1-13. マリアージュと、さらなる災難の予感
エスカレーターのところで何とか先を行くふたりに追いつき、見知ったフロアを通り過ぎて、辿り着いたのはこれまたいつもの場所。
「……あんまり久々って感じ、しないなぁ」
「代わり映えがしない的なこと言わないでくれる?」
「そうは言ってないけどさ」
言ってはいないだけで、思ってはいる。
神流も、一応ちょっとは気にしているのかもしれなかった。
「私は、美味しいモノ食べられるならそれでいいけどなー」
「……ほら」
「そのドヤ顔を止めろ」
里帆先輩が出してくれた助け船に対して、言質取ったぜ、みたいな顔をこっちにわざわざ向けてくる神流。
春紅先輩まで似たような顔をしてボクの肩に腕を乗せてくるから、こっちはこっちで性質が悪い。
というか、ちょっとめんどくさい。
「あ、ほら。もう春メニュー出てますよ。ほら」
自分でも呆れるくらいに芝居が下手くそだとは思ったが、この際そんなことはどうでもよかった。
とりあえず話題を逸らせそうならばそれでいい。
街の片隅にはまだ解け残っている雪があるものの、見た目と口の中だけは春を先取りしましょう、という話らしい。
ホワイトデーも近いということでホワイトチョコが多めに使われていたり、桜を意識した色合いになっているメニューが季節のお品書きとして並べられている。
「あ、マジだ」
「あれ? 神流、予約したときにでも訊かなかったのか?」
「うん」
自信満々に即答する場面じゃないと思うが。
だけど、ひとまず話題替えには成功したらしい。
神流と里帆先輩はボクの思惑通りにショーケースに目を奪われている。
――が。
「瑞希くん、もう少し演技の勉強した方がいいかもねえ」
「……流石ッスね」
「そりゃあね」
春紅先輩はごまかせない。
最初からこの人を騙せるとは思っていなかったけれど。
それでも、この3人の内過半数をごまかせればそれで良かったのだ。
しかし、それにしても――。
「自信たっぷりですね」
「そりゃそうでしょ。そこのふたりとは年季が違うわよ。瑞希くんの中学時代を知ってるのよ、私は」
「……ま、たしかにそうなんですけどね」
「何が不満?」
「いやいや。不満なんてないですってば」
そう。
不満なんてない。
ただ、『中学時代』と言う言葉に、心臓がおかしな跳ね方をしただけだ。
「あ、そうだ。神流?」
「んー?」
念のため、店内に入る前に訊いておかなくてはいけないだろう。
ショーケースの中を見ているあたり、きっと心配は無用なんだろうけど。
保険は掛けておいて損はしない。
「今日は、『ふつう』なんだよな?」
「……いや別に、ミズキが乗り気だったら、チャレンジしてもいいけど?」
「ムリ」
「即答かよ」
「そりゃそうだろ」
財布面でも胃袋面でも、ムリなものはムリだ。
ボク以外の誰かがいっしょにチャレンジしてくれるとも思わないし、そもそも4人じゃ頭数が足りないだろう。
以前10人程度で挑んでギリギリ完食だったのを忘れたのか。
「安心しなさい。私の気が変わったから」
「え」
まさかとは思うのですが、
――春のメニューが無ければフードファイトになる予定だった。
そういう意味になりやしませんか神流さん。
そんなことを問う間もなく、神流は先輩ふたりの腕を掴んで店内へと威勢良く入っていった。
気にしたら負けだとは思うけど、さすがに無視することもできなかった。
きっと今のボクは、美味しいモノを食べる直前の顔には見えなかっただろう。
○
「ではでは!」
全員分の頼んだパフェが届いたところで、勢いよく神流が椅子から立ち上がった。
そこそこ大声で盛り上がっても大丈夫な作りになっている、店内奥の方にある個室。
神流の素早い行動によって、毎回しっかりとこの場所が予約されていた。
「里帆先輩のご卒業と、この4月からの素敵な大学生活を祝って!」
「合格発表、まだなんだけど!」
「先輩なら大丈夫ですってば!」
「そぉお? ……なら、いいかぁ!」
いい加減なメンツしかいないとこうなる、典型的なパターンだった。
「乾杯!」
「……乾杯?」
「いえー!!」「フー!!」
「……あ、そうすんだ」
「ミズキっ!」
「かんぱーい!」
斜向かいの位置から神流の怒声が響く。
まさか、パフェグラスで乾杯するなんて思わないだろう。
慌てて持ったところで、グラスの上の方の華奢な作りになっているキャンディで出来た飾りが落ちそうになったが、なんとか持ちこたえてくれた。
「……ふう」
「じゃあ、食べましょー!」
「あ、コラ!」
何でこっちの方から食べ始めるんだ、神流。
まず自分のモノから手を付けろというのに。
「あ、うっま。これうっま」
「そうだろうそうだろう」
「何でそんなドヤ顔なのよ」
「どう考えたってマリアージュ確定だからな」
ボクが頼んだのは、フローズンピーチヨーグルトパフェ。
バニラ系のミルクアイスを使ったパフェとは一線を画した雰囲気の、爽やか系である。
ピーチヨーグルトのジェラートの上には、危うくさっき落としそうにはなったが、ジェラートを包み込むような飾りを任されたキャンディが載せられている。
味はもちろんそうだろうが、見た目も充分爽やかだ。
本当なら夏向けのメニューだろうけど、今日は敢えてコレを選んでみた。
「ほらほらー。不満げなみずきくんには私のを味見させてあげよう」
「あ、どもです」
神流には先に取られたものの、やはり美味しい。
ベストマッチ。
そんなことを思っていると、ボクの正面に座る里帆先輩の優しいお誘いがやってきた。
先輩のは、いちごのミルフィーユパフェ。
春メニューの中のひとつか。
これも味には間違いないだろう。
そう思ってパフェ用スプーンを先輩のグラスに向けようとして――。
「はい、あーん」
「は?」
思考が止まる。
そして。
「れっつごー!」
「んぐ!?」
パイ生地の香ばしさといちごの甘酸っぱさが、口の中いっぱいに広がる。
「あ、おいし」
――いや、そうじゃない。
ちょっと待って。
今、何が起きたの。
「さすが、はるかちゃん。ナイス連携!」
「でしょー? 好機は逃しちゃダメですからね」
先輩ふたりが華麗にハイタッチをしておられる。
脳内でリプレイしてみる。
いきなり里帆先輩のパフェスプーンが口の前に差し出される。
突然のことだったので思わず『は?』と言って、口が開く。
その瞬間に横から春紅先輩の手が里帆先輩の腕を取って、そのままスプーンが口の中に差し込まれる。
美味しい。
――いや、最後はなんか違う。
結局、ボクは、里帆先輩に、いわゆる『あーん』をされた、と。
そういうことでしょうか?
「みずきくん、どーお?」
「うまいッス」
飼い慣らされた犬のような反応になっている気がする。
「じゃあ、今度はこっちね」
「へ?」
隣の席からスプーンが差し出される。
上に乗っているのはコーヒー風味のチョコレートと生クリーム。
春紅先輩が頼んだコーヒーチョコレートパフェだ。
「はい」
「……」
「……はいっ」
あ。
これ、絶対逃げられないヤツだ。
「あむっ」
「どお? どお?」
「……あ、これもイイ」
コーヒーとチョコレートも無敵の組み合わせだと思うんだよ。
「じゃあ、私のも」
「ん」
今度は神流のスプーンが差し出される。
プリマヴェーラ・ロッソとかいう名前だったはずだ。
いちご、さくらんぼ、各種ベリー系と、春っぽさを演出するような色合いのフルーツとそのソルベをふんだんに使ったパフェだ。
「あーん」
「おー、あ、これも良いな」
「っていうか、あんまり恥ずかしがらないのが何か癪に障るよね」
「癪に障るって、言い方」
3回目にもなったそれは、先輩ふたり――というか主に春紅先輩には流れ作業のように見えたのだろう。
違う、それは違う。
恥ずかしくないわけがない。
ただ、ここで恥ずかしがったらムダにイジってくるのが目に見えて解っているから、何とか恥ずかしい素振りを見せないようにしただけの話だ。
当たり前だ。
各所で、彼女たちの本当の顔を知らない男子たちに人気があるということを、伝え聞いてはいる。
その3人からの『あーん攻撃』だ。
ノーダメージで切り抜けられる男子高校生がいるのなら、ここに今すぐ来てもらいたかった。
○
「おいしかったねー」
「そうだねえ」
――こっちは、ドッと疲れたけどな。
口から危うく漏れかけた言葉をなんとか飲み込む。
「で、この後は?」
「ふふふ……」「フフフ……」
「え? ……え、なんですか」
先輩ふたりの、謎の笑み。
不穏な予感しかしない。
「ま、ミズキは付いてくるだけでいいから」
もう、それがイヤだ、って言う話なんだってば。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
美少女3人に連れ回される瑞希くんの図。
……もうちょっと続きます。




