#18 山岳都市ロスガ
――――――山岳都市ロスガ
「最悪っ!!」
一人の少女が叫んだ。
「へっへっへ…観念しな、姉ちゃん」
「身ぐるみ全部置いていけば許してやるからよ」
石造りの建物に囲まれ、陰に隠れ、メインストリートから離れている路地裏。
そこには一人の少女と、彼女を囲う、タチの悪い野郎が数人。
「こんなところ来るんじゃなかったあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
再び少女の叫びが響き渡った。
数日前
横に広く伸びたバルティカ大陸の極西部の列島及び大陸の一部に跨る多民族国家、インフェリア劣島国において――――
「異聖人?何百年前の伝説を信じているわけ?」
至って普通な石造りの家に二人の男女。
と、言ったものの、別にそういう仲ではない。
「僕に言わないでくれ。僕たち耳長族の長老が山岳都市ロスガに異聖人が来訪するってうるさいんだ。僕が行けばいい話なんだけど、代わりにね?」
「はぁ」とため息混じりに男は語った。
私に無法地帯ロスガに行きなさい?馬鹿にしているのかしら?
女の方は、呆れた声と疑うような細い目で言った。
「やめてよ。戦争の傷跡が残ってるだけじゃなく、列島国の行政官がいないのをいいことに、《無法金有》とか《浸蝕利疫》とかいう組織が牛耳ってる治安が悪いの都市に?可愛い、可愛いたった一人の妹をなんだと思ってるのかしらね」
簡潔にまとめよう。ただ、駄々をこねているだけである。それ以上でもそれ以下でもない。
「フィリア・・・列島国の中でもトップクラスの魔導士が何を言っている。ロスガはもともとエルフ族の管轄であり、戦時中に放棄しただけで、領有権は放棄していない。さらに、その二大組織が高利貸しや麻薬、人身売買などの人の弱みにつけこむような商売で金を稼いでいるのは看過できない」
だからって、なんで私が…
ぶつぶつと愚痴を言うフィリアの声は兄にも充分聞こえていた。
「僕は列島国5大老の集まりで、エルフ族代表として出なければいけない。それに、フィリアは行政官吏資格を持っているだろ?」
だからって….
フィリアの文句はやまない。
「というわけでよろしく」
「ちょ、ちょっと!!」
フィリアは兄貴を呼び止めた。
だが、兄貴の方は、軽そうなスキップで家を出た。
妹が呼び止めた声など、端から聞く耳など持っていなかったのだ。
「はぁ・・・」
妹は重いため息まじりつつ、兄貴に渡された紙を見る。
「エルフ族族長印が押してある。えーと、以下の者を山岳都市ロスガの行政官に任ずる・・・フィリア・マスティマ」
後ろ足を引かれる思いで家を出た。
山岳都市――――ロスガに向かって....
話は戻って
―――――山岳都市ロスガ
周りを山岳に囲まれているロスガは、城塞都市でもある。山岳をうまく利用しつつ、山間の平坦なところだけを城壁で囲う。山岳と石が城壁となっているのだ。うまく作ったものだ。誰が考えたのかしらんが。
とは言いつつも、半分壊れているが・・・
「ずいぶんと汚い街だな」
ボロボロに崩壊した城門を見た凌雅の素直な感想だ。
「そういうこと言わないの」
メッ!と、沙耶からのお叱りを受ける凌雅。当の凌雅はバツが悪そうにあさっての方向を向いて頭をポリポリとかく。
「でも、凌君の言ってることは間違ってないけどね」
崖から見下ろした棚田は実に美しかった。川の横で動く水車は故郷の田舎を思い出させた。
だが、それは遠くから見た風景の感想でしかなかった。
実態は誇大妄言でも綺麗とは言えなかった。
「臭いな」
手の甲で鼻の穴を塞ぎたくなる。漂う匂いは死臭か、糞の匂いか。
綺麗だな、と思っていた棚田の用水路はもはやドブでしかない。一部はまともだが、殆どは耕作地としては全く使い物にならない、雑草と、死体が積み上げられた荒地。害虫と呼ばれる生物が棚田に群がっている。
水車は回っているだけで、脱穀や製粉をしているわけではなさそうだ。
石で舗装された街道の端っこでは飢えに苦しむ人、怪しい物品を売っている商人、物乞い、酔っ払い、ゴミ、糞。ありとあらゆる人種とありとあらゆる汚物がそこにはあった。
肌の白い人間から黒い人間まで。緑色の肌で豚のような顔の人間もいれば、トカゲみたいな人間まで…
「ちょいと、そこのお二人さん」
と、思考中断。メインストリートの隅で怪しげな物売りに一声かけられ、その場に立ち止まる。
「ちょいと、お金を持っているなら少しでも買ってってくれよ」
と、言われた通りに何か買おうかと、商品をひと通り見るが・・・
怪しい。
その一言に尽きた。
まあ、商品はこの机に売られているものだけとは言ってない。
「俺たちは遠くの遠く、東方から来たものだが、この地域についてよく知らない。この地域の情報を」
凌雅はポケットに手を突っ込んで小さく「トランス」と呟く。
「これで、あんたの知っている限りの情報を話してくれ。足りなければもっと払うが?」
インフレ進ませてどうするのよ!?と、腰を突っつく女を無視して交渉する。
机の上に置かれたのは金貨が5枚。
「こ、ここここ、こんなにくれるんかい!?いいぜ、なんでも教えてやるよ」
この人正直者だな。
下手な交渉はしないと見た凌雅はもう5枚追加した。
「じゃあまずは―――――」
「ありがとさん。達者でな」
「礼を言うのはこっちだ。本当にありがとう。半年は生きていけるよ」
何故かお礼を言われた。大したことはしていないがな。
この世界には地球以上に様々な人種がいる。
白い肌を持ったウエスト人。小麦色の肌をしたバルバロス人。黒い肌のランカスカ人。俺たちみたいな肌をした清華人etc…
まあ、それはともかく、彼が言うにはこの都市はクライスやアルフレート将軍から聞いたとおり、山岳都市ロスガ。ロスガはバルティカ大陸と呼ばれる横に広く伸びた大陸の極西部に位置する列島および、周辺地域にまたがる「インフェリア劣島国」の辺境都市だった。
本来は「インフェリア列島国」らしいのだが、亜人=劣等という神教の概念と、列島を合わせて劣島国と呼ばれている。
「インフェリア劣島国」とは、さきほど俺たちが見ていた緑色の人間や、トカゲみたいな人間などの特殊な人間――――亜人が暮らし、5大老と呼ばれる権力を持った5種族が運営する国家のことを言うそうだ。
「5大老のなにが偉いんだ!?ええ!?」
と、インフェリア劣島国上層部の悪口をものすごく言われたが、正直こちらから見ればなんのこっちゃ。
と、余談は置いておいて、そのインフェリア劣島国の地方都市だったというのは、バルティカ大陸西部を手中に収め、極端な排亜人政策を推し進めるウエスト人国家「カスティリア」、現在西バルティカ連合帝国との大規模な戦争があった。
現在西バルティカ連合帝国の一角であるカスティリアと停戦をしては再戦を。その繰り返し。
長く、辛く、そして苦しい戦争―――――
戦火にさらされたロスガをインフェリア劣島国は放棄。カスティリアも山岳に立った都市に興味を持つことはなく、未確定地域となった今、国から補助金が出るわけでもなければ、行政官が来るわけでもない。
戦災復興は行われず、痛々しい戦火の傷跡が未だに残っている。
そして、このロスガは《無法金有》と《浸蝕利疫》という二大組織によって秩序が構築されている。
・・・待て
「ここ、ただの無法地帯じゃないか?」
「そうね。私も凌君と同じこと考えていたわ」
国の管理下にあるならまだわかる。だが、得体の知れない組織に牛耳られた廃都市。
「・・・あー」
「どうしたのよ?」
だから、たとえ死刑囚でも受け入れてくれるのか。納得。
と、一人でアルフレート将軍の言葉を理解した凌雅。
「こんなところ来るんじゃなかったあああああぁぁぁぁぁぁ!!」
そんな、他愛ない会話から一転、突然聞こえた甲高い悲鳴。いや、ただの叫び声に訂正。それに伴い、二人の表情も一転。
「あそこの路地裏か?」
「そうみたいね。行ってみましょう」
二人は声の方角へ向かって走り出した。




