#19 ガルトマン・スパルナ
一歩、一歩、と下がっていく足。
一歩、一歩、と近づいてくる足。
下がっていくのは私の足。
近づいてくるのは相手の足。
「こんなアウトローのロスガに来るのが間違いだったな嬢ちゃん?いや、新行政官さん?」
「いつもは、《無法金有》の治安維持が仕事だが・・・いい獲物を見つけたぜ」
一歩下がった足にぶつかる壁。自分に逃げ場などもうない。
(ここで、魔法を使う?)
フィリアは右手を差し出し、標準を目の前の男二人に合わせる。
彼女からすれば、目の前の二人など、取るに足らない敵である。だが、問題はそこではない。
ロスガという都市すべてを敵に回すことだ。
インフェリア劣島国が見捨てた都市ロスガで、インフェリア共和国5大老の一族がこんな所に来て、暴れまくっていたとしたら?
ましてや、暴れまくっていたのが劣島国から任命された新しい行政官だとバレたら?
この都市の市民はインフェリア劣島国に対し憎悪の感情一色に染まっている。正確的に言えば、この都市を所有していたエルフ族が一心にして憎悪を浴びている。《無法金有》や《浸蝕利疫》という組織がこの都市をまとめあげているが、その組織の人間が目の前にいる。
「お?お?魔法を使うのか?5大老のエルフの嬢ちゃん?」
(やっぱり、まだ、私たちのこと恨んでいるのね)
「俺たちの苦しみ、思い知れやあああああ」
なんの反撃もせず、彼女は迫り来る男の拳を待っていた。
「トランス――――――――――」
その刹那。
「ぐわああああ!!」
「ひっ!?なっ―――――」
閉じていたまぶたを開いて、フィリアは目の前を見る。
「な、何がどうなって・・・」
目の前の男たちは、突然生えた木々に体を絡められ、気持ち悪い体勢のまま固まっている。正直見ていたくはないが、先程までこの道は木々など生い茂ってはいなかったはず。
「危ないところだったな」
「私の電気で痺れさせてあげても良かったのよ?」
「人間核兵器が何を言っている?手加減という言葉を知らない危険人物は引っ込んでろ」
「・・・」
シュン、と、怒鳴られた子犬みたいな南郷沙耶を素通りし、木々に絡められた男たちの目の前に凌雅は立つ。
「大自然に縛られる気分はどうだい?」
「テ、テメエ何者だ!?」
「人間です。生物学的に言えばサル目ヒト科ヒト属のヒト。学名ホモ・サピエンス。もっと詳しく言うならモンゴロ…」
「わけわかんねえこと言ってねえで、何とかしろ!!外せ!!」
凌雅の意味不明な応答に痺れを切らす男二人。事実、ずっと同じ体勢だから痺れてきたのだろう。
「トランス」
「ひっ!!」
木々に縛られた男の首筋に当たる冷たい感触。
男の首筋には、凌雅の手に、いつの間にか握られた一本のナイフが当たっていた。
「そんなに外して欲しいなら、その体から頭を外してやろうか?体中の血液抜けてスッキリするんじゃねえか?」
ブンブン
大きく横に振られる首。
「そうか。なら、そのまま一生そこで木々と共に朽ち果てろ。暴漢には勿体無いぐらいの扱いだ。光栄に思え」
蔑んだ目で薄笑いを浮かべる凌雅と、可哀想に、と慈悲深い目で見る南郷沙耶。そして、何事が起きたのだと、理解できていない少女一名。
「で、怪我はないのか?耳の長いお嬢さ・・・ん?」
凌雅は自分の目を疑った。
今度は目をこすった。
「耳・・・長すぎじゃね?」
この世界・・・自分の目を疑うことばかりしている。と、思いつつ、目の前の少女の耳をじーっと見つめる。
「エ、エルフだから当たり前でしょ!?いつまでも見ているのよ。いやらしい!!」
「「エルフ!?」」
凌雅と、沙耶は二人同時に大きな声を上げた。
「東方の旅人さんだったのね」
目の前の少女は納得して首を頷いた。
俺たち三人は、取り敢えず落ち着こうかと、近くの飲食店らしき店に入った。
「東方っていうと、清華人?こっちじゃ、黄土色の肌はあまり見かけないから、エルフ族を知らないのも当たり前ね。ちょっとバルバロス人っぽかったから勘違いしたわ」
俺たちの設定は東の果てから来た旅人夫婦。メインストリートの露店商の人から買った情報によれば、彼女みたいなエルフ族とやらが、この都市を治めていたらしい。
が、エルフ族である彼女は、このへんの人種しか知らず、清華人に比べると肌色が濃く、のっぺりしていないせいか、彼女は勘違いしたらしい。
「じゃあ、改めて。私はエルフ族のフィリア。さっきは助けてくれてありがとう」
「俺はふ…じゃねえ。凌雅・伏根。で、隣が、沙耶・南郷だ」
沙耶は右手を出して「よろしくね」とフィリアに微笑む。それに応えるように、右手を出して会釈をするフィリアはどことなくぎこちない。
「で、さっきの男どもはなんだ?」
凌雅は腕を組みながら「好きなもの頼め」と、お品書きをフィリアの前に差し出す。
「ありがとう」
そう、一言言うと、テーブルに出されていたお冷を一飲み。
「私が、インフェリア列島国5大老の一つ。エルフ族だからよ」
「その5大老だと、なんで絡まれるの?」
優しく問いかける沙耶に凌雅の冷たい口調が突き刺さった。
「そりゃ、この住民は5大老に見捨てられたからだろ?」
「そう。正解よ。正確的に言えば私たちエルフ族にね」
フィリアが小さく呟く。
「さっきの情報屋が口うるさく言っていたじゃねえか。5大老の何が偉いんだって。で、問題はそこじゃない」
フィリアの目の前に顔を近づけると、凌雅は低いトーンで話を続けた。
「こんな都市で、あんたが、ここに来るメリットは何だ?何かあるから来たのだろう?違うか」
「ええ。私はこの都市に派遣された行政官なのよ」
「成程な」
そうでなければ、こんな犬畜生の肥溜め以下の場所に誰も来ないだろう。
「で、正直なところ、この都市は《無法金有》と《浸蝕利疫》の二大組織によって秩序が構成されていると話を聞いたが、あんたが派遣される意味を知りたい」
「それは、この都市の主要産業って何か知ってる?」
こちらから質疑をしたはずなのだが…
と、少しデジャブを感じながらも、凌雅は答えた。
「・・・風俗か?」
「いや、闇市みたいなものじゃないの?」
凌雅と沙耶、二人別々の答えを出すが、
「二人共ハズレ。惜しい線だけど、答えは麻薬よ」
成程。といった顔で納得の二人。
「麻薬も産業といえば産業だわな」
「で、それを扱ってるのがさっきの組織。エルフ族としては、人々の心の弱みにつけこむような真似は許さん!!っていう建前で私が来たのよ」
「まあ、いきさつはわかったが、対処法は?」
「そ、それは―――――」
彼女の話は続かなかった。
正確的に言うならば、邪魔をされた。
「お邪魔するぜ」
扉を蹴り飛ばす音。3人は音源の方に視線を向ける。
真ん中に、堂々とした背筋の、褐色の肌に紅い髪の青年が一人。そして、周りを護衛するかのようにうろつく数人の男達。
「無法金有!!」
フィリアの顔が青ざめた。
「無法金有ってさっきの?」
「この都市を仕切る最古株の組織よ。さっきの男達はこの組織の下っ端連中」
「へぇ」
手元にあるコップの水を飲み干す凌雅。
「取り敢えずだ。お前机の下に隠れろ」
「えっ?」
なんの合図もなくフィリアを机の下に突き落とす凌雅。となりの沙耶は可愛そうな目でフィリアを見つつ、凌雅の横っ腹を肘鉄砲した。
とはいうものの、凌雅の決断は間違ってはいなかった。
「そこの若夫婦。この辺でエルフを見なかった?」
見かけによらず、丁寧な口調。が、その奥にある感情は丁寧どころか、ドス黒く感じ取れたのは俺だけじゃないだろう。
おそらく、隣の沙耶も気づいている。
「俺たちは旅のものでね。東方の国から来たもので、エルフというのがよくわからないんだ」
ごく普通に。自然体で応答する凌雅。そして、どこかに持っている余裕。
「そうか。東方の大国――――――大清華帝朝からはるばるここまで。貴国の蛮行はこの西の果てまで響き渡ってますよ。私は、ガルトマン・スパルナ。この辺は長い戦争が続いていたもので、清華人の方はあまり訪れないのですよ。交易の価値は無しと。そうですね。来るとしても、男女二人が来る程度ですかな」
俺たちを皮肉ってるのか?
面白い。
「で、そのエルフの少女がどうしたんです?」
「いや、私の知り合いが清華人男女二人とエルフ・・・もっと言うならば、この放棄された都市のかつての支配者にちょっと痛い目を見られたそうなんですよ。こちらとしては、見捨てた連中がここで暴れまくることを看過しておけないんですよ」
「そりゃ、お気の毒に」
「全くですよ。私はエルフとしか言っていないのに、目の前でエルフの少女とか言っちゃうやつがいて。本当にお気の毒だなあ!!」
目の前の男―――――ガルトマン・スパルナの右手が動いた。
その刹那
「アクセル!!」
凌雅も負けじと、テーブルをつかみ、魔法を発動させる。
「ごふぅ!!」
アクセル魔法を掛けられたテーブルは目の前の褐色紅髪の大男めがけて飛んでいく。フィリアの姿が確認できる時にはテーブルとガルトマンは目の前から消えていた。
「やりやがったな、この野郎!!」
ごちゃごちゃになった店内でガルトマンは立ち上がると、指先を凌雅に向けて叫んだ。
それと同時に、店内にいた客・店員、誰構わず立ち上がり、3人の方に視線を向ける。
「もしかして・・・これって」
沙耶はフィリアの方に首を向ける。
「全員《無法金有》の構成員・・・」
「全員かかれええええ!!」
飲食店にガルトマン・スパルナの声が響いた。
「う、嘘だろ?」
戦闘開始30秒。
ガルトマンは顔面蒼白。この世の言葉でどう表現すればいいのか?いや、この世の言葉ではたりないほどの光景を見てしまった。
「久しぶりの放電だったから手加減できなかったわ」
「ちょいと前に地上代行者二人と殺り合ってたよな?」
沙耶の放電一発で構成員オールノックアウト。一分足らずで30名ほどの構成員はブッ倒れた。
顔面蒼白になったのはこれが理由である。この世のものではないものを見た、というあからさまな顔をしていた。
そして、ガルトマンは人生で初めて恐怖を覚えた。
それもそのはず。
天空から舞い落ちる雷鳴を人間が地上にて再現させたのだ。
伏根凌雅・南郷沙耶の両名はこの世の者ではないから。
別世界――――地球からたまたま迷い込んだ者である。
「あなた達・・・何者なの?」
清華人ってやばい人種だったのかしら?と、凌雅と沙耶を見て、心の中の言葉が漏れているフィリア。
「さて、帝国SS魔法士二人に喧嘩を売った代価はでかいぜ?」
(帝国?)
大清華帝朝じゃないの?と、つぶやき、首をかしげるフィリアだったが、そんなことは、この圧巻された現状に吹き飛ばされた。
「あんまり脅さないようにね?」
「放電楽しんでいた奴が何言ってるんだ?」
手をボキボキ、首をポキポキ鳴らしながら、プルプル震えるガルトマンに近づく。
「で、清華人男女二人組がどうしたって?」
「て、てめえ・・・よくも、俺の仲間を…」
ガルトマンの言葉に習い、周りでのびている奴らをひと通り見回す。
「ああ、こいつら倒したから、お山の大将で威張ってられなくなったな。そりゃ、結構結構」
ガルトマンの背中をバシバシ叩く凌雅。
その時
「許さん!!」
「おわっ!!」
凌雅は、ガルトマンから即座に離れた。
わずか一瞬。ガルトマンの着用していたロングコートはビリビリに破け、代わりに、現れたのは肩甲骨からつながる、燃えるような両翼合わせて10メートルはあろうかという紅い翼と強靭に発達した両腕。
「ガルーダ族!!」
飛び出したフィリアの声は、凌雅、沙耶、そしてガルトマン・スパルナまで聞こえていた。
「ガルーダ族?」
「ええ。列島国5大老の一つ。5大老の中でもさらに上のインフェリア三傑に連なるガルーダ族よ。その強さはりゅ―――――」
凌雅と質疑応答をしていたフィリアの声を妨害する轟音。耳に残るはバチバチとする雷鳴。
目に焼き付けられたのは蒼白い光線。その後、視界に映ったのは、崩壊した飲食店と、丸焦げになったガルトマン・スパルナの姿だった。