでどうにか思いとどまった。
ここまでお読みいただきまして、ありがとうございます。
……たぶん、本シリーズでも屈指のネタ回では?
(感想などお待ちしてます)
さて、次回からはまた少し流れが変わりまして、全4部構成のうちの第1部も完結へと向かいます。




