#14 バルダス
「――――――臨時ニュース、臨時ニュースを申し上げます。大本営国防総省午前8時発表。帝国陸海空魔軍部隊は本十日早朝、殻太および万州・勘察加半島国境線においてソビエト社会主義共和国連邦、蒙古人民共和国と戦闘状態に入れり」
帝国国営放送帝国放送局の男性アナウンサーは背後に映し出された映像と共に、一連の文章を読み上げる。激しく火を上げる敵艦や敵戦闘車両の映像と共に軍歌がBGMとして流れ、帝国国民を鼓舞させた。
「万州国境においてSS国家魔法士伏根凌志中将率いる独立魔法軍万州国境警備隊と関東軍第139師団がソビエト連邦陸軍極東軍管区第35軍とベルゴルスクにて衝突。敵戦力を半壊させ、第35軍本部ベルゴルスクを占領...」
事実、食堂いる幼年魔法科士官学校の生徒達はテレビに映し出される帝国の戦果報道に意気揚揚としている。
SS国家魔法士であり父であり、そして英雄という名にふさわしい自身の憧れがテレビに出ていることに凌雅は少なからず興奮を覚えた。
「おい、凌雅。見ろよあの女」
俺の隣に座る一人の男。同じクラスの成績凡々の男子生徒だ。
「ああ?」
テレビに映し出される一人の少女。
「史上最年少SSランク国家魔法士。俺らと同い年で、数少ない白魔法使い。そして、名門南郷家。いくら黒魔法使いで、基礎魔法トップのお前でも勝てないんじゃないか?同じSS認定されていても」
「興味ねえよ」
政府が体の良いプロパガンダに使いそうだな。容姿もそこらのテレビに出てくるお天気お姉さん程度は持っているようで。
とはいえ、そのお天気お姉さんみたいな女性がありとあらゆるところに雷鳴を轟かせ、戦車や装甲車を、紙のようにぺちゃんこにして、迫り来る航空機を撃墜する姿は、シュールすぎるだろう。
「本日早朝5時。北殻太において、独立魔法軍SS国家魔法士南郷沙耶少尉とソビエト地上軍極東連邦管区地域国境警備局サハリン警備混成連隊と交戦。南郷沙耶少尉は単独で敵戦車52両、装甲車96両航空機21機その他諸々に壊滅的な打撃を与え、帝国陸軍はわずか一日で北殻太を占領。敵軍は我らに恐れをなしています」
「ほぅ…」
南郷沙耶か。どこかで聞いたことがある名前だな。
「えーと…」
僕の夢は英雄になる事なんだ!!そして、悪いやつを倒して、人を助けるんだ!!
凌君が英雄になるなら私も英雄になる!!
じゃあ、どっちが先に英雄になるか勝負だ!!
約束だよ。凌君。
「.....う君!!起きなさい。凌君!!」
バシャーン!!
「ブフッ!!て、敵襲か!?」
突然俺の顔面を襲った海水は、俺の意識を、懐かしき学生時代の記憶を再現させた夢という世界からログアウトさせ、本当の地獄とまで呼ばれる残酷で無情非情な現実世界へログインさせる。
「ええ。詳しくは船長さんに聞いて」
目を開くと、そこには北殻太で体中から手足のように雷光を放ち、周辺の重力を狂わせ、飛び回る航空機に飛行障害を起こさせた殻太紛争の英雄南郷沙耶が自分を見下ろしていた。
「・・・夢の続き。なんだっけか?」
「起きてーーーー!!」
ベシっ
後頭部に来た衝撃は夢の内容を運良く思い出させてくれた。
「そうだ。お前は帝国の魔法の名門南郷家だったな」
それなら知っていてもおかしくないな。
「藪から棒になによ。まだ寝ぼけているの?」
「いや、もう目は覚めた」
雲一つない澄み渡る青空、地平線まで続く底の知れぬ大海原、空を飛ぶカモメらしき鳥に風情を感じますな。
「で、船長さんよ。どうした?」
「ああ。君か。ちょっと、タチの悪い連中がいてね」
見てくれ。と、船長から望遠鏡を渡される。
「・・・これまた、定番の展開で」
「この海域はよく海賊船が出るんだよ。まあ、おもに海賊船という名の私掠船だが」
「バルバロス帝国のか?」
「多分ね。交戦国の船だからちょっとした嫌がらせさ」
地平線の向こう、この貿易船の航路を遮るように待機している一隻の船。ドクロマークの船旗を上げ、サーベルやマスケット銃を持った男たちが雄叫びを上げていそうだ。
「アルフレートの旦那から用心棒になるからと乗せたんだ。それなりの働きをしてくれよ」
そう。俺と南郷沙耶はアルフレート将軍の働きかけで無銭乗船させてもらっている。
そのかわり、“用心棒として”だ。
「了解した。えーと距離....わからんから、いいや。トランス・アクセル、トランス・アクセル、トランス・アクセル、トランス・アクセル....」
海賊船に向かって凌雅は巨大な鉄の塊を作っては飛ばしと、この世界の人間、いや、地球だとしても明らかに人間のすることじゃない。それを息をするように、手足を動かすように、ただ当たり前にしていた。
「着弾ずれたわ。右に15度修正したほうがいいわ」
「あいよ」
望遠鏡で着弾を確認するのは沙耶。
「てか、鉄の塊飛ばすぐらいはできるだろ?」
「近距離ならね。遠距離になるとどこに飛ぶかわからないわ」
「お前それでも魔法科大学卒業してんのか?」
「白魔法専攻よ」
「へいへい。右に15度修正。トランス・アクセル」
適当に角度を変えた凌雅は再び鉄の塊を海賊船向けて放つ。
「お見事!!着弾よ!!」
ちょっと喜んでいる姿の沙耶を見ると、北殻太紛争における暴れっぷりが嘘のように子供で無邪気だ。
こんな姿を見ただけじゃ、誰が人間核兵器などと信じようか?
「せ、船長。こ、この人たちは?」
「用心棒だが、アルフレートの旦那からは何も聞くなと言われているから」
と、もはや驚きを隠すつもりもない船員達。
とは言え、いつ海賊に襲われるかわからない貿易船の船乗りにとって、今回の航海が、自然災害が起きない限り平和だと、安心させるには十分な二人だった。
ガルツィを出港から、海賊船が来るたびに撃沈を続けて早2週間。
「ほぅ、ここがバルダスか」
眩しい日差しから目を隠すように太陽に手をかざす。
「まるで船の博物館ね」
戦列艦やコルベック、フリゲート艦のような軍艦。フリュート船やジーベックのような商船。他ガレー船のような漁船等様々な種類の木造船が桟橋に錨をおろし停泊している姿は、大航海時代を思い浮かばせる。
「ああ。バルバロス帝国にとっては大海洋へ出るための港湾都市みたいなものだ。だが、集まるのは船だけじゃねえぜ」
「船だけじゃない?」
沙耶はあたり一面を見る。
「船しかないじゃない」
「桟橋の労働者を見てみ」
桟橋を重そうな荷物を担ぎながら渡る船舶労働者達。彼らはまるで決められたかのように1つの倉庫へ運んでいく。
・・・成程。
このように船が集まるということは、それだけ、ここには様々な地域の交易品が集中して集まってくる。ということか。
「ブカレスト王国の継承国西バルティカ連合帝国とバルバロス帝国は形式上戦争中だが、商人には関係ねえ。というか、バルバロス帝国は敵国の商人でも手厚い保護をしてくれる」
果たして、そこら辺のナショナリズム的な感覚を割り切れているのは商人なのか、バルバロス帝国の制度なのかはわからないが、地球だったらこううまくいかないだろうな。
交易商品の取り上げとか、敵国商人の自国交易中心地の利用禁止ぐらいはするだろう。
「じゃあ、船長さん。ここらでお別れだ。達者でな」
「おぅ、あんたらも達者でな。それと、ここは、バルバロス帝国の帝都。サウス内海に接している国々の交易品が集中して集まるところだ。楽しんでいってくれよ」
笑顔で手を振る船長。無精髭ボーボーで筋肉だるまみたいなおっさんだが、実に人間味あふれる船長だった。
「石造りの建物が多いけど、ブカレストとは少し違うね」
港から見える市街地の建築物群を見て、沙耶はありのままの感想を言った。
「そりゃあな。同じ中華文明圏でも日本と中共じゃだいぶ違うだろ?」
ブカレスト王国と同じように石造りの建物がずらりと並んでいるが、ブカレスト王国はどちらかといえばカラフルだったが、この国は砂っぽい黄土色をしている。
「取り敢えず、朝食でもとろう。レスティア行きの船の出航までにはだいぶ時間があるからな」
右ポッケから取り出した懐中時計を見て時間を確認。
「そうね。私もお腹がすいちゃったわ。で、エスコートしてくれるんでしょ?」
「はぁ?初めて来る場所なのに飯屋がどこにあるかなんて知るわけねえだろ」
「だと思った」
はぁ、とため息をついて肩をがっくりと下ろす沙耶。
「お腹減った~言いだしっぺなんだからちゃんとお店探してきてよね」
なんとわがままな。
「はいはい。え~と・・・」
と、辺りを見回す凌雅の視界に入った一人の女性。金髪碧眼の目麗しい容姿だが、黒髪黒目褐色の肌の人種が当たり前のバルバロス帝国においては明らかに場違いだ。
だが、彼女が羽織っているマントに描かれた国旗。赤の背景色に黄色の鎌と槌と五芒星。
バルバロス帝国軍の軍人さんだな。
「なんで、私がこんなところに戻されないといけないの?」
「ソ、ソフィア様!!あなたはバルバロス帝国の軍人だとはいえ、ソヴェト教の教祖なのですよ?」
「クラウス、私はあの帝国人を捕まえるの!!特に女の方をね!!」
クラウスと呼ばれる隣の男もかわいそうだな。と、特に関心のない同情をする凌雅。
「ちょっといいかい?」
何が原因で揉めているのかわからないが、軍人なら軍人御用達の飲食店ぐらい知っているだろう。下手に通行人に声をかけるよりも確実だ。
「なによって、あ、あ、あ」
「あ?」
ソフィアと呼ばれた少女は俺の顔を見ながら、口を呆然としてあけ指を指して固まった。
「て、帝国人め!!ソ帝シベリア戦争の復讐戦を今ここで!!」
「シベリア戦争?ああ、殻太紛争のことか・・・ってお前、も、も、もしかして、地球から来た奴か!?」
沙耶以外地球からバルティカ大陸に飛ばされた人間を見たことがない凌雅にとってそれはたとえ宿敵ソ連の人間であろうと感激あふれることに違いはなかった。
それに、この大陸で俺たちのような者は清華人と呼ぶが、コイツは俺のことを帝国人と呼んだ。
凌雅はソフィアが地球から来た人間だと確信を持った。
「そうだ!!いまここで同志達のふがっ!?」
と、暴れだそうとするソフィアの口を塞いで苦笑いのクラウス。
「す、すいません、すいません!!ぼ、僕たちはここで退散しますのでどうか見逃してください!!」
と、必死に頭を下げ、ソフィアの頭も一緒に下げさせるクラウス。
凌雅達の実力をバルグラードで垣間見た上に、ソ連では大量虐殺者として悪名高き南郷沙耶がいるのだ。
この場で喧嘩を売って勝てるはずがない。そう考えたクラウスは盛大に土下座をした。
「やだ、何アレ?」
「うわー、あんなか弱そうな男の人と、少女に頭を下げさせたりして大人げないわねあの清華人」
「清華人が東バルティカで暴れてるって噂は本当なのね」
こんな人通りの多いところで、か弱そうな男が少女と共に頭を下げている。それも異国の清華人に。
いや、俺は清華人じゃないんだが、見た目清華人で、そして、清華人の悪い噂が重なって俺がひどいことをしているように思われているのだ。
「いや、別にどうこうするつもりもないし。頭下げてくれ」
「ほ、ホントですか?」
「ああ。と、とりあえず、この場はアレだし、朝食でもどう?」
何を言っているんだ俺は。
おすすめの飲食店の場所を聞くつもりが、食事に誘うアホな凌雅であった。
*10/19多少の加筆