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不憫な子 人生をやり直す。  作者: 七味
不憫な子
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不憫な子、叫ぶ。

どれくらい気を失っていたのかわからないが、ここがどこだかわからないが、何があったのかはわからないが、俺は気が付いてしまった。ダムの底に沈んだはずなのに気が付けてしまった。

しかし、目の前に広がるのは完全な暗闇と不安になるほどの無音だけ。夜だからとか山の中だからとか言われても、月はなかったとしても星はあるし、人はいなくても虫はいる。もっと異常なのは体の感覚がない。暑くもなく寒くもなく、息苦しいわけでもない。横たわっていたり立っている感覚もない。体を動かそうと思うと動いた様な感覚だけあるが、何かに触れられるという感覚はない。頭をかこうと思ったその手は何も触れなかった。自覚している以上頭はあるのだろうが触れなかったのだ。


状況を整理すると、クズ共に沈められて死んだと思ったが、まだ生きているのかもしれない。ただし、自分の体に何が起きているかわからない状態。打開策はなし。


俺はあきらめて寝ることにした。少なくとも次に起きた時に空腹感があれば、きっと生きてはいるのだと思う。何もなければきっと死んでいるのだろう。もし死んでいればお迎えの一つでも来るだろう。久しぶりにゆっくり眠れそうだ。生きていたとしてもクズ共の性格的に俺を探すことはないし、死んでいたとしてもクズ共と行く場所は違うだろう。誰にも邪魔されずに眠れるのは久しぶりだ。


それからしばらくは寝ては起きることを繰り返したが空腹感はなかった。そこから死んだと思ったのだが、どれほど待ってもお迎えは来なかった。10回くらいまでは数えていたが、面倒になって数えるのをやめ、ひたすら惰眠をむさぼった。そして眠るのに飽きたので運動をすることにした。実際には動いている感覚もなければ疲労感もない。ただの自己満足ではあったのだがひたすら鍛えぬいてみた。他にも色々とやってみたが何も変化はなかった。


「これが、私の選んだ人柱だ。」


いつも通り腕立てをしているつもりでいると唐突に声が聞こえた。あたりを見渡すときれいな球体を中心に9人以上の男女がこちらに視線を送っていた。


「特に決まり事などなかろう!私の社に落ちてきたのだ!私のものだ!お前らも似たようなものだろうが!」


声のする方を振り向こうとすると、視界は一周で動き着物姿の少女が見えた。女の子は俺には目もくれず怒鳴っている。


「ならばそこの2人組はどうなるのだ!その二人は死ぬわけでもないのを半ば無理やり連れ来ているでは―――なんだと!母上様は貴様よりも格が上だったわ!」


最初は女の子が一人で叫んでいるだけかと思ったようだが、どうも他の何人かのアイコンタクトに対して答えているようだ。やり取りを聞いているとアイコンタクトで正確な意思の疎通ができるように見える。もしくは頭の病気だろう。


「長!ここまでくれば私たちでは判断できない。長が決めてくれ!」


長といえば偉い人、責任者。この子が病気だとしたら医者だろうか。とりあえず自分のことも含め説明が欲しいと思い、再び振り向いて『長』を探した。すると9人の男女は消え球体と少女だけが残った。なぜだか少女の意見は何の問題もなく、認められた気がした。何一つ理由はないがそのような気がした。


「ありがとうございます。長。」


何かが笑っているような気がする。いや、気ではなく何かが笑っている。気にするなと笑っている。声も顔も見えないのに笑っていることだけわかる。


「さて、親に疎まれ世に疎まれ全てに疎まれた哀れな男よ。どうか私の頼みを聞いてくれないだろうか。」

「…俺は世間様にまで打とまれだ覚えはないよ。それよりもここは?君は?」


そう聞いた瞬間、ここは死後の世界ではなく世界と世界の隙間で、少女はあのダム周りの土着神だと気がついた。頭の中に疑問ができた瞬間わかってしまう、次第に疑問が生まれた瞬間に答えがわかってくる。とてつもなく頭がよくなったような気がするが実際は違う。俺には見えないがもう一人?ひとつ?何かが居て、それが疑問に答えてくれている。それは何かがすごすぎて、こちらがすごくなさ過ぎて、お互いがまともに意思疎通もできない。無理しようものならこちらが壊れてしまう。だからそれは俺の『無意識』に答えを送り、なんとか意思疎通しているようだ。

それは土着神と呼ばれる少女よりも何段か上位の存在で、少女の力になってほしいと考えている。俺に、別の世界で暮らしてほしいと考えている。その世界は地球のある世界をベースに作った箱庭のような世界で、地球とは別の可能性?娯楽?を追及して作っている世界。ベースは地球だが色々操作?改変?しているので進化の方向がかなり違うらしい。ベースの創造性を引き込んでいるので日本人にはなじみ深いらしい。


「…なんか気持ち悪くなってきた。」

「長、つながりすぎではありませんか。少し控えていただかねば壊れてしまいます。」


それからの情報量は多少減ったが不穏な感情が伝わってくる。これは俺が思いのほか丈夫で、珍しいからどこまでもつか楽しんでいるように感じる。気にしないようにしたが逆に気になる。意識を向けたくないと思えば思うほど集中してしまう。頭の中心が酷く熱く、絶え間ない吐き気が喉をふさぎ、体中の筋がねじれていくような痛みが俺をむしばむ。どんどん増してくる痛みに耐えきれずに暴れようとするも、掴む物もなければ和らぐ痛みもなかった。痛みは容赦なく増していき、そして――――



「で、行ってくれるのか?」


唐突に痛みは無くなる。俺は座椅子に胡坐をかいていた。つい先程まであった痛みは無く、冬山の空気に包まれているような爽快感がある。さらには自分の体がしっかりとあり、背もたれの感触やお茶のいい香りも確認できる。あまりに久しぶりの感覚に呆けていると、少女は目の前のお茶と羊羹を食べるよう勧めてきた。


「長がすまんといっとった。珍しく繋がっても壊れないので限界ぎりぎりまで試してしまった、とな。だが、事情は全部わかってしまっただろうし、悪いことばかりではないはずだぞ。」


確かにそうだった。少女たちは管理者、あれは統括者と名乗っている。管理者は世界の管理や監督をするらしい。管理者たちは、もともと管理している世界の生き物ではあったが、何かしらの技術や技能を元に常識を逸脱した力を得た存在らしい。ざっくりいうと神様である。統括者は管理者からもさらに逸脱した存在、っぽい。少女ら曰く、人の考える範疇にいる存在は神様とは言えないだろう。神とは人の考えの外側にいる、理解も感知もできない存在をいうものだ、と。そして少女たちは世界を滅びない方向でのみ調整し、新しい何かを求めているらしい。少女たちは世界を渡る力があるため、その探求の場は地球だけではなくまったく別の世界もあるらしく、中には別の歴史を歩んだ地球もあるらしい。そして俺はその世界の一つに行ってもらいたいと頼まれている。つまりひとつの世界が滅ぼうとしているらしい。


「叶えられる望みはお前ができた範囲での話だ。だが、お前ができた範囲であればたいてい叶えてやれる。」

「行かないという選択肢は―――」

「別にいいが、私が拾った時点にしか戻せないからダムの底だぞ。痺れた体で這いあがるのか?しかも真冬だから這い上がれても凍死の可能性が高いぞ。追いつめたい訳ではないがお間が死なないためには行くしかないぞ。」


仕方ないので遺書のようなものを頼んだ。最近昔感じていたいやな視線を感じること。父の友人を名乗る見知らぬ男性からの電話があったこと。借金を返せなくなったクズ共が俺を見つけ、金をたかりに来たこと。職長や同僚たちから借りた金を返すために貯めていたこと。職長の子供用の玩具を予約してあること。これらを記載した日記のようなものを頼んだ。


「あぁ、あとクズ共がこれから先、末永く苦しんでいけるようにできないかな。」

「できるが、お前のような年の男ならあれはいいのか?卑猥なものの処分はしなくて良いのか?」

「持ってないからいいよ。羊羹のおかわりもらえない?」


少女は驚いた顔をしたが、俺はクズな姉妹に挟まれて育ったせいか自覚できる性欲がすごく薄くなってしまった。そんな物より自分の楽しむことが重要なのだ。それとも身長2m近くの大男が甘党なのが意外なのだろうか。その後望みに関する打ち合わせをしながら最中ときんつば、おはぎ、大福、饅頭、きんとん、干菓子、草餅と最後になるかもしれない至福の時間を楽しんだ。途中で少女が若干涙目になっていたが、行くことになる世界がわからないのだ、これぐらいは許してほしい。


「では、最後にお前の名前を教えてくれ。その名を元に私がお前を送ろうとするから、私が言い終わった後にお前は自分の名前を言うだけいい。」

「餞別にさっきの干菓子を欲しいんだが…。その懐に隠してあるやつでいいから。」

「隠してあるのを察していながら欲しがるのか…ほら、受け取れ。私のおやつだったのだから大事に食べるのだぞ。」

「とても、とてもおいしいです。ありがとうございます…そういえば君の名前は?」

「私の名前は…次に会えたら教えてやろう。そんなことよりお前の名前を教えろ!」


少女は若干嬉しそうに怒鳴り散らしてきた。もしかして手作りだったのだろうか。あれだけの和菓子を作れるのだから、きっとほかの料理のおいしいのだろう。普通の料理も頼めばよかったと後悔しながら名前を教えた。

すると周囲はまた以前と同じ闇つつまれたが、目の前には少女がいた。

少女と俺の間に光る球が浮かびそれがどんどんとのびて幾何学模様となり俺を包み込んでいった。模様が細かくなるにつれて耳鳴りし始めた。そろそろ気分が悪くなってきた瞬間音はやんだ。


「―――の頼みにより、向こう側に旅立つ。名を!」

「…仙葉、光太郎。俺の名前は仙葉光太郎だ!」


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