#25 ロスガ奪還III
―――――ロスガ奪還作戦
大層な名前がついているが、実際まともな作戦ではなく、夜間に古代兵器を用いて東ロスガを襲撃するコマンド作戦に近いものだった。
300名程度の少人数で東ロスガに侵入。建物へ次々に侵入し、ウエスト人たちを捕獲、最悪殺害し、≪浸蝕利疫≫の本部拠点へ突入。あいにく、頭首は不在であったが、≪無法金有≫は≪浸蝕利疫≫を壊滅状態に陥らせ、東ロスガを奪還。作戦の成否で言えば、大成功であった。
良いことに、フィリアの不安は杞憂に終わった。
――――――東ロスガ
「うっ…こりゃひでえな、おい」
凌雅は道端に倒れる亜人達を見て呟いた。
「麻薬に頭が侵されているのね」
「麻薬窟はもっとひどいわ」
お茶・コーヒーを飲むのが喫茶店。お酒を飲むところが、居酒屋・パブ。
なら麻薬を吸うところは?
フィリアは少しだけ麻薬窟に顔を覗かせてきたようだ。
「どんな感じだったんだ?」
凌雅はある程度予想はできていたが、とりあえずフィリアの長い耳を見て聞いた。
「本当の意味で麻薬におぼれていたわ」
「本当の意味?」
妙に意味深な発言をするフィリアに凌雅と沙耶は首を傾げた。
「そのまんまよ。たくさんの麻薬に埋もれて死んでいる人もいたわ」
同情とも何とも言えない、複雑な感情の3人。
何か言うこともなく、ただひたすら麻薬におぼれて倒れる人々が連なる道を歩いていた。
「ん?」
メインストリートを歩いていると、何やら騒がしい声が聞こえてくる建物に、凌雅は視線を向けた。
『お、お、オゲエエエエエ~、ゲホッ、ゲホッ!!』
『しっかりと出し切りなさい!!』
『し、死ぬ、死んじゃいます』
『この程度じゃ死にません!!』
『オゲエエエエ』
「「「…」」」
誰が何か言ったわけでもなく、断末魔の聞こえた建物で立ち止まった三人。
「な、なにか、ものすごい拷問でお行われているのかしら?」
「そ、そう疑ってもおかしくないわね」
頬を引き攣らせて、よそよそしい沙耶とフィリアを横目に、凌雅は断末魔の発生源の建物へ足を運んだ。
「お邪魔しまーす」
扉を開けてわずかコンマ数秒
「クッサ!!」
床には嘔吐物が飛び散り、腐敗臭と胃酸のにおいが充満していた。
だが、沙耶とフィリアが想像していたような拷問場とは遥かにかけ離れた場所だった。
「ここは…」
ベッドに運び込まれている人々は、先ほど3人がメインストリートで見てきたような麻薬におぼれた人々。
そんな彼らに、汗だくになりながらも懸命に何かを飲ませようとさせる女性が一人いた。
「ここは、病院だ」
「ガルトマンか」
不意に俺たちに顔を現したガルトマン・スパルナ。
「麻薬中毒者専門の病院は、西ロスガにあるんだがな、衰弱しきったこいつらを西ロスガまで運ぶ手段はねえ。だから、≪浸蝕利疫≫の本部を間借りさせてもらっている」
「ガルトマンさん!!しゃべっている暇があったら手伝ってくださいな!!」
看護婦かなんかだろうか?それとも専門医師なのだろうか?
彼女に看病を受けた人はだいぶ落ち着いて、楽そうに見える。
「最後の死体だ」
「わかりました―――――朽ちた肉体に宿りし精神体よ、今ここに姿を――――」
彼女はガルトマンから渡された死体に手を置くと謎の言葉をぶつぶつとつぶやき始め、手のひらに光の塊を浮かべる。
「さあ、これを飲んでくださいな」
彼女は麻薬に侵された人に光の塊を飲ませる。
「ガッハ!!ゲホッゲホッゲホッ!!」
麻薬中毒者は口から得体の知れない―――――いや、得体の知っている汚い黄色い液体をぶちまける。
「…あれが、麻薬の抗生物質か」
帝国にはそんなものなかったが、この世界のほうが進んでいることもあるようだ。
少し勉強になるな。
「ほら、そこの3人も見ている暇があるなら手伝ってください」
「お、おう…」
おとなしそうな見た目からは想像できないほどのはきはきとした声だった。
その後、俺たち三人は、≪無法金有≫構成員達と共に麻薬中毒者達の毒抜きを手伝った。
メインストリートに倒れている者たちを≪浸蝕利疫≫の本部へと運んでいき、彼女に見せる。
彼女は助かりそうな見込みのある人たちを優先に、薬抜き用の光の塊を飲ませていた。
「ふぅ…とりあえず、これで終わりです」
額の汗を拭い、茶色の髪を横に振り払うと、未だに回復していない中毒者がいるにもかかわらず、彼女は終了宣言をした。
「おいおい、まだ中毒者がいるだろうに。見捨てる気か?」
と、凌雅はあからさまな怪訝顔で文句を言った。
「し、失礼なこと言わないでください!!薬抜き用の薬がもうないんです。この周辺だとあまり集まらないなので、商人の人が来るまでは薬が作れないのですよ」
「成程。失礼なことを言って申し訳ない」
事情が事情だから仕方がない。と、深々に頭を下げる。
「でも、その薬って…凌君なら作れるんじゃない?」
と、沙耶が淡い希望を言うも
「実物があればな…」
と、一言付け足しておく。
さすがの俺もいきなりは作れない。
「いや、凌雅でも無理かもしれない」
「どうしてそう言い切れる?」
ガルトマンの言葉に多少プライドが傷ついたのか、強めの口調だ。
「あいつが特別なんだよ」
と、彼女を指さしてそう言った。
「グールってわかるか?」
「ああ。今回の作戦にも何人か参加していたが…」
帝国だとどうも、ゾンビのようなイメージがあるが、一般人とさほど変わらない姿かたちだ。
ただ、一つ違うこと。
死んだ生物に宿る精気や魔力を吸収し、生きるための糧や魔法に還元できる。とは言え、この世界の魔法を見たことがないし、普段は一般人の食事を食っているだけあって、ただそれだけのことだ。そのほかの特徴といえば目が若干赤っぽいところ。
「私の目を見て」
看護婦らしき彼女は凌雅に近づいて目を見開く。
「深紅とでもいうべきか…きれいな真っ赤だな」
アルビノの目とは違い血液の色ではない。色素としての色に見える。
「それがどうした?」
「…そうか、お前ら知らないんだったな」
ガルトマンはしまったといった顔で俺たちを見てくる。
「フィリア。深紅の瞳を持つ人間って何だ?」
仕方がないから凌雅はフィリアに聞くと、フィリアは真っ青な顔で答えた。
「な、な、ななんで、グールの王がここにいるのよ!?」
「グールの王?」
王というのだから偉いんだろうけど、いまいちピンとこない。
「はい。私の名前はキシェフ。グールの王であるリッチャーです。以後お見知りおきを」
「…へぇ」
興味無さそうに呟く凌雅。
「ふーん」
どうでもいいと言わんばかりの沙耶。
…
と数秒の間をあけて
「お前ら少しは驚けよ!!」
何のリアクションもしない凌雅と沙耶に呆れるガルトマン。そしてフィリア。
「い、いいですよ、ガルトマンさん。どうせ私は地味な人間なので。日陰でこそこそして生きてればいいんです。目立たない一生を終えればいいんです」
先ほどのはきはきとした看護姿とは違い実際の本人は根暗なようだ。
「拗ねているところ悪いが、人間は死体から精気や魔力なんか吸収しないぞ」
とりあえずツッコミを入れておく。
「はぁ、お前ら魔神カオスって知っているよな?」
「名前ぐらいは」
人魔戦争の時の魔族の神だろ?
「ああ。そのカオスの親戚だ」
「へぇー…」
間を開けて数秒
「神話の人物かよ。そりゃすげーな」
要するに聖書で言うならモーセとかヤコブとか生きているって意味だろ?
帝国で言うならば伊邪那美とか伊邪那岐が生きている。
素晴らしい。
「凌雅。残念だが、こいつは裏方過ぎて神教の経典に出ていない」
「…」
俺の感動を返せ。
「や、やっぱり私、目立たない人間ですから、しょうがないです。数千年も生きているのに神教の地上代行者さん達はおろか、同じ魔族にも知られてないですもの」
「ま、まあ、魔力量としては魔神カオスに引けを取らない。要するに地上代行者と渡り合える奴だ…..その、体力とか筋力とか、それ以外は….な」
と、最後の最後で落として来た。
「で、でも、私は人々を癒すことをモットーとしていますから!!」
キシェフの遠吠えが東ロスガに響いた。
≪無法金有≫により、東ロスガが陥落したと同じ頃、ラウレノヴァ合州国の南に位置する四方を海で囲まれた海洋国家ランカスカ王国にて。
「…」
一隻の船がランカスカ王国を出航し、東へと向かう。
長い手足に、真っ黒の肌。ネグロイドを思い浮かべるような船乗りばかりしかいない中、とりわけ目立つ人間が二人。
一人は背中に生えた白い翼。そして太陽の光ですら消えさせるほどの眩しい光。
男なのか、女なのか、判断しかねる中性的な顔に長く伸びた黒い髪。
そして消えた右腕。
――――――隻腕のバルトロマイがこの船に乗っていた。
「まったく、だらしねえ野郎だな。神の眷属が、たかが一人の異聖人に片腕とられるとはなあ!?爆笑だぜ」
バルトロマイを馬鹿にするもう一人は、赤い髪に琥珀色の瞳。船乗りと言われても、疑いようのない屈強な肉体。蛮族と言われても疑いようのない、獣のような目。
「うるさい!!黙れ!!」
凌雅達と戦って敗北した時のような口調のバルトロマイ。
「おいおい、お前がそんなんだから、5番目の地上代行者様であるヴァーツラフ様が直々にきてやったんだろ?感謝しろよ」
「――――ッ!!」
舌打ちをするバルトロマイ。
だが、この男の言うことのほうが正論…というよりも、今の自分が情けなさ過ぎて何も言い返せない。
「まあ、安心しろってな。東の果て、大清華帝朝には自由自在に動く鋼鉄の義手・義足があるとかないとか」
「そんな言い方だと、まるで僕が自分の義手を買いに教会のお金を使って旅をしているみたいじゃないか!!」
ヴァーツラフの言葉に憤怒するバルトロマイ。
「あれ?じゃあ、何が目的だっけか?」
首を傾げるヴァーツラフ。
首を傾げたいのは僕だよ。主に君に対してだけどね!!
と、心の中で思うバルトロマイは「はぁ」とため息ひとつ。
「大清華帝朝に古代兵器を売ってもらうことと、対ラウレノヴァ合州国の防衛条約を結びに派遣されたって何度言えばわかるんだい?」
「あー、片方の耳から抜けてたわ」
右耳の穴を小指で突っ込み、こびりついた耳垢を「ふぅー」といって飛ばすヴァーツラフ。
「でもよ、そんな古代兵器なんかに頼らなくても、俺たちが総出でかかればラウレノヴァもバルバロスもインフェリアン達も粉々だぜ?」
「バルバロスには、自由自在に炎を操る教祖がいる。また、“科学”となるもので、古代兵器の解明などを推し進めている。ラウレノヴァ合州国もしかり。彼らの歌う主義思想と、僕たちの宗教、どちらが勝利するかは最終的には一般の兵士が左右する。かの国々の兵士と、神教の兵士を同じ土俵に持ってこなければならない」
「詳しい話は分からんが、とりあえず大清華帝朝に行けばいいんだろ?」
「あ、うん。そうだね….」
こいつに難しいこと言っても無駄だと、改めて思い知ったバルトロマイだった。