#23 ロスガ奪還I
遥か昔
神教という宗教も無ければ、神法も無い。数千年も昔―――――
行き過ぎた文明は大災厄とよばれるカタストロフィーにより世界を滅ぼし、地上のありとあらゆる物を破壊尽くした。
それでも人類はなお立ち上がり、東方では清華人が、西方ではウエスト人が文明を勃興し、中央ではイシク・クルの民が古代文明を引き継いでいた。
そんなウエスト人と領土争いを繰り広げたバルティカ大陸極西の部族集団。ウエスト人は彼らを“亜人”と呼び、恐れた。
大災厄後バルティカ大陸極西部に突如として出現した亜人は人間よりもはるかに丈夫な身体を持ち、空を駆け回り、口から火を吐く亜人もいた。
彼らの争いは、第三の種族の出現で、対立から共闘へと変わる。
魔方陣から火や風、水をだし、地上のありとあらゆる生命を殺戮した第三の種族を、亜人・人類はともに彼らのことを“魔族”と呼んだ。
亜人と人類の連合軍は魔族と戦い、勇者アキレウス率いる亜人・人間混合の遠征軍は魔族の神“魔神カオス”を3日3晩の戦いの末、倒し、人魔戦争は終結した。
そして、勇者は神となり、世界の全人類が平和になるための、尽きることのない永遠という時の中で、人類すべての罪を背負った。
西バルティカでは亜人と人類の交流が深められ、かつての対立は嘘のようだった。
永遠に続くと思われていた平和も神教教皇アキレウス4世の統治ですべてが変わった。
生き残りの魔族に手を差し伸べた亜人に対し、アキレウス4世はバルティカ帝国全土に神のお告げ“亜人を滅ぼせ”と布告する。
100年近く続いた亜人と人類の平和はかつての争いの時代以上に凄惨で残虐な殺戮戦争へとシフトしていく。
だが、その戦争には当然反発は付きものだった。
亜人・魔族連合とバルティカ帝国の国境は死体が積み上がり、双方禍根がたまっていたが、バルティカ帝国東部は東方から侵入してくる遊牧民との戦闘で亜人・魔族を恨む道理などなかった。
北方はどこの地域との戦争もなく、アキレウス1世のころの神教に回帰すべきだとして亜人との融和を訴え、我こそが正しいと神教北方正教会を作り上げた。
帝国南部と北部の宗派対立はエスカレートし、北バルティカ帝国と南バルティカ帝国に分裂。南バルティカ帝国が追い払った東方の蛮族は南バルティカ帝国南部へ移動。南バルティカ帝国からバルバロス帝国として独立を宣言。
崩壊寸前のバルティカ帝国にとどめを刺したのが異聖人トマス・ミュンツィアー。
彼は数百年の時を経て腐敗しきった神教トラディスタントを批判。レジスタントを作り上げ、30年の農民戦争を経て、南バルティカ帝国は6つの国に分裂。
神教トラディスタントの守護者とでもいうべき国カスティリアが勃興し、かの国は国土回復運動を積極的に展開。国境沿いでの戦闘や、その被害者たちで作り上げられた軍隊は、積年の恨みが、高い士気を維持し、幾度となく戦争を続けた。
そして、一番新しいカスティリアの国土回復運動は5年前―――――
かつては亜人と人類の物資が集まる中継貿易地点として繁栄した山岳都市ロスガ。彼の地はインフェリア列島国軍とカスティリア軍双方が激突し、数万の死者と、ロスガを廃都に追い込むほどの戦禍を残した。
インフェリア列島国はカスティリアからの防衛線を引き下げ、カスティリアも膨大な戦死者による厭戦感情の高まりから正攻法を諦めた。
「それが、麻薬売買か…」
ガルトマンは凌雅の触手からアウトプットされた記憶で、現在ロスガの置かれている状況を理解した。
「ああ。麻薬を用いて東ロスガの住民を扇動させる魂胆だ。麻薬の値段を徐々に吊り上げ、住民の限界が来たところで、無料で配る代わりに西ロスガへ攻め込む予定だ」
「カステラどもめ」
ガルトマンは舌打ちをして、悪態をつく。
ガルトマンの言ったカステラとは、おそらくカスティリアのことを指しているのだろう。話の内容からして食べ物を恨む理由がわからない。
と、そんなことはおいておき
「で、ガルトマンはどうするつもりだ?どう転んでも行動に移さなきゃ、ロスガは滅亡だぜ?」
「言われなくてもわかっている。だが、いきなりことを起こすのはな」
それこそ、ロスガの滅亡を早めるだけだ。口には出さなかったが、ガルトマンの言いたいことは理解できた。
「あんたらは何かいい意見はないか?」
ガルトマンは、凌雅のうねうね触手をみてから黙り込んでいる女性陣に視線を移した。
「私が言うのもなんだけど、現有戦力で何とかできないかな?」
フィリアは凌雅、沙耶、ガルトマンを見て言った。
一応言い出しっぺのフィリア当人も入っているのだが、ガルトマンを納得の様子。
「待て、異聖人が出現したとなれば、西バルティカ連合帝国の地上代行者達が黙っていないぞ」
「それもそうね」
「地上代行者がこの都市に集結したらそれこそロスガは地上から消される」
と、フィリアの提案はあえなく廃案…
「いや、いけるぞ」
「おい、ロスガを廃都にする気か?」
「いや、沙耶ならわかるはずだ。俺たちがバルグラードで何をしたか」
沙耶は凌雅の言葉で、どうやってエリスティーナ王女を救ったかを思い出した。
「私たちは直接戦わなくてもいいのね」
「ああ。古代兵器と、そして、現代戦術の知識が入ったこの頭が俺らにはある」
「私、白魔法しかまともに扱えないから」
「…」
そうだったな…
このくだりは何度目だろう。数えることすらやめた。
と、オーバーキルすぎる沙耶は戦闘にしか役に立たないので、作戦立案には外しておこう。
「…話が読めない。つまりどうするわけだ?」
ガルトマンは凌雅、沙耶二人の生き生きとした声に首を傾げた。
「ガルトマンが保持している現有戦力はどれくらいだ?」
「戦闘に使える奴らは旧魔族・亜人・人間合わせて千五百ってところだ。専属商人や、娼婦、薬屋等の知人を含めれば四千人近くにはなる。」
「要するに≪無法金有≫の支配地域の住人は四千人か」
「ああ」
かつては栄華を誇った都市も一万人の人口を切るとは…
「招集をかけて集まれる人数は?」
「一日だと…三百がいいところだな」
頭の中で信頼のおける仲間たちを数え、大まかな人数を答えたガルトマンを見て納得の凌雅。
「それだけいれば十分だな」
「何をしでかすつもりだ?」
「今夜、その三百名でロスガ全域を奪還する!!」
前回のバルグラードにおけるエリスティーナ王女奪還を知らないフィリアとガルトマンは凌雅の荒唐無稽な言葉に口を開けて呆れるしかなかった。