#8 バルグラード脱出I
「さて、問題はどうやって出るかだな」
泣き止んだエリスティーナを寝かしつけたアルフレート将軍は、バルグラード守備兵達から奪った地図を手に、作戦を練っていた。
「ここがバルグラード市庁舎。そして東西南北に大通り。円を描くように作られた城壁」
「普通に考えれば、西の大通りを通ってそのままブカレストに入国すればいいかと」
「ふむ」
バルグラードから見てブカレストは西に位置する。ならばわざわざ遠回りをせずに西の大通りを通ればいい。
だが、これだけの人数の武装集団をどうやって西に逃がす?
この市庁舎の厩舎の馬を使うにしても、城門の警備をどう突破するか。そこが問題だ。
「ねぇ、アルフレートさん」
「どうした?」
沙耶はこの会議の中一人挙手をする。
「あのさ、あの兵士が使っていた盾。使えないかな?」
「!!」
アルフレート将軍は沙耶の提案を聞いて目を丸くさせた。
「や、やっぱりダメです?」
「いや・・・人間ですら持てる軽さなのに、あれだけの破壊力と殺傷力を誇る突撃銃をもろともしない。うむ。使える。使えるぞ!!」
装甲兵から回収した装甲盾を手にするアルフレート将軍。
「しかし、それをどうするんですか?」
一人の兵士がその盾を持ちながら首をかしげる。
馬を使って脱出するとは言え、この盾だけでは・・・
「そ、それは・・・」
「馬車に張り付けろ」
「!!」
傍観を貫いていた凌雅が口を滑らしたたった一言。
だが、この一言はこの世界の人間に果てしないほどのインスピレーションを与えた。
「馬車を装甲で覆い尽くし、突撃銃が顔を出せるぐらいの覗き穴を開ける」
「し、しかし御者が殺されたら?」
「そのための突撃銃だろうが。何のために覗き穴を開ける?御者が殺されないために馬車の中の人間が敵を殺せ」
「ふむ・・・名案だが、この突撃銃とやらで、城門を破壊できるだろうか?」
首をかしげたアルフレート将軍の目の前で凌駕は“トランス”と詠唱をはじめる。
「そ、それはなんだ?」
「これはただの鉄球」
凌雅はソフトボールサイズの鉄球を右手に作り出す。
「アクセル!!」
右手に握られていた鉄球は加速魔法により凌雅の前方―――――バルグラード市庁舎の壁へ向かって加速した。
風を切る音。肉眼では確認できないほどの高速。そして、崩れ去る市庁舎の壁。
「これで十分だろ?」
「あ、ああ。そうだな」
もはやこの清華人共にいちいち驚いていたら身体が保たない。
アルフレート将軍はそっけない反応で、頷いた。
「取り敢えず、城門破壊は・・・えーと」
「凌雅だ。凌雅・伏根だ」
「リョーガに任せる。しかし、厩舎に馬車がどれだけあるかが問題だな」
「先ほど確認したところ4台ほどありました」
「そうか」
生存者は清華人の夫婦二人に、王女殿下、そしてブカレスト精鋭兵14名。計17名。
アルフレート将軍は今この場にいる人数を数えながら、割る4の除算をはじめる。
「1台につき4人。そして1人余りか・・・」
「俺が城門を破壊するなら俺は馬車に乗らなくてもいいんじゃないか?」
「ふむ。では、サヤ殿。貴殿には我と一緒に殿下の護衛を頼みたい」
「別に断る理由はないわ」
「ありがたい!!」
沙耶に一礼。頭を下げるとアルフレート将軍は血の池になった庭園へ武器・馬・馬車を部下に運ばせる。
「で、運び終わったが、この盾をどうするのだ?」
「少し待ってろ―――――[解析]」
凌雅に握られた装甲兵の装甲盾は凌雅の右腕から染み出てきた真っ黒の物質―――――暗黒物質に包まれる。
(分解―――――再構成)
「――――――ふぅ」
凌雅の右腕ごと包んでいた暗黒物質は消滅し、先程と何一つ変わりない装甲盾が握られていた。
(構成物質が炭素に鉄!?まんま炭素鋼じゃねえか)
マスケット銃程度の火器しか発明できない文明の世界でカーボン鋼が作れるとは到底思えない。
おそらく、この装甲盾は彼らが言う
「古代兵器…か」
取り敢えず、古代兵器と仮定しておき、頭の中を本題に移す。
「トランス!!」
凌雅は馬車に手を触れると、馬車の材質を装甲盾にするべく呪文を詠唱する。
「お、おお!!」
「さ、さすがは清華人・・・手品の天才だ」
アルフレート将軍一行からは賛美の声が上がり、おだて上げられる凌雅だが、せめて手品扱いするのはやめて欲しいと切に願う。
(英雄とは、このように周りからおだてられるのだろうか?)
状況や場所は違えど、英雄とは基本周りからチヤホヤされる者である。なら、ちやほやされている俺は英雄か?
いや、やはり、ブカレスト王国に帰ってきて凱旋するのはこの作戦の決行者であるアルフレート将軍だろう。
やはり、俺は裏方か...
まあ、英雄を支える裏方も悪くない。
影の功労者といったところか。
「リョーガ。これは本当にあの装甲盾なのか?」
「気になるなら、突撃銃でありったけの弾薬ぶちまけてみろ」
「うっ…お、お前がそこまで言うのならば、信じよう。よし、各自、馬車に乗り込め」
木製の馬車がわずかな時間で禍々しい異様な装甲馬車へと変貌し、アルフレート将軍一行は突撃銃を構えて乗り込む。
「で、俺は城門破壊役だが、どの馬車上に乗ればいい?」
「そうだな・・・セレナ!!」
「なんでしょうか?」
アルフレート将軍に呼ばれたセレナは馬から降りようとするも、「その場で聞いてくれ」と、怪訝顔でアルフレート将軍の顔を見る。
「お前には先陣を切ってもらいたい」
「わ、私が先陣ですか!?い、いえ、その大任、喜んで務めさせていただきます!!」
「いい返事だ。城門を破壊するのはリョーガ。つまり、リョーガの乗る馬車はセレナと一緒だ」
「異論はない。あんたの乗馬を期待している」
凌雅は嫌そうな顔をするセレナに右手を差し出す。
「不服だが、貴様の実力は知っているつもりだ。こちらこそよろしく頼む」
馬車上からアルフレート・シュクラバルと目を合わせる凌雅。
「そうか。よし!!全員馬車に乗り込め!!」
「「「「「はっ!!」」」」」
突撃銃を構えたブカレスト兵達は馬車に乗り込み、1つの馬車に1人、御者となる者が最後に馬に乗る。
「殿下・・・少し、大変だとは思いますが、何卒、ご容赦を!!」
「私はあなたを、アルフレート・シュクラバルを信じています」
「では、殿下・・・失礼します」
その名のとおりエリスティーナ殿下はアルフレート将軍にお姫様抱っこをされる。
が、当の本人も、抱っこをしているアルフレート将軍もまんざらではない。
どことなく嬉しそうだ。
「乗り込んだか?」
アルフレート将軍は全員が馬車に乗り込んでいるか、確認。
「ああ。そっちのタイミングに俺は合わせる」
「うむ。では、我らはこれより、この都市を脱出する!!我に続けえええ!!」
ヒヒイイィィィン
馬の尻を叩き、手綱を握り締めるアルフレート将軍の姿は突撃銃を握って戦う時よりも勇ましく、そして、この時代ならではの人間の姿を凌雅は感じられた。
「なら、俺は地球の帝国人らしくいきますか」
凌雅は馬車上に立ち、身体が受ける風を心地よく感じていた。
「トランス・アクセル!!」
凌雅たちは破壊された壁の穴から市庁舎を抜け、城門へと向かう。
「露払いは任せろ!!」