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英雄と戦犯は紙一重  作者: DISHONORED
第二章-ロスガ再興-
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#27 ロスガの危機

「朽ちた肉体に宿りし精神体よ、今ここに姿を―――――精神吸収(アストラル・ドレイン)


キシェフの目の前に積みあがった人間や動物の死肉は、キシェフによって光の塊―――――アストラル体を吸収され、本当の意味で空っぽになる。


「さあ、これを飲んでくださいな」


今ここで慈悲深い微笑みを浮かべる女性が、人魔戦争の立役者魔神カオスの親戚だと言われて誰が信じるだろうか?恐らく誰も信じないであろう。


それほどまでに、彼女の微笑みは美しかった。


「精が出るな、キシェフ」


キシェフの麻薬中毒者に対する治療風景を傍から見ていた凌雅は、汗を一拭きしたキシェフに声をかける。


「はい!!私ができることなんてこれぐらいですから」


と、へりくだって謙遜する彼女に沙耶は言った。


「そんなことないわ。いつだって人を殺すのも人だけど、人を救うのも人でしょ?人の命なんて簡単に消えちゃうけど、人の命をつなぐって、もの凄く難しいことだわ。謙遜はしてもいいけど、自分のしている仕事に誇りを持ちなさい」


私なんかと違って…と沙耶は自虐風に付け足したが、聞こえたのは俺だけか。


まあ、そういう俺も人を殺すことしかしてこなかったから、素直にキシェフの仕事には尊敬の念を覚える。


「あ、ありがとう…ございます」


少し、頬を朱に染めて照れるキシェフ。


「まあ、しかし…」


凌雅はこの人間や動物等の死肉を持ち運んだ商人に目を向ける。


「熱い視線を僕に向けてどうする気だい?君は確かにきれいな顔立ちをしていると思うが僕にはそんな趣味は――――」


「俺にもない」


このアホな妄想を垂れ流しする商人は、ロスガ…詳細に言うなら≪無法金有≫の専属商人クライス。以前、ロスガへの道のりを口頭で案内してくれた商人だ。


人の話を聞かずに勝手に一人で話を始めたおかしな商人だ。

決して、バルバロス帝国の教皇の専属科学者ではない。


ちなみにそいつの名前はクラウスで、似た名前の科学者ではあるが、その話は放っておこう。


「凌君…そんな趣味が」


「あ、あの、私席外しますね」


…訂正。


ここにもアホ二名いた。


「お前の扱う商品がまさか死肉だったとはな」


これに関しては俺も驚きを隠せない。


「ああ。キシェフさんの作る商品は死肉から得たアストラル体や魔力を吸収して作るものだからね。かといってやたらに人や動物を殺すわけにもいかないだろう?だから、僕が西バルティカで死んでいった人々の肉体を購入して彼女に売っているんだ」


ものすごい商売だな。


帝国でそんなことしたら法律に触れる以前に祟られるぞ。


「…待て?キシェフの仕事って医者じゃないのか?」


「間違ってはないですけど、本職は医療品を扱う店の店長ですよ」


「彼女の作る薬はよく効くんだ。君のおかしな性癖や頭も治るかもしれない」


「そうか。まずはお前の頭を見てもらえ」


「でも、凌君ってすごい捻くれてるから、治るなら薬使ったほうが」


「お前のお花畑の頭も治してもらえ」


どうして俺の周りには変な奴しか集まらないのだ。


まだまともなのはフィリアかガルトマンか。


そのまともな二人は現在西ロスガにある旧市庁舎跡――――――≪無法金有≫の本部にいる。俺たちは反対方向の東ロスガでキシェフの薬抜き手伝い…という名で彼女の操るアストラル体を解析できないかと躍起になっている。


そんな時、扉を開ける音が聞こえた。


「お邪魔するぜ」


聞きなれた太い声。


ガルトマンだ。


そして、彼の後ろにエルフの少女。


フィリアだ。


「用はすんだのか?」


「まあ、一応話の折り合いはつけた。そして、お前たちにも聞いてほしい」


ガルトマンの言葉に俺たちは無言で首をうなづいた。







―――――――ロスガ旧市庁舎跡

「まあ、楽にしてくれ」


東ロスガから西ロスガへ歩いて馬車に揺られて1時間。


崩れた道路のおかげで馬車酔いしたことは馬鹿にされるから黙っておこう。


旧市庁舎跡には俺を含め、7人が椅子に座っている。


沙耶、フィリア、ガルトマン、キシェフ、クライス、ディダック、俺。


「今回集まってもらったのは、このロスガの方針だ」


全員が席に座っていることを確認するとガルトマンは口を開いた。


「今回俺たちが起こした東ロスガへの突然の攻勢で、カステラ連中も即座に軍を動かすことなどできない。ましてや、バルバロス帝国との戦後処理が忙しいと聞いた」


「しばらくレコンキスタは無いと?」


「まあ、そのように受け取ってもらって構わない。だが、はっきり言って次の侵攻にこのロスガが耐えられるかと言ったら、耐えられん」


「…」


西ロスガもあまり人のことを言えたものではないが、東ロスガの惨状は想像を絶するものだった。


メインストリートにたたずむ人間のほとんどが薬物中毒者か、ウエスト人を中心とした麻薬商人だ。


インフェリアンの商人なんて一人もいない。街中で出ている商店には、商品がほとんど並んでいない。


餓死と薬物中毒死を待つだけのところだった。


「東ロスガを俺たちにしロスガでカバーして、戦わなければならない。俺たちが用意できる兵士は多くても2千人が限度。住民全員を兵としたら、補給もままならなくなる」


「その意見には俺も賛成だが、何か別意見があるとでもいうのか?」


「それは、私から話すわ」


今まで黙っていたフィリアが手を挙げて口を開いた。


「私がここに来たのはロスガを≪無法金有≫と≪浸蝕利疫≫の二大組織から解放して、エルフ族が再びロスガを支配する。それは建前上。本当の目的は」


フィリアは凌雅と沙耶の二人を見る。


「貴方たち異聖人に会いに来たのよ」







「――――成程」


フィリアの言い分はこうだ。


エルフ族長老がかつて統治していた山岳都市ロスガに異聖人2名が来ると予言。

本来山岳都市ロスガはエルフ族の統治下にあり、実質統治をしてはいないが、領有権は放棄していない。これを機に、異聖人二名を味方に引き入れ、山岳都市ロスガの支配権を取り戻せ。


まあ、長い要約になってしまったが、こんな感じだ。


で、フィリアの提案はエルフ族の統治下に入ればエルフ族の軍隊はもちろん、インフェリア列島国の軍隊も投入できる。


「だが、俺としてはこれ以上の列島国勢力をロスガに入れたくはない。そもそも住人が奴らの支配を飲むはずがない」


何度も最前線に立たされた挙句、見捨てられ、地獄のような日々を過ごしてきたのだ。そう簡単に彼らを認めるわけにはいかない。


フィリアただ一人でさえ、あの反発だ。


見なくとも、予想できる。


「その辺は私も長老と話して折り合いをつけるわ。ただ、貴方たち二人がロスガに着けば話は解決すると思うのだけど」


と、フィリアが凌雅と沙耶に視線を送る。


「まあ、確かにこの二人を戦力に入れたら、地上代行者とも渡り合えるかもしれないが…」


ガルトマンは凌雅と沙耶を見る。


「お前たちはどうしたい?ロスガに協力してくれるなら、衣食住に困らない生活を約束はする。」


「俺たちの目的は―――――」


地球に帰る。


凌雅はそう言おうとした。


だが、地球に帰るための方法など見つかりはしないどころか、俺たちのような地球人がいたという経歴など、ありもしない。


はっきり言って地球に帰るなんて、ほとんど諦めている。


そもそも、俺は地球になんて未練はなかった。唯一の家族は国家の反逆者として手配され、俺は天涯孤独の身。守るものなんて何もない。


そして、この世界にも守るべきものなど無い。唯一あるなら俺という存在だ。


だが、地球にはなくてこの世界にある物。


それは、未発達な文明だからこそできる可能性。


かつて諦めた英雄になる。


この夢を、この世界なら俺は叶えられそうな気がする。


「…一晩考えさせてくれ」


「まあ、一晩じゃなく二晩でも一週間でもいい。あまり長くはしてくれるな」


「ああ」


「それと、キシェフ」


「何でしょうか?」


ガルトマンは俺と沙耶に一瞥すると、キシェフに顔を向ける。


「いつになるかはわからないが、恐らく近いうちに強大化したカステラ…東バルティカ連合帝国との衝突は避けられないだろう。そのためのマジックアイテムの作成を頼む」


「わかりました。私はこれぐらいしかできませんから」


「いや、長く戦うためにはお前の力は重宝する。日陰者とは言え、あまり自分を卑下するな」


ガルトマンはそう言うと、今度はディダックに目を向ける。


「お前とはロスガがエルフ族の統治下にあった時の軍人時代からの仲だな」


「ええ。あの時からもこれからもあっしはガルトマンさんについていきやす」


「心強い言葉をありがとう。ロスガ周辺の住民にも協力体制を煽ってくれ。2千人足らずの兵力じゃこの都市はつぶれちまう」


「ご期待にこたえられるよう、粉骨砕身の思いで走らせていただきやす」


「そうか。苦労を掛けるな。凌雅、沙耶」


「何かしら?」


「お前たちの強さは俺がこの身を染みて感じた。インフェリア列島国5大老、三傑筆頭竜人族を相手に優勢に戦える力持っている。お前たちの強さは喉から手が出るほどほしい」


「私は戦うことしかできないけど、凌君はそれ以上のこともできるわ」


「ああ。それも変な触手で身に染みて感じた。だから、この通りだ」


ガルトマンは二人に深々と頭を下げた。


「この都市を…共に守ってくれ」


「…」


ガルトマンのいたって普通のストレートな願いが、俺には響いた。

彼のこの都市への思い、愛郷心が直に伝わった。


「…悪い答えを出すつもりはない。それだけは約束する」


「ありがたい!!」


そう答えると、凌雅はガルトマンに渡された個室へと戻っていった。


この都市に危機感を感じつつも、未だに実感できない彼らだが、その危機は刻一刻と迫っていた。






―――――天京

大清華帝朝の首都天京には10隻程度の全通甲板の巨船がずらりと並ぶ。


「毎度ありがとうございましたネ」


ファンウェイは営業スマイルをバルトロマイ、ヴァーツラフの地上代行者二名に向ける。


「…国が傾くね。お布施で何とかできるレベルじゃないよ」


「間違いねえ」


バルトロマイとサインされた契約書には額面として1500億トルクと書かれている。


西バルティカ連合帝国最弱国ウルズの歳入に匹敵する。


その紙とは別に書かれた一枚の紙。


東西相互防衛同盟


大層な名前がついているが、思想侵略を繰り返すラウレノヴァ合州国に対抗するための同盟だ。


この一枚には武器売買の1500億トルク以上の価値がある。


「ちなみに、兵士たちは防衛条約の規約通り、お金はいらないアルネ。こき使っても結構アルヨ」


「ああ。そうさせてもらうよ」


甲板に並べられた1隻あたり30匹程度が座る飛龍達。甲板上の建造物が全くなく、スクリューのみで動くこの船は大清華帝朝の輸送船らしく、これも古代兵器から転用したもの。


そして、この船を操る船員もすべて清華人である。


船内には大量の古代兵器と、それを生産する工具や人員が搭乗している。


「それと、その腕、どうアルネ?」


金属光沢で輝くバルトロマイの新しい右腕。


「うん。自由自在に動くし、触り心地も生身とさほど変わらない。古代の文明はすごいね」


「気に入ってもらえて何よりネ」


「隻腕のバルトロマイから鋼腕のバルトロマイになったのか?」


と、皮肉るヴァーツラフだが、本人は気にしていない様子。


「これで、僕はもう一度あの異聖人を叩きのめす」


「武運を祈るアルネ」


ファンウェイはバルトロマイと、続いてヴァーツラフと握手をする。


「この恩は忘れない」


そう言うバルトロマイに再びの営業スマイルのファンウェイ。


「いいアルネ。商売ネ、商売」


「そうかい。なら、僕は貴国の武運を祈るよ」


「ありがたいお言葉ネ。今度こそラウレノヴァのお花畑を叩き潰すアルネ」


固い握手を交わした三人は、何の惜しげもなく、わかれる。


「―――――出航!!」


天京から11隻の船が大海洋へと出航し西へ向かう。


目的地は西バルティカ連合帝国。


そして、バルトロマイはこれらの古代兵器を持って、ロスガに向かうことになる。


異聖人と地上代行者。


彼らが再びぶつかるのもそう遠くはない。


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