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第七話 化け狸

 それは、夕食作りの手伝いをしている時のことだった。食材を切り分けていた後ろでばあちゃんが独り言を呟いた。

「あらあらあら、じゃがいもがないわ」

 独り言にしては大きな声だった。

「じゃがいもとかぼちゃの煮物を作るのにじゃがいもがないなんてねぇ」

 独り言はなお続く。ついでに、ちらちらと視線も感じる。

「確か物置小屋に予備のじゃがいもを置いといたはずなんやけどねぇ」

「……取ってくるよ」

「あら、本当かい?それじゃあ、折角だし頼もうかね。裏の物置小屋の中にあるからね」

「はいはい」

 包丁を置いてそう言えば、「お願いね」と背中に言葉を投げかけられた。部屋の扉を閉めて僕は思う。あれは絶対に確信犯だ。

 流石はあの父の母親だ。こちらの様子を窺い提案しつつも、その時には既にこちらに拒否権などほぼないと言って等しい雰囲気に持ち込んでいる。

 ほんと、血は争えないとはよく言ったものだな。

「まあ、僕もその血縁なんだけどね」

 どうしたらあんな風に強かになれるのだろうか。

 そう思いながら裏庭にある物置小屋へと向かう。

 物置小屋と言ってもそこそこの広さがある。がらがらと建てつけの悪い扉を開ける。

 いつ使われていたかわからない洗米機、大きな籠に取っ手と車輪を付けたタイプの乳母車など、時代を感じる色々なモノが詰め込まれていた。

 物置小屋は奥に窓があるだけで、そこと出入り口以外は光を通す部分がなく辺りは薄暗かった。

 一応小屋の中央に電灯が取り付けられてはいたが、まあ、十分見える暗さだし、付けなくても大丈夫だろう。

「……えっと、何処だ?」

 きょろきょろと辺りを見回せば、目的のモノはすぐに見つかった。じゃがいもは籠の中に大量にあった。ばあちゃんが畑で作ったものなので、大きさも形もばらばらだ。

「うーん、どのくらい必要なんだろう」

 まあ、少し多めに持っていけばいいか。大は小を兼ねると言うし……というのはちょっと違うか。

 などと考えながらじゃがいもを持っていた袋に詰めていく。

 さてと、早く戻らねば。

 と、腰を浮かしたその時、がたがたと物音がした。

「ん?ばあちゃん?」

 声を掛けてみたが普通に考えて違う。部屋の扉は僕の背後にあり、物音がしたのはそれとは反対側の方からだ。そちらに扉なんてない。あるとしたら窓だけだ。

 物音がするのは小屋の片隅にある乳母車からだった。おまけにがたがたと揺れ動いている。

 ネズミか、それとも迷い込んだ猫か。

 無視して外に出ようとしたが再びがたがたと乳母車が揺れる。

 もしかして小鬼たちかもしれないとも思ったが、物音は一つだけだった。あいつらは常に二体で行動しているのでその可能性は低い。

 じゃあ、いったい何なんだ?

 気になって恐る恐る音がした方へとゆっくりと近付いた。そして、ばっと乳母車の中を覗き込んだ。

「……ん?」

 そこにいたのは、僕の予想していたモノとは全然違うモノだった。

 小さな黒茶の体躯にぽってりとした真っ白なお腹。頭には編み笠を被っており、その片手には何故か帳面を持っている。

 じっとそれを観察していると、ぱっちりとした黒の瞳と目が合った。

「……狸?」

「おやおや小童ではないか!こんなとこにいるとは、これはこれは愉快愉快!」

 そいつは笑いながら、ぽんと真っ白な腹を叩いた。

「た、狸が喋った!まさかこいつも妖怪……って、酒臭っ!」

 狸の吐く息が臭くて思わず鼻をおさえる。臭い。臭すぎる。よく見なくても狸の顔は真っ赤で傍らには酒瓶が転がっていた。眼はとろんとしており、更にはうぃっぷとげっぷまでする始末だ。

 いったいどんだけ酒を飲んだんだこいつ!

 僕の反応に気分を害することなく――寧ろ害しているのはこっちだ――当の狸は陽気に笑う。

「小童も酒でも飲んでゆっくり話でもしようじゃないか」

「いや、僕まだ未成年だし。というか、お前はもう酒飲んじゃダメだよ!」

「ああー」

 酒瓶を取り上げれば不服そうに睨まれた。こちらも負けじと「返さないからな」と睨み返せば、「いいもんねー。まだこっちにあるから」と今度は何処からともなく徳利を取り出した。

 ……こいつまだ飲む気か!

 それも取り上げれば、不平不満を投げつけられた。

「小童の癖に生意気な!……ははぁ、さてはお前もやっぱり酒が飲みたいのだろう。ならば分けてやるからそれを返せ」

「だから、僕は未成年だって言ってるだろ。あと、酒は返さないから」

「そう言って、独り占めする気だな?宜しい、ならば決闘だ!」

「何でそうなるんだよ」

 狸は持っていた帳面を傍らに置き、被っていた編み笠をばっと取り去った。そして、「さあ、かかってこい!」とファイティングポーズをとる。……口からひっくとげっぷを出し、足下をふらつかせて。

 ……面倒臭っ!酔っ払い面倒臭っ!

 泥酔する狸に辟易していると、小屋の入り口から第三者の声がした。

「にきー、何してんの?」

 現れたのは管狐だった。

「いや、お前こそ何でここにいるんだよ」

 てくてくてくと歩いてくる管狐に問えば、「あれ、聞いてないの?」と首を傾げられた。

 何のことだ、と返そうとした時、ぴたりと管狐がその歩みを止めた。

 管狐は驚いたように見ていた。僕の後ろを……正確に言えば、僕の後ろの狸を。

 ひたと見つめ合う両者。

 シン、とこの場が不気味なくらいに静まり返る。

「管狐……何故貴様がここに!」

「それはこっちの台詞だ化け狸!」

 ……何か言い合い始めたぞこいつら。というか知り合い?知り合いなの?

 僕がこの状況について行けてない間にも、二匹の会話もとい言い合いは続く。

「ここで会ったが云百年目……いざ勝負!」

「望むところだ!」

 ぶおおぉ――と戦いを告げる法螺貝の音が鳴り響く。

 妖怪合戦ここに開幕!

 ……なんて、脳内で想像してみたものの、実際に目の前で繰り広げられるのは低レベルな口喧嘩だった。

「黙れこのメタボ!」

「メタボとは何か!ぽってりとしたこの愛くるしい身体の魅力がわからぬのか!」

「ああ、わからないね!」

 あまりにも酷すぎて冷めた眼差ししか送れない。罵詈雑言に加え、もはや取っ組み合いになっている。

「はいはいはーい、ストップー」

 取り敢えず、持っていた袋と取り上げていた酒を置いて、二匹の首根っこを掴んで無理矢理引き離した。宙に浮いた彼らはじたばたと手足を動かすが離してやる気は毛頭ない。

「何するのだ小童!」

「離してよ、にき!」

「離してもいいけど、ここで喧嘩はやめろ」

 こんな所で暴れられるのは迷惑だし、さっきから埃が立ってしょうがない。

「仕方があるまい。今日の所は見逃してやる」

「それはこっちの台詞だよ」

 両者がそう言ったので離してやる。

 狸は編み笠を頭に乗せ、置いてあった帳面と徳利を抱えた。

「全く、折角良い気分で飲んでおったのに興がさめてしまったわ。他の所で飲み直してくるか」

「おととい来やがれ!」

 べーっとお互いに舌を出しあう。お前たちほんとは仲良いだろと思ったが面倒臭いことになりそうなので言わないでおいた。

 最後にふん、と鼻を鳴らしたかと思えば、狸はどろろん、と姿を消した。

「犬猿の仲もとい狐狸の仲、か……。というか、狐も狸もそもそもイヌ科の動物だろ?」

「ボクとあいつを一緒にしないでよ!」

 酷く憤慨した様子の管狐に対して僕は口を閉ざした。触らぬ狐に祟りなし、だ。

 そう言えば、あの狸。妙に見覚えがある。はて、何処で見たっけ?

 そんな僕の疑問は管狐の次の言葉ですぐに解決した。

「全く、あんな信楽焼風情の飲んだくれと一緒にしないでほしいよ」

「……ああ!」

 信楽焼……そうだ、信楽焼の狸だ。確か、吐水龍の所に信楽焼の狸がいた。

 ということは、さっきの奴はその信楽焼の狸なのか?それとも別物?信楽焼の狸に憑いた妖怪なのか……。はたまた化け狸が信楽焼の狸の恰好をしているだけなのか……。あ、でも管狐がさっき「化け狸」と言っていたから後者かもしれない。

 うーん、と唸る僕に「どうしたの?」と管狐が首を傾げた。当人はいないが知っていそうな奴が目の前にいるのでここは素直に訊いてみた。

「さっきの化け狸って、庭にある信楽焼の狸なのか?」

「うん?……ああ、あれはただの置物だよ。あいつはね、信楽焼の置物のふりをして、いつの間にか人様の敷地内に上がり込んでは酒を飲んでいるただの飲み意地のはったメタボな化け狸だよ」

「へぇ……」

 お前も人のこと言えないけどな。いつの間にかこの家に上がり込んでは何か食べてるし。

 とは、口に出して言わなかった。言わずもがな、面倒臭いことになりそうだからだ。未だにぶつぶつ文句を言い続けている管狐にそんなことを言ったら、火に油を注ぐだけになりそうだし。

 尤も、こっちは飲み意地ではなく食い意地だけど。

「というか、化け狸ならわざわざ信楽焼のふりしなくても普通に別のものに化ければいいんじゃ……」

 前に管狐について調べたが、その後他の狐の妖怪についても色々と調べたのだ。その時関連して紹介されていたのが化け狸だった。

 昔から化ける動物と言えば狐と狸が定番だったらしい。因みに、「狐七化け、狸八化け」といって、化けることに関しては狸の方が一枚上手だとか。

 なんて、そんな情報は管狐には言わない方がいいだろうな。

 そう判断し、このことは口に出さず、疑問だけを口に出す。理由は言わずもがな、である。

「知らないよ、あんな奴の事情なんて。化け狸のアイデンティティ捨ててるんじゃない?」

 管狐は不機嫌そうに鼻を鳴らし、辛口コメントをした。……ああ、言わなくて正解だったようだ。

 というか、管狐。お前も管狐のアイデンティティ捨ててるんじゃないか?最近全然管に入っているところ見てないぞ。

 なんて、そんなことも言わないでおいた。

「信楽焼の置物を見るとどうしてもあいつを思い出してイラッとしちゃうんだけど、まあ、置物に罪はないし。寝ている吐水龍の前で騒ぐのも悪いしね」

「お、お前……そんなに気が遣える奴だったのか!」

 あ、ヤバい。

 そう思ったが時既に遅し。今度は思わず声に出してしまった。ああ、今までの苦労はいったい……。

 口を閉じたが後の祭りで。案の定、管狐が食いついた。

「ちょっとそれどういう意味?」

「えっと、それはだな……というか、何で管狐がここにいるんだ?」

 詰まりながらも話題を変えれば、管狐はきょとんとした様子になった。

「あれ、まつなに訊いてないの?今日の夕食はまつなの家でお呼ばれになってるんだけど」

「え、知らない」

 いつもより作る量が多いと思ったけどそういうことか。そして、管狐がいるということはつまり――

 そう考えていると、りりりり、と呼び鈴の音がした。次いで聞こえてきたのは「ごめんくださーい」という聞き慣れた声で。どうやら今思い浮かべた人物が到着したらしい。

「というわけで、ゴチになるねー」

「あ、ちょっと待てよ!」

 慌ててじゃがいもの入った袋を掴んで管狐の後を追いかける。

 まだ夕食できていないんだけど!


 後日、そう言えばと思って庭の信楽焼の狸を見に行った。本当にただの置物かどうかを確認するために。

 別に管狐の言葉を信用しなかったからではない。いつもいつもからかわれているからもしかしたら今回も……と思った訳ではなく、吐水龍のことがあったしもしかしたら……と思っただけである。

 そう、一応念のために、だ。

「お前、もしかして化け狸?」

 訊いてみたがもちろん返答なんてあるはずもなく。それは本当にただの置物だった。

 置物に話しかけている僕を見て、小鬼たちがきゃっきゃきゃっきゃと笑っていた。

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