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イリデッセンス  作者: 枝条梢
泥沼、愛憎、悲喜劇。
10/14

10 アウトサイダー④


不本意ながら教えてしまった電話番号。

とりあえずもう連絡することはないだろうし、向こうから着信があることもない……はずだ。真澄のデータはアドレス帳から削除しておく。

削除しますか、と表示された画面で一瞬だけ戸惑ってしまったのは脳裏に真澄の顔が浮かんだからに他ならない。

バカみたいにお人好しだった。こんな面倒臭い人間放っておけばいいのに、真澄はどこまでも優しく受け入れてくれて気にかけてくれた。

幼馴染みだと言ってくれて―――本当、バカみたい。


淡い寂寥感を覚えた気がして慌ててそれに蓋をした翌日、休日の朝のこと。家に真澄と拓真がやって来た。


「はあ?」


玄関の扉を開けて視界に二人が飛び込んできた時にそう訝しんだ声を上げてしまったのは仕方ないだろう。二人が揃って現れるのも珍しいし、何より昨日の今日だ。一体何の用だと凄んでみせる。


「よっ。昨日ぶり、桃」

「……さようなら」


まるで昨日のことなんてなかったかのような軽い挨拶をしてきた真澄に開口一番に別れを告げ、玄関の扉を閉める――寸前、隙間に足を挟まれ完全に閉めきることは叶わなかった。

お前はどこの借金取りだ!と、足を挟んできた笑顔の真澄に抗議の視線を送る。その爽やかな笑みにきな臭さを感じるのは私だけだろうか。


「あっ、もう来たんだ二人とも〜。さ、桃ちゃん行こっかぁ!」

「は?」


後ろからひょっこり現れた桜に背中を押され、ぐいぐいと外に締め出される。ちょっと待て、行くってどこにだ。なんで私まで連れ出そうとする。出かけるならあんたたち仲のいい三人だけでいいじゃん!


「桜!どういうこと?!」

「あれぇ、言ってなかったっけ〜?昨日の夜に真澄くんからお誘いがあってね、せっかくの土曜日だからみんなで公園に行こうって」

「……聞いてないけど」

「あは。桜、伝え忘れちゃったみたい〜!ごめんねっ」

「確信犯でしょうが!!」


せめて私の意思を確認してほしい。まあ、確認したところで拒否の一択だけれど。

とりあえずどこからどう見ても反省しているようには見えない桜の頬を引っ張って、餅のように左右に伸ばすことでわずかながらに溜飲が下がった。うん、本当にわずかながらにね。


「ひどいっ、桃ちゃん!桜の頬が伸びきって元に戻らなくなったらどうしてくれるのぉ〜!」

「頬袋ができていいんじゃない」

「桜、ハムスターじゃないもんっ」


だから、そうやって頬を膨らませて怒る姿は食べ物を詰め込んだハムスターにしか見えないんだってば。てゆーかそもそも怒りたいのはこっちだし。なんでこんな面倒事を運んできた!

私はちらりと真澄たちを一瞥する。にこにこ温かい目つきで私たちのやり取りを眺める真澄とは対照的にその後ろで仏頂面を晒す拓真。おそらく拓真は真澄に無理やり連れて来られたんだろう。二人は仲が良く特に拓真は可愛い弟の頼みを断れない傾向にある。証拠に致し方なくといった態度を崩さないやつは一度として私を見ようとしない。


「桃ちゃん、今日だけっ。ね、お願い。桜、桃ちゃんと一緒に出かけたいなぁ〜」

「……」

「ダメ?」


そしてそれは私にも言えることだ。シンデレラコンテストのときも然り、渋々ながらも参加を受け入れていたのはそういうことだった。私は桜の「お願い」に弱かったりする。

桜はワガママなように見えて実際はそうではない。むしろ好き嫌いが多いのは私の方で桜がこうしておねだりしてくるのは本当に珍しいことなのだ。滅多にない姉の「お願い」。妹として聞いてあげたいのは山々だが、内容が内容だけに頷くわけにもいかない。

私は助け舟を求めて視線を逸らし続ける仏頂面の拓真の足先を踏んだ。


「っ!おま、」


あんたが拒否してくれればそれで済む話なのだ。真澄に近づくなと牽制をかけてきたのは拓真の方である。にもかかわらずこうしてのこのこ私の前に現れるなんて何様のつもりだろう。今さら幼馴染み顔なんてするんじゃねぇ、と。確かにやつはそう言った。一緒に公園に出かけるなんて以ての外だ。

私の言いたいことは伝わっているだろうに、足を踏まれた拓真は鋭い視線で抗議するだけで一緒に出掛けること自体には口を挟もうとしない。真澄の働きかけがあったとしてもどういう風の吹き回しなんだか。


「桃、俺からも頼むよ!今日は特別予定はないって桜から聞いてるし、それなら久しぶりに四人で出掛けようぜ?なっ?」

「……」

「そしたらもうしつこく電話しないし!あと、校門の前で待ち伏せもしない。約束する。……ダメか?」


ダメに決まってる。決まってるのだけど……あーもう!桜といい真澄といい、今にも捨てられそうな子犬のような瞳をしないでほしい。やりにくくて仕方がない。


「……それ、本当でしょーね」

「ああ、もちろん!」

「分かった。出掛けるだけなら」

「マジ?!ありがとう、桃っ!」


真澄に思い切り抱きつかれる。ペットを飼った経験はないけど、なんとなく犬に懐かれている気分になった。

拓真に文句を言われるかなと横目で様子を窺ってみるも、やつは相変わらず無言を貫き通しているだけ。眉間にはかなり深い皺が刻まれているものの、口を挟んでくる気配はない。嫌なら真澄を止めればいいのに、本当に何なんだ。


「真澄くんずるい!桜も混ぜて〜!」


背後から桜に抱きつかれ、前と後ろを二人に挟まれてギュウギュウにされる。暑苦しいなおい。


「あ。兄貴も混ざる?」

「ふふ、拓真くんもサンドウィッチー?!」


楽しそうな真澄と桜の弾んだお誘いに、拓真は「混ざんねーよ」とぶっきらぼうに答えていた。


 ◇◆◇


桜に手を引かれ、その後ろを真澄たちがついてくる形で辿り着いた公園は昔よく遊んでいた場所だった。


「懐かしい〜!大きくなってから全然来なくなっちゃったけど、桜ここのブランコ大好きだったんだよねぇー。桃ちゃんと隣合って乗るのが特に好きで。へへ、桃ちゃん、今から乗っちゃう?」

「乗らない。あんたもう高校生でしょ?」

「公園で遊ぶのに年齢は関係ないもんっ!今日は桜、滑り台も滑っちゃうんだからね!」

「はいはい……」


それで今日は珍しくズボンを履いてるんだ。スカートだったら満喫できないもんね遊具。公園についた途端に目を輝かせる桜の反応には、口では呆れつつもつい笑みが零れてしまう。

そういえば桜とどこかに出掛けるのも久しぶりかもしれない。私には友人と呼べる人物がいないので基本的に毎日暇なのだが、桜は友達がたくさんいるから予定がない休日の方が珍しいくらいだからなぁ。桜のはしゃいでる姿を見ると、たまになら二人で近所を散歩するだけでも楽しいかもしれないなと思った。


「私はいいから、好きに遊んできなよ」

「じゃあ、ブランコ乗ってくる!パワーアップした桜を見ててねっ。昔より漕ぐの上手になったんだから!あ、拓真くん、押してもらってもいい?」


漕ぐのが上手になったと言いながら人に押してもらうのか。

心の中でツッコミを入れつつ私は木陰になったベンチに腰掛け、童心に返って盛り上がる桜たちを遠巻きに眺める。桜の背中を押す拓真もどことなく楽しそうだ。そのまま私の存在なんて忘れて三人で楽しんでくれればいいのに。


「桃は混ざんないの?」


私の隣の空いたスペースに真澄が座った。


「……あんたこそ。私のことはいいから、桜たちと遊んできなよ」

「俺は桃とも遊びたい」

「私といたってつまんないだけだと思うけど」

「んなことないって。俺は最近、桃と話すの結構好きだったりするよ。桜といるとお兄ちゃんになった気分になるけど、桃相手だと父親の気持ちになれるっていうか。なんか新鮮なんだよなー、うん」


どういうことなんだそれは。

父親って何?前に私の身だしなみについて口を酸っぱくして注意してきたり、夜道を女の子一人で出歩くのは防犯上よろしくないだとかで長々しく説教してきたことがあったけど、つまりはそういうことか?

真澄がもし父親だったらという有り得ない想像をしてしまい、私は背筋に寒気を感じた。


「真澄が父親なんて嫌すぎる……」

「ぶはっ!桃ってば正直すぎ!」


考えてもみてよ。家が近所だというだけでもこの過干渉ぶり。父親だったら輪をかけて酷くなるに違いない。思わず漏れた本音に真澄は大笑いした。


「そーいうとこ。反抗期の娘を持った気分にさせられる」


真澄が目尻を拭う。目の端に涙を溜めるほど私の反応がツボに入ったのか。


「―――真澄ってさ」


木陰の隙間から差す薄日は程よい心地良さを感じさせてくれる。

四人で公園に出掛けるというイレギュラーな出来事は私の口を軽くし、気づけば普段なら言わないような言葉を音に乗せてしまっていた。


「ん?」

「真澄って、なんでそんなに優しいわけ?もっと怒っていいし、私なんて構わなくても誰からも文句は言われないのに」


底なしの優しさだと思う。私のあけすけな態度にも気分を害さず、変わらぬ朗らかな笑顔を向けてくれる。私が幼なじみで桜の妹だという理由だけでこんなにも良くしてくれるのは、真澄の人間性がまるでお手本のように良いからだ。


「え。俺って優しい?初めて言われた」

「そんなわけないでしょ」

「マジだけど。女心が分かってないとはよく言われる」

「なにそれ」


分かってないというか、単純に異性からの好意に疎いってだけじゃないの。爽やかなスポーツ少年というだけでモテる条件は整っているだろうに、当の本人は周りからの矢印に一切気づかなさそうだし。それが真澄の良いところでもあるけど度が過ぎるといつまで経っても彼女が出来なさそうで若干心配だ。

頑張れ真澄。鈍感そうだから自分で気づいてないんじゃないかと最近とみに思うんだけど、あんたは桜のことを幼なじみの妹みたいな存在として見てるんじゃなくて女の子として見てるんだよ。世間一般ではそれを恋って言うんだよと今すぐ教えてあげたい。


「とにかく真澄は優しすぎるの!」

「お。珍しく桃に褒められた」

「私にとっては逆に身に染みるというか。傷口に塩を揉み込まれているみたいだけど」

「……ダメじゃんそれ」


そう、ダメなのだ。これはどうしようもない相性の問題だ。


「私、あんたたちとはもう関わる気ないから。拓真に言われたっていうのもあるけど、正直真澄の傍にいるのってしんどかったし。優しすぎて、あんたが良い人すぎて、自分が惨めになる」

「……」

「今日、どういうつもりで四人で出掛けようってことになったのか知らないけど、桜と一緒に何か企てたんでしょ?例えば拓真と仲直りさせようとしてるとか。違う?」

「……当たり」


困ったように答える真澄。

やっぱり、と私はため息をついた。


「お人好し過ぎんのよ二人とも。残念だけど私と拓真が良好な関係になれることは未来永劫、ない。でも安心して。私はあんたたちと桜の関係を邪魔しようとは思わないから。ただ、関わらないだけ」


難しいことではないはずだ。ついこの間まで私は真澄と会話という会話すら交えていなかったのだから。

身勝手な宣言にさすがの真澄も堪忍袋の緒が切れるかなと思ったが、真澄は怒る気配もなければ私の暴言に堪えた様子もない。


「ん〜〜〜〜っ」と唸る様は、まるで聞き分けの悪い子供をどうやって説得させようか考える親のようだった。


「とりあえず、俺は桃が好き。姉思いなところが好き。だから関わるなと言われても、好きだから無理」

「ちょっと待って。誤解を招かない言葉選びを努力してほしいんだけど、好きなのは人間的な意味で?幼なじみとしてってことでいいよね?」

「もちろん。それ以外に何があるんだよ」


私みたいな面倒臭い人間のどこに好意を抱けるのかさっぱり不明だが、異性として好きだと告白されるよりはまだマシなので深く追求はしないでおこう。


「桃のことが大好きな桜も好き。自慢の兄貴ももちろん好き。俺は俺の好きな人たちが仲良くしてくれるのが嬉しい。そう言うと桃は決まって愛他主義者だの言ってくるけど、俺は自分が嬉しいことを求めてるだけに過ぎないから、めちゃくちゃ利己主義なんだと思う」

「あんたが利己主義なら世の中の人間は全員そうなるでしょ」

「あれ?褒められてる?」

「だって真澄って、好きな子できてもそれが拓真の好きな人だと知ったら簡単に身を引くんじゃない?……例えばの話だけど」


我ながら踏み込みすぎたかもしれないと焦ったが、真澄は「兄貴とタイプが被るとか、そんなこと有り得ないだろ絶対」と笑ってる。やはり鈍感だ。現在進行形で被ってんだよあんたらのタイプは!


「前に言ってたけど、兄貴はいつもニコニコしてて愛嬌のある、どっちかって言うなら妹よりお姉さんの方がタイプらしいから」

「あんたそれ、聞いてて思い当たる人物とかいないわけ……」

「んー?」


思いっきり桜のことじゃん!なんで気づかないわけ?もうほとんど名指ししてるようなものなのに、真澄が鈍感過ぎて逆に怖いんですけど。


「てゆーか、真澄のタイプは違うわけ?拓真と同じじゃないの?」

「俺は別に、いつもニコニコしててくれなくていいから、ひたむきに頑張ってる子が好きだな」

「ふぅん?あんまり具体的じゃないんだ」

「具体的にかあ……。こう言うといつも何だそれって友達には笑われるんだけど――」

「うん」


「俺が好きなのは、大切な人のためなら崖から身投げしちゃうような、とても極端な選択をしちゃう女の子、かなあ」


なんだそれ。

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