#22 アウトプット
「向こうの角を曲がったぞ!!追い詰めろ!!」
角張った鷲鼻に立派な黒ひげが特徴的なウエスト人麻薬商人は、同業者達と共にひとりの男を追っていた。
「ハァ、ハァ、ハァ・・・アクセル!!」
加速魔法で路地を滑空しながら逃げ惑うのは、帝国のSSクラス魔法士であり、影の執行者という二つ名を持つ伏根凌雅。
「周りには誰もいないっと」
背後を見て誰もいないことを確認し、凌雅は路地裏に入り込む。
「トランス!!」
凌雅は一言呪文を詠唱する。
凌雅の身体は暗黒物質に包まれた。
「こんなものでいいか」
凌雅の身体をまとう暗黒物質が消え去った時、そこには伏根凌雅というアジア人の姿はなかった。
話は場所を移して
―――――ロスガ旧市庁舎跡地
「少し聞きたいことがあるがいいか?」
ガルトマンは葉巻タバコの火を市庁舎の壁にこすりつけて消すと、沙耶とフィリアの方へ顔を向けた。
「私に?それともフィリアさん?」
「両方だ」
「両方?」
沙耶とフィリアは互の顔を凝視した。
「お前らが俺たちの助力になってくれるのは嬉しい限りだが、何が目的で来たんだ?とくに、清華人の姉ちゃんの方。旅人夫婦ってのは嘘だろ?」
嘘でごまかしていた皮を剥ぐような、まるで牙のように長く伸びた爪で沙耶を指差しながら、怪訝顔で首をかしげるガルトマン。
「はぁ、仕方がないわね。ええ、嘘よ。嘘。旅しているってのは間違ってないかもしれないけど」
「やっぱな。こんなところ来る奴なんか一人しか知らん」
「・・・アルフレート・シュクラバルって知ってる?」
沙耶は少し間を空けて、今は敵国の将軍の名を口に出した。
「おお、貧民の成り上がり者か。今じゃブカレストの英雄だろ。知ってるぜ」
「私と凌君は西バルティカ連合帝国から異聖人認定受けて、今じゃ追われの身。で、アルフレート将軍のはからいで、ここまで来たのよ」
「成程…」
納得といった表情のガルトマン。
間を空けて数秒。納得の表情から、フィリアと共に驚愕の表情に変わる。
「「異聖人!?」」
目をひん剥いて、どこから出しているのかわからない声を上げた。
「そ、そんなに驚くことなの?」
「そ、そりゃあ、かつてバルティカから魔族を追い出したアキレウスが建国したバルティカ帝国を分裂させたんだからな」
「そう言えばアルフレート将軍がそんなこと言っていたわね。神教を分裂させたって」
と、伝説上の人物を語る二人を遠目に難しい顔をして見つめるフィリア
(この二人が異聖人?)
半信半疑のフィリアだが、建前ではなく、この都市に来た本当の目的を思い出した。
“僕に言わないでくれ。僕たちエルフ族の長老が山岳都市ロスガに異聖人が来訪するってうるさいんだ。僕が行けばいい話なんだけど、代わりにね?”
兄の言っていた言葉、正確的に言えば、自分たちの長老の妄言に近いが・・・
(でも、ガルトマンを机ごと飛ばして、雷を自在に操るなんて…)
あれだけの強さと、魔族が扱う“魔法”でもなければ神教の“神法”でもない摩訶不思議な術を扱う彼らは正しく理の異なる世界から来者。
「でも、あんたたちは逆でしょ?分裂していた神教を結び付けちゃったじゃない」
まだ、二人の異星人と認識するほどの確信を持てないフィリア。
「私に言われてもわからないわ。神教の教皇様が勝手に指定しただけよ」
「確かに、エルフの嬢ちゃんの言うとおりだな。本来トラディスタントとレジスタントは同じ宗派で、その当時は東西に分かれるよりも、トラディスタントとノースドックスの二大宗派がバルティカ帝国分裂の危機を作っていた。」
「その時はまだレジスタントができていなかったのね」
「ああ。そして北バルティカ帝国と南バルティカ帝国に分裂。その後北バルティカ帝国はエーリヴァーガル帝国と改名。さらに南バルティカ帝国南部ではバルバロス人が反乱を起こし独立。そんな時異聖人トマス・ミュンツィアーはトラディスタントの体制を批判。旧アンタント同盟の国々の地域で30年にわたるアンタント農民戦争を引き起こした」
「つまりは、レジスタントとトラディスタントの宗教戦争ってことね?」
「ああ。そして長い戦争を経て、バルティカ帝国は崩壊。レジスタント中心地域のアンタント地域はザクセン、シュトレー、ブカレストの三国に分裂。それ以外はカスティリア、ヴァローナ、テヴェレの三国に分裂。しばらくは、北バルティカ帝国ことエーリヴァーガル帝国が、分裂したバルティカ帝国の紛争に介入して平和を保っていたんだがな…」
宗教ではない「主義思想」を掲げたラウレノヴァ合州国の巨大化。思想対宗教の構図は自然とエーリヴァーガル帝国とラウレノヴァ合州国との戦争になり、この戦争でエーリヴァーガル帝国は解体へと追い込まれた。
かつては超大国とし、神話の時代から生き残っていたバルティカ帝国の継承国は完全に消失し、今となってはラウレノヴァ合州国に超大国の位置を譲ることになった。
「だが、強大な戦争を引き起こす起爆剤という意味では間違いではないな」
ドカンと巨大な爆弾を投下するガルトマンに続くさらなる悲報。
「確かに」
と、三人の目の前に現れたのは明らかに場違いな金髪碧眼のウエスト人。
「「だれ?」」
「麻薬商人か?」
鋭い視線を浴びせるガルトマン。
「俺だよ、俺!」
金髪碧眼ウエスト人は一瞬にして暗黒物質に包まれ、黒い霧が覚めるとそこには麻薬Gメンこと伏根凌雅が立っていた。
「…何なのよコイツ」
軽蔑するような視線と、不気味なものを見たという表情が合わさった顔をするフィリアと、いつもは頭を抱えられる沙耶が珍しく頭を抱えている。
「お前、何でもありなんだな」
一方素直に適応するガルトマン。
「まあ、異聖人だからな」
「で、さっきの言葉の意味は?」
ガルトマンの爆弾発言に続き意味深なセリフを投下した凌雅の真意は、彼にゆだねられた。
「おい、そのうねうねした黒い物体は何だ!?」
凌雅の体からうねうねと生える暗黒物質は海藻というべきか触手というべきか。ガルトマンは腰を抜かし、女性陣は今までに見たことのないほどの、変質者を見るような視線を浴びせていた。
「大丈夫だ。俺の記憶を移転するだけだから」
「ギャアアアアアアアアアアアアアアア!!!!」
この時、ロスガ市庁舎からガルトマンの断末魔が聞こえた。




