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イリデッセンス  作者: 枝条梢
泥沼、愛憎、悲喜劇。
2/14

2 友人たち




私には協調性というものが皆無だった。

右へならえの女子文化に嫌気が差して、ならもう一人でいいやと周囲から孤立したのが小学六年の時。イジメのようなものを受けたこともあったがすべて無視していたらいつの間にかなくなっていた。面倒な事はスルーしてしまえばいいのだと学んだのもその時だ。


桜は友達は宝物だと言う。かけがえのないものだと。私にはまったく分からないけど友達の話をすると桜は幸せそうだから嬉しい。

しかし桜の特に親しい友人たちは厄介事の種をそれぞれ持っているから、手放しに喜べないのが現状だ。


そんな桜の友人たちと中庭で会った。

まぁ、桜が引き連れた状態でだけど。


「桃ちゃーん、偶然!一緒にご飯食べよぉっ」


中庭に設置されたベンチで横になっていた私に何かが覆いかぶさってくる。見れば犬のように見えない尻尾を振った桜だった。

その後ろには桜の友人三人もいて、あぁまた面倒臭いことになったと嘆息する。


「桜、悪いけど私もう食べ終えてるから」


私のお腹に頭を乗せている桜を押し退け立ち上がる。


「じゃあ、私のお弁当おすそ分けー!」


……そういう問題じゃないんだけど。

頭が痛い。


「みんな、桃ちゃんも一緒にいいかなっ?」


桜が友人たちに許可を求めるが、断る者は誰一人としていないだろう。


「もちろん」

「私たちも桜の妹さんと話してみたかったし」


予想通り二つ返事の友人たち。

桜の頼みだもんね、そりゃあ断れるはずがない。いくら嫌われ者の私といえど。


「……」


私は唯一の男である吉野隆よしのたかしに視線を向ける。桜のことが好きだけど友達としての関係を崩したくない男。

次に、そんな彼に密かに思いを寄せる松田未佳まつだみかでしょ。

そしてなんとなくそのことを察している村瀬むらせののか。ちなみに彼女は塾講師である関口遙せきぐちはるかの婚約者だった。親が取り決めた縁談。けれど桜の出現により、婚約は破棄された。村瀬ののかはそのことを知らない。


つくづく厄介事な人たちだ。

関わりたくない。

私は出口へと向かった。


「ま、待って白石しらいしさん。せっかくだから残ってほしいな」


なよやかな喋り口調で制止の声をかけるのは吉野隆だ。無視しても良かったんだけど恐る恐るといった様子が何だか癪に障って思わず言い返してしまう。


「なんで?」

「なんでって……」


困ったように下がる眉尻。答えに困窮するくらいなら止めに入らないでほしい。


「もぅー!桃ちゃんダメじゃん、そんな言い方したら!とにかく桃ちゃんは昼休み中は私と過ごすのぉ。これ決定事項!」


程よく桜が止めに入る。けどどうせならこのまま帰してほしかった。

この空気の中、まだ私いなきゃいけないの?

逃がさないように私の腕に絡みついてくる桜はそんなのお構いなしだ。


「えへへ。中庭来てよかったぁ、桃ちゃんと会えたし」


私は中庭に来なければよかったと後悔してるトコだけどね。


微妙な空気の中、一人楽しそうにお弁当を広げ出す桜。それに倣って友人たちも渋々座り始める。

ふと、鋭い視線に気づいて顔を上げると、松田未佳がこちらを睨んでいた。私の不躾な態度はもとより、自分の想い人たる吉野隆の好意を無碍にした私が許せないのだろう。ああ面倒臭い……。私は何事もなかったかのように視線を外した。


「でも、桃ちゃんお昼ご飯食べるの早いねぇ~!昼放課が始まってまだ10分も経ってないよぉ?」

「……まーね」


本当はまだお昼は食べていない。嘘をついたのは桜の友人たちと共にいたくないからだ。

実を言えば三時間目の放課から私は屋上にいた。つまりはサボり。桜には言わないけど、私はちょくちょく授業を休んだりしている。


「はい、卵焼きぃ~!」


桜が綺麗な色をした卵焼きを目の前に差し出してきたので、仕方なくパクリと食べる。でなきゃ食べるまでウルサイからねこの子。


「おいしい?」

「うん」

「やったぁぁ!今日はねぇ、なんとキュウリ入りなのー。入れたらおいしいかなぁって試しに!」


ああ、どうりでコリコリするわけだ。キュウリなのねこれ。キュウリの千切りが入ってる。


「いつも桜がお弁当作ってるの?」


村瀬ののかが尋ねてきた。


「そだよぉ!だって桜、それ以外に役に立たないから。料理はねぇ、何でも卒なくこなす桃ちゃんの唯一の苦手分野なの!」

「へぇ、そうなんだ」

「この間なんてクッキー作ろうとして大惨事だったよぉ!モクモク煙が出ちゃってね、もう漫画みたいだった!」


それこの間の話と違うし。かなり昔のネタ引っ張り出してくるなぁ、桜。

過去の経験で賢くなった私はもう一生キッチンに立つものかと固く心に決めている。不向きなものは人間永遠に不向きなのだ。

村瀬ののかが意外そうな顔をするが、料理に関して言えば桜と私は月とスッポンの差だ。まあ、見た目に関してもなんだけどね。


「白石さんも苦手なことがあるんだね」


と、村瀬ののか。

嫌味かそれ。


「別に。ただ私に不向きなだけ」

「それはねイコール苦手ってことだよ桃ちゃん!かわいー!」

「……分数計算ができない桜に言われたくないんだけど」

「失礼な!桜だって分数の足し算くらいはできるんだからねっ」

「掛け算はダメでしょ?」

「そ、それはそれ!」


「ぷっ」


私たちの言い争いを目を丸くして見ていた村瀬ののかが突然吹き出す。


「どぉしたの?ののちゃん」

「あ、いや……だって。白石さんって冷たい印象だったけど桜とのやりとりはそうでもないと言うか……」

「桃ちゃんが冷たい?!ののちゃん誤解してるよ!」

「うん、誤解だって今分かった。白石さんはただ区別がはっきりしてるだけなんだね」


別に誤解じゃないけど。

温かい眼差しを向けてくる村瀬ののかには悪いが私は正真正銘冷たい人間だ。損益勘定でしか人を見ていない上に利己的で矛盾だらけの女。普通に嫌な人間でしかない。


「整合性がないだけじゃない?」


松田未佳がぴしゃりと言った。

私は敢えてそちらを見ずに、桜が再び差し出してきたミートボールを食べる。その横で村瀬ののかと吉野隆が慌てて「何言ってるの」と彼女を諌めようとしていた。

けれど松田未佳の口は止まらない。


「白石さんって、人のこと見下してるでしょ。あたしそういうの分かるもん。だから白石さんは友達の一人もいないんだよ」


攻撃的な松田未佳に対して、両脇の二人はまるで正反対。本当のことにせよそこまで言い切ってしまう彼女に絶句している。


「桃ちゃん、おいしい?」


ただ一人桜だけはニコニコしてるけど。

桜のそういうとこ、嫌いじゃないよ。


「んー、まあまあ」

「ちょっと!あたしのこと無視しないでよ!」


桜に返事をすると、すぐさま横槍を入れられる。

視線を移すことすら億劫でならない。


「何?松田サン」


あんまりカリカリしてると化粧崩れちゃうよ?


「~~ッ、ホントむかつく!あたしのこと馬鹿にしてるんでしょ?!桜の妹だから仲良くしてあげようと思ってたのに、こんなんじゃ無理!!」


と、そこで空気を読まない桜が「桃ちゃん口の端にタレついてるよぉ~!」と私の口をハンカチで拭ってくる。相変わらず女子力高いな。ハンカチなんて私は所持すらしてないや。


「ふーん?仲良くして“あげよう”なんて思われてたんだ、私。松田サンって優しいねぇ」


ここでようやく私は松田未佳に振り向いた。

私の言葉が素直に褒めているわけではないことは、猿でも分かるだろう。


「私さ、別にあなたに親しくしてほしいなんて思ってないから。私にも選ぶ権利くらいあるでしょ?あんたも、あんたも……あんたも。全員好きじゃないんだよね」


面倒臭いから。


最後に見た村瀬ののかはどこか傷付いた表情をしていた。

なんでそんな顔するの?私なんかにも嫌われるのは嫌なわけ?

なんとなく彼女を見ていられなくて、すぐに視線を逸らして立ち上がる。


「桃ちゃん?」


不思議そうに首を傾げる桜。


「ちょっと待ちなさいよ!何なのその言い草は!!」


続く松田未佳の怒声。

激昂した彼女を見たことがないのか隣で吉野隆が驚いているけど、松田未佳は気づいていない。好きな人にこれ以上の醜態を晒すのはまずいんじゃない?


「桜。あんまり校内で話しかけないでよ」


最後に最愛の姉へ言葉を残し、私は中庭を後にする。

そして彼らの姿が完全に見えなくなったところで、ある気配に気づいた。


「流石は校内一嫌われ者な妹だな。きみは言葉を選ぶこともできないらしい」


スラリとした細身に高めの身長。一切の明るさのない黒髪はまるでこの男の内面を表しているかのよう。

鷹島朔也たかしまさくや。この学校の生徒会長を務める男だ。

その後ろには同じく生徒会に所属する三人がいた。


見た目だけではまったく区別のつかない一卵性双子と、桜のクラスメイトでもある不良もどきの男。みんなが一様にこちらを睨んでいたので、思わず笑いそうになってしまった。


「……これはこれは、みなさんお揃いで。桜のストーカーですか?」


金魚のフンとも言う。そう嘲笑ってあげると彼らの眼光に鋭さが増した。


馬鹿みたい。私はあんたたちにとって不快な存在でしかないんだから、いっそのこと話しかけてこなければいいのに。

それでもわざわざ声をかけてくるとか笑えるなあ。


「ここに来たのはただの偶然だ。偶然、きみと桜たちとの会話を聞いてしまい出るタイミングを見逃しただけだ」

「ふぅん」


立派なストーカー予備軍であるあんたに言われてもな。説得力がない。仮にも生徒会長の肩書きを持ってるなら、いちいち桜の放課後の予定をチェックしたりするのやめたら?で、偶然を装って桜の出かけた先に出没しないでくんない?


「桜に迷惑かけてんじゃねぇぞ」


ツリ目をさらに吊り上げて喚く不良もどき。別に怖くはないけど返事をすることもない。こいつはある意味一番面倒だから。


「桜ちゃんが優しいからって」

「調子に乗ってると」

「「痛い目見るよ~?」」


仲の良さをアピールしたいのかいちいち言葉を切って二人で分担する双子。男のくせに甲高い声も気に食わないし、まず双子って言う時点で嫌悪感が半端ない。

私自身が双子の片割れだからかな。こいつらを見てるとどうにも痛々しくしか感じられない。


「……はぁ」


彼らには聞こえない程度にため息をつく。

ねっとりとした視線には敢えて無視を決め込んだ。


 ◇◆◇


生徒会の連中と別れた後、気晴らしに図書室へ向かうとまた面倒なやつがいた。


同級生の大窪航平おおくぼこうへいだ。

誰もが知る大手企業を経営するグループ会長の嫡男で容姿端麗な男。でもわざとそれらを隠し、普段は地味に徹している。こいつもまた桜のことが好きな連中の一人だ。


「……」


図書室に入ってきた私を一瞥し、特に何を言うわけでもなく再び手元の図書に視線を落とす大窪航平。いつもの反応だ。

図書室には私たちしかいないが、やつと私の間に会話が生まれることもない。週に二~三度、こういったことがある。


大窪航平は基本的に私に興味を示さないから気が楽だ。桜の妹?だから何?って感じで。

ただ大窪航平という人間の生い立ちは面倒なことこの上ないのでなるべくなら近寄りたくはない。できるなら私の暇つぶし場所である図書室にも来ないでほしいんだけど。


それからしばらくすると大窪航平は図書室を出て行った。最後まで私を気にすることのない態度はなかなか好印象。恋愛体質でなければ桜の相手として認めてあげてもいいんだけどなぁ。世の中に完璧なものってないよね。


「疲れた……」


伸びをしながら机にうつ伏せる。

ガラガラと扉の開く音がしたが、特に気にならなかったので顔は上げなかった。


そのとき何かが私の髪を一房手にとって、掬い上げる。


「もーもちゃん♪」


この声は……。

顔を上げたと同時に唇に当たる感触。

キスをされたのだと分かるのと同時に相手が誰なのかすぐに理解した。私にこんなことをする輩は一人しかいない。


よう……」

「へへ。さっきぶりー、桃ちゃん」


焦点の定まらない距離にいるそいつの名前は宮河燿。

宮河煌みやかわこうの双子の兄だ。そう、先程生徒会の連中と一緒に私を糾弾していた人物。

とりあえずもう少し離れてくれないだろうかとすぐ目の前にあった胸板を押し返すと、燿は私にもう一度キスを落とし形容し難い嫌な笑みを浮かべた。


「ダメだよね、桃ちゃん。俺のこと拒否しちゃ」


瞳に浮かぶ加虐的な色。

私は反射的に力を緩める。こいつに逆らっても無駄な抵抗にしかならないのだから、さっさと受け入れてしまうのが賢明だと学んだのはもう一月以上も前のこと。


宮河燿は天真爛漫な双子の片割れを演じているがその実、人を貶しめることにひどく愉悦を覚えてしまうドSだ。こうして人目のないところで私が最も嫌がることをして楽しんでいる。宮河燿の本性を知ったのはいつだったか。

双子である宮河煌ですら知らない燿の加虐嗜好。やつは私を都合のいい玩具だと思っているらしく、人前では私に近づくのも無理だと嫌悪感を露わにしているのに二人きりになると途端に接触を増やしてくる。

こんなやつにキスされるなど何よりも耐え難い屈辱なのだが、本人曰く私は桜の代わりらしい。清廉潔白な桜を汚したくはない、だから私を代用するのだと。


「きみならいくら汚しても構わないでしょ?」


過去に天使のような笑顔でそんなことを言われ、こいつの悪魔みたいな本性を垣間見るのと同時にふと一つの妙案が思いついた。こいつを利用できはしないか、と。

今の私と燿は相互関係の上に成り立っているのだ。


「さっきは面白かったねぇ。桃ちゃんみんなに嫌われてるんだもん。ふふ……もっともっと嫌われて、絶望を味わって?そのための桃ちゃんなんだから」


そして再び降り注ぐキス。

大丈夫。こいつはキス以上の行為に及ぶ気はない。ただ私を侮辱し、それで満足するのだ。


リボンとボタンを外して露わになった胸元に吸い付く燿を眺めながら、震える拳を力強く握りしめた。




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