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第二十三節:異端児タダノくんのテロリズム

 天秤の儀式の事故により、その場で大きな波乱が巻き起こった。

 行政所からの兵士が駆けつけたおかげでなんとか騒ぎは一時的に収まったものの、火種はくすぶっている状態だった。


 裁きを下すはずの者が、神の鉄槌の如く自らのシンボルに潰された。

 そして守られるべき者達がすがりつこうとした時、庇護者たちはその力を以ってその者達を打ち据えた。

 人々にとっては、長年の揺ぎ無き信仰が崩れ去ったかのような錯覚に陥ったことだろう。


「だから、これしか手がないんです。シスター・ルピー」

「で…ですが…!」


 僕は今、シスター・ルピーの私室にいる。

 何故かといえば、彼女にお願いすることがあったからだ。


「手紙を一通書くだけです。それの何が問題なのでしょうか?」

「きょ…虚偽を含めた報告をするなど…不遜です!」

「冷静に考えてください、シスター。あながち嘘ではありませんし、このままではもっとヒドイ状況になってしまいます」


 エヴァンさんは間違いなく死んだのだが、水城さんが解放されたわけではない。

 だからこそ、シスターには協力してもらいたいのだ。


「沢山の人が突如殺到したのです、神殿騎士の方々が武器を振るったのも仕方がない判断だと思います。ですが…その説明で皆さんが納得するでしょうか?僕はそう思えません」

「うっ…」


 下手をすれば暴動が起こる。

 儀式の時のような突発性のものではない、もっと大きな規模のものだ。

 まぁ暴徒となった人達が押し寄せても、神殿騎士の人達は返り討ちにすることができるかもしれない。

 そうなると次は別の方法をとることだろう。

 教会に火をつけられるくらいは覚悟してもらいたい。


「僕は別におかしなことを言ってるつもりはありません。あの人達にはエヴァンさんの亡骸と一緒に手紙を運んでもらう、それだけです。あの人達がいる限り、街の人達は暴力を振るわれた恨みを持ち続けるでしょう。だからこそ、冷静になるためにもこの街から離れてもらう必要があるんです」


 目下の殺すべき人には死んでもらった。

 残りの人については死んでも構わないが、わざわざ殺そうとするほど憎いわけでもなかった。

 殺さなければならないなら死んでもらうかもしれないが、そうじゃないならそのままでいい。


「彼らがこの街を離れることで街の人達がここに押し寄せないかが心配なんですよね?安心してください、僕らが…水城さんが皆さんをお守りいたします。僕らが誠意を以って説得すれば、きっと皆さんも矛を収めてくれるでしょう」


 なにせ実際に罰せられそうになっていた側の人間が言うのだ。

 そんな水城さんがオオガネ教の人を許すというならば、納得する人も多くいるだろう。

 それでもなお牙を剥く人がいるなら仕方がない、救わないリストの中に名前を入れるしかないだろう。


「エヴァンさんが死んでしまった。それにより神殿騎士と街の人達が衝突した。このままでは大きな争いになる恐れがあった。だけど、エヴァンさんが内密に教えてくれた計画通りに水城さんを利用して人々を治める。だから彼女と僕らはここに残ることになる。そう手紙に書くだけでいいんです」


 そう、それだけで全てが上手くいくはずなのだ。

 確かに不幸な事故は起きてしまったが、目論見そのものは成功したのだとすれば首都にいるオオガネ教の人達は一応の満足はすることだろう。


 エヴァンさんは手厚く葬送され、祭り上げられる。

 地方のこの街も暴発するところだったが、水城さんがいる限りは平穏が保たれる。


 あとは、シスター・ルピーが決断するだけである。


「か…神に仕える身として…このようなこと…!」

「では、彼らに打ち殺されますか?」


 そう言ってテーブルの上にある2つの箱を指差す。

 元気に動き回るネズミが入っている箱と、死んだネズミが入っている箱だ。


「僕が渡した香水、エヴァンさんのベッドの横に置いておいたのでしょう?」


 実はタイラーさんからはある物を都合してもらった。

 それが水銀である。

 昔、体温計を割ってしまった時に母さんに急いで外に出ろと言われた記憶がある。

 あとで説明してもらったのだが、気化した水銀は子供にとても危険らしい。

 もちろん、量によっては大人も危険である。


 僕は儀式の日までに何度もシスターと話をしていた。


「この香水で、少しでも怒りを和らげてもらいたくて…。もしも僕の差し金だと思われたら、余計な誤解を招いてしまうかもしれませんので秘密でお願いします」


 そしてお金と一緒に、この水銀が混ぜられた香水をエヴァンさんのベッドの横に置いておき、匂いを楽しんでもらおうとしていたということになっている。

 まぁ実際には僕の差し金であることがバレていたかもしれないが、問題なかった。

 匂いを嗅いでも簡単に毒であることをはバレないし、飲んだとしても気化したものに比べればまだ安全だ。


 そして先ほど、それのネタばらしをした。

 僕はシスターに渡した物がどれほどの危険物かを教えるために、わざわざネズミを用意した。

 まぁ実際には毒餌のせいでネズミが死んだのだが、それを知らないシスターにとっては効果が抜群だった。


 不審に思って検証するかもしれないが、それならそれで毒性があることを立証してくれるわけなのでそれでも問題ない。


「わ…私が、彼ら…神殿騎士に報告したら…?」

「僕達二人とも困りますね」

「えっ…私、も?」

「彼らが敬愛しているエヴァンさんに毒を盛って殺そうとしたんですよ?シスター・ルピーにだけ優しくするとお思いですか?もしかしたらあの事故にも関わっていると思われて、一緒に殺されますよ。あなたも、力の無い街の人に対して容赦なく暴力を振るう彼らの姿を見たでしょう?」


 誠意とは金額である。

 良い言葉だ、皮肉ではなく本当にそう思ってる。

 僕はこの人の誠意を買い、共犯者へと仕立て上げた。

 あのお金と香水を受け取った時点で、この人はすでに罪人なのだ。


「それとも…あなたもこうなることを望んでいるのですか?」


 そして僕はポケットに仕舞っていたものを見せる。

 それを見て、シスターは息を呑む。

 エヴァンさんだったものの一部分である。

 たまたま…そう、たまたま飛んできたものの一つである。


「シスター・ルピー、このままじゃ多くの人が傷ついてしまいます。誰もが不幸になってしまいます。どうか、皆を助けると思って…!」


 自分の命惜しさに偽ることに抵抗を覚えているのだろう。

 なら、別の理由を用意してあげればいい。


『多くの人を助けるためだから、仕方がないことなんだ』


 そういう逃げ道が必要なんだ。


 しばらく悩んでいたようだが、シスターは決意して手紙を書き始めた。

 そう、それでいい。

 彼女からは見えない背後で、僕の顔は引きつったような笑顔になっていた。



 翌日、シスターからの要請もあって神殿騎士の人達はエヴァンさんの亡骸と手紙を首都に運ぶこととなった。

 本当に戻るべきなのかと問い詰められたりもしたが、亡骸が痛むという理由と、街の人達との軋轢をこれ以上広げないためにも、すぐ街から離れたほうがいいという説得によって彼らは渋々と街から出て行った。

 言外に、お前達がいると危ないと言っているのだ。

 神殿騎士がどれだけ偉いかは分からないが、エヴァンさんの私兵のような彼らにはそれを拒否することはできなかった。


 ついでに出て行く彼らの食料と飲み物に、使わなかった火種石と冷氷石の粉を別々に混ぜておいた。

 本当はエヴァンさんに死んでもらうための方法の一つである。

 モニュメントの爆破に失敗していればこの方法を取っていただろう。

 体内で二つの物質が接触し、爆発する。

 即死はしなくとも致命傷だ。

 それも、食べ物が入っている状況なのだから助かるはずもない。


 まぁ今回は適当に混ぜたので、彼らは死なないかもしれない。

 けど、そこは僕の領分ではないので彼らの信じる神様に任せることにした。

 果たして神様は彼らをどうするのか。

 僕には知る方法も、興味もなかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 軽い気持ちで手紙を送ったら人が死んだんですよ? 丹精込めた手紙なんか送ったら一体何が起こるんですかねぇ…? 傾国の魔女としてシスター名前残るんじゃないですか? まぁ歴史を残す国が残ればですけ…
[一言] は…腹のなかで… タダノ君に「おもちゃ」を与えたのは誰だよ…エグすぎだよタダノくん…
[一言] 救わないリストからまた名前が消えて綺麗になっていきますね! 共犯者として生かす理由があったシスターとなかった神殿騎士で明暗分かれましたねー。
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