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だんぢょんくえすと  作者: アッサムてー
7/8

 急がば回れ、という言葉もあるように焦る気持ちもあったけれど、焦ったところでなにがどうなるわけでもないことを、俺はよく知っていた。

 おじさんのことはとても心配だ。

 しかし、心配してこの事態が好転するわけでも、ましてや解決するわけではない。

 そして、下衆やら外道と言われるかもしれないが回らない寿司が出てくるわけでもない。


 「よし、じゃあ鍵開けて?」


 スライムを見送ったあと、小林に言われて俺はダンジョンの従業員用の出入り口の鍵を開けた。

 その扉は本当に簡素なものだ。

 磨りガラスに、ドアノブがついただけの扉である。

 鍵を開けて、俺はドアノブを回す。

 中に入ると、中学生の頃に職場見学で行った当時世話になっていた親戚の家の近所のスーパーのバックヤードと同じ光景が広がっていた。

 各テナントが発注したであろうダンボールが、積まれていた。

 電気は、とりあえず点いている。

 見上げれば無骨な天井と、こういった施設用の照明が見えた。


 「ふむ」


 なにやらまた考えている小林に、俺は訊ねた。


 「そういえば、確認なんだが。ここいつから閉鎖されてるんだったったっけ?」


 「資料に書いてあるでしょ」


 いや、あなたと筆談しててほとんど頭に入ってないし、会議中の説明もきいてなかったんですよ。

 と、真正直には言えないので、


 「あ、ホントだ」


 そういや、乗っ取り犯の情報も載ってたよな。

 俺はペラペラと資料をめくって、改めて情報を確認した。

 資料によると乗っ取り犯は、単独ではなくグループで犯行に及んだようだ。

 犯行グループのもの達は、以前からほかのダンジョンでも迷惑をかけていたいわゆる過激派と呼ばれるもの達で構成されているようだ。

 ダンジョンが出来た時、というよりもアヌンナキ達がやってきた時もそうだが、ダンジョンがない時代にもなんと言うのだろう、うーん、まあ昔から反発する連中というのは、いるわけで。

 それこそ俺が生まれる何十年も前なんて、学生運動なるものがあり、それが過激化して学生達が武装し、某有名な東京の大学を占領したり、火炎瓶をなげたり銃をぶっぱなしたり。

 あとはどっかの山小屋に立てこもったり、やはり銃をぶっぱなしたりして、ととにかく世間様に迷惑をかけていた人達がいたらしい。

 あー、そうだ、よど号事件とかもその迷惑という意味では同じだろう。反対意見は認める。

 

 まぁ、とにかく、どんなに時代が進んでもこういった危ないことをする大人というものはいるものらしい。


 今回、ダンジョンを乗っ取った犯人達も大人だった。

 資料には、ダンジョンを乗っ取った時に、挑戦していた挑戦者の中に、政府関係者の家族がおりその人を人質にして、自分たちの要求を通すことを目的にしている、というようなことが書かれていた。

 それを読んで、俺は首を傾げる。

 俺が、最初に高橋さんに説明された内容は、物凄く簡単だった。

 ダンジョンに手を出すな。手を出したら人質を殺すというような内容だったはずだ。

 なんなのだろう?

 この差異は。

 小林にも話しておいた方が良いかな。

 一緒に行動するわけだし、意見のすり合わせくらいしておいても損は無いはずだ。

 それに、聞きたいこともあるし。


 「神乃木、ちょっと聞いてもいい?」


 俺が口を開くのより先に、小林が言ってきた。


 「……なに?」


 「会議室で、君、変なこと言ったよね?

 まぁ、正確には筆談だったから、書いたよね、が正しいけれど」


 「ん? なんて書いたっけ?」


 「ほら、私も知り合いがダンジョン挑戦中だったかどうか、って聞いたでしょ?」


 「あー、うん、聞いた。

 と、その前に小林」


 「なに?」


 「小鳥遊だったっけ? あのチンピラっぽい人に言ってたような口調でもいいんだけど」


 「え、男言葉で話せってこと?」


 「うん」


 「……いいの?」


 「いやぁ、うん、なんて言うのかな、その微妙な女言葉使われるより、話しやすいから」


 「そういうもん?」


 「そういうもんそういうもん」


 「なら、遠慮なく。

 神乃木は、俺になんであんなこと聞いたんだ?」


 こっちの方が素なのか?

 妙に嬉しそうだ。


 「いや、俺がここに連れてこられた理由が、今お世話になってるおじさんが巻き込まれてるからってことだったんだ。

 だから、小林も同じような理由で招集されたのかなって思って。

 そういや、小林も妙なこと言ってたよな。

 ほら、招集された理由は察しがつくとかなんとか」


 そういや、小林は小鳥遊を帰そうとしていたようにも取れる言動をしていた。


 「あー、あれか。

 うーん、いやさ、君も知ってるだろうけど、俺の魂というか、精神レベルなんだけどまぁ百レベル超えてるんだわ。

 でもさ、個人だとランカー入りしたことないんだわ。

 個人でのランカーって基本、レベル五百以上でようやっと百位かどうかでさ。

 神乃木は知ってると思うけど、たしかに俺はサークル、じゃなかったパーティだとランカー入りしたことあるよ。

 今でもパーティだとランカー入りするし」


 なんだろう?

 自慢だろうか?


 「パーティでランカー入りしてるから、普段組んでる子達と一緒ってなら呼ばれたことに違和感は無かったんだけどさー。

 個人として呼ばれたから変だなぁって思って、さらに違和感が強くなったのは自己紹介の時。

 私の顔がパーティとしてランカー入りしてるから割れてるってのはわかる。

 でも、私や神乃木以外が全員、ソロで活動しててランカー入りしてる人達だったんだ」


 そうだったのか。

 小林は、おかしいとおもわない? と続けた。

 俺はどこがどうおかしいのかよくわからなかった。

 いや、戦闘能力ゼロの俺がいることは普通におかしいと思う。

 結局、協力してことに当たるかと思いきや、残ったのは小林だけだったし。


 「どこか変か?」


 とりあえず、それだけ聞いてみた。


 「基本、集められた人数の殆どがソロ。

 そのうちの一人はパーティを組んでるダンジョンマスター。

 俺の事だ。

 残る一人は、表舞台に出てこなかった、ほぼ無名のダンジョンマスター。それも唯一のカンストしてる人。

 君のことだ。

 変だろう?

 そもそも、だ。こういった事案はそれこそ挑戦者としての経験がある、特殊部隊が出てくるべきなんだ。それが無い。

 ハイジャックに刃物を持っての立てこもり、そういったことに対する特殊部隊と同じく、こういったことも任務になっていたはずだ」


 特殊部隊、いまは、そんなのがあるのか。

 やっぱり自衛隊とか公安とかそういうところでの経験者で集められているんだろうか。

 それにしても、やっぱり、カンストのことを知っている。

 小林はどこでそれを知ったのだろう?

 聞いてみるか。

 あ、でもその前に。


 「特殊部隊のことも気になるけど。

 あの小鳥遊は?

 あいつもパーティ組んでる人だろ?」


 「あー、あいつね、アイツも今はソロだよ。基本。

 攻略するダンジョンに、例えば二人以上でパーティ組めって条件がついてたり、より攻略しやすいって理由でパーティを組んだりしてるタイプ。

 それ自体はべつに普通だ。非難されることはない。

 ただ、性格が下衆。玉の小さい男だ。

 他人を自分を高めるためだけの道具としてでしか、見ていない」


 「あー、うん。それはなんとなくわかる。

 そういえば、小林。ついでに聞いていいか?」


 「うん? なに?」


 「なんで、お前俺のこと知ってたんだ?」


 「と、いうと?」


 「いや、なんで俺がカンストしてること知ってたのか不思議だなぁって。

 お前もいま言っただろ、表舞台に出てこなかった、唯一のカンストしてる人って」


 「なんだ、そんなことか」


 簡単なことだ、と言わんばかりに小林は続けた。


 「俳優名鑑みたいなもので、ダンジョンマスター名鑑があるんだよ。

 ダンジョンマスターと、政府関係者しか閲覧出来ないけど。そこには顔写真と最終成績更新履歴というか、まぁ能力値なんかが載ってる。

 さすがに本籍地なんかは載っていないけれど」


 怖いな、なんだそれ。


 「政府が制作してた名鑑で、このダンジョンみたいな引き継ぎ案件とかが出てきた時に兼任したり、仕事を振るために使われてる」


 あー、そっか。

 なるほどー、住所とかは政府は把握してるから能力値だけ記録してあるのか。


 「でも、顔写真が載ってるにしても小学生の時のだろ?

 よくわかったな?」


 「苗字が神乃木ってだけでも珍しいのに、十代で名前が二千六百年って書いてふじむねって読むやつがこの日本で何人いるやら。

 さらに、ダンジョンマスターとくれば、なぁ?」


 いや、なぁ? と言われても困るんだが。


 「まぁ、顔写真の面影が残ってたってのと、名前と、経歴はほらあることないこと噂されてただろ?」


 本人に向かってわざわざ言うか。

 小林は気にすることなく喋り続ける。


 「ここで、ほぼ、君が名鑑に載ってる【神乃木(かみのぎ)二千六百年(ふじむね)】と同一人物だって確信があった。

 でも、肝心のダンジョンマスターかどうかがわからなくって、一緒にパーティ組んで友達になればその辺話してくれるかなって考えてたんだ。

 結果的にこうやって招集されたから、その手間が省けたけど」


 「ふむふむ。

 でも、やっぱりわからない。小林はどうしてそこまで俺に興味を持ったんだ?」


 まさか一目惚れされたとか、夢のある展開だろうか?

 そうなら、普通に嬉しい。

 もしそうなら、女の子が苦手でいろいろ諦めていた高校生活が薔薇色になるかもしれない。

 そう、ちょっと、ちょびっとだけ期待して、俺は聞いてみた。

 男言葉で話してくれるなら、普通に接することができる。

 それに、小林は地味目だがけっして不細工ではない。

 はたして、小林の返答は、


 「いや、ご意見番というかダンジョンへの意見を聞きたかっただけ」


 という、夢もなにもないものだった。

 いや、俺が勝手に夢を見て期待しただけだ。

 いや、ある意味予想通りの答えだったけど。


 「どした?」


 小林が、俺を見ながら首を傾げる。


 「別に。

 それより、ご意見番?」


 「そ、俺のダンジョンの悪いとことか、まぁ改善点だよな。

 見てもらって先輩に意見貰おうかと思って。

 まぁ、でもまずは、この件を解決しないとだけど」


 小林は言って、あたりをぐるりと見回した。

 俺も、同じように周囲を見る。

 そこには、やはりスーパーマーケットのバックヤードのような光景が広がっている。


 「小林、まだ答えてもらってないぞ」


 「なに?」


 「お前が呼ばれたことについて、察しがついている件だ」


 「たぶん、だけど。

 政府側は、俺にこのダンジョンの引き継ぎをさせるつもりなんだろ」


 「は? どうしてそうなる?」


 「ダンジョンマスターの価値が、レベルや能力値以外に決まることがある。

 なんだか、わかるか?」


 「…………」


 俺は考えた。

 しかし、俺の答えを待たず、小林は解答を口にする。


 「運営、管理しているダンジョン、そのもののランクだ。

 俺のダンジョンは、元々最底辺レベル、初心者向けのダンジョンだった。

 それがまぁいろいろあって、最高ランクのSSSランクに格上げされたんだ。

 そうなってきたら今度は、マスターのいなくなった放置されまくってた事故物件ダンジョンを兼任するように通達がきた。

 家と一緒なんだよ。新人に事故物件ダンジョンを任せたい。でも、いきなりそんな所を任せて、また死なれちゃ困る。

 なら、ベテランに一度任せて綺麗にして開け渡そうってことだ。

 そして、ここに更に大人の事情が加わる」


 小林が、右手の人差し指をピンと立てて言った。


 「大人の事情?」


 「そう。大人の事情だ。

 なんだと思う?」


 まるで謎謎だ。

 しかし、家のお手伝いとはいえ、現場から退いて五年の俺には答えられなかった。

 俺が首を左右にふると、小林は教えてくれた。


 「そうだなぁ、最初からだろうが、途中からだろうが、とにかく現在進行形でこういったバベル級の、もっと言えばSSS級の高ランクダンジョンの運営をしていると言うことは、一種のステータスになる。

 早い話が自慢になる。大企業に勤めるエリート社員、もしくは官僚を想像してもらうとわかりやすいかな。

 新人だろうが、ベテランだろうが関係なく肩書きとしては立派だろ?

 最近の乗っ取り事案でトラブルが絶えないものとして、政府が一部のダンジョンをダンジョンマスターから取り上げる、というものがあるんだ。

 汗水垂らして、育て上げたダンジョン。

 それを没収して、他のダンジョンを充てがうんだ」


 なんでそんなことをするんだ?

 俺の質問が飛ぶ前に、小林は言った。


 「なんでそんなことをすると思う?

 答えはね、政府関係者の身内とか知り合いとかにコネで回すためだ。

 まさにズル、現代風に言うならチートってところかな。

 その中にはこういった事故物件も含まれる」


 皮肉を込めて、小林は嘲笑した。


 「うわあ、マジか」


 ドン引く俺を見ながら、小林はどこか疲れたような呆れたような表情をうかべる。


 「俺のダンジョンもいつ没収されるやらわからないし。

 納得して手放したダンジョンマスターも入れば、当然その逆もいる。

 まぁ、でも俺のダンジョンはかなり特殊な部類に入るし、ガチャで手に入れたものは基本その時のダンジョンマスターのものになるから、ある意味その辺は公平だよ。ダンジョンポイントもそのままだ。

 同じ理由でガチャで当てたサポートキャラ(パートナー)の没収も基本ないし。

 まぁ、パートナーが新しいマスターに仕えたいって言うなら、また話は別だろうけど」


 小林は、話しながら指を空中で滑らせる行為をした。

 そして、続ける。


 「ところで神乃木。君のとこにあるこのダンジョンの地図データ、こちらに送れないか?」


 「携帯じゃないんだから、そんなこと出来ない」


 俺の返答に、小林が目をぱちくりした。

 そして、とてもおかしそうに笑いだした。

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