#20 無法金有
「――――ふぅ」
額から流れてきた汗を右腕で吹くと、凌雅はフィリアの方へ目を向ける。
「こんなんでいいか?」
「え、ええ」
と、引きつった笑みを浮かべるフィリア。
エルフの少女フィリアの視線の先には、ガルトマン・スパルナと、彼が率いている山岳都市ロスガの組織《無法金有》の構成員たちの捕縛された姿がそこにはあった。
「なんで、俺たちがこんな目に遭わなきゃならねえんだ!!」
身体での抵抗は無意味どころか被害を喰らうと察したか、口でとことん抵抗するガルトマンとその他構成員達。
凌雅と沙耶は、あれだけの雷撃をくらったのにピンピンしているガルトマンと、その他構成員達の生命力の強さに呆れた。
「それは自分の心に聞いてみなさい」
「自分の心に聞いてみさない?お前たちが俺たちに何をした!?忘れたとは言わせないぜ」
「あいにく、私じゃないんで。エルフ族の当主に言ってくれないかしら?」
「同じものだ!!」
「魔の一族の癖に!!」
「お前たちを受け入れたせいで俺たちが神教から敵視されるんだよ!!」
フィリアが言い返せば、何倍もの人間が言葉を返してくる。
「そんな大昔も前のこと言われてもね。それよりも、この都市の腐敗っぷり。暴力で得た金はどうかしら?」
「・・・この都市の秩序と平和も守るためだ。助けの手を出すことすらしなかったお前たちに今更言われる筋合いもない」
「奇遇ね。人の弱みにつけこむようなことをしているあなた達に私も言われる筋合いはないわ」
ガルトマンとフィリアの罵り合いはヒートアップしていく。
「お前ら知り合いなのか?」
「「全然」」
おお、息がピッタリ!!
相性は悪くなさそうだな。
「ちなみにひとつ聞いておくが、暴力で得た金や、人の弱みにつけこむようなこととは俺たちに言っているのか?」
と、ガルトマンが睨みつけるような鋭い視線をフィリアに向けた。
フィリアもフィリアで、負けじと蔑むような見下した目でガルとマンに言った。
「そうよ。あなたたち以外誰がいるっての?」
「そりゃ大間違いだ。俺たち《無法金有》は薬を扱わん!!俺たちは主に風俗、博打、飲食店、用心棒、賭博に高利貸しだ」
高利貸しも十分な暴力で得た金じゃないのか?と、クエスチョンマークを浮かべる凌雅。
そんな凌雅の疑問などは一切考慮されず話は進む。
「そう、ならこの都市に満ち溢れている薬物中毒者はなんなのかしらね?」
「もう一つあるだろ?この都市を薬物に染めた組織―――――――《浸蝕利疫》」
「で、《浸蝕利疫》とやらはどんな組織なんだ?」
とりあえず、ガルトマンと、その他構成員を解放し、彼らに事情聴取すること数分。
「成程。つい最近肥大化したウエスト人中心の組織ね」
ガルトマンとその他構成員から聞き出した情報を一枚の紙にまとめるフィリア。
「俺たちも麻薬には手を焼いている。あんたらが薬物を駆逐してくれるなら俺たちも最大限に手を貸す。だが…」
「わかっているわ。行政官は私一人で十分ってことでしょ?」
「ああ。ここは俺たちの縄張りだ。あんたらの余計な介入はただのお節介だ」
カスティリアの国土回復運動により幾度も戦火にさらされたロスガで戦時中から根を張ってロスガを牛耳る組織となったのだ。新興勢力《浸蝕利疫》のみならず、インフェリア列島国勢力を入れるわけにはいかないが、《無法金有》にとってはインフェリア列島国勢力を、組織磐石のために組み込みたいところだ。
「で、俺たちにもあんたらの仕事手伝ってやるからせめて、衣食住を提供してもらいたいところだな」
「こちらとしても、あんたらみたいな化物が協力してくれるならそれぐらいはお安い」
と、素直に俺たちを受け入れてくれたガルトマン。案外話は通じる方みたいだな。
「これで、ようやくまともなところで睡眠取れるわね」
「ここ最近まともな寝床で寝てないからな。ずっと船の上で揺られていたし」
沙耶は安堵した顔で脱力していた。
「あなたたちのような人でも、睡眠は必要なのね」
当たり前だ。何を言っている?と、心の淵だけで抗議をしておく。
「もうひとつ聞いておきたいことがあったわ」
「なんだ?」
角張った鋭い眼光をフィリアに向けるガルトマン。
「そんな邪険にしないで頂戴。やりすぎたとは言え、先に手を出したのはあなたたちよ」
「まだその話を引きずるか」
「いいえ。で、聞きたいことなんだけど、あなたたちなら麻薬でもなんでも手に入れられたはずよ。なんで売ろうとは思わなかったの?」
「とんでもない質問してくる嬢ちゃんだな。そんなん簡単だ。全てから見放されたこの都市を麻薬漬けにしたら俺たちが安定した収入を得られんだろ?俺が欲しいのは働けるような健康な奴らだ。麻薬にどっぷり浸かった粗大ゴミを誰が欲しがる?ロスガを肥溜めにする気か?」
「な、成程ね」
少し引きつった笑みを浮かべつつ、合理的かつ理性的、目先の利益にとらわれないガルトマンの思考に納得のフィリア。
確かに、こんな廃都市に遊びに来るやつなんか俺らぐらいだろう。せめて、あの物好き商人クライスか。
人種の入れ替えがない都市が麻薬にどっぷり浸かったあとの光景など目に見えている。
誰もが働くことを忘れ、麻薬に溺れ、都市は本当の意味で廃墟となる。
自身が儲けるためには金の流れと、金を搾取するための人間が必要だ。
となるとなれば、働かせるのが一番だが、人間を堕落させる薬を良しとするはずはない。
「だが、この都市を見ればわかるが、もう《無法金有》だけでは止められないのはわかりきったことだ」
「そうね。目先に利益にとらわれているとは言え、《浸蝕利疫》が麻薬で稼いだ額は相当なものよ。この勢力拡大の勢いは無視できないわね」
「俺たちで麻薬商人は潰しているんだが、潰しても出てくる。いたちごっこの繰り返しだ」
「その割には、そこまで麻薬に溺れた奴は見かけなかったが?」
凌雅と沙耶の二人がロスガを見渡しでブッ倒れていたのは酒の瓶を手にした酔っぱらいか物乞い程度だった。
「《無法金有》の構成員ではないが、優秀な薬屋がいるんでね。末期なヤツラに飲ませて薬抜きするんだが・・・」
首をかしげて難しい顔をするガルトマン。
「高すぎるのか」
「ああ。周りが山に囲まれているから、限られた道しかなく、野生化した魔族やら野盗もでる始末。専属の商人もいるが、一人ではなにせ運ぶ量も限られる。材料が足りないんだ」
「成程な」
「麻薬潰しは凌君の十八番でしょ?」
「誰が十八番だ。仕事だ仕事」
帝国では麻薬を扱う組織をしらみつぶしみたいに壊滅させていた。
「なにか方法があるというならぜひ教えてい欲しいな」
沙耶の一言に面白いほど食いついてくるガルトマン。
「まあ、なんだ。あんたらの掟とやらに反する行いだが、麻薬を売る」
「・・・テメエ喧嘩売ってるのか?」
ギロリと殺気にあふれる視線を凌雅に送るガルトマン。
「いんや。真面目な話だ。《浸蝕利疫》とやらが麻薬を専属で売っているとすれば、それを妨害する奴らを許せるか?」
「俺ならぶっ殺すな」
「なら簡単だ。麻薬売買を邪魔してきた商人に吐かせる。麻薬をどうやって手に入れているか。そうすれば自ずと対策法は見えてくる」
「成程」
「これだけ荒れた土地だ。麻薬の原料を生産する土地もないだろう」
なら流通経路はこの都市外からになる。もしくは、原料だけ購入で、《浸蝕利疫》が製造しているかのどちらかだ。
「もし、舌でも噛み切って吐かなかったら?」
「安心しろ。絶対に吐かせる方法がある」
と言い切った凌雅に疑いの視線を向ける沙耶。
「また、変な方法じゃないでしょうね?」
「殴ったりけったりはせんよ」
「まぁ、そこまで言うならお前に任せたい」
「ああ。帝国国家保安局流麻薬密売組織の潰し方をご覧いただこうか」
「リョーガと言ったな?俺たちが回収した麻薬をお前に預ける。取り敢えず俺たち《無法金有》の本拠地に来てくれ」
俺と沙耶、フィリア、そしてその他構成員はガルトマンに案内されながら、《無法金有》の本拠地へと向かった。