01
*)Better Life へようこそ
わたくしどもは、あなた様がより良い暮らし、より良い人生を送るための一助になれますことを願っております
高校の進学祝いに買ってもらったスマホは、ピンクゴールド。今年の春モデル最新型だ。
手のひらに収まりきらない、ちょっと大きめなそれは、今まで使ってたガラケーより断然薄くて軽い。
ついでに性能だって全然違う(←ここ大事)
中学ではグループの中であたしだけガラケーで、Lineもtwitterもできなかったから、すごい不便?
めんどいかったんだよね。
今までは、どっかに遊び行こうとかいう返事が必要なものとか、これだけは知っといたほうがいいっていう噂話なんかは、親友の璃莉ちゃんが教えてくれてた。
学校いるときは璃莉ちゃんのスマホ(出たばっかりの某リンゴメーカーのなんだよ!うらやましす!)見せてくれたり、夜はメールで教えてくれたりしたけど、そういうのってどうしてもタイムラグでるし、いつもしてもらってると、気ィつかうじゃない?
あたしってほら、親友にも気遣い忘れない子だし(笑)
それに、一度璃莉ちゃんがインフルで倒れて一週間寝込んだときは、そういった連絡が全然来なくて、璃莉ちゃんと一緒にあたしまで、グループからはぶられそうになったし。(あれは厳しかった)
やっぱり、人に頼ってちゃいけないんだよね。
だからずーっと、スマホにしてほしいってお母さんにおねだりしてたんだけど、お母さんは
「子どもにスマホは早い」
って主義で(可愛い一人娘がハブられた挙句苛められてもいいのかって泣き落としもしたけど、結局ダメだった。くそう)
じゃあってお父さんにおねだりしても、
「お母さんが良いって言ったらね」
って頼りない返事しかくれなかった。(くそう)
ホント、あてにならないんだから。だから頭の毛も薄くなるんだよ(怒怒怒
そんなわけで、ずっとずっと欲しくておねだりしてたスマホが、やっと今、あたしの手の中にあるわけですよ。
お母さんは、スマホだとネットショップの買い物や課金がなんとかかんとか?って心配してたけど、そんなの、買わなきゃいいだけの話じゃない?
あたしだって再来月の5月には16になるんだし、そのあたりは友だちから聞いたり学校の授業でやっててちゃんと知ってるし。
だから大丈夫なのに。
お母さんって、変に心配性なんだよね。
まあ、買ってもらっちゃえばこっちのもんだけどね(笑)
昨日ショップから帰ってきてからは、さっそくLine とtwitter を登録して、みんなのアカウントフォローして友だち登録してグループに混ぜてもらって、夜中の3時過ぎまでいろいろ話してた。
璃莉ちゃんに中継してもらう必要なくなったLineって、こんなに面白いものなんだって、開眼
こんな楽しいものから締め出されてた原因である母さんへの恨みを、改めて募らせたった次第ですよ(笑)
そして今朝。
昨日の興奮が残ってるせいか、睡眠時間は短いのに、朝はいつも通り7時前に目が覚めた。
さっそくおはよーってLineに流したけど、みんなまだ寝てるのか(春休みだしね)返事はもちろん、既読もつかなかった。
朝ごはん中、お母さんに食べながらいじらないの、と叱られながらも何度かチェックしたけど、反応なし。
みんな、寝坊しまくってるらしい。
そんなわけで、指紋のついた画面をハンカチできれいにしながら、あたしは時間を持て余してた。
そんなときに、あれを見つけちゃったんだ。
きれいになった画面をスワイプ。
せっかく拭いた画面にまた指紋がついちゃったことを気にしながら、出てきた画面を眺める。
スマホって、いろいろアプリが入ってるんだよね。
昨日はそのあたり、あんまり確認できなかったから、今のうちにチェックしようと思ったんだけど。
「なにこれ?」
ピンクのハートのなかに薄い黄色の小鳥(インコ?)が横向きに収まってるアイコンは、昨日ざっと全体をみたときにはなかったよう思えるものだった。
アイコンの下には、Better Life ってタイトル。
よりよい生活? 人生? なにこれ。
勿論知らない。
昨日は隅々まできっちり確認したわけじゃないけど、画面のほぼ中央にでーんとあるこれを見逃すとは思えない。
「何だろ?
自動でダウンロードされたとか?」
ってことは、スマホメーカーの公式アプリかな?
そんなふうに思って、あたしは黄色い小鳥をタップする。
『あなたの人生を作るのは、あなた自身です』
小鳥のさえずりみたいな起動音と一緒に、ホワイトアウトした画面の奥からじわーっと、そんな文字が浮かび上がってくる。
『“Better Life”では、あなた様のパラメータを数値化いたしましたうえ、任意に操作できるようにいたしました。
どうぞ理想のあなたをご創造ください』
あたしが読み終えるの待っていたように、画面は暗転。
左下に、データ読み込み中の印だろう、Loading って文字とくるくる回る小さな円が現れる。
けど、10秒も待たないで、画像が現れた。
肩に髪を垂らした女の子のキャラクタが、部屋の中でぽつんと立ってる。
上下そろいの色のトレーナを着た地味な見た目は、気のせいか、あたしに似てた。
「…?
なにこれ?ゲーム?」
よく解らないけど、画面には女の子のほか選択できそうなものがないので、その子をタップする。
女の子の画像が拡大されて、パラメータが現れた。
名前・・・ 大林 舞華
性別・・・ 女
人種・・・ モンゴロイド
髪の色・・ 黒
目の色・・ 黒
年齢・・・ 15
誕生日・・ 5月6日
血液型・・ A(+)
身長・・・
体重・・・
ずらっと並んだその情報に、あたしはぎょっとした。
「なにこれ」
一つとして間違いのない、あたしの個人情報だ。
「なにこれ?
スマホから読まれたの?」
だとしたら、ちょっとひどくない?
いくらあたし専用のスマホだからって、あたしの個人情報を、あたしに許可なく、こんなふうにアプリに読み取るのはヤバいでしょ?
情報漏えい……ってのになるんじゃないかな?
「でも、こういう場合って、どうすればいいんだろう?
お母さんに云って、ショップに文句いってもらうとか?
それとも、アプリの管理会社に直接データ削除願いを出すとか?」
授業で聞いた内容を思い返しながらパラメータ画面を眺めてると、タブがついてることに気が付いた。
いまあたしが見ているのは、「公表パラメータ」って名前がついてるタブのだ。
その隣に、「内密パラメータ」ってタブがある。
内密って…
あたしの体重より隠さなくちゃいけないデータがあるわけ?
ちょっと好奇心に駆られて、タブをタップする。
滑らかに展開したそのタブからは、
賢さ ・・・ ▼ 109 △
健康度 ・・・ ▼ 98 △(寝不足につき、-2)
力 ・・・ ▼ 103 △
器用さ ・・・ ▼ 118 △
体力 ・・・ ▼ 107 △
運動能力・・・ ▼ 88 △
運 ・・・ ▼ 100 △
魅力 ・・・ ▼ 97 △
美しさ ・・・ ▼ 112 △
・
・
・
って、どこのRPGのキャラパラメータなんだって笑えるような数値が並んでた。
「何これ」
乾いた笑いがこぼれた。
画面下部に開いたウィンドウにある説明文を読むと、これはどうやら、日本のあたしと同じ年齢の女の子たちの平均値を100として、あたしの数値を出したものらしい。
「……ってことはあたしって、けっこう平均? ってか並じゃん。凡人中の凡人。大凡人」
もともとそんな自覚はあったけど、アプリにまで断言されるとちょっとへこむ。
「てか、アプリなんかになにが判るっつーの!」
ぜったいぜったいぜったい、管理会社に文句云ってやる。
人のことバカにするのもたいがいにしなさいって怒鳴ってやるんだから。
腹たてながらスワイプさせて説明文を最後まで出すと、
『新生活スタート応援フェア』
なんて文が出てきた。
『春から新しい環境で新しい生活をスタートさせるあなた様に、特別に15ポイント、ポイントをプレゼントします。
お好きなパラメータに割り振り下さい。
*)パラメータは、内部パラメータの数値脇にあります、△ないし▼ボタンをタップしていただくことで操作できます。
詳しい操作法は “こちら” をご覧ください』
読み終わると、画面右上に小さなウィンドウが開いて、15ptって数字が現われる。
「…ふーん」
何の気なしに、あたしは15ポイントを、美しさに全投入した。
美しさ ・・・ ▼ 127 △
操作が終わるとほぼ同時に、Lineの着信がきた。
麗愛からだ。
『おっはー↑↑↑
今起きた(笑)
ってか、舞華起きるのはやくね(笑)?
休みの日まで早起きするなんて、舞華って、やっぱ真面目なんだねえ(笑)』
時間を見ると、9時45分過ぎだった。
あたしは多少ヒヤッとしたものを覚えながら、慌てて返事する。
『たまたまだよー(笑)
昨日やっと買ってもらったスマホが嬉しくて、色々触ってた(笑)』
あたしたちのグループは基本、面倒事や問題を起こさない。
隣のクラスの飯田さんグループのように、書店でマンガを万引きしたりなんて悪いことはしないし、吉村さんたちみたく体育祭の打ち上げや高校生との合コンでお酒を飲んだりもしない。
テスト前にはほどほどに勉強もする、親や先生にしてみれば適度に真面目で扱いやすい、いい子ちゃんに分類されるだろう。
けど、だからだろうか。そのあたしたちのグループでは、真面目ってことはマイナス要因だ。
「あの子真面目だから」
ってセリフは、褒め言葉じゃない。けなし文句だ。
今ここで麗愛の印象を変えておかないと、後々どんな時に持だされないとも限らない。
あたしのこの返事で、今までスマホも買ってもらえなかった、厳しい親持ちの、ちょっとかわいそうな子ってイメージを思い出してくれるといいんだけど。
どきどきしながら返事を待つ。
30秒くらいで麗愛から戻って来た。
『そっかー
厳しい親もつと大変だねー↓↓↓』
ほっとした。
知らないうちに汗をかいていた手のひらを部屋着の裾にこすり付けてから、返事を送る。
『そうなんだよー
うちの親、本当に頭古くて嫌になる
スマホ持ったら即ゲームばっかして課金しまくるって、そんなイメージしかないんだよ(笑)』
『昭和か(笑)(笑)(笑)』
かわいい絵文字で爆笑している吹き出しが来たあと、改めて麗愛からコメントが届いた。
『そういえばさ、舞華、今日空いてる?
高梨たちから、カラオケ行こうって誘われたんだけど』
「!」
心臓がどくんって跳ねた。
高梨君のグループは、あたしたち学年の中では断トツカッコ良い男子たちが揃ってて、すごい人気なんだ。
顔だけじゃない。
高梨君はサッカーのレギュラーだったし、他にもバスケ部のレギュラーだった人もいる。
成績が学年トップで県内一の進学校に合格した人もいれば、生徒会の会長だった人までいる。とにかくすごいメンツの集まりなのだ。
麗愛は高梨君と幼馴染で、たまにこうして遊びに誘われる。
これがあるから、今のグループを離れられないんだよね。
ちなみにあたしが良いなって狙ってるのは、バスケ部の三瀬君。
背がすごい高くて、顔は可愛いジャニーズ系?そのギャップがたまらないのです///
ついでに頭もかなり良くて、あたしが必死に勉強してやっとの思いで合格した高校に、推薦ですんなり受かってたりする。もちろんスポーツ推薦じゃないよ?学力推薦。すごいよねー!!!
『行く行く行く―!↑↑↑』
『オッケー。
じゃあ、14時に○○で』
駅近くのカラオケボックス店が指定された。
あたしは慌てて、クローゼットの中身をあさり始めた。
三瀬君に変な恰好は見せられないじゃん?
気合い入れて服選んで、髪セットして化粧して、いろいろしてたら結局、カラオケ店についたのは14時2分前だった。
あたし以外のみんなはもう来ていたらしくて、10人ほどの集団が、店の前でてれてれ喋ってた。
「舞華、やっと来たー」
あたしを見つけた麗愛が手招きしてくれる。
蕎麦には高梨君と、三瀬君。(やったね!
手招きしてた麗愛は、あたしが近づくにつれて、あれって、ちょっと驚いた顔をした。
なんだろう。服がかぶったとか、化粧が変だったとか?
でもすぐに元に戻ったから、あたしの気のせいだったかもしれない。
あたしは、髪や服が乱れない程度に小走りして、軽く切れた息で肩を大げさに上下させながら、麗愛にあやまった。
「ごめんねー。
出がけにいろいろお母さんが云って来て」
これは本当だ。
どこへ行くんだとか、誰と遊ぶのかとか、何時にかえって来るんだとか、すごいしつこくて大変だったのだ。
うちの母親の厳しさぶりを普段から愚痴ってるおかげか、麗愛はあっさり納得してくれた。
「相変わらず大変だねー」
「でも、ごめんね。本当に。みんなも待たせちゃって、本当にごめんなさい」
まわりをぐるりと見回して、顔の前に右手を持ち上げてゴメンナサイのポーズ。
……なんだろう?
今日はやけに、男子と目が合う気がする?
でも、気のせいだよね。
みんな、あたしが見ると、すっと目をそらすし。
……って、思ったんだけど。
なんだろう。
気のせいじゃなかった?
ボックスに場所移してから、やけに男子から話しかけられる。
大林さんは、次何歌う?
この歌知ってたら、一緒に歌わね?
とか、
高校○○に決まったんだよね。
ってことは、電車通学だね。何時ので通うつもり?
とか。
なんだろう。
今まで何度か一緒に遊んだし話しするのも初めてじゃないけど、なんか、それまでのと雰囲気違う気がする。
……自意識過剰かもしれないけど、狙われてる感ばしばしする。
そして、気のせいじゃなかったDEATH。
あたしばっか男子に話しかけられすぎて、部屋の空気が悪くなってきたんで、完全に悪くなる前に、セルフサービスのフリードリンクのお替り取って来るって云い訳してボックス出たんだけど、すぐ後から三瀬君があたしのこと追ってきたんだ。
「大丈夫?」
ジャニ系の甘い美形顔を心配そうにひそめて聞かれると、大丈夫って反射的に頷きそうになったけど、あえて健気にひっそり微笑むだけにとどめる。
「うん、……正直云うと、ちょっと戸惑ってるかも。
みんな、今日ちょっと変じゃない?」
「それはさ、……」
自分もフリードリンクのお替りを取って来るって云い訳で来たのだろう、三瀬君はお店備え付けのコーヒーメーカにカップをおいてボタンを操作する。
「大林が今日、まじに可愛いからだよ」
「え?」
なにそれ。
今、三瀬君今あたしのこと、かわいいって云った?
ぽかんとしてるあたしを見て、三瀬君は焦ったように言葉を続ける。
「いや、もともと可愛いとは思ってたよ?
大林は普通にかわいかった。
けど、今日は何ていうか…スゲー可愛い」
「そ、そんな……」
どうしよう。
顔が真っ赤になってるのが、自分でもわかった。
なにも言えなくなって、うつむいてるあたしがおかしかったのか、三瀬君がくすっと笑った。
「たしか俺たち、同じ高校だよな」
「ですね」
「大林の家の最寄りの駅って、○△だよね」
「はい」
「良かったら、春から一緒に通わない?」
「はい」
「あと、…」
何か云いかけて、そのまま黙り込んだ三瀬君を不思議に思って顔をあげると、彼はすごい真赤な顔をして立っていた。
「その、さ。
俺今フリーなんだけど」
「はあ、……」
フリーって…彼女いないってことよね?
あれ?
もしかして、って気が付くのと、三瀬君が云ってくるのはほぼ同時だった。
「良かったら、付き合わない?」
「ええ、っと」
咽喉に何か詰まったみたいで、うまく話せない。
けど、早く答えないと。
三瀬君が待ってる。
あたしは慌てて、こくこく頷いた。
「よ、よろしくです…」
結局、そう云うのが精いっぱいだった。
けど、三瀬くはすごい喜んでくれた。
「やったあ!」
おたけびあげて、あたしをぎゅって抱きしめてくれる。
ちょっと離れたところにある受付のカウンター越しに、店員さんが驚いたようにあたしたちの方を見ている。
恥ずかしい。
でも、幸せかも。
三瀬君とは、その場ではLineで友だち登録して、twitterのアカウント交換して、2人で遊びに行くのはまた日を改めてってことで、ボックスに戻った。
勘のいい麗愛や璃莉は、あたしの顔見て勘づいたみたいだから、あとでいろいろ聞かれるだろうな。
あたしが三瀬君狙いだったってことは、前からグループに根回ししてあったし、三瀬君を他に狙ってる子は、表立ってはいなかったから、祝ってはもらえるはずだ。
でも、どうして急にあたし、そんなにかわいいって云われるようになったんだろう。
Lineの登録を終えたスマホを手に乗せて眺めてたら、触ってもいないのに画面が動いて、Better Life のアイコンが現れた。
そういえば、…今朝これで美しさのパラメータをいじったっけ?
(でも、……まさかねえ)
「なにか連絡でも来た?
親から?」
手拍子も打たずにスマホを見てたあたしに、璃莉が聞いてくる。
あたしは慌てて首を振って、スマホをポケットにしまった。
「うんん、大丈夫」
「そう?なら、良かった」
舞華のとこは、厳しくて大変だもんねぇ……って同情してくれる璃莉に微笑みを返しながら、あたしはまだBetter Lifeのことを考えてた。
(でも、現実に影響が出るなんて…考えすぎだよね)
あたしの心の中を読み取ったように、その時、ポケットの中のスマホがぶるっと震えた。