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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

青き炎 ― 七日目の決意 ― /prototype 1

作者: 有我 十希

人類が宇宙に進出し、惑星間での壊滅的な戦争が起こったこと。

その戦争で致命的な破滅を引き起こした人工知能と、その末裔たちとの

相克を通じ、生と死について向き合うことで、

人生のすばらしさ、生きることの喜びを謳う一連の作品群「青き炎」

その最初のエピソード。


私たちは絶望に瀕してなお生きていられるとき、何に救われているのだろうか。

 殺そう。そう決めた相手と会話はしない。その理由がない。

だから、私がこの男の叫びに耳を傾ける気になったのは自分でも不思議だった。


「貴様らッ! こんなことをして、地獄に落ちるぞ!」


 大声で唾を飛ばし、啖呵を切ってはいるが、眼球が浮きあがってみえるほど目を見開き、呼吸は乱れているし、四肢は震えており、ぺたんと腰を落としへたり込んでいる。錯乱して余力を失くしているのだろう。

 男の追い詰められように比べ、私はゆったりと呼吸していたし、背筋は伸びていたし、右手にだらりと提げた手斧のしっくりとくる握り心地に満足感を覚えていた。要するに余裕があった。

命の遣り取りする時には、どんなにこちらが優勢であったとしても手を緩めてはならない。勝敗に絶対はないのだから。そのように教えてくれた人の言葉が脳裏を過る。私にとっては大事な人だった。


「貴様、聞いているのか! な、何とか言ったらどうなんだ!」


 彼はもう居ない。彼だけではない、私たちにとって大事な家族たちの多くは居なくなってしまった。こみ上げる悲しみと、沸騰しそうな怒りに任せて、早いところこの男の鼻面にめがけて手斧を打ち下ろそうという自然な欲求に従うのを、とどめているのはなぜだろうか。


「な、なんだ。なんなんだその目は・・・!?」


 考えてみれば、怒りに任せて人を殺したことはなかった。かつてたしかに家族だった人たちが、単なる肉の塊になってしまったこと。そうなってしまったのは目前で震えている、この男の指図によるものであること。殺すということには慣れていたのに、なぜだろう。この時に及んで手が止まるとは。

 そのとき、場違いなほど明るく弾んだ少年の声が響く。

「ぇー!? 僕ら地獄に行くの?!」

 大げさなまでに両手を挙げ、挙句に腰をくねくねと動かしながらのこの言いよう。声まで弾んでいる。新手の宗教か。だとしたらこの男にしてみれば嫌味ったらしいことこの上ない。いいぞ、もっとやれ。

「ねぇ、おじさん。僕らは本当に地獄にいくの? それってどうにかならないの?」

 まさに、そう。胸中を過った疑問はそれだった。私たちは死んだら何処へ行くのか。死後の世界を謳い続けたこの男の本音を聞いてみたいと思ったのだ。周りの仲間たちも、想いは同じだったらしい。油断なく当たりを警戒しながら、固唾をのんで成り行きを見守っている。

 嬉々とした笑顔で、男の顔を覗き込むミツバ。逆手に構えたナイフを背の裏に隠している姿が、素敵なプレゼントを渡そうとタイミングを計っている少女のようでもある。狙ってやっているならあざといなぁ。

 男はごく自然に言い返そうとしたが、なんらか思いとどまったようだ。

「お、お前たちは人を、神に仕える我々をこ、殺した。」

 笑顔のまま、プレゼントを発送しようとしたミツバの動きを知ってか知らずか、

「だが、救われる道がある!!」

「わぁーお!? 神様は殺したのに許してくれるんだ! すげぇや俺にはマネできない!」

 そうともマネできない。俺らに言えないことをビシッと言ってくれるミツバのマネもできそうにない。

まさか新手の宗教か。生まれて初めて信じてみたい神がここにおわす。

「じゃあ、安心してアンタを。」

「俺を殺せば救われないぞ!!」

 神は人智を超えた畏怖すべき存在だと聞いているが、あのミツバですらかきょとんとしているのを見るとやはりご利益はあるよな。お化けが怖いのと同じ理屈だ。道理が通らない。

「この場で悔い改めるのだ!! いますぐに!!」

「なぁ、おっさん。」

 私はここにきてやっと口を開いた。意外にもゆっくりと話せている。

「今悔い改めるのと、おっさんを殺してから悔い改めるのとでは、何が違うんだ。」

「そ」

「俺らが殺しまくったアンタの部下。いや、神に仕える者だっけか。それとアンタの命と、何が違うってんだ。」

「貴様、」

「神に仕えるアンタらと、アンタら殺しまくった俺らの命と、アンタの命と、何が違ったんだ。」

「神は、」

「能書きはいいから答えろよッ!!」

 答えられるものなら、な。最後は視線で脅しつけておく。大音声を張り上げてしまった。喉に痛みが走っている。冷静ではないな、俺。


「なぁ、おっさん。神様は俺らを救わないとしてさ。おっさんは救われるのか。」


 沈黙は長く続いたような気がしたが、それも気のせいだったようだ。


「ヒトハ。そりゃあきっとそうだよ! おっさんこれまで自信たっぷりだったじゃん!」

 にっこり笑顔にウィンク決める余裕ぶり。油断しきっているこの仕草の間にも、男は抵抗を示さない。新手の神の威光を感じる。しかし、俺が欲しいのは威光ではなくて。

「俺たちはアンタの言う神に見捨てられた。クズだと。でもな、俺たちは救いが欲しいんだ。失くした心のな。」

 仲間たちのうなずき合う気配。

「アンタのいう神がペテンだったなら、それでいい。俺らの心を救ってくれる何か他のものを探す。見つかるとは思えないが、ペテンにかけられたままよりはいいだろう。」

 俺は、手斧を手放した。がらんと鈍い音を立てて転がる鉄の刃。

「だが、アンタのいう神がホンモノだってんなら、それはそれでいいかもしれねぇ。腹がくくれるってもんだ。」

 これまで、他の誰かにとっての家族を殺してきたこと。その逆をされた事。殺し合うことを罰する神の存在はそれなりに魅力的でもあった。そうした内心の躊躇いが、私に手斧を捨てさせた。


「みせてくれよ。おっさん。おっさんのいう神様の可能性ってヤツを。」


 ◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆


 食堂のモニタ越しに、虚空へ投げ出されていく救難ポッド。静かに遠のいていく球体を、心の中で私はなんと呼ぶべきか迷っていた。呪いというにはしっくりこない。祈りや願いに近いような気がする。

死後の世界を謳い、地獄や天国を騙っては人々を殺し合いに駆り立ててきた男。追い詰めてみても胡散臭いこと限りなかった。とはいえ、許すことも殺すこともできず。

 

 俺たちは、彼に決めさせることにした。


 およそ七日間。それが、遠ざかっていくあの救難ポッドが救難者の生存を保証できる期間。太陽光発電装置のおかげで、生命維持装置は稼働し続けるそうだが、飲料水や非常食の備えからしていって、仕様書が生存を保証できるのはそこまでらしい。あとは根気ってことか。

 大昔の戦争以来、太陽って言葉が恒星と同時に、惑星破壊兵器を意味するようになった。それでも、太陽光発電システムの仕組みは今も昔も大差ないらしい。神話の時代には太陽が神様の象徴だったって話とセットで考えると、どうも救いがない。食い詰めて、救いがなくて、太陽の光に辛うじて死を受けれる時間を与えられているときに。俺たちを生かしているのは、恒星の光か、惑星破壊兵器の威光か、それとも神の存在か。まったくもって救いがねぇ。


 七日間。あのオッサンが言うには、神様が世界を創造するのにかかった時間だそうだ。奇しくも、地球に最初の太陽が落ちてからすべてが終わってしまうまでも七日間。


 あのオッサンを昏倒させて、あのポッドに放り込んだ。目覚めたらすぐ分かるようにと、救命ポッドのマニュアルと、感謝状を添えておいたが。オッサンは目を通すだろうか。


 感謝状には、心からのお礼の言葉が添えてある。


「おっさん。俺たちはそれこそ地獄以外の世界を知らない。生きようが死のうが救いなんてあるわけないとおもってた。そんな俺らに、救われるって未来があるかもしれないと気付かせてくれるきっかけをくれた。なんでも決めつけてかかってしまうのはよくないもんな。だから俺たちは、旅立つことにしたよ。地獄じゃないどこか、もっとマシな場所を探しにさ。オッサンはもう救われることが約束されてるみたいで、ホントのこというと羨ましかったんだ。くやしいけどさ。」


 ミツハにもそれなりに思うところがあったらしい。海賊に拾われて、奴隷にされたら可哀想だからと拳銃を一丁と弾倉を一つずつ、あのポッドに備えておいたとか。

 詰めた弾丸の数次第では意味合いが大きく変わってくる。一発分だけってオチを想うと身震いするが、空っぽの弾倉の可能性も否めない。叱る気にはなれない。何をやってもあの男には悪意にしか思えなかったろうし、俺たちは悪意を詰めてあの球体を空に捨てていく。


 あそこに詰め込んだ悪意の結果がどうなったかに思いを馳せる余地を残して、俺たちは暗い虚空を進んでいく。太陽の光だけが今を実感させてくれていた。


 

身体はここにいるのに、どこかまったく違う場所に居る気がする。

気のせいではなく、本当にそこに居るような。


小説を読んでいるときに感じる感覚は、果たして本当に錯覚なのでしょうか。


私たちは、ここではないどこかに、本当に存在することが可能な存在なのかもしれません。

そのような気持ちになれたときに救いが得られる場合があるのは事実です。


地獄しか知らないかれらが、ここではないもっとマシな場所があるはずだと。

そのように振り返るための場所に、詐欺師に違いない彼を詰めこんだ球体の中を選んだこと。


もしかしたら、七日目の夜には、詐欺師は詐欺師でなくなっているかもしれない。


そういう可能性に思いを馳せる余地があることに彼らは救いを感じているのです。


それが、神の慈愛の光によるものか、自らを滅ぼす光かを、どちらか分からないことすらか、

彼らにとっては今を生きる糧でした。


すくなくとも、私からは、彼らはそのようにして命を繋いでいるように見えたこと。

それがこの作品をつづるに至ったきっかけです。

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