#17 ロスガへ!!後編
旅商人クライス―――――彼はそう名乗った
知人に似たような名前がいたが、気にするのはやめよう。
金と黒の間の曖昧な髪に、琥珀色の瞳。背丈は俺と同じぐらいか。
「見かけない顔だが、どこから来たのだ?」
やはり、俺たちは物珍しい顔立ちなのだな、とより一層清華人だということを自覚させられる。
「自分たちは東方の――――――」
「成程。その顔立ちだと、清華の民か、もしくはイシク・クルの民だな」
と、自分から聞いておいて、彼は俺たちの答えを聞く前に勝手に解釈をしだすクライス。
そして、質問の答えを答えるはずの俺達が、首をかしげてしまった。
「イシク・クル?」
この世界は俺たちに優しくない。
知らない単語ばかりだ。
「そうか、君たちは随分若いからな。知らないのも無理はない」
あんたも、同じぐらいだろ?と言いたかったのは俺だけじゃないはずだ。
「ラウレノヴァ合州国と、大清華帝朝の境にある、アラトー山脈に囲まれた巨大な湖さ。清華の民よりも、顔立ちがはっきりしているが、僕たちウエスト人程ボコボコしている訳でもない」
「は、はぁ…」
どう反応すればいいやら…
「かつてイシク・クルおよびアラトー山脈にはウィルギスタン王国と呼ばれる国があったんだよ。でも、十年と少し前、大清華帝朝がイシク・クルに眠るとされる古代兵器を求めてイシク・クル戦争を引き起こして滅亡してしまったんだ」
「・・・」
そういえば、アルフレート将軍は清華人の武器商人から古代兵器を求めていたな。
「清華人は武器商人か…」
イシク・クルとやらの湖に眠る古代兵器とやらが本物なら、の話だが。
「おっと、ごめんね。君たちを罵る気はないんだ」
「いえ、そんなことが…」
「で、聞きたいことがあったんだったね。何かな?僕に応えられる範囲でなら」
「・・・ロスガ。インフェリア劣島国の都市ロスガに行きたい。旅人ぽかったから、知っているかと」
顎に手を当て、少し間を空けてからクライスは警告するように答えた。
「あそこは行くべき場所ではないと思うよ」
「・・・たとえ犯罪者だろうが、死刑囚だろうが、その都市は受け入れてくれると聞いたが?」
アルフレート将軍から聞いた言葉をそのまま伝える。
「それは、少し違うニュアンスだね。正確的には受け入れるじゃない。あそこは無法地帯だから、ロスガで生活したところで誰からも何も言われない。ただ、それだけだよ」
「・・・成程」
まあ、受け入れてくれるに違いはないが、
「で、どうやっていけるんだ?」
「この道をまっすぐ。僕も、ロスガに用があったからね」
人には行くなと言わんばかりの口調だが、自分は行くのか。
「難しい顔してるね。まあ、僕があそこに行くのは、恩人がいる。ただ、それだけだよ。聞きたいことはそれだけかい?」
「ああ。立ち往生するしかなかった俺たちには十分すぎる情報だ。ありがとう、礼を言おう」
「なら良かった。じゃあ、僕は急いでいるから、縁があったらロスガで会おう」
そう言うと、クライスは颯爽と森の奥へと消えていった。
「変わった人だね」
消えていくクライスの姿を見てそういった沙耶だが、俺たちが言えることなのか?どうかは怪しいことだ。
「トランス!!」
ジョッキ瓶サイズのコップに詰められた土は、凌雅称えた呪文と共に、透き通る透明な水に変わる。
「はぁ~生き返るぜ」
こんなことを、本来人間がするようなことではないことを当たり前のような顔でするのだ。変わっているのはどっちだろう?
沙耶の言った言葉にどうでもいい感想を心でしまう凌雅は、ジョッキ瓶サイズのコップ、いや、この際ジョッキ瓶でいいだろう。ジョッキ瓶に注がれたわけではない水を飲み干すと、潤った唇についている水を拭き取った。
「凌君は器用でいいわね」
「凌君って…あんた魔法軍事学基礎で習わなかったのかよ。荷物は必要最低限の食料だけって。水は全てその場にあるもので錬成するとか、コップもこんな感じに」
と、手に持っているジョッキ瓶を見せる凌雅。
ちなみに、このジョッキ瓶も地面の土から作り上げたものである。
「はぁ・・・私は白魔法が得意なだけで4大理論を用いる普通の魔法は苦手なのよ。金属の塊作って飛ばすとかは簡単だけど、繊細なことは特にね」
「知ってるよ。よくそれで14歳で大学卒業したな。魔法科大学って国立大学とかじゃなくて陸軍大学や海軍大学みたいな国家機関の一つだろ?」
ほらよ、と、凌雅は水が入ったジョッキ瓶を沙耶に渡す。
「ありがと。スカウトされたのよ」
「へぇ」
どうでもよさそうな返事をする凌雅にキッと睨む沙耶。
「何その返事。凌君から聞いてきたでしょ?」
「ちゃんと聞いている。で、白魔法の才能はいつ開花した?」
「私の友達は英雄になるのが夢だった。だから、私も英雄になりたかった。でも――――」
“この娘には魔法の才能はないのよ”
“なぜ、私たちに似なかったのだ!?”
両親が夜中に話していた話を聞いてしまった小さい頃。英雄と謳われていた父までもがつぶやいたその一言は幼少の私の心に深く突き刺さった。
“やーい、欠陥品が来たぞ”
国内でも有名な魔法の名家である南郷家の分家も集めた集会。
親戚の子供に言われた言葉。
私に魔法の才能はない。
わかっていた。それでも努力した。
両親もその努力は認めてくれたが、魔法の実力を認めることは到底不可能だった。
誰もが諦めたそんな時、私は五大元素ではない物を魔法陣から生み出すことができた。
数百万人に一人の確率で扱える白魔法の使い手だった。
「私は小学校卒業と同時に、帝国国内で唯一白魔法講義を扱っている魔法科大学へスカウトされたのよ」
「で、卒業後数年で人生の夢を叶えてしまったと・・・」
人生チートモードだな。と、鼻で笑う凌雅。
「いえ、私はまだ英雄じゃないわ。閉鎖的な社会の帝国を開放する。そして、真の英雄になるわ」
「・・・そんなこと誰も望んでない。世界中で誰が生きようと死のうと、戦争しようと、俺たち帝国人には関係ない。勝手に生きて勝手に死んで、殺し合ってろ。俺たちは馬鹿で低脳な似非人どもが国際連盟とかで口争いしている動画を見て嘲笑う。それだけだ」
「私たちが持つ魔法は世界の災いの元凶を絶つことができる素晴らしい力なのよ。どうしてそれを使わないでこんな小さい島国に閉じこもってるの?」
沙耶は訴えかけるように凌駕に伝える。
だが、凌雅の反応は薄かった。
「それが帝国の武器であり、また、災いの元凶だ」
「災の元凶?災の元凶は主に資源でしょ?イデオロギー対立とかもあるけど、あらゆる資源を水から、土から、空気から作り出せるなら、砂漠の地域をすべて水に変えられるなら、それだけで大半の争いをなくせるわ!!世界平和を叶えることができる唯一の国は帝国だけなのよ」
「・・・」
なら、資源を売って成り立っている国はどうなる?資源を買っている国が資源を無限に作れるようになれば、資源を買わなくて済む。資源を売って成り立っている国はどうすればいい?それこそ、戦争の引き金になるのではないか?
西暦1941年――――――
米帝、英国、中国、蘭国は帝国に対し経済制裁を加えた。この4カ国の頭文字を取り、ABCD包囲網と呼ばれる。
ABCD包囲網を受ける前、欧米諸国がブロック経済をし、米帝や英国が帝国製品に対する高関税をかける前、帝国の経済は経済成長率10%超の超好景気を謳歌していた。
世界で最初にデフレ経済を脱却し、世界中に安価の綿製品を提供していた。
事実、帝国の綿製品は英国を追い抜いて世界トップの座に立った。
だが、そんな帝国を快く思う国は当時いるはずがなく、世界中から帝国製品叩きを喰らった。
資源を売って成り立っている国家と同様に帝国も綿製品を売りものとしてた。売り物を売れなくなった帝国は、新たな市場を目指し、万州を開拓。外国の反応は非常に辛辣なものだった。
綿製品の輸出どころか、石油や鉄、希少金属の輸入までも封鎖され、八方塞がり。
帝国はどうすればいい?
資源を手に入れるために戦争をするか、属国という名の植民地にされるかだ。
帝国には魔法があったから良かったものの、魔法が確立されなければ、おそらく米帝をはじめとする連合国とナチスと共に戦争の道へ進んでいたに違いない。きっと、ナチス共々核兵器を落とされることになったに違いない。
幸い、魔法のおかげで欧州大戦では低価格で資源を枢軸国と連合国、分け隔てなく輸出、大戦景気を謳歌し、魔法産業が確立された。
戦後は一応旧同盟国ということで、敗戦濃厚のナチスから帝国へ亡命したいという人を引き取り、連合国から猛抗議を受けたことは有名な話だ。
ニュルンベルグ裁判でA~C級戦として裁かれるはずだった戦犯を匿ったことにより旧連合国諸国と一時的な戦端が開かれたが、資源を無尽蔵に作り出し、複雑な構造の武器ですらわずかな時間で大量生産する帝国に、ソヴィエトは大敗を喫し、疲弊しきった欧州諸国がまともに戦えるはずもなく。米帝ですら被害を恐れ、手を出してこなかった。
これを好機と見たか、世界と関わることをやめた当時の政府は最善の判断をしたといえよう。争いの火種をこれ以上拡散させまいと、帝国人という武器の輸出を制限させたのだからな。
「その魔法が世界のパワーバランスを崩す。例え帝国が戦争に介入しなくても―――――」
魔法のせいで資源が売れなくなった国家が俺たちみたいな化物を、金で雇い、傭兵として戦争に投入したら、核兵器を投入しない限り勝てない。
経済封鎖された国家は俺たちみたいな化物を手に入れ、地域覇権やら手に入れる紛争を起こしかねない。
石油利権で莫大な富を手に入れた中東の独裁国家郡なら、経済封鎖された際に確実に事を起こすだろう。
本当ならば南郷沙耶。お前も表舞台に出ないで俺みたいに裏で国家安定のために生きるべきなんだ。
そんなこと言ってもこいつに理解できないだろう。
「―――――やっぱ何でもない」
そう言うと凌雅は立ち上がり、沙耶からジョッキ瓶を取ると土に返す。
「さあ、先を進もう。いくら俺でも食料は生み出せん。早く美味い飯を食べたいところだ」
「そうね。歩き始めましょうか」
ちょうど馬車が通れるほどに舗装された林道を再び歩き始める。
沈み始めた太陽が、自分たちの進む林道の目の前に立ちはだかる。
眩しさに目を細めながらも、夕日に向かって進んでいく。
林道から開けた道に出ると、俺たちが立つ崖の下には、大きな川が流れ、広大な棚田が広がり、水車小屋、風車、レンガ造りの建物が立ち並ぶ山々に囲まれた山岳都市
―――――ロスガがそこにはあった。