6 説明会
「もうびっくりしちゃったよぉ。珍しく授業中に桃ちゃんから連絡があったと思ったら、いきなり五分後屋上ーだなんて書いてあって、思わず二度見しちゃったもん。で、保健室行くフリして向かったら、そこにいたのはののちゃんだったんだから!ののちゃんに理由を尋ねても教えてくれないし、ねえ桃ちゃん、あれってどーゆーこと?」
自宅の部屋に帰れば、既にそこにいた桜にいきなり問いただされた。
「さあ」
「もう、桃ちゃん惚けないでよぉ!」
「てゆーか、それより桜。あんた他に言うことないわけ?」
「え?」
何のこと?と首を傾げる桜はたいへん可愛らしい。可愛らしい……が。彼女の暴挙を許せるわけではない。
「シンデレラコンテスト」
「え、ああ!!」
今、忘れてたな。
「なぁに?衣装の相談?安心してね!桃ちゃんのクラスの子たちが考えてくれてるらしいからっ」
「あんたまた余計なこと言ったの?!」
「えぇ~、桜、そんなこと言わないよぉ。ただ桃ちゃんにはとびっきりキュートな衣装を用意してほしいなぁっておねだりしただけで」
それを余計と言わずして何と言う!
こうなったらとことん説教してやろうと口を開きかけた時、それより早く桜が一枚のメモ用紙を私に突き出してきた。
「はぁい、桃ちゃん」
「……なにコレ」
「ののちゃんの電話番号だよー。気が向いたら電話してあげて?ののちゃん、桃ちゃんのことすっごく気にしてたから」
「……」
こんなものいらない。
そう言って捨てられたらどれだけ良かったか。村瀬ののかの泣き顔が脳裏を過ぎり、受け取るつもりなどなかったのにいつの間にかメモ用紙が私の手の中に収まっていた。
「ふふっ」
と桜が笑っていたのには気づかないフリをした。
◇◆◇
あーあ。何でこんなことに……。
「それでは今から説明会を始めます」
出る気はないと言ったシンデレラコンテスト。今だってそこまで乗り気ではないのに、何故か私は律儀にコンテストのための参加者説明会に主席していた。
桜に訂正するよう求めてもすでに決まったことだからと笑顔で拒否され、クラスの実行委員に事情を説明しても今から参加者を変更するのはちょっと……と躊躇いがちに言われ。私に逃げ道はなかった。こうなったら当日サボってしまおうかと考えるも、コンテストは個人で行うものではなくクラスメイトが発案し製作したものを着て順位を争ういわばクラス対抗マッチ。私一人が輪を乱すわけにもいかない。
もともと協調性のない私ではあるけども、さすがに体育祭ともなると別だ。一年の行事の中で最もクラスが一丸となるだろうイベントでは当日競技を休んだだけで批判の嵐。通常よりも多くの顰蹙を買ってしまう。それに言い出したのは私の姉……桜であるし、身内の責任というやつもある。私だって何もそこまで非情なつもりはないのだ。
「げっ」
ともあれこうしていちいち説明会や何やらに出席しないといけないのは面倒だなーと思いつつ、適当に聞き流せばいいかと結論を出したところでふと隣から声が上がる。
まるで会いたくなかった人物に会ってしまったかのような反応に何となしに振り返ってみれば、そこには思い切り顔を歪めてこちらを見ている宮河煌がいた。会いたくなかった人物……なるほど、私のことか。
傍に双子の片割れがいる気配はない。
こいつが一人きりでいるのを見るのは初めてのことかもしれない。加えて隣の席とは面倒な。どっか行け。
私は宮河煌から視線を外し、手元の資料にすべての感覚を集中させる。
隣で喚くのは小バエだ、小バエ。
「ちょっとぉ~?!僕のこと無視しないでよ!もう最悪ぅ、なんで妹ちゃんがいるわけぇ?」
最悪なのはこっちの方だ。騒ぐな、煩わしい。燿とは違い、こいつは一人でいる時もこのテンションが保たれたままなのか。
溜息をつきたくなる衝動を抑え、宮河煌とは違う側にいる隣の席の子に場所を替わって貰えるように頼んだ。
するとそのあからさまな態度が気に食わなかったのか、宮河煌はムッとした表情でまた喚く。
「感じ悪ぅ~!僕だって妹ちゃんの隣は嫌だけど、我慢しようと思ってたのに!」
お前が嫌だ最悪だのと文句を言うからわざわざ席を移動したというのにこの言われよう。
結局私が何をしてもこいつは気に入らないのだ。
「ホント気分悪い~。燿もさぁ最近何考えてるのか分かんないし、思えば妹ちゃんのクッキー事件からなんだよねぇ、疫病神すぎ~」
ぶつくさと女の腐ったように文句を言う宮河煌。疫病神はどっちなんだか。
こいつの発言でふと気になったが、そういえば燿はあれから朝の図書室に現れてない。私との相互関係に飽きたのだろうか。いずれにせよ長続きするような関係ではないと割り切っていたためいつかはこうなると覚悟していたものの、少し腑に落ちない。
―――あの燿が飽きる、なんて考えにくいことだ。
燿は執念深く、なかなかしつこい性格をしていると思う。ドSの上にねちっこいなんて最悪もいいところだ。故にちょうどいい暇つぶしの玩具である私をやすやすと手放すなんてやつの性格を鑑みれば有り得ないと断言できる。
私を使い潰すまでやつは自らこの関係を断ち切ることはないだろう。私は桜の身代わりでしかないが、それでも燿にとって代替品は一定の価値があるものであり、尚かつ自分で言うのもなんだが気に入らない私を辱めるという点においてはこの上ない憂さ晴らしにもなる。
互いに均衡のとれた私たちの関係をそっとやちょっとの理由で終わらせるには多少惜しく感じるはず。
つまり燿はしばらくすればまたひょっこりと目の前に現れるだろう。
「桃ちゃん」と。そう言って全身を舐め回すかのような視線と歪んだ唇で私を犯しに来るに違いない。
私は宮河煌の嫌味ったらしい言葉の数々を無視して、つつがなく始められた説明会の内容に聞き入った。
――その翌日。
「やっほー、桃ちゃん」
ほら、やっぱり。昨日と同じ委員会の席で、私の隣に座ったのは宮河煌ではなく燿の方であった。
「………なんであんたが」
「あ、もうバレちゃった~?煌がさぁ、桃ちゃんと同じ委員会なんてヤダって言い出しちゃって。代理として僕が来たってわけ。嬉しいでしょ?」
「嬉しくない」
まぁ、ひたすらにうるさいだけの煌よりは幾分マシに思えるけど。それを口にしたら調子に乗りそうだから絶対言わない。
「それにしても面白いよねぇ。桃ちゃん以外、だぁれも気づいてないんだよ?僕たちが入れ替わってることにさ~。双子って便利だよね」
委員会がまだ始まらないのをいいことに、燿は気ままに駄弁る。
私は同意しなかった。双子が便利?そんなこと生まれてからこの方一度も思った事はないからだ。
テレパシーが使えるわけでもない。痛みを分け合えるわけでもない。双子に利点なんてない。私は燿たちとは違う。
「ねぇ~、なんで桃ちゃんは一目見て煌じゃなく燿だって分かったの?」
「はぁ?今更でしょ。あんた、私の前では宮河煌になり切ろうとしないじゃない」
「え?」
「性根の悪さが滲み出てるつってんの。このドSが」
「えぇ~?」
僕、ドSなの?とあざとく首を傾げるあたりに腹の黒さが見て取れる。
「そうでしょ。私のクッキーはどこへやったの?写真にでも保存して後々笑いのネタにする気でしょ?あんたのことだから、ただ捨てただけじゃないってことは分かってんのよ」
「……。捨ててないよ」
「は?なに」
「だから捨ててない。全部食べた」
「はあ?!」
思わず音を立てて席を立ってしまう。周りが何だ何だと注目し始めたことに気づき、慌てて大人しく座り直す。
くそっ。燿が頓珍漢なことを言い出したせいだ。あの黒ずみクッキーを全部食べたなんて正気の沙汰とは思えない。
「冗談でしょ?あんた、前に他人が作ったものは生理的に受け付けないって言ってなかった?」
「うん。でも桃ちゃんだから」
「私だから?」
何だと言うのか。
訝しむ私を他所に満面の笑みを浮かべる燿。
「そんなことより僕さぁ、あのクッキー食べた後、ひっどい腹痛に見舞われちゃったんだよね~。おかげで数日学校休むことになって、図書室にも行けなかったし。優しい桃ちゃんは責任取ってくれるよね?」
自業自得だ。どこからどう見ても安全でないあのクッキーを食べてしまう方が悪いに決まってる。私は知らぬ存ぜぬを突き通すことにした。いちいち構っていたらキリがない。
そうこうしている内に、委員会が始まった。
◇◆◇
「煌―――っ!」
委員会が終わると同時に教室に飛び込んできたのは燿の双子の片割れ、宮河煌であった。
入れ替わってるからだろう。わざわざ燿のことを煌と呼ぶ徹底ぶり。その様子からも入れ替わりが頻繁であることを窺える。
「燿~!ちょー疲れたぁ!!」
そして宮河煌が現れた瞬間、見事なまでにやつに成り切る燿に心の中で拍手する。変わり身の早さは天下一品だ。
「妹ちゃんと一緒の委員会だなんて、本当ついてないよね~!」
「本当にね~!大丈夫?煌、苛められなかった?」
お互いに身を寄せ合って私を悪役のように仕立て上げる二人の寸劇にまるで興味がなかったので、無視して踵を返そうとすれば。
「―――煌の言っていたことは事実だったのか」
そこに立ちはだかる男がいた。生徒会長である鷹島だ。
うわぁ、最悪。なんでこいつまでここにいるわけ。ついてないのは私の方じゃないか。
「あの協調性の欠片もない白石桃がクラス対抗マッチに出ると聞いて、真意を尋ねに来た。何を考えてる?きみはこんなものに立候補するようなタイプではないだろう。何か、よからぬことを考えているんじゃないか?」
「……」
相変わらず見当違いなことをいけしゃあしゃあと。こいつは正義の味方でも気取ってんのか?私が体育祭の競技に参加する、たったそれだけのことで詰問しに来るなんて暇人なのかと言ってやりたい。
大体立候補したわけじゃなく、桜が勝手に名前を挙げちゃっただけだし。しかも私がいない間の出来事だ。不可抗力としか言いようがない。
―――まったく面倒臭い。
そう思って溜息をつくと、明け透けな私の態度が気に食わなかったのか鷹島の眉がピクリと反応する。
「聞いてるのか?」
返事をするのも億劫だったが、会話をいち早く終わらせるためにも私は頷いた。
ええ、聞いてますよ。だから溜息をついたんでしょうが。
「「妹ちゃん、態度悪~~っ!」」
「煌、燿。相手を煽るような物言いはやめるんだ」
「えー?!僕たちが悪いの?煌」
「え~、僕たち悪くないよね~?燿」
鷹島の注意が双子に移ったので、私はその隙に退散することにした。
後ろから呼び止める鷹島の声が聞こえたが聞こえないフリだ。無視無視。私はお前たち暇人と違って忙しい。