#26 大清華帝朝
―――――――天京
大清華帝朝の首都であり、清華文明勃興の地でもあり、そして、100万人以上の民が生活を営む巨大都市である。
ウエスト人の建造物とは一風変わったデザインに、ランカスカ人船乗りだけでなく、バルトロマイとヴァーツラフの地上代行者二人組も物珍しさか、目をぱちくりしていた。
「東洋の神秘だね。って、君にはわからないか?」
「ああ。だが、角ばった石だらけの建物と違って、きれいな波を描かせる屋根に木と石が混ざり合う建物ってのは俺たちから見ると新鮮だな」
「君でもそんな感覚を得られるんだね」
狐につままれたような顔をするバルトロマイに、怪訝顔をあらわすヴァーツラフ。
「お前、そこはかとなく俺を馬鹿にしたな?」
「いや、君の評価を改めさせてもらった。プラスの方向に」
「さっきまでの評価は?」
「脳筋」
「ぶっ殺す!!」
臨戦体制へと移行したヴァーツラフを邪魔する声が一声。
「どうもどうも、お待たせしたアルネ」
鼻と唇の間にナマズのような髭の薄い顔の男が近づく。
特徴的な語尾で清華人だとすぐに分かった。
神教のシンボル“十字の剣”の旗が掲げられたこの船に近寄るということは…
「そうか、あなたが、大清華帝朝お抱え武器商人」
「ええ。天京工業公社専務洪・方偉と申すネ。以後お見知りおきヨ」
「なんか変わった語尾だな」
聞きなれない方言に首を傾げるヴァーツラフ。
「当たり前じゃないか。西と東じゃ方言が違うに決まっているだろう」
「でも、意味は通じるアルヨ。で、早速商売の話ネ。何がほしいアルヨ?」
世間話もこれといった自己紹介もない。
ただ、利益のみを。
これが清華人か、と、初めて出会う清華人に時間を無駄にしない人間だということを思い知らされた。
「と言いたいところだけど、商品を見せてもいないのに、ほしいものなんてわからないアルヨネ?公社に案内するアルヨ」
と、時間を無駄にしないというべきか、人の話を聞かないというべきか、一人で話を進めてしまうファンウェイ。
「とりあえずついていけばいいんじゃね?」
「そ、そうだね」
苦笑いのバルトロマイを傍目に、特に何も感じていないヴァーツラフだった。
――――――天京工業公社
「大きいな」
バルトロマイとヴァーツラフは大清華帝朝首都天京にある天京工業公社に、専務であるファンウェイに案内された。
西バルティカのそこらの要塞よりも大きく、石造りの四角い建物。天辺には煙を上げる煙突らしきものが見え、絶えることなく煙を噴き上げる。
そして、煙と同じく、常に鳴り響く甲高い金属音。
恐る恐る中に入っていく二人。
「…すげえなあ、おい」
ヴァーツラフが目を丸くして感心する。
「…」
僕なんか言葉を発することもできない。
頭に手拭いをまいた男たちが水車によって動く床から運ばれてきた古代兵器を、トンカチでたたく。
人力だと思いきや、巨大な水車によるハンマーで鉄がガチンガチンと叩かれる。
視線を別のところに移すと、きれいにされた古代兵器が射撃実験を受けている。
もう一度言う。
すごい。
西バルティカなんて、いまだにマッチロックしか使えないのに。
連発で打てる銃なんて信じられない。
「もしかして、ここで、古代兵器とやらを作っているのか?」
「う~ん…半分は正解アルネ。作れる物は作るアルヨ。でも、作れないものは使えるようにすることしかできないアル…」
「作れないものはどうしているんだ?」
「掘り出すアルネ。ウィルギスタンの地にはいまだに大量の古代兵器が眠っているアルヨ」
「ウィルギスタン…」
ファンウェイの言った言葉をオウム返しするバルトロマイ。
ウィルギスタン王国―――――
かつて、人は空を、地を、星間を駆け巡っていた黄金の時代があった。だが、行き過ぎた技術はその文明を破壊するまでに至った。
そんな人類の古代文明を引き継いでいるという人種。
それがイシク・クルの民、イシク人だ。
そんな彼らの唯一の国。
その国をとある国が滅ぼした。
大清華帝朝。
しかし、気になる点が一つ。
「これだけの兵器を扱っていた国を、どうやって打ちのめしたんだい?」
はっきり言ってこんな兵器規格外だ。
僕たちみたいな規格外の人間がいれば勝てるだろう。
でも、清華人は一般人だ。こんな兵器の弾幕を撃たれたらハチの巣になるしかない。
「今から面白いものを見せるアルネ」
ファンウェイはそう言って、二人に公社の最後の場所を案内した。
「ピギャアアアアアアァァァ!!」
その場所に入るなり、耳を突き刺すような声に耳をふさぐ。
「こ、これは…」
二つの大きな翼に、長いしっぽ。鋭利な爪のついた足に二本の角の生えた蛇のような頭。
一度だけ見たことがある。
インフェリア劣島国5大老のうちインフェリア三傑に連なる種族。
人魔戦争時、最強の戦力として魔族と戦い、人類を勝利に導いた人類側最強の種族。
今となっては神教に敵対する最大最強の種族。
その強さは僕たち地上代行者に勝るとも劣らないはずだ。
「―――――竜人族」
「違うアルネ。これは飛龍と呼ぶアル。火は吹けないけど、空を飛べるアルヨ」
ファンウェイが説明すると同時に一匹の飛龍が鎧甲冑に包まれた男に操作され、飛び立つ。
背中に巨大な箱を抱えながら。
「成程…理解できた」
「飛龍を使って、たくさんの火薬や毒をまき散らしたアルヨ。もともと山に囲まれている国だから、すぐに疫病が蔓延したアル」
薄汚い微笑みを浮かべて、戦争中の話をし始めるファンウェイ。
「奴らには、この国に下れば、安全を保障するといったアルネ。でも、奴らはラウレノヴァ合州国とかいう自由なんて阿呆なこと口走る国に着いたネ!!だから、占領地域もかの国も飛龍でズタズタにしてやったアルヨ」
「…」
聴いていて楽しい話じゃないが、こいつが敵ではなくて良かったと素直に思う二人。
「…なら、この飛龍はどこに向かう?」
「あっちが、天京の港ネ。なら、反対方向のあっちは?」
「ラウレノヴァ合州国…か?」
「正解ネ!!君たちは、武器を買いに来ただけアルか?」
とニタニタしてこちらに微笑みをかけてくる。
「君たちが本当にほしいもの…古代兵器を操って、飛龍を操って、西バルティカ連合帝国の敵国ラウレノヴァ合州国の背後を脅かす同盟国がほしいんじゃないアルか?」
「!!」
こいつ…
商人としての営業力だけじゃない。
こいつの真の強さは、相手のほしがる物をきっちりと理解したうえで、対等で話してくる。
それも、武器を見せびらかして。
僕たちは武器を買いに来た。それしか言ってない。
見透かされている。神の眷属である僕らが…
「お前…本当に怖い奴だな」
初めて見た。
ヴァーツラフが神教教皇アキレウス117世以外に怖がる男を。
「何者だよ?」
ヴァーツラフの言葉に、僕も同意する。
僕たちが言うのもなんだが、こんな化け物見たことない。
人のあらゆることを見透かし、利益のために武器を簡単にも見せびらかす男に初めて恐怖を覚えた。
なにより、十数年前の戦争を罪悪感もなく話す、この真っ黒に染まった心。
「天京工業公社専務洪方偉で、大清華帝軍飛龍戦闘団指揮官。軍属アルネ。そして、大清華帝朝外務大臣アルヨ…よろしくアルネ」
再び薄汚い笑みを浮かべるファンウェイ。
「敵でなくて良かった」
本心でそう思う。
「それほどでもないですネ。あと、その右腕…」
ファンウェイはバルトロマイの失われた右腕を指さして言った。
「もっといい腕…ほしいアルネ?」
バルトロマイの背中に寒気が刺した。