1
「今日どーするー?」
「ダンジョン行くなら途中でコンビニよってこーぜー。
おにぎり買いたい」
「あ、俺もパーティ入れてー」
「いいけど、お前なんのスキルもってる?」
「バベル、まだメンテ中だって、早くしろよな運営者」
放課後。そんなクラスメイト達の賑やかな声をききながら、俺は帰り支度をした。
必要最低限の教科書と、筆記用具、そして空になった弁当箱が入った鞄を背負う。
「あ、あの、神乃木さん」
明日は土曜日、つまりは休みだ。
夜には、遅れに遅れてしまっていた、俺の高校進学祝いに回らない寿司に連れて行ってもらう予定がある。
ただ、その時間までは余裕があるので、途中にある図書館に寄って、本でも借りようと思いながら教室を出ようとした俺に、そんなクラスメイトの声がかかった。
女子生徒だ。名前は、たしか――――、
俺は彼女の制服の胸元に縫い付けられている名札を見ながら、返事をした。
「小林さん、なに?」
名札には、苗字しか書かれてないので、下の名前は知らない。
「あ、あのね、その」
「うん」
「今日、暇?」
「? なんで?」
「その、私が入ってるパーティなんだけど、メンバーの一人が今日風邪で休んじゃってて」
補充戦力として入ってくれないか、というお誘いだった。
俺は断った。
「あー、悪いけど力になれないと思う」
言いつつ、俺はカードケースを取り出して、学生証と一緒に入れてあるステータスカードを見せた。
「俺、ダンジョンの挑戦とかしたことないからレベル一番下の一なんだわ。
小林さんたちのパーティ、平均レベル百超えてて、パーティランクもSでしょ。
足引っ張りたくないから」
角が立つ言い方をすれば、わざわざ嘲笑のネタを与えてやる義理もない。
角が立つので言わないが。
「あ、その、そうじゃなくて」
「それじゃ、また明日」
手をヒラヒラさせて、俺は教室を出る。
後ろから、ほかのクラスメイトの声が届いた。
「だから言ったじゃん、あんなオタク誘うのよそうって」
「そーそー、レベルが低いだけじゃなく、人間性も底辺の犯罪者予備軍だよ?」
「だよねー、あれでしょ? お父さんが人殺して自殺して、お母さんは男作って駆け落ちしたんでしょ?
そういう親の子なんだよ? サチが気に掛ける価値なんてコレっぽっちもないよ」
陰口なら陰で叩けよ。他人の家のこととやかく言うな。
そう思ったが、思っただけで聞こえてない振りをした。
女子のこういうところが、俺は嫌いだった。
いや、それは男子もか。
教室を出て、生徒玄関へ向かう。
靴を履き替えて、外に出る。
生徒用の駐輪場へ向かって、愛用の自転車のロックを解除して跨る。自転車の籠には鞄を突っ込む。
そのまま、俺は校門を出た。
正門から帰る生徒はまばらだ。
部活動をしている生徒はまだ校内に残っている。グランドからは野球部かサッカー部かはたまたテニス部か、とにかく部活動をしている生徒の声が届く。
部活動をしていない生徒は裏門から、ダンジョンへ向かっているはずだ。
俺は、校門を出ると、自分が通う高校の校舎の向こうにそびえる塔を見た。
まるで、ロールプレイングゲームにでも出てきそうな高層ビルもかくやという、煉瓦造りの塔だ。
それは、県内では最大級のダンジョンだった。
国内に五つしかないSSS級のダンジョン、その一つだ。
その天まで届きそうな姿から、通称【バベル級】と呼ばれている。
ダンジョンマスターは、さぞ挑戦者から搾り取るだけ搾り取って稼いでいるに違いない。
「…………」
俺は、少しだけその塔――バベルを見てから反対方向に、つまりは自宅がある方へ自転車を漕ぎ始めた。
そんな、ある意味いつも通りに帰路についた日。
結果だけを先に述べると、俺は学校帰りに黒服の連中に拉致られた。
通学路を家へ、なんなら鼻歌を歌いながら自転車を漕いでいた俺の横を黒塗りのお高い車が通り過ぎたな、と思っていたら数メートル先でその車は停車した。
そして、降りてきたのは黒のサングラスにやはり黒いスーツを纏った、大人達。
昔見た映画、そうそう『メン・イン・ブラック』を彷彿とさせる出で立ちの大人が四人。
内訳は男性が三人、女性が一人。女性は何やらクリアファイルを手にしていて、その中に入っている用紙とこちらを交互に見た。
今どき紙の地図かぁ、なんて呑気に走りすぎようとした俺を、女性が呼び止めた。
「えっと、神乃木 二千六百年君?」
女性が、やはり手元のクリアファイルと俺を交互に見ている。
「いえ、人違いです」
新手の宗教の勧誘だろうか、それとも学校関係者だろうか。
どちらにしろ、個人情報が流れている系はろくなことにならない。だから、そう嘘をついた。
女性は、苦笑しながら続けた。
「ごめんなさいね。なにしろ緊急事態なもので」
そう言って、女性はクリアファイルをこちらに見せてきた。
俺の顔写真が貼ってある、書類だった。
俺の個人情報が事細かに記載された、書類だった。
それを俺に見せながら女性は、自分達は政府関係者だと名乗った。
【ミシェル・ノストラダムス師の予言集】もしくは、むしろ日本では【ノストラダムスの大予言】として有名な著書がある。
今は昔、と言っても俺が生まれる二十余年ほど前のことだ。
この大昔の人、ミシェル・ノストラダムス氏が書いた予言の一つが、日本では大流行したらしい。
ちなみに、日本で浸透している【ノストラダムスの大予言】とは作家、五島勉が書いた本のタイトルである。
原題の方を訳すと前者の【ミシェル・ノストラダムス師の予言集】となるらしい。ただ、タイトルは訳される土地によってそれぞれ違うことがあるらしい。
昭和、そして、平成初期生まれの人間なら記憶にあるだろうそれは、オカルト界隈じゃそれなりに有名な話らしい。
俺が生まれる二十年以上前の一九九九年がその予言に記されていた年だった。
曰く【一九九九年七の月、空から恐怖の大王が降ってくるだろう】という一部世代には有名過ぎるフレーズでおなじみの、いわゆる終末予言の一つだ。
人類滅亡だの、破滅だのと当時は騒がれていたらしい。
恐怖の大王とは?
隕石? 未知のウィルス? それとも地球外生命体の総攻撃でもあるのだろうか?
様々な推測が立てられるなか、それはやってきた。
答え合わせの結果は―――アヌンナキと呼ばれる地球外生命体だった。
アヌンナキとは、オカルトと言うよりも都市伝説界隈では、人類起源説として語られる宇宙人である。
世界史の授業で習う古代文明に影響を与えたとされている。
アヌンナキ達は、それまでSF映画で描かれてきた巨大な空飛ぶ円盤に乗ってやってきた。
そして、当時の主要国家へ接触した。
何故自分達が再びこの地球へやってきたのか、その理由を伝えたのだ。
時を同じくして、主要国家の各地でダンジョンと呼ばれる建物が出現した。
アヌンナキ達の仕業だった。
これこそが、のちにダンジョンと呼称されることになる建物だ。
このダンジョンは、地球人の魂を次のレベルに押し上げるために必要な修行場なのだとアヌンナキ達は説明したらしい。
どういう事なのかと言うと、九十年代当時。
世界的な大きな戦争を二度経験した今ある地球の文明は、成熟期に入ったので、古代文明でそうしたように再び手を加えることを決定したのだそうだ。
そして、今回は人間、地球人の魂レベルをより高次元に到達させようと決めた。
精神的な成長をさせてみようとなったらしい。
そのための修行場がダンジョンである。
地球の科学技術よりも、さらに高度な力を持つアヌンナキ達に盾突くわけにはいかず。
また、反抗心を持った国のいくつかがアヌンナキ達へ喧嘩を売って、一夜にして消え去ったということもあり地球人達は彼らの指示に従うほかなかった。
アヌンナキ達が接触を図った国の人間達は漏れなく、頭に特殊なチップを埋め込まれ、さらにカードが配布された。
チップは、埋め込まれた人間に特殊な能力を与えるもので、カードは本人、または他者がその能力値を確認出来るものだ。
カードには、まるでゲームでキャラクターの状態が出るように持ち主のステータス情報が記載される。
レベル、経験値、各種能力値。
そして、人間としての順位。
レベルが上がることで、その人間の価値が順位として表示されるのである。
ただ、チップとは便宜上の呼称で、どんな形をしているのかは誰も知らない。それこそ、政府関係者ですら。
現在、カードに関しては、日本では役所に出生届けを出しに行くと発行してもらえる。
チップは、母親の腹の中にいる時に埋め込まれる。
どうやっているのかは分からない。
さて、最初こそアヌンナキ主導で修行が開始されたが、今は各国の政府へその大まかな仕事は委託されていた。
政府関係者が、税金などの取り立て以外でこうして民間人に会いにやってくる項目にダンジョン関連があるとは聞いていた。
しかしまさか自分のところにくるなんて、正直思っていなかった。
黒塗りの、いかにもな車の後部座席に乗せられ目隠しをされる。
両隣に人が座る気配があった。
やがて、車が走り出した。
「…………目隠しの理由をきいても良いですか?」
俺は訊ねた。
「日本版、エリア51に行くの」
左から、さっきの女性の声がして、そう答えてくれた。
「宇宙人の解剖をしてる施設があるんですか?
それとも、カミサマに対抗する武器でも作ってたりする研究施設とかですか?」
比喩だとわかってはいたが、乗ってみる。
ちなみにカミサマとは、アヌンナキのことである。
「まさか、そんなの筒抜けになるに決まってるでしょう」
女性はクスクスと笑ったようだ。
嫌な感じはしなかったので、俺の返しが普通に笑えたようだ。
「ダンジョンマスター育成施設よ」
「…………存在してるんですね、ガチで」
ダンジョンマスターとは、つまりはダンジョンそのものを運営というか経営している者のことだ。
担当ダンジョンの最高責任者でもある。
ただ、ダンジョンに挑戦する挑戦者とはまた違う存在で、どうやって選ばれているのかは、一般的には謎に包まれている。
ただ、噂では魂レベルがカンストするとダンジョンマスターになれる、なんて言われている。
もちろん噂は噂でしかなく、これは正確ではない。
ダンジョンマスターになるには、ある日突然政府から通達が来るのだ。
『ダンジョンマスターに決定したから、明日からこのダンジョンの運営をしろ。ダンジョンで稼いだ分は税金をとるからな』と。
しかし、この現実はあまりにも知られていない。
知られてい無さすぎる。
なので、一般的にダンジョンマスターは魂レベルをカンストさせたエリート中のエリートとして扱われる。
実際には、ピンキリもいいところだ。
なにしろ、ダンジョンマスターはダンジョンの運営、もしくは経営だけをしていれば良い訳ではなく、日課や月課があり、マスターによってことなるものの、様々なノルマを課せられているのだ。
仕事内容も、これまたマスターによるが肉体的にキツイものもあれば、精神的にキツイものも当然ある。
あまりのキツさに、精神的に追い込まれ命を絶つものもそれなりにいる。
ただ、その数が多いのか少ないのかは、俺にはわからない。
ただ、一時期。
あまりにも、肉体的、精神的に追い詰められるダンジョンマスターが続出した。自営業ではあるものの政府の管理下にあり、正直なところ今は絶滅したとされるブラック企業、その被害者達に負けず劣らずの追い詰められようだった。
そのため、政府がダンジョンマスターのための育成施設を作った。
ダンジョンマスター達から情け容赦なく搾り取るだけ搾り取った血税と、やはり日本に住まう善良な国民から搾り取れるだけ搾り取った血税から、その育成施設は作られたらしい、という話を人伝に聞いたことがあった。
俺はその話を都市伝説の一つとして考えていた。
しかし、その存在はどうやら現実らしい。