1-11. 旅立ちの日に
時が経つのは早いモノで――。
そんな言葉で簡単に表現されることが多いけれど、盛大に、そして騒がしく開催された予餞会――卒業していく3年生を在校生と教職員で見送る会――から早くも1ヶ月と少しが経っていた。
今日は3月1日。卒業式の日だった。
こういった催しがある日としては珍しく、天気も良い。
場合によっては季節外れの猛吹雪とかになったりすることもあるのだけれど、今年は割合おとなしい空模様だった。
ただ、その代わりと言ってはアレだけれど、歩道やら排水溝の近くはかなりの危険地帯になっていた。
朝からかなり警戒して歩いてきたモノの、それでも制服の裾には少し雪解けの証拠が残っていた。
楽器の準備や自分たちの準備もあるため、吹奏楽部のメンバーは朝の早い時間から招集がかかっていた。
電車通学組は始発にかなり近い時間帯になってしまうが、それでも近隣在住組には敵わない。
そんな生徒たちは、片付けのときに精力的に動いてもらうという取り決めになっていた。
予餞会とはうってかわって、静かに厳かに式典は進んでいく。
吹奏楽部の演奏に合わせて校歌が歌われる以外に、大きな音が体育館から響くことはほとんどない。
卒業証書授与で名前を呼ばれた際に響き渡る生徒たちの声くらいか。
途中から半ば無礼講のような超展開になる卒業式を行う学校もあるというウワサを聞いたことがあるが、個人的にはこちらの方が好きだった。
淡々と式次第が進み、卒業生が退場していく。
式の雰囲気というか緊張感にも依るものなのか、すすり泣く様な音もあまり聞こえない。
教室に戻ってからどうなのかはわからないが、そのあたりはきっと自分たちが卒業生にならないと知ることがない領域だろう。
小学校の6年間や、中学校の3年間とは全然違うのだから。
楽器の片付けは後からで良いということなので、次の目的地――正面玄関の方へ向かうことにする。
「お待たせー」
「だいじょぶ、だいじょぶ」
「そんなに待ってないしな」
「ということで、みずきくんもコレ持って」
神流や佐々岡くんといったいつものメンバーと購買の前で落ち合う。
和恵さん――朝倉和恵からは花束やら寄せ書きやら、いわゆる卒業式らしいアイテムが入った紙袋を渡された。
見た目に反してそれほど重くはない。
それもそうか。
重いモノならば男子生徒が持たされているはずだ。
とくに今ココには佐々岡くんとかいう恰好のターゲットもいたわけで。
「……卒業かー」
「そうだなぁ」
「私たちの時って、どうなるんだろうね」
「さあなぁ」
チラッと隣の神流を見ると、どうにも不機嫌そうな顔をこちらに向けていた。
思わず肩をビクッと動かしてしまう。
別に、失言めいたモノなんか無かったと思うのだけど。
「ミズキ、ノリ悪い」
「……いやいや、そう言われてもな」
ようやく高校生活が1年になろうとしているような状態で、さすがに自分たちの卒業式を想像しろ、というのは難易度が高い。
「実際問題、どうなるかなんてわかんないしさ」
「そうだけどさ。なんかこう、青写真的なモノはないわけ?」
「……今のところは無いなぁ。っていうか、そういう希望を出せるのは卒業式じゃなくて、予餞会の方だろ?」
「いやまぁ、それもそうなんだけど。……ホラ、在校生にこんなモノもらいたい、とか」
手にさげている紙袋の中身を見る。
部員からの贈呈品としてド定番の寄せ書きとか、花束とか。
中学のときにもやったけど、いざもらう側になってみるとやっぱりちょっと嬉しかったりした。
「それなら余計に要望は出さないなぁ」
「ふーん……」
神流はまだ何か言いたそうな様子を見せつつも、ボクからあまりイイ返答を得られないような勘が働いたらしく、そこで会話の流れは止まった。
そんなタイミングに合わせたように、卒業生見送りをする在校生たちへ校舎の外へ出るように指示が出た。
おとなしくその流れに乗っかるようにして、ボクらは玄関へと向かうことにした。
「みずきくん!」
「里帆先輩」
校舎の外へ出てからしばらくして、卒業生もぞろぞろと生徒玄関から出てきた。
それぞれの部活で、わかりやすく目印になるようなものを立てて出迎えをしている。
吹奏楽部では、金管楽器の一部と謎の横断幕が目印だ。
こんな横断幕、こういうとき以外ではいつどこで使うのかと疑問に思ってしまう。
――というか、コレ、初めて見たんですけども。
ただ、やはりわかりやすいのだろう。
玄関から出てくるなり、どの先輩も満面の笑みでこちらにやってきてくれる。
川崎里帆先輩も、もちろんそのひとりだった。
「改めまして、卒業おめでとうございます」
「……うん、ありがとね」
いつもの晴れやかな笑顔、とはまた少し違ったように見えた。
あまり怪訝な顔を作らないようにしつつ先輩の顔を少しだけ見つめてみると、その原因はわりとあっさり解った。
「……先輩、もしかして、ちょっと泣いてました?」
「バレちゃうかー」
「まぁ、そりゃあ」
ちょっとだけ、涙のあとが見えたし。
「この子、よく女の子泣かせてるから、その辺よく気が付くんですよー」
「待って、春紅先輩。それはちょっと待って。だいぶその言い方には語弊があるっ!」
語弊っていうか、もはや言いがかりレベルだと思うのですが。
「あー、なるほどねー」
「いや、あの、里帆先輩もそこで納得しないで……」
一般的にボクにはそういうイメージがあるんですか。
「みずきくん、怖い怖い。隠し事は出来なさそうだよね」
「いえいえ、先輩。こう見えてコイツけっこう鈍臭いところもあるんで、全然大丈夫です」
「だから貴女たちはどうしてボクの為人をテキトーに流しちゃうのかね」
神流といい、春紅先輩といい、ボクには人権的なモノはないのでしょうか。
――たしかに、ウチの吹奏楽部はわりと女所帯でかかあ天下寄りだけれども。
というか、雪まつりに行った日以来、今までとは比べものにならない位に、この3人によるボクの扱いが悪くなっている気がする。
いちいちそれに対して返しをしているボクも悪いのだろうけど。
ふたりにため息を吐こうとしたが、それよりも少し早く里帆先輩が深く息を吐いて、まだまだ冬の色合いを残した青空を見上げた。
「やっぱりねー、ちょっと寂しくなっちゃってね」
もう涙の色はほとんど残っていないようだが、空の青を映した先輩の瞳は、やはり少し光っていた。
「そりゃあね、地元の大学っていうか、もう目と鼻の先にある大学を受けたけどさ。いつでも会いに来ようと思えば来られるんだけどさ……」
前期日程があったのは1週間弱前の話。
試験結果の感触についてはその試験終了直後にいきなりチャットが飛んできた。
ピースサインがたくさん並んでいたので、おそらくはボクの思っていた通りにバッチリだったのだろう。
そもそも、もう少し上のランクの大学を志望していても問題は無いと言われていた先輩だ。
ある意味当然の結果と言える。
「だから、私は多分大丈夫だろうな、って思ってたんだけどね。やっぱり寂しいな、って思っちゃって」
やはりそういうものなのか、と思う。
高校3年間を過ごした校舎はまだすぐそばにあるのだとしても、高校生としてここに戻ってくることは、もうあり得ない。
そう感じてしまったら、もう最後なのだろう。
「……だってさ、瑞希くん」
「は?」
春紅先輩がボクの脇腹に肘を入れながら言ってきた。
が、よくわからない。
話が繋がっていないような気がする。
「先輩、寂しいんだって」
「ええ、ですってね」
聞いてたよ?
「大丈夫って思ってたけど、やっぱり寂しいんだって」
「……ええ、そうですね」
それも聞いてましたよ?
「人肌恋しいんだって」
「……その流れで『ええ、そうですね』って言うと思いました?」
「……チッ」
舌打ち! この人、隠そうともしねえ!
「……人肌恋しいのはホントかもよー?」
「へ?」
春紅先輩の悪い顔に怯みかけているところに、少しからかうような声音が乗っかってきた。
そちらを見てみれば、里帆先輩が妙に大人っぽい――艶のあるとでもいうのだろうか、そんな顔をして、じわじわとこちらに近寄ってきていた。
ここまでお読みいただきましてありがとうございます。
おっとー!
でました!
先輩の色仕掛けーー!
うらやましいぞー、みずきーーーー!




