♯1 異世界に降臨
英雄になりたい―――――
小さい頃からの夢だった。
自分もテレビに出てくる英雄のようになりたかった。
夢を追いかけ、人の背中を追いかけ、手に入れた力は英雄になるためではなく、人を殺し、国民を震え上がらせる力となった。
「いてててて」
頭を絞られるような痛みと、体全身を覆う脱力感に疲弊しながら伏根凌雅は起き上がった。
「こ、ここは?」
彼の視界に映る景色は鮮やかな新緑の世界。木漏れ日が眩しく、自然と目を細めてしまう。
「夢を失った者は敗者か」
南郷沙耶に言われた言葉が胸に突き刺さったまま抜けない。
いつまでも頭と心に響く声を、自然と復唱していた。
「確か、オーストラリアの先住民の言葉だったか?」
と、そんなことはどうでもいい。今、最優先されるべきことは先住民の言葉ではない。
「さて、ここはどこだ?」
どうでもいい雑念を頭の片隅に置く。
辺りを一通り見回した凌雅は誰もが思うであろう疑問を口に出している。
今自分がいる場所がどこなのか?
様々なジャンルが渦巻き合うテナントビルから緑豊かな大地に来てしまったのだ。不思議になるのも無理はない。
「圏外か」
机上で語られる理論では、解読不能な2大魔法である“白魔法”と“黒魔法”の衝突は予想外の出来事を起こした。
黒魔法の使い手である伏根凌雅―――――彼は電波が届かないような奥地へと飛ばされてしまったのである。
「ここら辺なら」
電波が届かなくとも、衛星軌道上にゴミのように配置された人工衛星からの反応はあるだろう、と、障害物のない青空が見えるところに来たが
「GPSすら反応しないとは、もしかしたらここ日本じゃねえかもしれねえな」
半鎖国しているとは言え、日本からスパイを送ったり、外国からスパイが送られてくるなど日常茶飯事だ。
そして、そのスパイを捕まえるのも俺の仕事だが、彼らは不思議そうに、日本のインフラはすごいと口にする。
自分で直にそう思ったことはなかったが、人生で初めて圏外になったことに多少なりとも驚きを隠せない。
いや、そもそも、圏外、GPS反応なし。
あたり一面を見回しても電波塔や電線、コンクリートで舗装された道路等の人工物がひとつもない。
「あのクソ野郎、俺をどこに飛ばしやがった?」
チッ、と舌打ちをする凌雅に、たった一人。凌雅の射程範囲に侵入してくる人間一人。
「野郎じゃないわ。これでも女よ」
「はぁ…で、そのおもちゃはなんだ?」
凌雅は180度回転。自分の頭に向けられていた銃口を掴む。
向けた視線は動くことはない。見つめ合う・・・という表現はいささかおかしいか、視線がぶつかり合うと表現したほうがいいだろう。
目の前の少女、というには少しばかり失礼だが、年齢的には間違っていないはずだ。
「そうね、黒魔法の使い手に銃なんて無駄ね」
「端から殺す気などないということか。いいだろう。あいにく、俺もあんたとここで殺りあう気は毛頭もない」
凌雅は南郷沙耶に右手を差し出す。
「一時停戦だ。共同戦線と行こうか」
「ええ。ここは凌君の意見に賛成するわ」
「凌君?」
変なあだ名をつけられたな、と思いつつ、彼女と一時停戦。ここがどこなのか、手がかりを探すため、共に辺りを散策すること2時間。
目に映るすべてが新緑の大地、緑の葉をつけた木々の群れ。
景色が何一つ変わらない。
いっそのこと魔法で火にして。焼き畑にしてやろうか?
「何もないわね」
「ああ」
そして、何より一番問題なのは、こんな会話ばかり続くことだ。
正直言って
(気まずい…)
何か物珍しいものでもあればいいのだが…
「見て!!」
沙耶が指を指す方向。
「馬車?」
じゃねえな。俺の知識が正しいなら、馬に角は生えていない。
いわゆる一角獣か。だが、それにまたがるのは、どこにでもいそうなおっさんだ。とは言うものの、腰には剣を、体には鎧をまとっている。
ここが帝国ではなくとも、帝国にいない珍獣がいる地球のどこかだと期待する。
「とりあえず話しかけてみましょう」
「ああ」
言われるがまま沙耶についていく俺。
「すいません。ここら辺に集落か何かはありませんか?」
馬鹿か。口から漏れてはいなかったが、心の底からそう思った。
帝国のどこに一角獣に跨るおっさんがいるのか?
脳みそを逆さにして考えても、誰もがいるはずがないと答えるだろう。
つまり、帝国の公用語など通じるわけが・・・
「この山道を行けば自治都市バルグラードにつくよ。見かけない顔だけど旅人かい?」
前言撤回。どうやら俺が知らないだけで帝国には一角獣がいたんだな。
「ええ、そのような者です。ご親切にどうも」
沙耶は一角獣にまたがるおっさんにぺこりと会釈。一角獣に跨るおっさんに言われるがまま、このまま山道を進もうとする。
「ちょいとお待ち」
「はい?」
急に声をかけられてびっくりしたのか、南郷沙耶の返事は声が裏返っていた。
「ここ最近、長年の戦争でバルバロス帝国の兵士が駐屯しているから、注意するんだよ」
「はぁ…ご忠告ありがとうございます」
達者でな、と言葉を残すと一角獣に跨るおっさんは俺たちから離れていった。
「さて、行きましょうか」
「・・・」
二人のやり取りを見て、呆れて言葉が出ない俺を置いて、彼女は先に進んでいく。
「おい待て」
「何よ」
面倒そうにこちら側に振り向く彩。
「帝国に一角獣なんておとぎ話でしか出てきそうにない生物がいたのか?」
「はぁ?あなたいつからそんな馬鹿になったの?」
いつからって、俺とあんたの出会いはついさっきの殺し合いだろうが。
「帝国どころか、一角獣が地上で徘徊している国なんてないわよ」
「そうか」
待てよ?
「じゃあ、ココドコだよ?」
「私が知るわけないじゃない」
「ならなぜ言葉が通じた?」
「私の得意な魔法何か知ってる?」
「白魔法」
「わかってるじゃない。なら話は簡単でしょ?物質――――正確的には五大元素ではない、魔法理論で解明出来ない物を扱うのが白魔法。声は音でしょ?音に元素なんてあるの?」
「ないな」
「私はその音を操って日本語に聞こえるように細工しただけ。簡単に言えば翻訳魔法かな?」
「白魔法って便利だな」
なんでもありかよ。
まあ、俺に白魔法なんて使えないからどうでもいいけどな。
そっけない返事で返すと、二人は再び歩き出した。
ここが地球ではない別の地域だと、半信半疑に思いながら進んでいく。
舗装されていない、岩と土のゴロゴロした道を歩いていく。
その、途中、血液特有の鉄の匂いを感じ、辺りを見回す。
「どうしたの?」
「なにか、いる」
顎と鼻に人差し指を付け、静かに、と無言で意思を伝える。ジェスチャーがしっかり伝わったようで、沙耶は凌雅の後ろを静かについていく。
「・・・」
凌雅は二度、瞬きをした。
そして次は目をこすった。
だが、目の前に映る情景は何一つ変わらない。
鉄格子のついた荷馬車が倒れている。その周りにうろつくのは数匹の犬、もしくは狼。
ただ、首が三つあるこいつを狼として扱うのかどうかは知らないが。
「た、助けてくれえええええ!!」
木の陰から凌雅と沙耶は、男から発せられた断末魔と、その一部始終を見ていた。
首が三つある大型の獣に生きたまま貪られる男と馬。
あたり一面肉塊と血の海で、具入りスープみたいになっている・
「助ける?」
「助からんだろ」
地の池地獄と化した荷馬車周辺を眺めていたその刹那。
「グルルルル」
三つ首の獣たちは一斉にこちらへと首を向けた。
よほど腹をすかしているのだろう。口から垂れる涎は底を知らない。一歩一歩二人に近づくにつれ、一滴一滴地面に涎が落ちていく。凌雅と沙耶は、この獣たちにとって危険対象ではなく、獲物、食べ物、それ以上でもそれ以下でもない。
「グルゥ!!」
獣たちは我先に獲物を喰らうと、一斉に二人に襲い掛かった。
「トランス!!」
その刹那―――――
凌雅の手前で頭が三つ、足元に落ちた。凌雅の手には鋭利な刃物が握られている。
握られた刃物の刃は赤く染まっていた。
「身の程知らずが。早死するぞ」
「グ、グルウウウウ」
先頭の一匹の首が三つボトンと落ちた瞬間、残りの獣たちは足を止めた。
先程までの“食欲”で動かされた体は“恐怖”によって乗っ取られた。
生存本能は食欲から逃避へと移っている。
「トランス・アクセル!!」
凌雅の口から発せられた言葉は、コンマ零秒でその効果を発揮した。
手のひらに作り上げた鉄の塊はアクセル魔法を付与されたことにより、とてつもない速度を加えられる。
発動させた本人ですら、肉眼で追うことが不可能な速度で加速する鉄の塊は、三つ首の獣に向かう。
「キャウン!!」
野良犬のような鳴き声を上げた獣は腸をさらけ出して、吹き飛び、木々に激突。地面に倒れ込んだ獣はそれから動くことはなかった。
これだけの実力差を見せられて、戦おうとは思うまい。凌雅が思った通り、残りの獣は戦意喪失。ただ、逃げていくだけだった。
「さて、物色、物色~」
「あなたねぇ・・・」
「倒したのは俺だ。この荷馬車全部俺のものだ」
「・・・」
傍から見ていただけで、戦闘に何一つ参加していない沙耶は何も言えなかった。
「安らかに眠りなさい・・・トランス」
せめても、と、沙耶は血まみれの男と馬を土に還す。一方、凌雅は鉄格子のされた荷馬車の中身を「物色、物色」と、喜びながら、見ていた。
「成程・・・これが、ここの通貨か」
荷馬車の中に入っていた革袋には、金色、銀色、銅色の3色のコインが数十枚入っていた。
「さてと――――――[解析]」
魔法とは、魔力を用いて、あらゆる物質を別に物質に変換、もしくは生み出す方法のことだ。
魔力は物質Xから物質Yに変換させるための間接的な役割を担うものであり、辞書には「質量・成分・密度などの情報が不明確な暗黒物質」と定義されている。言い方を変えれば、あらゆる物質に変換可能な万能元素ともとれる。
「解析」とは、暗黒物質である魔力を用いて物質を分解・再構成を行い、物質が何で作られているのかを調べる作業だ。
「金貨は金が9の銅が1、銀貨は銀9の銅1、銅貨は銅10・・・よしよし」
解析し終えて、満足したのか、革袋ごと荷馬車にポイ捨てする凌雅。そんな彼を見ている沙耶の顔はどこか、不思議な顔をしていた。
「物色を終わったかしら?」
「ああ」
何一つとして、奪ってはいないが、強いて言うならば“情報”を奪うことに成功した。
さしずめ、人間造幣局とでも言おうか。この世界の通貨情報を得た凌雅はいつでもどこでも金貨から銅貨まで製造可能になったわけだ。
「さて、ここにもう用はない。日が暮れる前にバルグラードに向かおう」
空に浮かぶ太陽らしき球体は真上を過ぎている。この日が暮れ、訪れるかわからないこの世界の夜になる前に…
二人はバルグラードに向けて歩き出した。