11 アウトサイダー⑤
崖から身投げしちゃう子がタイプ……。
何だそれ。ドラマの見すぎだろ。ドラマの中のヒロインですらなかなかやらない行動だと思うけど。
「なっ?!だから俺と兄貴のタイプは違うだろ?」
私の白けた視線に気づいた真澄は慌ててそう言い繕う。真澄のことだから「元気で明るい子がいいな」とか当たり障りのない答えだと思ってたのに、まったくもって予想ハズレな回答だ。
まあ、大切な友達や家族のために自分を犠牲にしかねないという点では桜も当てはまるといえば当てはまるけど……如何せん真澄の挙げた例が特殊過ぎる。崖から身投げ……。一体どういう状況に陥ったらそんな選択をするんだ?
「うっわ、はず……」
真澄は首まで真っ赤になっていた。
「でも、好きなタイプと実際に好きになる人は違うって言うし、これからどうなるかは分かんないでしょ」
「そうか?」
真澄が桜を好きなのが無自覚でその上拓真の恋心にも気づいていないなんてややこしい。もういっそのこと真澄に告げてしまおうか。真澄は桜が好きで拓真もそうなのだと。その方が私も無駄にハラハラしなくて済む。
意を決して口を開きかけたとき、ふと鋭利な視線に気がついた。
拓真だ。桜が公園にいた小学生くらいの子たちと仲良く遊んでいる傍らで腕を組み、監視するようにこちらを見ていた。
「……」
真澄とあまり話すなってことだろうか。なら初めから私を同行させなきゃいいのに、いちいち面倒臭い男である。
隣にいる真澄も私の視線を辿り、拓真の存在に気がつく。
「……なあ、桃」
「なに」
「念押して言っとくけど、兄貴はお前のこと、嫌ってないからな。今日だけでいいから、ちゃんと話し合ってみたら?」
「話し合うって何を」
「ん〜、じゃあ俺、桜たちに混じってくるから!またな桃」
「ちょっと、真澄?」
真澄に制止の声をかける間もなく、やつは桜と小学生たちの群れに一直線。子供たちとも初対面だろうにさすがは真澄、早くも馴染んでいる。あれはもはや才能だよなぁ……。
ぼーっとしながら彼らを視界に捉えていると、目の前に壁が立ち塞がった。もとい、仏頂面の拓真である。
「何か用」
「…………別に」
拓真はムスッとした顔のまま、先程まで真澄が座っていた位置に腰掛ける。真澄と話をしていたことに文句を言われるのかと身構えたが、拓真は黙り込んだまま何も切り出そうとはしなかった。
そのまま数分が経過する。
……何の拷問だこれは。
「拓真。あんたって、数日前に自分が言ってたことも覚えてないわけ?」
自分から近づいてきた癖に何も話そうとしない拓真に苛立って語気鋭く問い詰める。
“金輪際、真澄に近づくな”
そう言ったのはあんたの方だ。なのに四人で出掛けようなんて矛盾もいいところ。言い訳の一つくらいしてみせたらどうだ。
「………知るかよ。俺が連れてきたわけじゃない」
「ふぅん、真澄に押し切られて?それで自分が言ったことも撤回?ダサッ」
「うるせぇな、お前だって同じだろ!真澄に言われてついてきたくせに。お前は昔からそうだ。真澄の言うことばかり素直に聞いて……」
別に真澄の言うことばかり聞いていた覚えはないが、拓真の言うことを素直に聞いた試しはないので比較するなら確かにその通りかもしれない。でもだから何?って感じだよね。拓真は俺様タイプだから、皆が自分に従順じゃないと気が済まないのかもしれない。
「だいたい電話って何の話だよ。校門の前で待ち伏せとかも。俺、知らねぇけど?」
「何でもいいでしょ」
「よくねーよ。いつからやり取りしてんだよお前ら。マジで付き合ってるわけじゃねぇよな?」
「だから何回言ったら分かるの?付き合ってないって!」
しつこい!
この質問何度目だと頭にカチンときたのだけど、よくよく考えると拓真から質問されたのはそう多くもない気がする。しつこかったのは真澄のも含めてだ。拓真と付き合ってるんじゃないかと疑ってきて挙句に似合わないからやめとけとか。真澄にしては散々な言い草だった。思い出しただけでもムカムカする。
「はぁ?そう何回も言われた覚えはねぇけど?」
やっぱりか。
八つ当たりをしてしまった拓真は苛立たしげに反論してくる。
「違う、真澄もしつこかったから混同してた。あんたと私が隠れて付き合ってるんじゃないかって変に勘ぐってきて」
「……ふぅん。じゃあお前ら、本当に付き合ってるんじゃないんだな」
「当たり前でしょ。逆になんでそう思えるのか不思議で堪んない」
どこにも勘違いされる要素はなかったはずだ。真澄は基本フェミニストだから誰にでもあんな感じだろうし、私はかなり冷たくあしらってるつもりだし。
それに拓真は知らないだろうけど、真澄が好きなのは桜だ。私とどうこうなんてあるわけない。逆の場合も然り、なんだけどなぁ……。
「だってお前、真澄相手だとよく話すじゃねぇか。普段は刺々しいのに、真澄にはそうじゃない。さっきだって」
「気のせいでしょ。拓真ってブラコン過ぎて、真澄の近くにいる女はみんな真澄のことが好きだと思ってない?」
「それはお前の方だろ」
「はぁ?」
訳が分からない。
それは私の方ってどういうことだ。
逡巡する私をよそに、拓真は言いにくそうに言葉を紡ぐ。
「――――この間のことは、謝ってやる。俺もやり過ぎたと思ってる。桜が知れば、きっと許してくれねぇと思うし」
まさか謝罪されるとは夢にも思わなかったので少しの間目をしばたかせてしまうが、生憎と私は素直にそれを受け入れられるほど出来た人間ではない。しかも謝ってやるだって?お前は何様なんだ。プライドがエベレスト並に高い拓真が謝罪の言葉を口にしただけでも素晴らしい成長だと思うけど、拓真にとって開闢以来の椿事だから何だという。多少意趣返しでもしなければ腹の虫は収まらない。
「言ってることがコロコロ変わりすぎ。前のあんたは桜に言えばいいってひどく横柄な態度だったじゃん」
「あれは……」
「私に今謝ってるのだって結局は桜に嫌われるのが怖くてでしょ?謝罪っていうよりただのパフォーマンス。あー、そうだ。真澄に告げ口してやろうかな。どう思うんだろうね、尊敬してるお兄ちゃんが犯罪紛いのことしでかそうとしてたなんて。拓真を見る目が変わっちゃったりして?」
「……ッ」
あ。やり過ぎた、と思ったときには遅かった。
前回の一件で分かるように拓真はたいへん気が短い。すぐに手が出る橘竜牙と同じタイプだ。橘と違って運動より勉強が得意な癖に、時々脳ミソが筋肉で出来てるんじゃないかってくらい感情に直結した行動を取ることがある。現にそうだ。
私の胸倉を掴んだ、気迫に満ちた表情の拓真。
私も拓真の謝罪という名のパフォーマンスに苛立って冷静を欠いていたかもしれない。虎の尾を自ら踏んでしまうなんて。
「お前の方こそ、まともな謝罪が欲しけりゃ相応な言動を心がけろよ!お前がそんなんだから俺は素直に謝れねぇし、こうして手を出しちまう!」
「人のせいにしないでよ」
「黙ってろ!お前が口を開くとろくなことになんねぇ。いいから黙って俺の謝罪を聞けよ!……悪かった!」
「……」
うん?言動が一致してないんだけど、どう捉えればいいんだこれ。
「俺も色々ムシャクシャしてて、あんなことするつもりはなかった。ただお前と真澄が俺の知らないところで連絡を取り合ってるのを知ってムカついて――つい、衝動的に……。お前は昔から俺より真澄に懐いてたし、てゆーか俺には喧嘩腰のくせに態度がまったく違ぇの未だに納得できねぇし、そもそもなんだよ塾の迎えって。なんで真澄なんだよ、俺に連絡しろよクソ!」
「はい?」
キレる原因が分からない。あんた、桜の塾の迎えにそんなに行きたかったのか。
「あー、頼ってほしかったってわけね」
「んなわけねぇだろブス!」
「はぁ?!」
拓真自身、言いたいことがまとまってない状態で吐き出しているせいだろう。支離滅裂な言葉の数々。謝りつつも悪態をついてくるってもうめちゃくちゃだ。
おまけに“ブス”だと。謝る気があるのかないのか喧嘩を売ってるのか一体何なんだ。
「とにかく俺が前に言ったことは忘れろ。……お前を押し倒したことも。あれは大人げなかった」
「自覚あるんだ?」
「あるから素直に謝ってんだろーが!お前こそ素直に受け取れよブス」
「どこが素直なんだよ」
ブスと連呼する謝罪がどこの世に罷り通るというのか。
なんだか相手をするのももう疲れてきた。プライドの高い拓真が過ちを認めていることの方が稀なのだから、この際過去は過去だと割り切ってしまった方が得策かもしれない。
「分かった。あんたの謝罪を受け取って、あのことはもう水に流す」
「……発言も撤回するからな。真澄を惑わそうとするなら許さねぇけど、近づくだけなら文句は言わない。幼なじみのままで、いい」
「別にそれは撤回しなくてもいいけど」
「なんでだよ」
「こんな性悪女が幼なじみなんて冗談でも嫌でしょ?真澄は優しいからそうは思ってないだろうけどあんたは違う。本当はこうして話すのも嫌で嫌で仕方ないんじゃないの」
「………」
嫌ってくれた方が楽なのだ。変に優しくされるよりもずっと。
拓真に謝られたからって私の意思は変わらない。これ以上彼ら二人に関わる気はないし、そもそも拓真だって本音は私のような人間を真澄に近づけたくない。お互いの利害は一致しているはずだ。
遠くで私たちを呼ぶ桜の声が聞こえる。
何も言わない拓真を置いて、私はさっさと桜のもとへ向かった。