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イリデッセンス  作者: 枝条梢
泥沼、愛憎、悲喜劇。
1/14

1 幼なじみ兄弟


私の双子の姉は可愛い。

ふんわりとした独特の雰囲気とそこらのアイドル顔負けの容姿。街中を歩いていてスカウトされた数はもう片手じゃ数え切れないほどだ。肉親の欲目なしにしても、姉はかなりの美少女だと思う。

加えて性格も良い。困った人を見ると助けずにはいられなくて、曲がったことが大嫌いな聖人君子様。私は密かに姉はどこぞの女神の生まれ変わりではないだろうかと思ってる。


私と姉は見目形こそ似てないがそれなりに仲の良い姉妹だ。私が人気者の姉を僻んで卑屈になることもなければ、姉が出来の悪い妹を疎ましがるわけでもない。私たちはお互いに好印象を抱いている。

しかし問題が何もないのは家庭内だけの話であって、家から一歩外へ踏み出すと辺りはもう厄介事の嵐となる。


姉を取り巻く環境は……というか人間は、どうにも特殊な奴らばかりだった。


まず、同じ高校に通う奴らから。


同級生の男の子。

彼はパッと見は地味で冴えない風貌でいるものの実はそれは仮初の姿で、眼鏡をとると絶世の美男子と化す。おまけに誰もが知る超有名企業の会長の息子であり、本当はバカ高い入学金を支払わないと入ることのできない私立高校に通う予定だったのを、自分の花嫁探しという何ともバカバカしい理由で私たちの学校にいる二次元的設定を背負った野郎だ。

彼は姉に惚れている。地味な容姿でいる時に親切にしてもらったことがきっかけで恋に落ちたらしい。見た目が異なるだけで180°態度の違う女の子たちに辟易しかけていたところ、姉の一視同仁の心に触れ自分の伴侶は彼女しかいないと只今姉に猛アタック中である。


同じような理由で姉に惚れた見目麗しい男があと四人いる。

クラスメイトの一匹狼を気取っていた不良は昔自分のせいで大怪我を負ってしまった女の子を探していて、それがどうやら姉に似ているらしく今は姉の忠犬にジョブチェンジしていたり。

一つ年下の一卵性双子は自分たちを正確に見分けてくれる姉に懐き、その腹の黒さを大いに発揮していたり。

生徒会長を務める先輩は旧家の出身だけど庶子である故にややこしい内面の持ち主で、姉の言葉に励まされて以来姉を創始の神の如く崇拝し、隠れてストーカー行為に走っていたり。

とにかくややこしい事情を抱えた人物たちがことごとく姉に惚れ、ややこしさを一層増長させている。


姉に惚れているのは何も同じ学校の連中ばかりではない。隣の家に住む幼なじみの兄弟も小さい頃から姉を好きで、しかも好きな人が被っていることを自覚していないのだ。妙なところで鈍感な二人がいつそのことに気づくのかと、私は時限爆弾の動向に常にハラハラしている。この恒常的な日々がいつまでも続くわけではないから。


そしてそれだけでは飽き足らず、姉の友人にも厄介な関係性の人物がいる。

友人の一人はまあ斯くの如く姉に惚れている男だから説明を省くとして、要注意なのはその男に惚れている姉の親友。彼女は男が姉のことを好きなのを知ってはいるが、敢えて気づいていないフリをしている。

もう一人いる姉の親友の女の子もまた、姉のせいで付き合っていた男にフラれている。そのことをまだ知ってはいないみたいだけど。


最後に、私たちの通う塾の講師。

大学生の彼も言わずもがな端正な顔立ちと甘いルックスで女の子たちからの人気を博すイケメンで、いつもどこか昏々とした瞳で姉を見ているのだ。理由は分からない。けれど静かにそっと、仄暗い視線を姉に注ぎ続けてる。


姉の周囲は、ふとした拍子に均衡が崩れてしまうような、そんな累卵の危うきでできていた。


 ◇◆◇


もも拓真たくまくん来てるわよ。お菓子持って挨拶してきなさい」


委員会で遅くなった私が帰宅すると、目尻を下げた母親がそう言って出迎えた。


笹原拓真……隣の家に住む幼なじみ兄弟の兄の方だ。

また来てるのかとため息を吐きそうになるのを堪え、制服を着替えてから母親に言われた通りお菓子を持って二階に上がった。お母さんの言う挨拶してこいはあんたも混じってきなさいと同義語だ。拓真は私たちの部屋で姉に勉強でも教えているのだろう。


姉であるさくらと共同で使っている部屋をノックして、返事は待たずに入る。予想通り拓真は桜に勉強を教えていた。

肩が当たりそうなほど至近距離に座っている二人は第三者が見れば恋人同士に見えなくはない。しかし如何せん拓真の片思いだ。証拠に桜は私を視界に入れるなり惜しむことなく拓真の傍を離れ、こちらに駆け寄ってきた。名残惜しそうにするのはやはり拓真だけである。


「桃ちゃん、おかえりっ!今日こそは桃ちゃんも一緒に勉強教えてもらおうよ!」


天使の笑顔で誘ってくる桜の後ろで、邪魔ださっさと消えろよオーラを出す拓真。桜は分かってないが拓真が勉強を教えるのは桜との時間を作るための口実であって、親切でしているわけではない。相変わらず人からの好意に疎い桜に苦笑が漏れてしまう。

が、私は無表情を意識して言い放つ。


「いい」


遠慮する、という意味だ。


「えぇー!なんで?桜、確かにおバカで桃ちゃんの勉強ペースにはついてけないけど、拓真くん教えるのすっごく上手なんだよぉっ」

「いいだろ桜、あいつはやりたくないって言ってんだから放っておこう」

「むー。じゃあ次回こそは桃ちゃんも一緒にするんだからね!」


拓真に宥められ渋々机に戻った桜の背中をちらりと盗み見る。その肩越しに拓真と目が合って冷たい視線を浴びせられたが、あんなの無視だ。いちいち気にしてたらきりがない。

私は幼なじみ兄弟とお世辞にも仲が良いとは言えなかった。拓真たちだけではない。桜と親しい間柄にある人たちとはどうしても馬が合わない。何より桜の周りは特殊な人間が多すぎて、深く関わりたくないというのが私の本音だ。

だから幼なじみたちとも距離を置き、嫌われるような言葉や態度を心がけて接してきた。おかげで今や私は蛇蝎だ。姿を見せるだけでげんなりされる。


拓真は週に二~三回、勉強を教えるという名目で桜の部屋を訪れる。そこに私がお邪魔するのももはや恒例と言っていい。幼なじみたちと疎遠になりがちな私を心配してか、お母さんが無理やり桜と拓真の間に私を入れようとするのだ。前にお菓子だけ置いて後はリビングで暇を潰していたら理不尽にも怒られた。

そのため私は拓真に誘われていないにもかかわらずこうして部屋にいなければならないし、拓真が帰るまでやりたくもないゲームをやって時間が経つのを待たなければならない。せめて拓真が来る日が曜日別になっていれば対処の仕様もあったものを。どうして毎週バラバラにやって来るかなぁ。最悪。


ベッドの上で横になりながらゲーム機を適当に操作してれば、いつの間にか夕食の時間になっていた。どうやら寝てしまったらしい。拓真の姿はなく、既に帰った後のようだ。


「もぉ!桃ちゃんてば拓真くんがいるとあんまり桜と話してくれないよね」


頬を膨らませた桜がプリプリ怒る。どんな顔をしても可愛らしさが崩れないなんてすごいなと妙なところで感心してしまう。

私はリスのように膨れた桜の頬をつまんだ。痛いと涙目になる顔も可愛い。


「ねぇ、桜。拓真が家に来る日は事前に連絡してって言ってるよね?」

「だって連絡したら桃ちゃん帰ってこなくなるじゃん!」

「……。そんなことないけど」

「あー!ほら、今ヘンな間があったぁ!」


桜のくせになかなか悪知恵が働くな。こうなったら毎日どこかで時間を潰してから家に帰ろうかと考えていると、まるで心を読んだかのように桜が「桃ちゃん不良娘~!」などと騒ぎ出す。

鋭いのか鈍いのか、我が双子の姉は謎すぎて困る。


「あ!そういえば桃ちゃん、拓真くん忘れ物してっちゃったの。届けてくれないかなぁ?」

「何で。やだよ、桜が行ってくればいいじゃん」

「桜、今忙しいの~!」

「じゃあゴミ箱にでも捨てとけば」

「桃ちゃん冷たすぎ!」


ご飯を前にしてそんな面倒臭いことはしたくない。喚き出す桜を放置してリビングに向かうと私たちの会話を聞いていたらしいお母さんが満面の笑みで届けてきなさいと言った。


「夕ご飯なしにするわよ」


とどめの一言だ。


……なんで私が。


不承不承スリッパからサンダルに履き替えて隣の家に移動する。おばさんが出てくれないかなぁなんて期待しながらインターホンを鳴らそうとすれば、ちょうど学校から帰ってきたところである拓真の弟、真澄に出くわした。

なんて運が悪いのか。


「あれ。桃じゃん、何してんの」


スポーツバッグ片手のジャージ姿。兄である拓真はどちらかと言えば勉学に秀でているが、弟の真澄はバリバリのサッカー少年だ。昔は運動音痴だったくせにいつの間にやら部活のエースを張れるくらいに成長していた。桜に良い姿を見せようと努力していたことを私は知っている。


「桃って呼ばないでくれる?」


きつく睨むようにして言えば、何がおかしいのか真澄は笑う。


「わりぃわりぃ、桃ちゃんならオーケー?」

「苗字で」

「それじゃあ桜とこんがらがるだろ」

「桜は名前で呼んでるんだから、区別はできてるでしょ」

「やだよ、桃」


呼ぶなと言ったそばからこれだ。私がどれだけ冷たくしても真澄は一向に私を嫌ってくれない。

普通はムカつかない?私の態度って。


「……拓真呼んでもらえる?」


このまま会話を続けていても終わりがない。さっさと目的を済ませてしまおうと話題を変えた。


「兄貴?何で?」


不思議そうに首を傾げる真澄。

そういえば真澄は拓真が桜に勉強を教えていることを知らない。そう思えば真澄も気の毒だ。自分が部活動に精を出している間に兄は抜け駆けしているのだから。

真澄は拓真が桜を好きなのに気づいていないし、その逆も然り。なんて面倒な関係。


「……野暮用」

「何だそれ」

「真澄には関係ないよね」

「……」


納得がいかないのか一向に動こうとしてくれない真澄に業を煮やし、再びインターホンを鳴らそうとするが、その必要はなかった。

玄関に明かりが灯り、拓真が現れる。


「お前ら人ん家の前で何やってんだよ」


不機嫌そうな顔つきで私たちを問いただしてきた。


「……なんだお前か」


けれど私を視界に入れるなり拍子抜けした顔をしたので、ひょっとしたら私を桜と見間違えてやって来たのではないだろうか。

太陽も沈みかけて辺りは薄暗いし、顔の造りは違うとは言え私たちは双子だ。シルエットだけなら同じに見える。遠くからだと間違えられることもしばしばあったりするのだから。


「これ、忘れてったでしょ」


私は拓真にシャーペンを差し出した。

まったく何で忘れるかなぁと呆れ半分だ。


「……あー、悪い」


一応、素直に謝ってはくれる拓真。私なんかにお礼を言うなんて、やっぱり根は悪いやつじゃないんだよねぇ。


「じゃ」


目的も果たしたしさて夕飯だ。

家に帰るために踵を返すと何故か真澄に止められた。


「待って!何で兄貴のシャーペンを桃が持ってんだよ?忘れてったって、まさか……」


多分何か誤解しての発言だが、私は否定しなかった。桜のことを持ち出すよりは誤解されたままの方がいいはず。

大方、桜に近しい男がライバルになる可能性がなくなったことに心の中で安堵してるのではないだろうか。


真澄を無視して、私は我が家に帰った。





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