12 アウトサイダー⑥
「―――タイムカプセル?」
思わず首を傾げてしまった。
桜に呼ばれ大きな木の下に集まると、やけに楽しそうな表情の桜と真澄に「今からタイムカプセルを掘り出そう!」と意気揚々と告げられたのである。
何を言ってるんだこいつらは……と遠い目になりかけたけど、そういえば以前にも真澄が言ってたっけ。小学生の頃、大きな桜の木の下に皆でタイムカプセルを埋めたのだと。あまり明確に覚えていないが、そういえばこの公園でそんなことをした覚えもある。
そうだ、言い出したのは真澄だった。拓真と桜も乗り気で私も面白そうだなと思った記憶がある。ただ真澄が言っていたように私と拓真が前日に些細なことで口論になりピリピリした空気の中無言で土を掘ることになってしまったんだ。真澄は終始私たちに気を遣っていて腫れ物に触れるようだったのがまた気に入らなくて私は余計にイライラしてて、でもタイムカプセルを埋める作業を途中で放棄することはなくて。私たちの態度に桜が大泣きしてしまい、収拾がつかなくなったため拓真とは仲直りしたように見せかけてその後解散した。桜たちにとってもあまりいい思い出ではないだろうに、よく覚えていたものだ。
「じゃじゃ〜んっ。ここに、さっき小学生の子たちから借りた、スコップ×2があります!」
「と、家から密かに持ってきていた園芸用のスコップ×2もあります!さぁ掘ろうぜ!」
「「………」」
私は拓真と顔を見合わせた。
私と拓真がさっきまで何を話していたのか知らないだろう二人。温度差が激しい。とてもじゃないが和気藹々と皆で土を掘り返す気持ちにはなれない私は踵を返すことにした。
「もう十分でしょ、桜。私は先に家に帰るから、三人でやってなよ」
「桃ちゃん?!なんで?スコップが嫌なのっ?やっぱりシャベルを持ってくるべきだった?!」
違うから。大きさの問題じゃないから。
もはや何も返す気になれない私はそのまま足を進めようとするのだが、逃がすまいと桜が後ろから肩に抱きついてきて錘と化した。
「桜、離してくれる?じゃないとあんたのこと、これから妖怪子泣き爺って呼ぶから」
「やだやだっ!可愛くないから子泣き爺もやだけど、桃ちゃん行っちゃヤダ〜〜!!」
「重いっつーの!」
桜が全体重を乗せんばかりの勢いで肩に負担をかけてくるものだから背中が仰け反って体勢が辛い。決めた、明日は一日中子泣き爺って呼んでやる。
「うー。桃ちゃん本当に帰っちゃうのぉ?桜がどんなにお願いしても?」
「帰る」
「………」
「桜、いい加減に」
「―――シンデレラコンテスト」
「は?」
ぽつりと呟いた桜。
突然何を言い出すかと思えば……。あんなのもう終わった話でしょ?
「桜ね、鷹島先輩に直談判したの。桃ちゃんに参加資格がないなんて納得できない、桃ちゃんがシンデレラコンテストに出ないなら桜も体育祭の競技すべて参加しないって。そしたら先輩なんて言ったと思う?」
「……」
あ、なんか嫌な予感。
「“きみがそこまで言うのなら仕方ない。確かにきみの言う通り、彼女はもっと積極的に学校行事に参加し輪を広めるべきだ。一度取り下げた参加資格を再び与えるのも難しい話だが、なんとかなるだろう”――って」
あ、あの野郎……っ!!
一方的に私の参加権利を剥奪したくせに桜の頼みにコロッと意見を変えるのか。それらしいことを言ってるのもなんか癪に障る。
ていうか桜、あんたが動くとろくなことになんないなほんと?!
「……だから何?私は絶対参加しないから」
振り回されるのはもうウンザリなので断固拒否の姿勢を構えると、不意に背中の重みが消えた。
「そう言うと思って、ちゃんと桜、桃ちゃんの意見を聞いてきますねって鷹島先輩に言ったんだよぉ〜。えらいでしょ?」
「……」
「でも桃ちゃんが今、一緒にタイムカプセル掘り出してくれなかったらぁ、先輩には桃ちゃんは参加にすっごく前向きですって間違えて伝えちゃうかも〜!」
「あんたねぇ……」
それは脅しか。
私たちのやりとりに興味津々な真澄の「シンデレラコンテストって?」という質問に対し、桜は「桃ちゃんの晴れ舞台だよぉ!」と意味不明な回答をしている。いや晴れ舞台って何だよ、そもそも出ないよ。
「体育祭の後夜祭に毎年やってる出し物の一つなんだよ〜。クラスで代表を決めて、仮装してコンテストに出場するの」
「えっ、あの桃が仮装すんの?!何それめっちゃ見たいんだけど」
「でしょでしょ?!良かったら真澄くんたちも体育祭来てよ〜!そしたら桜も頑張れるしっ」
「絶対行く。なぁ兄貴」
「………まぁ、暇つぶしにはなりそうだな」
三人が勝手に盛り上がってる。なんで拓真も若干乗り気なんだ。
「桃の晴れ舞台、すっげー楽しみ」
と真澄が屈託なく笑う。
だから晴れ舞台でも何でもないし、出ないって。
「真澄くんたちに見てもらえるなんて嬉しいねぇ〜?ねっ、桃ちゃん?」
「………はぁ。分かった。土掘るの手伝うから、その話はやめて。それでいいでしょ」
「ほんと?!」
自分の優勢を確信したのだろう桜がいやらしく追い討ちをかけてくるので、私は早々に白旗を揚げた。我が姉は敵に回すと厄介だ。面倒だけど今日一日彼らに付き合わなければ納得してくれないのだろう。
なんでこんなことになるんだか……。
はぁ、とため息をつくと桜が「ため息ばかりだと幸せが逃げちゃうよぉ〜」と言ってくる。毎回毎回、誰のせいだと思ってるんだ。
◇◆◇
桜の木の下に埋めた。それは間違いないはずだ。けれど残念なことに今の季節では花が咲いておらず目印になるようなものが何も無かった。
―――そう、誰も「桜の木の下に埋めた」以外の情報を覚えていなかったのである。
公園自体はそこまで大きくはないが如何せん目的の物は一見しただけでは分からない土の中。目印のないそれにたどり着くのは至難の業に思えた。
各々思い当たる箇所を捜索してみるも、既に一時間が経とうとしている現在ですら有力な手がかりは得られていない。もうこのまま見つからない可能性の方が高そうだ。
目下、四人バラバラにタイムカプセルを探している状況なのでサボったところでバレやしないだろうと私は一人休憩を始めた。
が、そこに目敏い男が現れる。
「やっぱり。桃のことだから、もう飽きてる頃じゃないかって思った」
真澄だ。
やっぱりとは何だと抗議の視線を送るが、真澄は構わず私の隣にやって来た。拓真だったら絶対「何だよその目は」とか言って突っかかってくるのに同じ兄弟でもここまで対応に差があるとは。
「別に飽きたわけじゃない。ただ、一時間も探してるのに見つからないなら、もう諦めた方がいいんじゃないかって思っただけ。桜もなんでそんなにタイムカプセルに執着するんだか」
「あー…。それは多分、俺が兄貴の桃への手紙の話をしちゃったからだろうなぁ……」
「拓真が文面で謝ってたってやつ?」
「うん」
なるほど。桜が私と拓真の仲を取りなそうとしているのは前々からだから、タイムカプセルの話を聞いていいきっかけになると思ったのだろう。
「で、兄貴はちゃんと桃に謝れた?さっき二人で話してただろ?」
「ブスって連呼されながら、謝ってやると上から目線で言われはしたけど?」
「うわ、兄貴〜……」
何とも言えない表情で頭を手で抑える真澄。
と、そこである事に気がついた。
どうして真澄は拓真が私に謝ることがあるのだと知ってるのだろう。
弟を溺愛する拓真が自ら己の失態を吐露するとは思えないが、かと言ってそれ以外に要因は見つからない。
そう思って訊ねると、真澄は訊ねられる理由が分からないといったように小首を傾げた。
「二人の態度見てれば分かるし。分かりやすいじゃん、二人とも」
「……」
「てゆーか兄貴もほんと不器用というか、なんというか。兄貴は天邪鬼だから、思ってもないことを口にして桃を傷つけたり、怒らせたりするかもしれない。そこは弟としてマジでごめん。でも兄貴の本心じゃないからさ」
「それ、前にも聞いた」
私の考えは変わらない。
“それってただの、そうだったらいいなっていうあんたの願望でしょ?”
拓真の態度にしてもそう。あれで実際は私を嫌っていなくて、素直になれずについ射殺さんばかりの鋭い眼光で睨んできたり憎まれ口を叩いてきたりしていたのだとしたら天邪鬼どころじゃない。もう二重人格者の域だ。
私は真澄の存在を思考から追いやるために再びスコップを握った。
「兄貴が桃を嫌ってないのは間違いようのない事実だからな。俺が保証する。下手をすれば弟の俺より可愛がられてると思うよ」
聞く耳を持たないようにしているのに、真澄の心地よい声色はするりと私の鼓膜に届いて頭の中できちんとした言語に変換されてしまうのだから嫌になる。
「兄貴は桃のこと、あ、もちろん桜のこともだけど、本当の妹のように思ってる。それこそ目に入れても痛くないくらいに。二人の入学祝いのプレゼントを選ぶために、男一人じゃ入りにくいようなファンシーな雑貨屋で小一時間悩んでたの目撃したことあるもん、俺」
「……。入学祝いなんて貰ってないけど」
「桃には面と向かって渡すのが恥ずかしかったんだろうなあ。お前の母さんに、自分からというのは伏せて渡してくれって頼んだみたいだぜ」
まさか、と思い返されるのは満面の笑みで入学祝いのぬいぐるみをプレゼントしてくれた母親の姿。
「桜とおそろいよ。うふふ」とやけにテンションが高かったのを覚えているが、あれが拓真からの贈り物だとしたら母親の興奮っぷりにも合点がいく。ということは桜も共犯か?!そういえばプレゼントを渡された時、何故かニヤニヤしていた。
私のハートを見事に撃ち抜いた可愛らしい犬のぬいぐるみは、私が好きなシリーズのキャラクターということもあり、桜の色違いのものと隣合わせで今も部屋の目立つところに飾られている。つまり私は拓真からの贈り物を大切に飾り、挙句に勉強会と称して時々部屋に上がり込んでいた本人に見られていたってこと……?
いや、でも、どうせ可愛いもの好きな桜に贈る入学祝いのついでだろうし。うん、動揺する必要はない。
平静を装って、私は気のない返事をしてみせる。
「ふぅん」
「そう。だからさ、桃は怖がんなくていいよ。無理に嫌われようとしなくていい。お前はずっと、俺たちの可愛い幼なじみで、可愛い妹に変わりないんだから」
真澄のこういう所が苦手だ。“可愛い幼なじみ”だなんて聞いているこちらが恥ずかしくなるようなセリフをよくもまあ臆面もなく言ってのけてしまえるものだ。
―――どうしてだろう。
真澄を前にすると、何故だか私は急にいたたまれなくなる。
「……真澄がお兄ちゃんなのは納得できないんだけど。どう考えても私の方が姉でしょ?」
そう言うと、大輪のひまわりのような笑顔がパッと花開いた。
「いいな、それ。桃ねーちゃん」