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やっぱりそうだ。
小林は、俺のことを、職業レベルがカンストしていることを知っている気がする。
でも、そうなると、俺の経歴も知っている可能性がある。
そうでなければ、こんなことを言えるはずはない。
小林は、俺がダンジョンマスターのスキルを持っていることを、そしてその職業レベルをカンストさせていることを事前に知っていた。
「…………」
それは、いい。別にそこまで隠していることでもないと言えばない。
誰も知ろうとしない限り、知りえないことだからだ。
面倒になるのが、あと恐らく職業レベルだけでもカンストしていることがわかれば質問攻めにあうのは、なんとなく想像できたからあえて言わなかっただけだ。
それに、俺の経歴が経歴だ。
きっと、今以上にあることないこと噂されるのは簡単に予想出来た。
小林は、それでもわざわざ調べた可能性がある。
黒に近い俺の経歴を、きっと調べたのだ。
なら、いや、だからこそわからない。
彼女はそれを言いふらすつもりはないようだ。
彼女の目的はなんなのだろう?
今日、パーティに誘ったことにも繋がっているのだろうか?
いや、彼女もダンジョンマスターであるのだから、そういう意味での後輩としてダンジョンの運営について何か聞きたかったのか。
やはり、わからない。
悶々と小林について考えている横で、とうの小林はと言えば高橋さんの反応をみているようだった。
なんというか、こう、心の内面を見透かすかのようにその瞳を向けている。
高橋さんはと言えば、その視線に気づいているのかいないのか、俺が示した資料の図を見ていた。
やがて、高橋さんは資料から俺たちへ視線を向け直して、
「それで、君たちはどうするの?」
小林の質問には答えず、高橋さんはそう訊いてきた。
俺をここに連れてきた理由、それを肯定しているようにも見えた。
「さて、どうしようか?
ねえ、神乃木さん?」
なんでここで俺に振るんだ。
「……とりあえず、ダンジョンマスターらしく裏口、従業員用の方から入ろうか。
乗っ取り犯には、ダンジョンの主導権握った時に偽装情報を与えたはずだから、まだ気づかれていないはずだし。
仮に気づかれたとしても、表から入った方に気を取られると、思う、たぶん」
「自信持ちなよ、先輩」
ダンジョンマスターとしての先輩ではあるが、なんなのだろうこの信用。
「で、その従業員用の入り口はどこにあるの?」
ワクワクと楽しさを声に滲ませて、さらに瞳を子供のように輝かせて小林は訊いてきた。
俺は、ため息をひとつ吐くと、
「こっち」
俺は歩き出した。
高橋さんは、当たり前だが着いてこない。
俺たちを見送ると、くるりと背を向けてほかの政府関係者のもとへと戻っていった。
正面玄関たる挑戦者用の出入り口からみて、正反対の場所。
そこに従業員用の出入り口はあった。
「あ、あったあった。ん?」
小林が声を弾ませて、簡素な出入り口を見ると、すぐにその声が怪訝なものに変わった。
出入り口の前に、カラフルなゼリー状の生き物らしきものがわちゃわちゃしていたのだ。
「スライムだ」
「スライムだ」
異口同音で、俺と小林が呟いた。
と、赤、青、白、黄色、黒、紫と色とりどりのスライム達がこちらに気づいて、群がってきた。
「あ、ダンジョンマスターだ!」
「マスターと同じマスター業の人達だ!」
「ねえねえ! ガキ開けてよー! 入れないんだよー!」
ぴょんぴょんと跳ねながら、またはズリズリと這いずりなが群がられる。
スライム。
アヌンナキ達が参考にしたゲームでも登場するマスコット的な、魔物だ。
一説にはラブクラフトが書いた作品に登場したのが最初だとされている(諸説あるらしい)。
さすがにいろいろ配慮したのか、見た目は水まんじゅう、いや田舎まんじゅうに口を貼り付けたようなデザインだ。
あのままだと、利権とかがあってきっとモザイクがかかるかややこしいことになっていたんだろうな。
ちなみにスライムは、ダンジョン内に配置できる魔物である。
「ここで働いてるスライムか?」
俺が訊ねると、
「そうだよ!」
そんな答え。
そして、スライムの中の一匹が言った。
「あ、あ、あ! まずは挨拶だよね!」
その言葉に、ほかのスライムも、そうだったそうだったと口々に言って、別のスライムが音頭を取る。
「いっせーのーせっ」
「「「「僕達は悪いスライムじゃないよ」」」」
セリフをパクるな。
声が甲高いから、すんげぇ耳に響いた。
うるせぇ。
俺は咄嗟に耳を手で覆った。
それは、小林もだった。
というか、それがスライムの挨拶なのか。
「少なくとも、ここはダンジョンの外だもん。ダンジョンの外のルールに従ってる社会人だよ!」
社会人ではなく社会スライムではないのだろうか?
まぁ、いいや。
「中で寝泊まりしてるんじゃないのな」
なんというか、ダンジョンの中でそのまま過ごしているイメージがあったからつい聞いてみた。
そして、スライム達が言うことには、
「うんとね、シフトがあってね。
僕達は遅番勤務のスライムなんだよー」
「九時十七時の方は、早番で、中番は十時十五時、で、僕達遅番は十七時二十一時担当なんだ」
「マスターがね、僕達むけの寮を用意してくれたんだ」
「古いとこだけど住みやすいよー」
「元々は、鶏とか豚とかを飼ってた場所なんだってー」
それは寮ではなく、養鶏場とか養豚場と言うんじゃなかろうか。
「それ、寮じゃなくて飼育施設じゃね? もしくは養殖場」
小林がオブラートに包むことなく指摘した。
「そうなの?」
「へぇー、そうなんだー、だから環境が整ってるんだね!」
「至れり尽くせりだもんねー」
ねー、とスライム達がワイワイ話をする。
呑気だなぁ。
しかし、この様子だと知らないのか?
マスターが殺されたこと。
「ところで、なんで入れなくなったのか知ってる?」
そうスライムに訊ねたのは、小林だった。
「というか、そういった連絡なにも来てないの?」
小林は、さらに質問を重ねた。
スライム達は、『しらなーい』と口を揃えて答えた。
そして、紫色のスライムが、
「来てないよー」
そう教えてくれた。
と、今度は赤い色のスライムが俺の周りをピョンピョン跳ねて、また正面にきてから言った。
「あれ? マスター変わったの?」
その言葉に、スライム達がザワザワし始める。
「え、またマスター変わったの?」
「うん、この男の人がマスター登録されてるよ」
「なーんだ、それならそうと早く言ってよ。
マスター、僕達にお仕事してほしいんでしょ?
はやく、入り口の鍵開けてよー」
わきゃわきゃ、ワイワイと言われる。
「あー、それなんだがな。
ちょっと中で危ないことが起きてるから、お前ら今日の仕事は無しな」
俺の説明に、スライム達がまた口々に言い始める。
「えー、そうなのー?」
「あ、なるほどー、危ないことがおきてるから、昨日の遅番の子が帰ってこなくて、早番と中番の子達とも連絡がとれなかったのかー。
なるほどー」
「でも、そうするとマスターも危ないでしょー?
僕達の最初のマスターも殺されちゃったんだよ?」
とあるスライムの言葉に、小林が反応した。
「最初? それに、またってさっきも言ったよね?
ねえ、ちょっと教えてもらってもいい?」
興奮しているのか、少し早口で小林はスライムへ捲し立てるように言った。
すると、スライム達がのんびりと答えてくる。
「いいよー」
「何が聞きたいのー?」
「なんでも、答えるよー。今日のお仕事なくなって暇になったから」
小林は色とりどりのスライム達に三つ、質問をした。
一つ、ここのダンジョンのマスターは今まで何回変わったのか?
二つ、最初のマスターが殺された、とはどういうことなのか?
三つ、ここのダンジョンにはラスボスが配置されているか?
まず一つ目の質問への答えは、
「これで三回目だよー」
「うんとねー、最初のマスターとそのお手伝いの人が二日くらい前に殺されちゃったんだー」
「最初のマスターが死んじゃったから、その殺した人が二人目の新しいマスターになったんだー」
なんだろう、マスコット的でとても可愛いのに、言ってることが殺伐としてる。
殺すだのなんだの、あんまり聞きたくなかった。
二つ目の質問については、
「どーいうことー?」
「どーいうことーなんだろーね?」
「僕達、悲しいとかそういうの設定されてないから、よくわかんないやー」
そっかー。としか返しようがない答えだった。
「そうだなぁ、なんで殺されたか知ってる?」
小林は質問を変えた。
「しらなーい」
「ねー、知らないよねー?」
「ねー?」
「二人目のマスターは、なにも言ってなかったよー」
そっかそっかー。としか言いようのない返答だった。
と、一匹のスライムが答えた。
「でも、人間はちじょうのもつれで殺し合うって、聞いたことあるよー。
あれでしょー? 好きすぎて、愛しすぎて殺しちゃうんでしょー??」
どんな昼ドラサスペンスだ、それ。
すると、今度はべつのスライムが言い出した。
「違うよー、人間は他人のために他人を殺すし、時と場合によっては自分も殺しちゃうんだよ」
「えー、そうなのー??」
「なにそれなにそれ??」
また、スライム同士でわきゃわきゃし始めた。
音声さえなければ癒し空間に見えなくもないのに、話題が殺しただの殺すだの、ぶっそうなことこの上ない。
収拾がつかなくなる前に、小林は最後の質問を繰り出した。
つまり、ラスボスの配置の有無だ。
「ラスボスー?」
「ラスボスってなぁに??」
とりあえず、ラスボスについて説明する。
すると、理解してくれたようだ。
「うーん? このダンジョンだと、たぶん、幹部さん達のことかなぁ?」
赤い色のスライムがそんなことを言った。
「幹部さん?」
小林が首を傾げる。
「そう! 幹部さん!!
マスターのために、ダンジョンのお手伝いをする人の別の呼び方だよ!
新しいマスターはそんなことも知らないの?」
「お手伝いだけじゃないよ、頼めば閨にも仕えてくれるんだよ!」
閨って。
なんか聞いてはいけないことを聞いてしまった気がする。
ちらり、と小林を見れば表情が凍りついたようにも見えた。
猥談、という程でもないがこういった話は苦手なのかもしれない。
「その、閨の話について聞きたいんだけど」
小林はさらに質問した。
小林の興奮は冷めつつあるようだった。
しかし、少しだけ苦手とは別の感情がその声に含まれている気がした。
声音が固くなり、真剣な色がやどっている。
「うん、いいよー。なにが聞きたいのー?」
「その閨へお仕えする、ってのは最初のダンジョンマスターの頃からあるの?」
「そうだよー」
「あ、それ僕知ってるよー。
人間基準だと、幹部の人達はとっても見目麗しい人達なんでしょ?
だから夜伽させてるんだって、幹部の人達はマスターの寵愛を受けられるから、みんな順番待ちで喧嘩が絶えないって聞いたよー」
生々しい話だな。
凍りついた小林の顔が今度は、みるみる引きつっていくのがわかった。
スライム達はなおも喋り続ける。
「僕達には、そういう機能がないからわかんないけどねー」
「うんうん。なにしろ僕達、幹部さん達みたいにダンジョンマスターへの忠誠高くないって、よく笑われてるしねー」
「あ、それねー、アレなんだよ。
ほら僕達にはマスターが寮を用意してくれたでしょ?
幹部さん達はそれが気に食わないみたいなんだよ」
「そうなのー?」
「なんでなんでー?」
「うーん、よくわかんないんだけど。
僕達みたいな低級のモンスターがマスターから何か貰うこと、与えられること、それ自体が嫌なんだってー」
「へー、そうなんだー」
「そーなのかー」
「僕達はとっても嬉しいのにねー」
ねー、とまた超えを合わせてわきゃわきゃし始めた。
とりあえず、新しいマスター権限で、スライム達にはとりあえず寮とやらにおかえり頂いた。
スライム達は、快諾してみんなでピョンピョン跳ねながらダンジョンを去った。
小林は、腕を組み唇に握った指を当てて、なにやら考えこんでいたかと思うと、
「規則違反、それも禁忌に触れてるとは」
と呟いた。