#30 帝国人
「この辺り一面の森をどうするか」
ガルトマンと俺は東ロスガの城壁を直すと、西バルティカ連合帝国とつながる山道を歩いていた。
「細い道が一本。これだと大軍を動かせないかもしれないが、はっきり言って邪魔だな」
「なぜだ?」
大軍が攻め寄せられないならそれでいいじゃないか?と首を傾げるガルトマン。
「真っ暗闇で散兵として近づかれたら朝起きて大軍がいましたってなるぞ?伏兵してくれと言わんばかりじゃないか。見晴らしが悪いから敵にとっては格好の的だ。せめてここら一帯の木々を根こそぎ消して要塞にしてしまおう」
「その要塞とやらも、古代兵器の集合体みたいなものか?」
「要望であればそうしよう」
「なら、それで頼んだ」
「了解。トランス!!」
辺り一面木々で覆われていた東ロスガ周辺は一瞬で更地と化した。
「まあ、下準備はこの程度でいいだろう」
手のひらに着いた土をパンパンと払う凌雅。
「…要塞は?」
「設計からしないと流石に作れないぞ?石積み上げるだけの城壁とはわけが違からな」
「お前でも突然だと作れないものがあるとは…完ぺきというわけではないのだな」
「ああ。俺が作れるのは最低でも一度は見たことのある物じゃないと再現は無理だ。ましてや、魂を作れなんて言われも、見たことがないから作れない」
「要するに生物を作り上げることは不可能か」
「ああ。生物の吸収ならできるがな」
凌雅により環境破壊された大地を見回る二人。
「あれ?なんで、突然更地に?私森の中歩いていたはずだった気が…」
と、首をかしげる住人もちらほら。
声のするほうへ視線を向けると、ガルトマンが首を傾げて、不気味な顔で声の発した少女を見ていた。
黒髪黒目、少し黄色の混ざった肌。そして、少し変わった…
言うならば中学や高校の制服のような服を着た少女が一人。
どう見てもただの清華人です。
「あいつ何を言っているんだ?」
ガルトマンがますます疑い深い目で彼女を見つめる。
「そりゃあ、いきなり木々で覆われていた大地が更地になっているんだぞ?疑問にも思うに決まっている」
「いや、そういう意味じゃなくて…あいつ、何語しゃべっているんだ?」
「何語って普通に話しているだろ?」
何を訳の分からないことを…
凌雅はガルトマンこそが何を言っているんだと。
「凌雅と沙耶…二人とも清華人の割には西方方言が流暢だとは思ったが、あいつは東方方言じゃない。聞いたこともないような言葉を話している」
「東方?西方?普通に話しているじゃないか。森の中を歩いていたのにな~って」
「…お前、清華人じゃないな?」
「なっ!?」
突然の言葉に声を失う凌雅。
「いや、お前が何人だろうと俺たちの恩人であることは変わらない。だが、向こうの女が話している言葉はバルティカ大陸で用いられている言語じゃない。バルティカ大陸の言語は東方方言と西方方言の違いはあるが、両方とも意思疎通はできる。だが、あの女からは意志疎通とか、そういう話じゃない。雑音にしか聞こえない。あの雑音が言語に聞こえるお前の耳がおかしい」
「…」
お前の耳がおかしい
その言葉に凌雅は思い出した。
“私はその音を操って日本語に聞こえるように細工しただけ。簡単に言えば翻訳魔法かな?”
この世界に来たばかりの頃、沙耶が自分と俺にかけた白魔法を。
成程。
つまりは、あいつはこの大陸外から来た人間。
この世界に別の大陸があるならそこから。もしないとするならば
「異聖人…か。ちょっと話しかけてくる」
凌雅はキョロキョロと辺りを見回す挙動不審な女のほうへ向かって歩き出した。
「お、おい、凌雅!!不用心すぎるぞ!!」
ガルトマンの静止もむなしく、凌雅は既に不気味な女と接触していた。
「そこの女…どこから来た?」
「あっ!!やっと言葉がつながる人に会えた!!」
安心して力が抜けたのか、膝をがっくりと地面に落とす少女に肩を貸す凌雅。
「どこから来たも、貴方と一緒に決まってるじゃない。貴方と同じ、東方の島国。あなた、帝国語話せるんでしょ?」
「!!」
そうか。こいつは…
異聖人で、何かしらの原因でこの世界に飛ばされた、
――――――俺と同じ帝国人か。
「フッ…」
この世界には地球の人間がよく漂流してくるみたいだ。
凌雅は新たに出会えた地球の人間に対し、少し嬉しそうに鼻で笑った。