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イリデッセンス  作者: 枝条梢
泥沼、愛憎、悲喜劇。
5/14

5 役割分担



家に帰ってから私は自分の部屋に閉じこもる。共同で使っている桜は友人と遊びに出かけていてしばらく帰ってこない。今はチャンスだ。今朝に燿から貰った封筒を開き、今までのものと照合して情報を整理する。


「ふぅ……」


私はまた妙な話が出てきたな、とベッドに仰向けになって考える。


燿との相互関係。私が彼に求めるのは情報だった。

それも、関口遙の情報を。


一学生である私に出来ることは少ない。関口遙の個人情報を調べようにも生憎ながら有効な手段など思いつかず、以前の私は途方に暮れていた。

けれどそこに現れた燿という存在。燿は金持ちの家に生まれ、多少の融通が利く立場にある。それを利用しない手はなかった。やつの本性だって、見方を変えれば効果的な手数になる。つまりは本性をバラされたくなければ私の言うことを聞け的な悪どい手法ができるのだ。

おまけに求められる対価も私が出せる範囲のもので、私にとってこれほど都合の良い存在は他にいない。


そして今回、新たに燿に調べてもらったのは関口遙の“弟”について。関口遙は前に言っていた。弟がいる、と。

だが前々から知っていた彼の家族構成に“弟”という存在はない。彼は一人っ子のはずなのだ。だからおかしいなと思い、その話を聞いた翌日に燿に調べてもらった。

結果は封筒に入っていた紙に記載されている通り。


どうやら関口遙には、腹違いの弟なる人物がいるらしい。しかも高校生ときた。一緒に暮らしてはいないようだが、月に一度のペースで会っているのだとか。

弟については詳細なデータが添付されていなかったもののこれは大きな収穫だ。桜と同世代の腹違いの弟……。こいつについて調べれば、どうして関口遙が桜を暗い目で見ているのか分かる気がする。

関口遙の桜に向ける感情は私が思っている以上に根が深いはずだ。おそらくあの男は塾講師になる以前から桜のことを知っていたんじゃないだろうか。過去に何かがあったとしか考えられない。彼の複雑な家庭環境もまた要因の一つだったりしてね。

だって桜の周りは嫌にそういう連中が寄ってくる。何かしらの欠け目を抱えて心に闇を持ってる人物たちが、まるで示し合わせたかのように桜のもとに蝟集するのだ。関口遙はその筆頭だった。


まあ……、分かるような気はするけど。

桜を前にすると、瑕疵のある自分をすべて包んでくれるような幻想に浸れる。あくまでも満たされたような気分になれるのだ。傷を癒やしてくれる女神みたいな人。優しくて温かい陽だまりを求めるのは人間の真理なのだから仕方がない。


そんな存在を守るために。


「さぁて、どうするか……」


 ◇◆◇


様々な作戦を考えてみたが実行するにはどれも時期尚早で物的証拠のない今は下手をしたら私の被害妄想だと白を切られてしまいそうなので、とりあえず今は様子見をすることにした。その間もちろん情報収集は怠らない。今日も燿に会うために朝一番に図書室へ向かったが、残念ながらそこに燿の姿はなかった。

朝であればいつもは大抵ここにいるはずなんだけどな。おかしいとは思いつつも、まぁそのうち会えるだろうと私は楽観視する。燿の連絡先も知らないので偶然会う以外に方法がないのだ。


時間になるまで図書室で暇を潰し、それから教室に向かった。あまり休みすぎると単位が危ない。

急ぎ足になっていたためか注意散漫だったようで、私は廊下の角を曲がったところで女子生徒と出会い頭に衝突してしまった。


「うわ」

「きゃっ」


突然の出来事に驚いて上がる声のなんと色気のないことか。この女子生徒のように可愛らしい悲鳴が上げれたらなと頭の片隅で思いつつ、私とぶつかったせいでよろけてしまった女子生徒に手を差し伸べた。


「ごめん。怪我してない?」


私の声に女子生徒は顔を上げるが、なんの因果か――女子生徒の正体は村瀬ののかであった。脳裏には反射的に昨日の彼女の姿が思い浮かぶ。


“……嘘つき”


胸の奥でまたチクリと小さな痛みが疼いた気がしたけど、知らないフリをする。差し出した手を引っ込めて私は立ち去ろうとした。彼女にはなるべく関わらないほうがいい、と。脳が警鐘を鳴らしてる。

でも。

そこにいた村瀬ののかは何故か泣いていて、必死に嗚咽を我慢しているなんとも弱々しい様子だった。私は歩きかけた足を止めてしまう。


「あ……、白石さん……」


どうしたの。何があったの。溜まらずそう聞いてしまいそうになる自分を必死に抑え込む。私がしなければいけないのはそんな行為じゃない。

簡単なことだ。いつものように毒を吐けばいい。ナイフの如く尖らせた相手が最も傷つくだろう言葉を選んで。


「……」


なのに。

ねえ。なんで私、何も言えないの?


「ご、ごめんなさい!こんなみっともない姿見せちゃって……違うの、なんでもないの。これはあの……」


懸命に涙を拭おうとする村瀬ののかは誰が見たって痛々しく、決して「なんでもない」状態ではない。

気づけば私は無意識に彼女の手を掴んでいた。


「え?」

「……来て」


向かった先は屋上。普段は立ち入り禁止だけど、私は少し前にここの扉の鍵が壊れていることを知った。屋外というのが嫌で普段は利用しないがこういう時は別だ。あの図書室に次いで人目につかない場所なので村瀬ののかを連れていくにはうってつけなのである。


「ここ……入れたんだ」

「聞いた話によれば、鍵が壊れてるのを校長が黙認してるらしいよ。生徒たちの隠れ家って響きが青春っぽいから、とかなんとかで」


少し前に燿がそう言ってた。どうでもいいなと思い半分聞き流していたけど意外と覚えているもんだ。どうでもいいのに、それを他の人にまで話してしまう私は矛盾してる。


「あの、ありがとう、白石さん……。ちょっと落ち着いたかも」

「……」

「理由とか、聞かないんだね。なんで泣いてるのかって」

「どうでもいいよ」


未だこぼれ落ちる涙に私は吸い込まれる。しっとりと泣く村瀬ののかはどこか綺麗だった。


「白石さんは優しいね」

「人目も憚らず泣いてるあんたがどうしようもなく無様でみっともなかったから、同情」


優しくなんか、ない。


「同情、か。あんまり嬉しくないけど、言葉にしてくれるだけ優しさがあるよね」

「馬鹿にしてるんだけど。気づきなよ」

「ふふ。じゃあ馬鹿にされるのも悪くないかも」

「マゾ?」

「白石さん、ひどい」


どうしてか分からないけれど、屋上で私たちは以前のぎくしゃくした会話からは想像もつかないほどスムーズに喋っていた。私の言葉にくすくすと笑う村瀬ののかは既に涙も乾いた後だった。

と、そこで鳴るチャイム。あーあ、結局サボってしまった。


「あ……ごめんね、白石さん。授業……」

「屋上に来たのは私の意思なのに、なんで村瀬さんが謝るの?」

「でも、私のせいみたいなものだし……」

「そういうのホント面倒臭い」


ぴしゃりと言い放つと村瀬ののかは固まってしまった。先程の笑顔が瞬時に強張る。


「ご、ごめんなさい。私って面倒臭いよね……。その通り、昔からよく言われてて」


尚も謝る彼女に思わずため息が出る。面倒臭いって言ったのはそういう意味じゃない。


「だからさ、なんで謝るわけ?悪いことしたならまだしも、自分のせいでってのは謝罪の理由になってないよね。あんたも吉野隆もそこが面倒すぎだから」

「……」


ごめんね、とまた言おうとした村瀬ののかを睨んで私は屋上を出た。

彼女一人を残してきてしまったけどその方がいいだろう。他人がいては気持ちの整理もできないだろうし特に私みたいな人間は相手を不快にしかさせない。

……これでいいのだ。村瀬ののかに優しい言葉をかけるのは私の役目じゃない。私は携帯を取り出して桜に連絡を入れた。


五分後、屋上――と。


 ◇◆◇


すっかり忘れていたけど次の時間は家庭科だった。私が最も嫌う教科。しかも実習ときた。バカだ私、なんでこの時間にサボらなかったんだろう……。よりによって調理実習がお菓子作りだし、もうこれ運が悪いどころの話じゃない。

お菓子作りは最高に嫌いだ。漫画みたいな失敗をしたことは数知れず、ここ数年はキッチンにすら立っていない私になんたる苦行か。

特に同じ班になってしまった子たちは可哀想だった。私のせいでできあがったクッキーは見るも無残な物と化し、誰も食べたがる人はいなかった。先生ですら苦笑いだ。ふん、誰が二度と料理なんてするもんか。


私は一応はできあがったクッキー(黒ずみ)をラップで包んでつまみながら廊下を歩く。見た目通りに味も悪いが私が食べなければなくならないので仕方ない。ここは我慢だ。

そうやっていると、見覚えのある二つの顔が目の前にやって来た。


「「桜の妹ちゃん、こんにちは~!」」


まったく同じ口調に同じ仕草。足並み揃えて現れたのはあの忌まわしき双子だ。しかも周囲に生徒会の人間はおらずどうやらこの二人だけのよう。最悪だ。せめて鷹島がいてくれればストッパーになったのに……私は本日何度目になるか分からないため息をつく。

燿単体でも面倒なことこの上ないが宮河煌とセットの時はさらに面倒だ。燿は基本的に人前だと宮河煌のテンションに合わせる。しかも喋ることも二人で分担してくるので彼らの言葉を聞いてるだけでイライラしてしょうがない。とにかく私はこの双子が生理的に受け入れられないのだ。


「……」


私はさらっと無視をする。お前らの相手?誰がするか。


「え、ちょっと待ってよぉー!」

「折角僕たちが話しかけてあげてるのにぃー!」

「「無視ってひどくない?!」」


何も見えない聞こえない。私は無心に歩き進めた。燿もよくこんな馬鹿なこと何年も続けられるよね。


「ちょっとぉ、妹ちゃん!ストップ!ゆーあーんとうぉーきんぐ!」

「止まんないと……えーっと、どうする?煌」

「どうしよっか?燿」

「このまま妹ちゃんにずっとくっついちゃう?」

「え~、それだと脅しになんなくない?」


宮河煌は小首を傾げてるがさすがは隠れSの燿。私の嫌がることを心得てる。この双子にずっとくっつかれていたら絶対に発狂する自信がある。


「「ま、というわけで妹ちゃん」」


何がというわけなのか。


「「さっきの時間、調理実習だったんでしょ~?」」

「……」

「僕たちさぁ、優しいから」

「妹ちゃんが作ったクッキー食べてあげるよぉー」

「「だからちょうだい?」」


双子が上目遣いでキラキラとこちらを見てくる。こいつら、何か企んでるな。普通だったら嫌いな相手に手作り菓子を求めたりしないでしょ。


「……いーよ。あげる」


企みが何なのか想像にたやすかったので私はラップに包まれた例のクッキーを差し出した。


「わぁい!ありがと……って、何これ?!」


宮河煌の方が反応が早かった。信じられないとでも言いたげに黒ずんだクッキーと私を見比べてる。


「クッキー。あんたたちが欲しいって言ったんだから、もちろん残さず食べてくれるんだよね?あんたたちは優しいって有名だもんねぇ。ちなみに作ったのは私一人じゃないから。私の手料理が嫌って言うのは言い訳になんないからね」


失敗したのは全面的に私が悪いけど。満面の笑みで炭のようなクッキーを二人に押し付ける。宮河煌は絶望的な表情をした。大方私からクッキーをもらってそれをからかいの種にしようと考えていたのだろう。けど残念、私のクッキーはまともな物じゃない。


「え~っとぉ、……どうしよう。こんなの予定になかったし!ねえ燿……燿?」


隣を振り返って怪訝な顔をする宮河煌。見れば燿が一寸も動かずに固まっていた。まるで時の流れが止まってしまったみたいに。その視線は私が宮河煌に渡したクッキーに一心に注がれている。

あまりの酷さに声が出なくなったとか?こいつならありえそうだ。二人きりで会ったときに思いきり馬鹿にしてくるに違いない。


「……煌、それちょうだい」

「え?!このわけ分かんない物体?!クッキーかどうかですら怪しいよ!どうすんの?」

「……」


燿は半ば無理やり宮河煌からクッキーを奪い取った。何をする気だ?と思っていれば燿は踵を返して歩き出すだけだった。


「燿?!それ持ってどこ行くの!」


僕たち一心同体だもぉーんとうざいくらいに普段から主張してくるくせに今は双子の片割れの考えていることが分からないようだ。


「……処分してくる。こんなの煌の口に入れられないでしょおー」

「でもそしたらクッキー食べてお腹こわしたぁ~って訴えて責任とらせる作戦は?!」


うわ、こいつらそんなこと考えたんだ。やっぱりろくでもないなこの双子。まあでもあのクッキーを食べたら現実に起こり得そうな未来だけど。さすがに実演するつもりはないらしい。


「ちょっと燿~!」


もう一人を追いかけて去っていった背中にうんざりした。



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