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イリデッセンス  作者: 枝条梢
泥沼、愛憎、悲喜劇。
7/14

7 アウトサイダー


私は不機嫌である。

理由は至ってシンプル。近頃、真澄が何かとうるさいからだ。


「桃!昨日、なんで俺に連絡しなかったんだよ」

「忘れてた」

「嘘つけっ、ぜってー連絡する気なかっただろ?!」


昨夜、いつも通り一人で桜の塾の迎えに行ったのだが、それを何処からか聞きつけた真澄が翌日の朝に文句を並べにやって来たのだ。しかも、わざわざ私が登校するタイミングを見計らって。ここ重要!わざわざ、だ。何なのもう。


「それを言いに来たわけ?わざわざ、朝に!」

「だってお前、こうでもしないと会ってくれないじゃん」


嫌味を言ってもどこ吹く風、真澄は当たり前だと言わんばかりに頷いている。

信じられない。玄関の前で待ち伏せするなんてお前はどこのストーカーだ。桜にそんなことをやってみろ、確実に嫌われるぞ。


「あ~もう、分かったから!次からはちゃんと連絡するから」

「この間もそう言って、結局連絡よこさなかっただろ!もういい。お前じゃ信用できないし、お前の母さんに桜の塾の日時を聞いとくことにする」

「はあ?!ストーカー!!」

「夜道を一人で歩こうとする桃が悪い」


―――というのが今朝の出来事で、持ち前のフェミニスト精神なのかオカン気質なのか近頃はこういった真澄の干渉がやたらと増えている。

塾の件は桜と少しでも多くの時間を過ごしたいために私をダシにしてるだけなんだろうけど、やれ制服のスカートが短いだのだらしがないだのと、明らかに桜とは関係のないことまで言い出してくる始末。実の母親ですらそこまで言わないのに、あんたは私の何なの?

ただでさえこの頃は桜を取り巻く面倒な連中との接触が多くて疲れが溜まってるのに、真澄までおかしくなっちゃって……はぁ。心が休まる暇がない。


「ちょっと、聞いてんのー?!」


放課後の委員会は委員会で、騒がしい宮河煌こいつがいるし。

今日は燿の方ではなかった。めんどくさい。こいつは何かと私に突っかかってくる。私のことが嫌いなら放っておいてほしいものだが、相手にされないのもまた気に食わないのだろう。無視すればするほどに喚きが大きくなってゆく気がする。


「はいはい、なに。何なの」

「だぁから~!優しく忠告してあげてんの!残念ながら妹ちゃんの悪巧みは成功しませ~ん、ってね!」

「は?」

「ふふっ、会長が妹ちゃんを危惧して、コンテストの参加者から外すための準備をしてるんだよ!何考えてるか分かんないしさぁ、てゆーか、ぶっちゃけコンテストめちゃくちゃにするつもりなんでしょ~?だから参加者を交代させるか、最悪出場停止にさせるって……」


―――何だそれ。

私が体育祭の競技に参加する。たったそれだけのことで、何でそこまで騒がれなきゃいけないの。そりゃあコンテストに出場しないで済むなら嬉しいけど、そんな理由でっていうのも腑に落ちない。

ムカつく。だってこいつら私のことを、体育祭をめちゃくちゃにするようなやつだと思ってるってことでしょ?馬鹿にしないでほしい。


「ウザい!!」


とりあえず宮河煌にそれだけ言って、私は強制的にこの会話を終わらせた。


 ◇◆◇


委員会が解散になってすぐに携帯を確認すると、そこには真澄からのメッセージが一件。着信は数分前だ。


『校門で待ってる』と。


「はあ―――?!」


まさか、と思い教室の窓から俯瞰すると、案の定校門のところに違う高校の制服に身を包んだ人物が立っていた。

なんで。桜はとっくに帰ったのに!


「嫌がらせのつもり?」


慌てて支度を済ませ、真澄の元にダッシュした私は開口一番にそう言った。


「え、嫌がらせ?なんで?」

「私がこんな時間まで学校にいたのは委員会があったからで、桜はとっくに帰ってる。男ならそこんとこの事情くらい把握しててよ!」

「何言ってんだよ、桃。つーか何でキレてんの?把握してるからこそこうしてここに俺がいるんじゃん」

「はあー?」


訳が分からん。桜は帰ったと言ってるのに、どうやら言葉が通じてないようだ。


「お前んとこの母さんが言ってたんだよ。今日、桃は委員会で遅くなるって。俺もちょうど部活のミーティングがあったし、帰る時間帯は同じだろうと思って来たの」

「………なんで」

「なんでって、桃と一緒に帰りたかったから」


そう屈託なく笑う真澄に、私は呆れ返って言葉が紡げなかった。そうだよ、忘れてた。こいつはそういうやつなのだ。

どれだけ私が嫌なやつを気取ろうと、拓真に嫌われようと、こいつだけは変わらなかった。

「桃」と。昔と変わらない笑顔で、態度で。嫌味を言うのが馬鹿らしくなるくらい、真っ直ぐに私を見てくるやつだった。


「桃?急に黙り込んで、どうしたんだよ」

「あんたって、本当バカ」


私なんて放っておけばいいのに。

幼馴染みとしての情ってやつだろうか。まったく厄介な男だ。


「バカ?急に悪口言われてもな~」


身に覚えがないと言わんばかりにとぼける真澄に歩幅を合わせ、並んで歩く。何となく妙な気分になるのを紛らわせながら―――


「あれぇ?桃ちゃん?」


その時、校門を出て通りを歩いていた私たちに声を掛けたのはあまりにも聞き覚えのある声で。

私は最悪だ、と心の中で呟いた。


「委員会終わったんだぁ?あれ~あれれ?そっちの他校の人は誰~?僕、知らないなぁ」


ニヤニヤと何が面白いのか口角を上げて絡んできたのは、燿だ。

大方、宮河煌を待っていたのだろう。この双子はいつでも何処でも可能な限り一緒にいたがる特異なやつらだから。


「別に……。何でもない」

「桃ちゃん、僕に隠し事するの~?」

「何でもないって言ってるでしょ」


けど、疎らとはいえ少なからず他の生徒たちがいる前で燿が一人で私に話しかけてくるのは珍しい。どういう風の吹き回しなんだか……。


「桃。ダメじゃん、そんな言い方したら」


突き放すような態度が気に食わなかったのか、真澄が母親みたいに叱咤してくる。私はお前の子供か!


「―――“桃”?」


ピクリと反応する燿。


「ん、桃の友達だろ?俺、笹原真澄っての。桃んちの近所に住んでて、まあ俗に言う幼馴染みみたいなもんかな」

「ふ~ん、幼馴染みなんていたの、桃ちゃん」


何故かきつく咎めるような視線を燿がこちらに向けてくるので、何なんだと思いつつ「まあ」と曖昧に返事をしておく。何が気に入らないんだか。

真澄も後生だから、こいつと仲良くなろうとしないでよ。


「まぁいいや!もうすぐ煌が来るし……じゃあね~、桃ちゃん。また明日」


不気味さしかない満面の笑みで立ち去った燿はまるで台風一過のようだ。

真澄もポカンとしてる。燿の身勝手な言動は今に始まったことじゃないから気にするだけ無駄だ。


「それにしても、桃。お前この学校ではうまくやってるんだな」

「……どういう意味?」

「なんていうか、桃っていつからか他人と関わるのを避けるようになっただろ?俺や兄貴に対しても冷たく当たるようになって……」


だから、と口にした真澄はどこか寂しそうだった。


「―――ああ、いや、これは俺の勝手か。桃が俺の知らないところで俺の知らない友達を作って、俺の知らない生活を送ってると思うと少し寂しい、なんて俺の勝手でしかないもんな」

「……」

「せっかく桃に友達ができたんだし、喜ばなきゃな。こんなんじゃ幼馴染み失格だよなぁ」


違うでしょ。幼馴染み失格なのは私の方だ。性格が悪くて意地汚くて、到底桜や真澄、拓真の輪の中に入ることは許されない。

あんなに暴言吐いてきたのに。こいつはそれでも私を気にかける。幼馴染みだと言ってくれる。


「真澄。あんたさ、私の母親のつもり?それとも口説いてんの?」


憎まれ口しか叩けない私なのに、それでも真澄は。


「口説いてる、って言ったら?」

「百万年早い」

「ハハッ!桃らしい」


生まれて初めて、自分が惨めに思えた。


 ◇◆◇


家に帰るとさっそく母親に呼びつけられる。このお決まりのパターン……さては拓真が来ているな。


「桃、桃!拓真くん来てるわよ、挨拶だけでもしてきなさい」


案の定、母親に部屋に行くよう仰せつかり、私は仕方なく二階へ続く階段を上がってゆく。

言霊は取ったもんね。挨拶だけして、と言われたから本当に挨拶だけするつもりだ。絶対に長居なんてしない。するもんか。


桜が引き止めてきた時にどう逃げようかと算段をつけながら、部屋の扉を開けるが―――そこに桜の姿はなかった。


「ノックぐらいしろよ」


いたのは机の上に頬杖をついて億劫な様子を隠しもしない拓真のみで、はて、と首を傾げる。

机に勉強道具が散らかっていることから勉強会が開かれていたことは間違いないのだろうが、肝心の桜はトイレにでも立っているのだろうか。まあ好都合なんだけど。


私は「それじゃあ」と言って、足早に立ち去ろうとした。

が、何故か拓真から制止の声が。


「おい、待てよブス」


悲しきかな、名指しされているわけでもないのに反応してしまったのは十分に自分がブスであるという自覚があるからで、僅かにでも足を止めてしまった自分が憎らしく思えてしまう。


「なに。悪口?」

「ブスにブスと言って何が悪い。事実をありのままに話しただけじゃねぇか。つうかそれよりお前、真澄とデキてんの?」

「は?」


寝言は寝てから言え。

あまりにも素っ頓狂な発言をする拓真に私は呆れ返った。何がどうしてそういう解釈に至ったんだか。


「バカ言わないでよ、面倒臭い。じゃあね」

「待て。話は終わってねぇよ。面倒臭いって何が?俺か?それとも真澄と付き合うことが?」

「はぁ?ちょっと!何なの」


さっさと踵を返そうとする私の腕を強引に掴んだ拓真に非難の声を上げる。

こんの馬鹿力!あんたは男で、私は女だぞ。ちょっとは加減というものを知れ!薄々感じてたけど、私って女の子としてすら扱ってもらえないわけ?


「離してっ!じゃないと桜に言いつけるから。あんたに乱暴されたって、あることないこと吹聴してやる!」


思い通りにならない現状に苛立って拓真にとって最も効力のある桜の名前を出したつもりだったが、拓真は一向に拘束を解こうとしない。

それどころか。


「っ!」

「―――言えよ」


腕を引っ張られ、バランスを崩してしまう。

床に倒れ込んだ私を拓真が見下ろす。馬乗りになったやつの優勢は誰がどう見ても歴然だ。懸命に足をばたつかせるが形勢がひっくり返ることはない。


「言えばいい。桜にだって、真澄にだって。俺に乱暴され疵物にされ――俺のものになったんだと声高に訴えろよ」

「何言って……」

「ハ、随分と余裕ない声だな?いつもの高慢な態度はどこにいった。それとも嫌がる素振りを見せて相手を煽るのがお前のやり方か、淫乱女め」


高慢なのも淫乱なのも全部あんたの方でしょうが!

暴れたせいでずり上がったスカートから覗く太腿をいやらしい手つきで拓真が撫でている。その骨張った感触に羞恥心がこみ上げてきた。

触るなヘンタイ!何度そう言ってやるも、拓真が私の上から退くことはない。

お腹にひんやりとした感覚が走る。

直に触れられている。拓真の手が服の中にまで侵入してきたのだ。


「ちょ、拓真!何考えてんの!」

「色気ねーな。もっと艶のある声聞かせろよ」

「桜っ!桜はどうしたのよ!」


なんで急にこんな。

嫌がらせにしても度が過ぎている。拓真が私を嫌っているのは肌身にヒリヒリ感じていたけど、だからと言って何かをしてくることはなかった。せいぜい会えば睨まれるか嫌味を言われるだけだ。

なのに何故―――。


「お願い拓真、やめて」

「じゃあ誓え」

「……何を」

「金輪際、真澄に近づくな。あいつを誘惑しようとするな。今更、幼馴染み顔なんてするんじゃねぇ。分かったか」


私の腕を拘束する拓真の手に力が篭ったのが分かった。

―――そうか。最近真澄が私と関わるようになったからそれが気に入らないのか。大切な弟に私のような悪い虫が付いてほしくないのだろう。

ああ、素晴らしい兄弟愛じゃないか。反吐が出そうなほどに。


「…………分かった、誓う。今後、あんたたち兄弟には近づかない。それでいいでしょ」

「ああ」


私の答えに満足したのか、拓真がゆっくりと体を起こす。

私は拓真の力が緩んだその瞬間に、やつの股間を思い切り蹴り上げた。


「っ!?」

「こんなことしなくても!言葉で言ってくれれば分かる。あんたには失望した!」


いくら私を嫌っていても、決して手なんてあげてこなかったのに。

失望した。最低だと思った。それに、真澄はそんなこと望まないだろう。

先程の真澄の笑顔が脳裏に過ぎる。

「幼馴染み失格だよなぁ」と言っていた真澄。失格なのは私の方だ。二度と近づかないと、簡単に誓えてしまうのだから。


「それと、今まで何も言わなかったけど、これからはこの部屋で桜と会わないで」

「はあ?なんでお前にそんなこと」

「ここは私の部屋でもある。あんたに入ってほしくない。桜と勉強会を開きたいなら、外でやってくれる?私とあんたは他人、赤の他人にプライバシーを侵されたくないの」

「……」

「出てって」


出口を指さすと拓真は数秒考え込むように黙ったのち「分かった」と言って荷物をまとめ、部屋を出ていった。



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