#3 アルフレート・シュクラバル
「昨日にも増して人がたくさんいるね」
「ああ。なんでも、“特別な商品”が売買されるらしいからな」
凌雅と沙耶が今いる場所は自治都市バルグラード中央広場。バルグラードの検問所からメインストリートをまっすぐ進んだ先にある大きな広場だ。中央には噴水と、“特別な商品”に集まる人々を目当てにした露天商が立ち並ぶ。
「ああ。“特別な商品”だ。始まるまで時間があるが、楽しみにしているといい」
「まあ、気長に待たせてもらうとしようか」
昨夜―――――――
「・・・約束って?」
目の前で頭を下げる人に失礼だが、俺たちは約束など何一つ知らない。
「いや、とぼけなくてもいい。金は持ってきた」
ドサッ、と床に落とされた袋からは金貨が虫のように湧いて出てきた。
とは言うものの、そんな光景見ても、どこからでもその金貨を生み出せる俺にとっては、邪魔なものでしかない。
「約束の武器のお代だ。清華人の武器商人は優秀だと聞いていたが、これほどまでとは」
「清華人の武器商人・・・」
アルフレート将軍の言葉で、検問所でのやりとりを思い出す凌雅。
「しかし、武器持ち込み禁止のこの都市にどうやって武器を持ち込んだのか、よければ教えて欲しい」
「あー・・・」
そういうことか。
目の前のアルフレート将軍はどういうわけか、武器が欲しい。いや、正確的に言うならば武器持ち込み禁止の自治都市バルグラードに、武器を持ち込んできてほしい。
そして、その仕事を請け負ったのが、顔も知らない二人の清華人。
だが、この二人の清華人は武器持ち込みがバレてしまいさらし首に。
だが、そんなことを知らないアルフレート将軍は俺たち二人を清華人の武器商人と勘違いしたということか。
「多分、それ人違いです」
後ろから不意に声がした。
そうだ。清華人の武器商人は一人じゃなかったな。
「どういうことだ?」
「そのまんまの意味よ。多分あなたが言っている清華人の武器商人はバルグラード検問所でさらし首になっていたわ」
「・・・」
口をバカみたいに開けて、呆然とするアルフレート将軍にどういう対応をすればいいかわからない二人。
見るに見かねた凌雅が、「はぁ」とため息一つ。アルフレート将軍の肩をたたいた。
「約束のものを渡せる自信はないが、この都市に武器を持ち込むことなら、俺たちにできるぞ」
ええ。嘘だと思うならこの場で生成してあげましょうか?
「...その話は本当か?」
阿呆面から一転。急に真面目な顔に変わるアルフレート将軍。
「ああ。ただし、条件がある」
「条件?」
「一つは、その武器を何に使うか。武器持ち込み禁止の都市で武器を手に何をしたいのか、俺にはわからん。が、あんたのその行動に正義があるかどうか、俺は見させてもらう。もう一つは、自分たちは清華の人。この辺の地理があまりよくわからない者だ。できれば、詳しく教えて貰えるとありがたい。それと、」
凌雅は地面に落ちている袋を手に取り、アルフレート将軍に手渡す。
「見ず知らずの人間にこれだけの大金を渡すのはあまりよろしくないな。お人好しにも程があるぞ?」
「・・・分かった。心得よう。で、条件とはそれだけで構わないのか?」
「ああ」
凌雅は軽く頷いた。
武器など、どこででも作れる。現金だって必要な時にいつでも作れる。
帝国造幣局のように、貨幣生成防止のため、意味のわからない物質を大量に投入した硬化・紙幣なら別物だが。
「それぐらいならお安い御用だ」
と、アルフレート将軍は胸を堂々と張った。
「この世界にはバルティカ大陸という大陸のみしかない」
凌雅の前に広げられた紙は、たった一つの大陸“バルティカ大陸”全土の地図だった。
「バルグラードを中央に見立てて、南に位置するのがバルバロス人の住むバルバロス帝国。北に位置するのがアンタント同盟。で、アンタント同盟の一国がアルフレート将軍の仕えるブカレスト王国。人口のほとんどがウエスト人。そして東に位置するのが、超大国ラウレノヴァ合州国か・・・」
アルフレート将軍に渡された周辺の地図を見て、教えられたことを再度復習する凌雅。
「ラウレノヴァ合州国のさらに東には俺たちのような清華人の国“大清華帝朝”」
地図の確認を終えると、凌雅は小さくトランスと呟く。
「そして、金貨1枚で1万トルク。銀貨1枚で100トルク。銅貨1枚で1トルクね。西部地域の通貨か」
凌雅は手のひらで金貨を作ったり消したりと同じことを繰り返していた。
「君は面白い手品ができるのだな」
アルフレート将軍は凌雅の魔法をみて、面白げに言った。
「これぐらい簡単なことなら、俺の妻でもできるぜ」
凌雅は妻設定の沙耶の顔を見て言った。
南郷沙耶の顔はどことなく不機嫌そうだったが、どうせ“設定”なのでスルー。
「ほぅ。清華人は手品師だったのか」
「ちょっと違うけどな」
凌雅が腕を組んで伸びをした矢先、中央広場はざわめきに包まれた。
「パレードか?」
メインストリートから中央広場に入場してくるのはピエロみたいな格好をした人々。
その光景を眺める中央広場の人々は、まだか、まだか、と声を上げている。
俺たち二人も、一体どんな商品が並んでくるのか、ここに居る中央広場の人間と同じ気持ちで待っていた。
最初だけは。
「おう!!来た来た来た!!」
「今回も大した品揃えで!!」
中央広場に並ぶ、中東系を思い浮かべるバルバロス人達は声高らかに商品を歓迎した。
だが、凌雅と沙耶の二人は違った。
凌雅はチッと舌打ちをした。
沙耶は両手のひらで口を抑えて、信じられないものを見たと、顔が物語っていた。
「ほら、歩け!!」
「ゲフッ!!」
中央広場で蹴られたのは手と、足と、首を鎖につながれた全裸の男性。
全裸の男性を蹴ったのはバルグラードに進駐しているバルバロス帝国兵。
「そうかい、そうかい。これが“特別な商品”とやらかい」
凌雅は呆れた。
その光景に。
中央広場に続々と現れてくるのは両手足と首を鎖につながれた、全裸の人々。男女関係なく、だ。
「ああ。これが特別な商品 “奴隷”だ」
どの世界でも人間頭の中身は変わらないのだな。と、嫌味ったらしく凌雅はその場でつばを履いた。
「ここは自治都市。各国から独立が認められ、ブカレスト王国・バルバロス帝国・ラウレノヴァ合州国の境界にある。交通の便もよく交易には最適。ブカレスト王国もラウレノヴァ合州国も奴隷売買は認めていないが・・・」
「奴隷の所持は認めているのか?」
「ああ。つまりこの都市は、バルティカ大陸の奴隷売買の中心地だ」
各国も黙認か。
薄汚い世界だぜ。
ペッと、床に唾を吐き悪態を付く凌雅の耳に入る声。
[本日の目玉となりますは、ブカレスト王国第4王女エリスティーナ・ブカレスト様です]
(ブカレスト王国?)
凌雅は司会の声と同時にアルフレート将軍の顔を見た。
成程。
凌雅はなぜ武器が欲しいのか、聞かずとも察した。
「まだ16歳だそうだぞ?」
「あの透き通るような白い肌に、黄金の如き輝く金髪。宝石のような黄金の瞳。それにまだ、処女だって話じゃねえか」
「今回のマーケットでどれだけの金が動くんだよ」
中央広場に入場した大きな馬車。その上には、中央広場にいる人々が口に出していた通り、美しい、お姫様が立っていた。
この都市全体に行き渡る声で響いた司会の声の後に、この自治都市バルグラードを飲み込む勢いの声が響いた。
「アル...元気でね」
そんな奴隷商人達の声など雑音にすら入らないようなすまし顔で、どこか遠くを見ながら彼女―――――エリスティーナ・ブカレストは一人の男の愛称を呟いた。
だが、愛称を呟かれた当事者のアルフレート将軍は、自身が忠誠を誓う主人を晒し者にされ、奴隷商人達の薄汚い醜悪な視線を受けているこの光景に歯を食いしばり、拳を握り締め震えていた。
「殿下、殿下!!」と、声にならない声で発していた。
涙を地べたにボロボロとこぼしていた。
「お、お守りきれず…わ、我が力が不甲斐ないばかりに」
「成程。武力であのお姫様を取り返すつもりか」
「その通りだ。もし、俺が武器を手に、殿下を取り戻す行動に、そこに正義がないのなら、俺に武器を売らなくていい。ただ、俺の行動に正義を感じたなら、今夜ここに来て欲しい」
アルフレート将軍は一枚の紙を凌雅に渡す。
「できることならば、今夜ここに来て欲しい。売る、売らないに関わらずに、だ」
一言告げると、彼は人ごみの中に消えていった。
「・・・凌君は、どうするつもり?私は白魔法しか使えないから、複雑な構造の武器なんかは作れないわよ」
宿泊施設の4階。階段を上って右から3番目の扉の部屋。凌雅はベッドに横になり、沙耶は横になる凌雅の隣に座っていた。
「言われなくてもわかってる」
凌雅は考えていた。
アルフレート将軍一人に武器を渡したところで、これだけ厳重警備の都市で殺せたとしても10人や20人。
そんなアホなことを一国の将軍がするはずがない。
彼から渡された一枚の紙に書かれた地図を見て思った。
多分、ここに彼の仲間達がいるのだろう。
それも一人や二人じゃない。何十人も。武器さえなければ大抵はこの都市に入れる。
その何十人にも渡る人間に武器を持たせ、王女殿下奪還をしたらどうなる?
民間人の死傷者も大量に出るはずだ。彼の正義はわかるが、殺された民間人からすればただの悪だ。
ましてや、俺はどちらの陣営でもない。お金に困っているわけでもないなら、なおさら、このことには不介入するべきではないか?
いや、そもそも、俺は奴隷など端から認めていない。
「俺らしくもない」
凌雅は突然起き上がり、沙耶は少し驚く。
「ど、どうしたの?」
「南郷沙耶。俺たちは何人だ?」
「えーと・・・帝国人?」
「なんでクエスチョンマークつくんだよ。まあ、その通りだ。ならやることは一つ」
凌雅は受け渡された紙を開く。
「国連に世界で最初に人種差別撤廃を訴えたのは何人だ?紛れもなく俺たち帝国人だ」
「い、いきなりどうしたの?」
「俺は端から奴隷も人種差別、人身売買も認めてないし、気に食わねぇ」
地図を手に扉を開ける凌雅。
「あいつらに会いにいく。それに、一国の将軍と王女様だ。俺たちのような漂流者には庇護者が必要だとは思わないか?」
「ちょっと待ってよ」
凌雅と沙耶はその夜、宿舎から音を立て出て行った。
アルフレート・シュクラバルと約束をかわすために。