#5 介入
「ねぇ、凌君」
「ん?」
宿舎に戻った二人は互のベッドに座り向き合う。
「なんで、奴隷市場にここまで怒りを立てたの?」
ああ、それか。
素っ気なく返事した凌雅はため息をひとつついて答えた。
「俺達国家保安局が指定した反体制派ってのは、お前らだけじゃない。帝国の闇を支配するやつらも反体制派なんだよ」
「闇?」
「ああ」
人の心の弱いところをついて、金を巻き上げ、薬を売り、社会的弱者である貧困層に対しては高利貸しをし、返せない利子は女なら肉体を、男ならその労働力を奪っていく暴力団。もしくはカルト宗教団体
子供を利子として奪う奴らもいた。
帝国の子供は魔法を使える生物サンプルとしてソ連や中共、米帝、EU等の大国に莫大な金額で取引される。
警察はもちろんのこと、それらの組織に買収されている。
「ひどい話ね」
「ああ。俺たち国家保安局も一部買収されていたがな」
俺は価値のある貴金属をいくらでも作れるSSランクの国家魔法士。
「金なんて興味なかった。だから、買収なんかされずにボコボコにしてやった」
もちろん、壊しても、壊してもそんな組織いくらでも湧いて出てきたがな。
その度に俺はそういった組織を壊滅させていた。
「へー、単なる人殺しをしていたんじゃなかったのね」
「失礼なやつだ。俺も人に危害を加えていない奴を殺したりはしない。国家保安局は国家の体制を、治安を、秩序を乱すものに対抗する官庁だ。お前ら反体制派も口だけで言っていたなら多分殺しはしていないだろう」
「口だけで言って変わる相手じゃないでしょ?相手は政府。さらにその上のやんごとなき皇帝陛下が相手じゃ」
「お前・・・」
国を変えるための人殺し。それを遺族に向かって、帝国のための尊い犠牲と言えるのか?
呆れて言葉も出なかった。
「まあ、そういうわけで、俺は人身売買なんか端から認めていないのさ」
「もっと冷めた人だと思っていたけど、見直したわ!!そういう人嫌いじゃないよ」
「お前に認められてもな…」
まあ、嫌な気分ではないが。
「あなた、英雄になりたいんでしょ?」
「…なりたかった。が、正解だ」
どこか、遠い過去を見るような目をしている凌雅の視界を彼女は遮った。
「なら、もうなっていると思うよ。英雄に」
ニコッと笑った彼女――――南郷沙耶の笑顔はたくさんの人を殺したとは思えないほど純粋で無垢な笑顔だった。
少し照れくさそうに視線をそらすと
「周りが認めなきゃ、英雄じゃないだろ」
俺がなりたかったのはパレードの時、民衆に囲まれて手を振り、花束を渡され、自分を賛美する声がやまない、そんな英雄だ。
「伏根凌志…名前は知っているだろ?」
「ええ」
沙耶は前から当たり前のように知っていたような顔で首を縦に振る。
むしろ知らないほうがおかしいだろう。
お前と同じ種類の人間なのだからな…
「階級は中将。所属は独立魔法軍万州国境警備隊隊長。俺の父親だ----そしてお前と同じ反体制派の人間だ」
帝ソ国境紛争は西暦1939年5月11日に始まったノモンハン事件以来、今日に至るまで幾度も起きているが本格的な大規模な戦闘は3年前の殻太紛争とノモンハン事件だけである。
そして、帝ソ国境紛争の歴史で最大規模になった殻太紛争は第15代万州国境警備隊隊長伏根凌志の時に起こった。
数多のソ連・蒙古軍人を鬼神がごとき勢いで殺戮をし、帝国を勝利へと導いた英雄であると報道された。
「俺は父親に憧れていた。父親のようになりたかった。あのように、周りに認められ賛美が絶えない英雄になりたかった」
だが、憧れていた英雄への道はたくさんの血と屍に遮られていた。
ましてや、国家に牙を剥くなど…
正しく俺の目の前にいる帝国の英雄で、そして帝国に牙をむく反体制派の南郷沙耶と同じだ。
「違うわ。周りが認めなくても、あなたがしたことは英雄に準ずる行いだわ。人の心と命と、権利を弄ぶような輩を退治する正義の味方!!私はかっこいいと思うよ。たくさんの人を殺して国に祭り上げられた私なんかよりももっと立派で…周りが認めなくても私は認めるわ。あなたは充分立派な英雄よ」
「そういうものか?」
「ええ。私みたいなのは戦争が起きないと生まれない、戦争がないと生きられない英雄。でも、あなたは違う。人間の心に善と悪の相反する概念が有り続ける限り、あなたという英雄は生き続ける」
「…」
右手でガッツポーズを取る沙耶を見ていて、気分が晴れたのか、凌雅は隠していた本題を語った。
「なあ、明日…成功すると思うか?」
「するに決まってるでしょ?この世界でアサルトライフルを勝る兵器なんてあるの?」
いや、まあ、確かにそうだが…
「門にさらされた清華人武器商人の首…見ただろ?」
「え、ええ」
「あいつらが持ちこんでいた武器は古代兵器ではないのか?」
「!!」
沙耶は目を丸くして驚いた。
そして、思い出した。
「アルフレート将軍は彼らと古代兵器の取引をしていたはずだ。それがバレたとすれば」
「バルグラード都市政府はそれなりの対策をしていると」
ああ、その通りだ。凌雅はトランスと詠唱すると先ほどアルフレート将軍達に納品してきた89式7.62mm小銃を手に取り構える。
「それだけじゃない。バルグラード市政は武器商人から奪った古代兵器や、これと、同等の兵器を持っていてもおかしくはない」
俺たちが渡したのは小銃だけだ。
戦車級の分厚い装甲盾を用意されて包囲されたら彼らはおしまいだ。
アルフレート将軍達がアサルトライフルを手に立ち上がったところで、銃弾を防ぐような分厚い装甲盾に包囲殲滅されていく様子が目に浮かぶ。
対物ライフルか、対戦車ロケットでも渡しておけばよかったか?
すこし、考えて、凌雅は口を開いた。
「あんた、英雄になりたくないか?」
「あんたじゃないわ。ちゃんと沙耶って名前があるんだから名前で呼んでよね」
それは失敬。
軽い謝罪をすると、凌雅は再び沙耶に向けて問いかけた。
「…沙耶。ブカレスト王国の英雄になりたくはないか?」
「あなたはどうなの?」
その質問は卑怯だぞ。
沙耶はいたずらっぽく笑いながら、凌雅の答えを待った。
一国の王女と将軍に庇護されながら同国の英雄として君臨し、権力者の片腕、参謀として国内の隅々まで威光を行き渡らせる自身の姿が目に浮かぶ。
「悪くはない」
「それって英雄なのかしら?」
と、俺の妄想に首を突っ込む沙耶。
「それこそ本当の英雄だろ?俺みたいなのは裏方って言うんだよ」
怪訝が押して首をかしげる沙耶を横目にやる気満々な凌雅。
地球に戻れるかどうかはともかく、戻る手段が見つかるまでの間、英雄として君臨するのも悪くない。
「俺は、アルフレート将軍に助太刀をする。沙耶はどうする?」
「あなたについて行くわ。それとも、奴隷制度がはびこっている世界にか弱い女の子を置いていくつもりなの?」
「ブフッ」
「なんで笑うのよぉ!!」
「か、か弱いって、それ、ギャグで言ってるよな?」
「酷っ!!これでも女の子よ!?」
「性別上だけな」
「少しは女の子扱いしてくれてもいいじゃない」
唇を尖らせて、ブーと、歳を考えずに拗ねる沙耶に凌雅は冷たく言い放った。
「女の子でいたかったら・・・英雄になることは諦めるんだな」
お前は手を血で汚しすぎた。女の子でいたかったのなら、人を殺めるべきではなかった。
もちろん、それぐらいのこと沙耶本人も分かっていたことだろう。
「それぐらい、言われなくても承知の上よ」
「ならいい。どうせ、明日も血で汚すんだ」
決行は明日の早朝。市庁舎を襲撃するアルフレート将軍に助太刀に行く。
そう伝えると、凌雅はベッドに入る。
「・・・お休み。明日はよろしく頼むぞ、沙耶」
「―――――っ!?」
突然かけられた声にビクッと体を震わせる沙耶。
「おい、寝ちまったのか?」
「―――――」
「まあ、いいか。お休み、沙耶」
あまりにも突然だったせいか、沙耶はつい寝たふりをしてしまったが、彼の不器用な心遣いがつい嬉しくて、つい緩んでしまう顔を抑えるように布団に潜り込む。
沙耶は、外の風と虫の音の音にかき消されるほどの小さな声で囁いた。
「――――お休み、凌君」
その声を聞いた者は誰もいない。
まだ薄暗い早朝。朝日が登り始め、暗い闇を浄化するように、この大地に光を照らす。
「そろそろだな」
王女を救うために立ち上がる一国の将軍と、その仲間達。
叶えたかった夢を、別世界で叶えようと戦いに赴く二人の魔法士。
様々な人々の、様々な想いと意志が交わり、戦端は開かれる。
今日は忘れられない日になるだろう。
「皆の者!!貴様らの命、アルフレート・シュクラバルが預かる!!殿下を救うが我らが天命なり!!我に続けええええええええ!!」
「「「「「「うをおおおおおおぉぉぉぉぉ!!」」」」」」
アルフレート将軍の掛け声と共に湧き上がる戦士たちの雄叫び。
「目指すはバルグラード市庁舎!!清華人から受け取ったこの武器で我らが天命を果たすのみ!!進めえええええ」
アルフレート将軍は仲間達と共にバルグラードを駆けた。
「そろそろ、頃合ね」
“パパパパパパ”
街中から聞こえる銃声。
「それじゃあ、俺たちも参戦しますか」
「ええ、行きましょう」
凌雅と沙耶は宿舎から飛び出した。
バルグラード市庁舎に向けて―――――
*10/19多少の加筆