第八話 河童
――食材がね、足りないんよ。
水分補給をするため台所へと赴いた僕に、そう言ってばあちゃんは溜息を吐いた。頬に手を当てて困った困ったといった様子でいながらも、ちらちらとその視線は僕の方に注がれていた。
凄くデジャヴュを感じる……じゃない、ついこの前にもあったわこれ。
化け狸が出現した先日の出来事を思い出した。
未だ視線を向けてくるばあちゃんをやっぱり無視することなんてできなくて。まあ、今日の目標分の課題は午前中に終わらせたし、特にこれと言ってすることもないし。
……しょうがないな。
はあ、と溜息を吐きながら僕は振り返る。
「何が足りないの?」
訊けばばあちゃんは待ってましたと言わんばかりに、次々と食材の名を挙げていく。
「ああちょっと待ってメモするから!」
慌ててスマホを取り出して入力する。「あらあら便利ねぇ」と他人事のようにばあちゃんが呟いた。
食材はそこまで重くないものばかりだが量が少し多い。確認を取った後、スマホをしまう。
「それじゃあ買ってくるよ」
「よろしくね」
こうして僕はばあちゃんに見送られながら買い物へと出かけたのである。
そして、事件は起こった。いや、起こっていた、と言った方が正しいのかもしれない。それはちょうど帰宅途中の出来事であった。
「それにしても今日は一段と暑いな……」
買い物袋をぶら下げて、太陽が照りつけるコンクリートの道を歩く。
空から降り注ぐ日差しは強い。テレビでここ最近では一番の暑さだと言っていた。
額から滲み出る汗を手の甲で拭いながら歩いていると、ふとあるモノが目に入ってきた。
「水……水をくれ……」
さて、ここで問題だ。
道端に水を求めて倒れているモノがいたとする。こんな時、一体どんな行動を取るべきなのか。
これが普通の人だったら、僕は迷わず助けるだろう。でも、今回は違う。何故ならそれは人などではなかったのだから。
子どもの大きさ程の緑色の体躯。手には水掻き。背中には甲羅。そして、特徴的な頭のお皿。
「……河童?」
そう、まさしくそれは河童だった。
河童なんて今まで見たこともなかったが、それは何処をどう見たって河童だった。
弱々しくこちらに手を伸ばしている河童に、一体どんな行動をとるのが正しいのだろうかと僕は思案する。
一、大人しく水をあげる
二、無視して逃げる
三、追い討ちをかける
挙げておいて何だが、一の選択肢は無理だ。今僕は水など持ってない。何かないかと辺りを見回したが、ここはただの道端で何もなかった。
水のあるところまで担いでいく?いや、正直触るのは勘弁願いたい。
あの手の水かきとか背中の甲羅とか頭の上の皿とかが気にならないと言えば嘘になる。けれど、得体の知れない何かに触るのは恐ろしい。
三の選択肢もやめておこう。ここで打撃を与えたとして、後が怖すぎる。奴が回復したら、何を仕返しされるかわかったものじゃない。まあ、悪戯好きな小鬼たちなら何かやりかねないけれど。
――もし何か困ったことがあったら遠慮せず気軽に相談するんよ。誰かに頼ることも大事やからね。あと、絶対にとは言わないけど安易に関わらないように。見えると絶対に関わらないなんてことは無理やけど。取りあえず、まずは害を為すモノかどうか様子を見て、それから行動するように。時と場合によっては無視することも大事やからね。
ふと、ばあちゃんの言葉を思い出した。人ではないモノが見えるようになった時に言われた言葉だ。
よし、厄介事に巻き込まれないためにも、ここは大人しく二の選択肢を選ぶとしよう。僕だって、面倒事に巻き込まれるのはできることなら回避したいのだから。
何も聞こえていません見えてませんよー。
心の中で呟きながら、すたすたとそれの傍らを通り過ぎる……もとい、通り過ぎようとしたのだが。
「……痛い!」
思わず僕は思いきり叫んだ。
何故、こんなことになっているのだろう。
地面に突っ伏しながら一人考える。
取り敢えず、買ってきたものの中に瓶とか割れそうなものが入ってなくてよかった……じゃなくて!
上半身を少し持ち上げて後ろを向くと足を引っ張られていた。誰にとは言わずもがな。河童に、である。当の本人である河童自身はというと、顔を伏せていて体は弛緩しているように見えた。多分気絶してしまっている気がする。
それなのにその手はがっちりと僕の足を掴んでいて振りほどこうにも全く振りほどけない。よもや実は起きているんじゃないかと思ってしまう程には。
「あの弱々しく伸ばされていた手は一体何だったんだ!」
叫んでも河童は微動だにせず、手が離れることはおろか力が緩むこともなかった。
地べたに倒れ込んでいるなんて、こんな情けない姿は絶対につゆりさんには見られたくないな……。
そう考えながら、河童などに負けてなるものかと妙な対抗意識を燃やして何とか動こうと奮闘していたその時、ふと影が差した。
「にき、何しているの?」
突然聞こえてきた第三者の声に咄嗟にそちらを見遣る。低姿勢から顔を上げれば、太陽を背に何かがこちらを見ていた。
「く、管狐?」
「はーい」
名前を呼べばそいつは素直に返事した。尻尾を揺らして管狐はじっと僕を見つめていた。そうかと思えば、ふっと鼻で笑った。
……こいつ、今僕のこと馬鹿にした!いや、いつも馬鹿にされている気がするけど!
心の中で叫ぶ僕のことなど露知らず、管狐は訊ねてきた。
「何巻き込まれてるの?」
「好きで巻き込まれている訳じゃないよ」
「どうせ巻き込まれるようなことをしたんじゃないの?わー、まつなに言いつけてやろうっと」
「五月蝿いぞ管狐!僕はちゃんと無視しようとしたんだ。したんだけど何故かこんな状態になっているんだよ。というか、見てないで何とかしてくれ!」
男のプライドを捨てて必死で助けを求める。それなのに、さも興味がありませんといったように管狐はただ一言、「ふーん」と呟いただけだった。
……ちょっと泣きたい気分になった。
きっと情けない顔をしているであろう僕を見てくすりと管狐が笑う。そして、ぽん、と一つ尻尾で地面を打った。
「さて、にきをからかうのはここで一旦終わるとして」
「一旦じゃなくて永遠に終わってください」
「それは嫌。だって、にきをからかうの楽しいし」
「この人でなし」
「何とでも。ボクは人じゃないしね。とまあそんなことより、今の状況から抜け出したいんじゃないの?」
「抜け出したいに決まっているだろ」
恨めしげに睨めば奴の瞳がキラリと光った。全くもって嫌な予感しかしない。
「しょうがないなー。果物で手を打ってあげるよ」
やっぱり、と僕は項垂れる。こいつが僕を無償で助けてくれる訳がない。でも、ここで管狐に臍を曲げられたら困る。「……いいよ、それで」と返せば、奴は「やったー」と飛び跳ねて喜びを露わにした。
「そんなことしてないで早く助けろよ」
「ちょっと待って。そうだなぁ……あと二、三分くらいってところかな」
「……は?」
目を細めて奴は言った。わけがわからないが、今はこいつを信じるしかない。
炎天下、コンクリートの上で僕はただただじっと暑さに耐えながら待った。
「……あ、来た来た」
僕にとっては長いようで、でも実際には短い時間が経った時、管狐が嬉しそうに尻尾を振った。管狐の視線の先にいたのは、まさに先程僕が思い浮かべていたその人だった。
「つゆりさん?」
「え、にきくん?」
フラグ回収おめでとう。
心の中で僕は泣いた。
僕を認めるや否や、驚いた様子でつゆりさんが駆けて来た。どうしたんですか、と彼女が首を傾げる。 太陽の光を反射してきらきらと輝いている艶やかな黒髪がさらりと肩から零れ落ちた。
場違いにもそれが綺麗だなぁと思っていたら、笑い声が聞こえてきた。
言わずもがな、笑い声の主は管狐である。隠すこともせず奴はけたけたと笑っていた。
じろりと管狐を睨むが効果はない。全く、と悪態を吐いた後、僕は彼女に経緯を説明した。
「そうだっだんですね……でも、もう大丈夫です。直ぐに助けますから」
つゆりさんはそう言って、徐に鞄の中に手を入れた。何を取り出すのだろうかとじっと見つめていると、そこから出てきたものは――
「……ペットボトル?」
そう。何処にでもあるペットボトルだった。その中身は無色透明で、ジュースではなさそうだ。
つゆりさんは蓋を開けて、僕の後ろに回り込む。何もすることができず、事の成り行きをただただ見守っていると、彼女はその透明な液体を河童の頭の上にある皿にかけ始めた。
「何かけてるの?」
「何って、さっきの河童の台詞から考えてただの水に決まっているでしょ。馬鹿なの?ああ、馬鹿だったね」
「五月蝿い管狐」
「二人とも喧嘩しないでください。あと、にきくん。もう立ち上がっても大丈夫ですよ」
「あ、うん」
言われてみれば、足からいつの間にか手が離れていた。
直ぐに立ち上がって、服についた砂を払い落とす。「わー、服汚したー。まつなに怒られるぞー」と茶化してくる管狐を恨めしげに睨む。
「お前なぁ……僕のこと助けるとか言って、結局助けてくれたのはつゆりさんじゃないか」
「あ、河童が目を覚ましたようだよ」
「おい聞けよ」
突っ込んだが軽く流されてしまった。悲しいことこの上ない。まあ、今はそんなことよりも、河童の様子を見る方が先か。
「うう……」
「大丈夫ですか?」
小さく唸り声を上げた河童に、つゆりさんが甲斐甲斐しく声をかけた。少しそれが羨ましいなんてそんな思いは今は心の中にしまっておくとして。
ゆっくりと目を開けた河童が、きょろきょろと辺りを見回す。そして、僕たちを認めると、ああ、と合点がついたようだ。体を起こして、ぱん、と一つ頭の皿を叩いた。
「お嬢さん、水をかけてくれてありがとうございやした。お蔭で生き返ったっす」
「いえいえ、気にしないでください」
「そっちのお方も、足引っ張ってしまってすいませんでした。いやぁ、一応お嬢さんが水を持ってきてくれるって言ったんすけどね。早くしないとおいらくたばってしまうんじゃないかと思ったら、ついつい掴んでしまったんす」
「いえいえ、気にしないでー」
「何で管狐が答えるんだよ」
突っ込む僕と顔を逸らす管狐を見て、つゆりさんが微笑む。「皆さん、仲良いんっすねぇ」と河童が快活に笑った。
何となく気恥ずかしくなった僕は、こほん、と一つ咳払いをして話を変えることにした。
「それより、河童はあんなところで何してたんだ?」
訊けば先程まで笑っていた河童の表情が曇った。……もしかして、いやもしかしなくても地雷だったのだろうか。
僕は慌てて取って付けたかのように言葉を口にした。
「あ、言いたくないなら言わなくていいから」
「いえ、大丈夫っすよ。ちょっと悲しくなっただけなんで」
「悲しくなった?」
「実は、住んでいた川が埋め立てられてしまいましてね。それで、何処か住める場所がないか探していたんす。でも、なかなか見つからなくて……気付いた時には皿が乾いてしまって、皆さんも知っての通りぶっ倒れてしまったんすよ」
最後の方は照れくさそうだった。でも、倒れていた訳を話してくれた河童は何処か悲痛そうで。
……当たり前か。自分の住処を、自分が安らげる空間を失ってしまったんだから。帰る場所がないのは酷く悲しくて空しい。
「まあ、今のご時世、おいらのように住処を追われるモノたちは少なくはありませんけどね」
河童の言うとおり、土地開発の為に木が切り倒されたり、川が埋め立てられたりするのは稀なことではない。
事実、住処を追われるモノたちもいるのだということを、僕はばあちゃんから聞いていた。その中には逃げることも許されず、はたまた自ら望んで、そのまま土地と共に朽ち果てて行くモノたちがいるのだということも。
でも、その事実を知っていたとしても僕にはどうすることもできない。
この川は河童の住処だから埋め立てないでほしいと言ったところで、見えない人たちにとってはただの滑稽話としか捉えられないだろう。
例え、誰かの助力を得て埋め立てを阻止できたとしても、それは単なる一過性のものにすぎない。これから先、もっと土地開発が進んでいくことだろう。その流れを止めることなんて、そんなこと誰にもできないのだ。
「そんな顔しなくてもいいんすよ」
よくあることなんすから、と河童が力なく笑った。
確かに……確かにそうだけど。
「河童は、人間を恨んだりはしてないの?」
気付いた時にはそう訊いていた。真っ直ぐに河童を見つめる。彼らにとっては、人間の都合で住処を追い出されたのだ。恨んでも仕方が無いことだと思う。
「確かに、人間を恨むモノもいるんでしょうけど……おいらは、別に恨んだりはしないっす。人間だって、必死で生きているっす。自分たちの生活を豊かにしたいと思うのは当たり前のことなんすから、怒るに怒れないっすよ」
だって、人間においらたちの姿は見えないし、聞こえないんすから。
河童は笑っていたが、その姿はとても寂しげで。
でも、僕は何もしてあげられない。無力な自分が情けなくて嫌になる。
僕が自分の無力さに苛まれていたその時――
「大丈夫です。私たちにはちゃんと河童さんが見えています。声だってちゃんと聞こえています」
河童の目を真っ直ぐに見つめてはきはきとつゆりさんが告げる。そして、「ね?にきくん」と僕の方を振り向いた。
僕ははっとしてつゆりさんを見た。彼女は優しく微笑んでいた。
そうだ、僕にだってできることがあるんだ。
「僕には話を聞くことしかできないけどさ、それで少しでも河童が楽になれるなら、いつだって話を聞くよ。そんなことしかできなくて申し訳ないけど……」
「……いえ、そんなことないっす。ずっと……ずっと一人で旅をしてきて、話し相手なんていなかったっすから」
ありがとうございやす。
河童の声は少し涙ぐんでいた。
その様子を見て、僕とつゆりさんは顔を見合わせて笑った。
「それで、河童の住む場所はどうするの?」
と、ここで管狐の言葉に現実に戻された。
うーん、と皆で唸れば、「それならさ」と管狐がぽんと一つ手を、もとい尻尾を打った。
「隣町の池はどう?あそこならそこそこの大きさがあるし、住んでいる奴らも事情を話せば受け入れてくれると思うよ」
「そうですね、皆さんいい方たちばかりですし」
管狐と彼女が頷き合った。生憎、ここに来て日が浅い僕にはその場所がよくわからなかった。
「え、いいんすか?」
ぱちくりと目を瞬かせた河童に、管狐が「まあ、あいつら次第だけどねー。先に行って話してくるよー」と答えてどろん、と消えた。
「それでは、私たちも参りましょうか。早くしないと日も沈んでしまいますし」
「そうだね」
「はいっす」
彼女に促されて、僕たちは隣町の池へと向かうべく歩き始める。
と、その前に。
「ごめん、先に食材をばあちゃんに届けてきてもいい?」
僕は買い物袋を掲げて訊ねた。
*
結論から言えば、池の皆は快く河童を受け入れてくれ、河童の元来の気質故か彼らは直ぐに打ち解けていた。
そのコミュ力分けてくれ、と心の中で思ったのは内緒である。
よかったよかったと僕たちはほっとしながら帰り道を歩いていた。
「それにしても、帰り道に河童さんが倒れていて、水を調達しに行って戻って来たら、まさかにきくんも地面に倒れていたのでびっくりしました」
「……あはは、僕も驚いたよ」
話を聞いたところ、僕が河童を見つける前に散歩をしていたつゆりさんと管狐が河童を発見していたらしい。そして、彼女が近くの自販機で水を調達している最中に、僕が河童を見つけ、ぶっ倒れていたところを管狐が発見し、そしてそこに彼女が現れたという流れだ。
「にきくんに怪我がなくて本当によかったです」
安堵した様子で彼女に言われて、僕は不謹慎にも嬉しいと感じた。心配されて嬉しいだなんて幼稚かもしれないけど、心がほっこりと温かくなった気がする。
和らいだこの場の空気をぶち壊すかのように、今まで黙っていた管狐が大きな声で言葉を発する。
「あーあ、それにしても面白かったなぁ」
「何がですか?」
つゆりさんが訊けば管狐は何故か僕の方を見遣りながら言った。……またしても、嫌な予感しかしない。
「何って、にきのこけっぷりだけど?」
「え、見てたの?」
「うん、最初から最後まで見てたよ。つゆりに河童のこと見ててあげてって言われてたからね、ボクはずうっとあの場にいたのさ。そしたら、にきがやってきたもんだから、咄嗟に物陰に隠れて様子を見ていたら……うん、あのこけっぷり、実に見事だった!」
驚く僕に対し、管狐は満面の笑みを浮かべた。……うっわ、腹立たしいことこの上ない。
思い返してみれば、管狐は「さっきの河童の台詞から考えて」とあの時はっきりと言っていた。見ていなければそんなことは言わないだろう。
ここで僕はふと気が付いた。……つまり、あれか。思い切り転んでしまった僕を、管狐は心配することなく、寧ろ隠すこともなく鼻で笑って思い切り馬鹿にしたということか。
「酷い。酷過ぎる」
「失礼だなぁ。事の成り行きを見守っていただけだよ。あ、報酬の果物のこと忘れないでね」
「お前、助けてくれなかっただろ。そんな約束はなしだ」
「うわー、酷い。酷すぎるよこの人でなし」
「妖怪相手に言われたくはない」
管狐とくだらない口喧嘩をしていると、ふふふと笑い声が聞こえてきた。僕と管狐以外でこの場にいるのは、勿論つゆりさんしかいない。
「何?どうかした?」
「いえ、河童さんの言うとおり、仲がいいなぁと思いまして。あと、ごめんなさい。実は私もあの時ちょっとだけ笑っちゃったんです」
「……はい?」
「だって、急いで戻って来てみれば、にきくんが河童さんに足掴まれて地面に突っ伏していたので……その光景が面白くてつい」
ごめんなさい、と謝罪の言葉を述べてはいるがその口元は緩んでいた。
未だに小さく笑い続けるつゆりさんに「笑わないで」と言いたかったが、まるで幼い子どものように無邪気に笑う彼女に毒気を抜かれてしまって、僕は言うに言えなかった。
自分でも自覚はしているのだけれど、つゆりさんの笑顔に僕は滅法弱い。どんな経緯であれ、彼女が笑っている姿を見られるのは嬉しい。……まあ、あの姿を見られたのは情けないことこの上ないが。
そんな僕の様子を見て、管狐が言う。
「ほんと、にきはつゆりに甘過ぎるねー」
「……仕方ないだろ。こればっかりはどうしようもないし」
――なんたって、惚れた弱みという奴なのだから。
僕の考えを読み取ったのだろう。僕の肩にひらりと飛び乗って、「それもそうだねぇ」と管狐は意味ありげに頷いた。
「でもまあ、その思いはつゆりには全然伝わってないけどね。ほら、あの子鈍いし。ととは怖いし。前途多難だけど大丈夫?」
「……わからない」
まあ、気持ちが伝わっていたらいたらでどう接すればいいのか逆に困るんだけど。
脱力する僕の肩をぽんぽんと管狐が尻尾で叩いた。……そんな哀れみの目でこちらを見るのはやめてもらいたい。
「二人とも、どうかしたんですか?」
先を歩いていたつゆりさんが振り返って不思議そうに訊いてきた。
「何でもないよ」
「そうそう。何でもないから帰ろう帰ろう」
「……はい」
腑に落ちないという顔をしつつも、促されるままつゆりさんは再び歩き出す。そんな彼女の見えないところで、僕と管狐は小さく小さく溜息を吐いた。




