#10 神教
――――――ブカレスト王国王都ブカレスト城
「穢れた王女はバルグラードに売られ、平民からの成り上がり貴族はバルグラードで死ぬ」
ブカレスト王国王都の中央に位置するブカレスト城の一室。月明かりに照らされた部屋で、ブカレスト王国の国家元首であるベルトラム・ブカレスト王は右手にワインの入ったグラスを手にしていた。
「そして、ブカレスト王国南部割譲を条件にバルバロス帝国とは講和。これですべてがうまくいく」
バルグラードにアルフレートが派遣されることも、値段を釣り上げれば武力行使に出ることも全てナーフィアに伝えた。
平民から貴族に成り上がった成金どもは最大の後援者を失い、純潔貴族だけが生き残る。
俺の立場は安泰だ。
グラスに唇を付け、ほんの一口、ワインをすする。
喉が熱くなり、次第に体中が火照る感覚の余興を楽しみながら明日を迎える。
だが、たった一報により、彼の余興は苛立ちへと変えた。
「ア、アルフレートがあの妾娘を救出しただとおおおお!?」
その夜、ブカレスト城の一室でベルトラム・ブカレストの悲鳴が鳴り響いた。
「それと、神教教皇アキレウス様の使者が来ています」
「何用なのだ?」
「それは、私にもわかりかねます」
二人は首をかしげながら、使者を通した。
「さあ、ここが、先王からいただいた我が所領最大の都市ガルツィだ」
ブカレスト王国東部最大の都市―――――ガルツィ
10年以上前に起こったブカレスト王国東部の反乱の発生地であり、そして、5年にわたったラウレノヴァ合州国との戦争後、疲弊したブカレスト王国経済再生の地でもある。
「ほぅ、なかなか賑やかな都市じゃないか」
凌雅はアルフレート将軍に案内されたガルツィを見て感心した。
市場では当たり前のように商品が売買され、広場の噴水では、男女のカップルが仲良くデート。今この国が戦争中だということを忘れさせるほど。もしくは、いま戦争中だと思わせていないほどである。
「先程までは凱旋パレードで忙しかったが、今は貴殿たちを案内するほど暇だ」
アルフレート将軍一行がガルツィ入城してからは市民の歓迎が激しいせいもあって、ゆっくりと街を観光することもならなかったが、流石に毎日パレードをやっているほど、市民も暇ではなく、一日も経てば元に戻っていた。
「領主様ってのも暇人なんだな。市民を見習って仕事したらどうだ?」
凌雅はメインストリートで、通る客にせっせと商品を売り込もうとする商売人達の努力する姿をまじまじと見ながら、目の前の領主様を皮肉る。
「あいにく、お客様である貴殿らを案内するのも仕事のうちだ」
「あー言えば、こー言う」
「それは貴殿たちの得意技だ。我の得意技ではない」
「本当に口の減らない将軍ね」
「あいにく、平民出身でな。教養のきょの字もない」
「平民出身者に学問は習えないのか?」
教養のきょの字もない、と断言したアルフレート将軍だが、彼が学問を習っていないとは思えない。平民出身である彼は学問を習ってはいないのだろうか?という素朴な疑問に、アルフレート将軍は素直に答えた。
「いや、貴族的な意味の教養であってな・・・算術や語学などは基本教会で教えてもらえる」
「ほぅ」
教会ね。
ということは、どこかに宗教施設でもあるのだろう。
「ちょうどいい。貴殿らにはまず教会へと案内しよう。ついてこい」
と、アルフレート将軍に案内されて徒歩数分。
白く塗られた三角形の建物。てっぺんには十字架のような剣のような、曖昧なモニュメントが一つ。
「おい、こっちの世界にもイエス・キリストは降臨していたのか?」
「さぁ?どの世界でも似たような宗教はあるんじゃないの?」
「これが、われらが崇める神教の教会だ」
神教。
そのまんま、神の教え…か。
「なあ、アルフレート将軍」
「なんだ?」
「あの、モニュメント。一体なんなんだ?」
本当に素朴な疑問。
もし、イエス・キリストが降臨しているなら、この宗教は俺たちが元の世界、地球に帰るための何らかの手がかりになるかもしれない。
僅かな可能性だが、聞いてみるに越したことはない。
「あれは、勇者の剣だ」
「勇者の剣?」
前言撤回。
十字架ではなく、やはり剣でした。
「ウエスト人と亜人が戦っている時代、魔族と呼ばれる第3の種族がこのバルティカ大陸に侵攻を始めた」
すまん。いきなり疑問だらけだ。
ウエスト人はまだわかる。アルフレート将軍や、セレナ、エリスティーナ殿下みたいな、西バルティカに住む人々だ。
だが、亜人に、第3の種族である魔族とか言われても、俺たちが知っているはずがない。
沙耶と凌雅、二人して難しい顔をしていた事を読み取ったのか、アルフレート将軍は
「そうだったな。清華の国では亜人はいないんだったな。まあ、西バルティカでも、こっちまでくるとまず見かけることはないがな。簡単に言うならば人類になりきれなかった生き物だ」
と、補足説明をしてくる。
「なりきれなかった生き物?」
つまりは、猿とか猿人とか、アウストラロピテクス?ネアンデルタール人?
「多分リョーガが考えていることとはかなりかけ離れているぞ。まあ、顔立ち等の容姿はさほど我らと変わらないが、翼が生えていたり、猫耳とか尻尾とか。動物らしい部分が多い種族だ」
「だから亜人なのか」
「ああ。魔族は亜人・ウエスト人関係なく襲った――――――」
それは昔。黄金の時代が終わり、世界が滅んだ暗黒時代の後の時代。
かつてウエスト人と亜人が大陸西部西バルティカで戦っていた。自らの領域を広げるための生存競争をしていた。
その最中、新たな戦争
――――――人魔戦争の勃発。
突如として侵攻を開始した冥界の蛮族“魔族”を倒すためウエスト人と亜人は対魔族同盟を結び、ウエスト人から選ばれた勇者アキレウスと亜人・人間混合の遠征軍は魔族の神“魔神カオス”を3日3晩の戦いの末倒す。
そして、勇者は神となり、世界の全人類が平和になるための、尽きることのない永遠という時の中で、人類すべての罪を背負った。
人間は神に祈り、罪を告白することで、免罪符を得て、罪を許され、そして、許されたた人々は、自分の罪を背負った神に報いるため、質素倹約、勤勉勤労、禁欲、財の貯蓄etc…
だが、突然神教教皇が神のお告げと、西バルティカ諸邦に伝える。“亜人を滅ぼせ”と…
「まあ、我らはその中でも、神への報効を義務化した神教レジスタントだがな」
「・・・ほかにもそういった派閥があるのか?」
地球では似たようなものとしてプロテスタントとカトリック、改革派、東方正教会などがあるが…
「ああ、あるさ。金欲にまみれた薄汚い伝統派と、宗教観の薄れた北方正教派がある」
「・・・その伝統派とやらは、免罪符を金で買って、罪から逃れているとか?」
「よくわかったな。その通りだ。本来免罪符等、金で買うものではない。無料で与えられるものだ。そして、免罪符を受け取ったものは神に対してその感謝を込めて報効するべきなのだ」
「ま、まあ、免罪符ただで渡していたら、犯罪も増えるからな。だから値段をつけたんじゃないのか?」
なんか、一時期のカトリック教会と似てるな。
やはり、どの世界でも人間が考えることは同じってわけか。つくづく、悲しい生き物だぜ。
「はじめはそうだった。だが、年々増していく免罪符の値段。罪を許されるのは、たくさんの資産を弄べる貴族などの支配者階層だけだ!!そして、熱心な教徒であり異聖人であるトマス・ミュンツィアーは農民を指導し、トラディスタントに抵抗した。レジスタントとして」
プロテスタントも確か似たような経緯だったな。
まあ、ぶっちゃけ、俺らには関係ないことですが…
「で、“いせいじん”って何?」
別の星から来た宇宙人のことか?
「異なる世界からきた聖人だ」
そっちの聖人か。
待てよ。別の世界から来た聖人。
「その異聖人とやらは、どこから来たんだ?」
これさえわかれば、神教レジスタントは、俺たちが元の世界に帰るための何かの手がかりになるかもしれない。
再び神教対し淡い希望を持つ。
「そこまでは知らない。まあ、教典の内容だから、それが事実だとは言い切れぬ。ただそうなのっただけかもしれぬからな」
まあ、期待はしていなかったよ。所詮神話だからね。
「じゃあ、亜人排斥してるのは?」
「トラディスタントだけだ。我らに亜人を恨む禍根などとうに捨てた。いつまでも引きずる奴らが悪い」
「亜人を私たちは見たことがないけど、随分と亜人をかばうのね」
沙耶は不意に口を挟んだ。
多分、彼女にとっては素朴な疑問をただ、素直に言っただけなのだろ。
だが、アルフレート将軍のトラディスタント及び亜人についての口調が明らかに感情的なのは聞いてわかるとおりだ。
「我の命の恩人だからだ。ただ、それだけのこと」
一言、俺たちに告げると、静かに目の前の教会に入っていく。
「神よ…我に、神のご加護を…そして、彼らにも、不滅の加護を…」
と、俺らの分までお祈りを捧げてくれるお人好しのアルフレート将軍。
「貴殿らにも神のご加護があることを信じているぞ」
「信者でもないのに加護なんて与えるのか?」
鼻で笑いながら、そう答えても、アルフレート将軍は始終穏やかだった。
「神は信者でなくとも救う。なぜなら、それが神だからである」
「なら、とっとと、俺らを導いてくれねえかな」
「我らとの出会いが神の導きかもしれぬぞ」
「そう考えると何でも神様のお導きになるわね」
「そうだな。なら、我が導いてやろう。次はどこに行きたいか言ってみろ」
「そうだな―――――」
凌雅はある方向に指を刺した。
――――――神教教皇領ナポリ
「はぁ」
あちらこちらに神教の宗教施設が乱立する神教教皇領ナポリ。
本来は、西バルティカ南部に位置する半島国家テヴェレ共和国内にある地方都市だが、神教の聖地であり、神教教皇が住まう大聖堂があることから、テヴェレ政府もやたらに手を出せず、神教教皇領として事実上独立している。
神教教皇領の中央にそびえ立つ巨大な礼拝堂
――――ハギア・アキレウス大聖堂は神教教皇領に君臨する勇者の末裔、神の子孫である神教教皇アキレウス117世の住居でもある。
ナポリのメインストリートをまっすぐ進めばたどり着く神々しい建物。
「教皇様は私に何か用事でもあるのでしょうか?」
ハギア・アキレウス大聖堂へと続くメインストリートを歩く少女はため息をついて、肩をなで下ろした。
「ここからは、許可無く立ち入る事は出来ない」
門番の兵士達にハギア・アキレウス大聖堂への道を塞がれた少女は一枚の紙を見せる。
「ア、アキレウス様の印!!し、失礼しました!!」
「わかってくれて嬉しいわ。お疲れ様」
と、少女が見せた一枚の紙の印を疑いもなく信じ、道を開ける兵士たちにねぎらいの言葉をかけるも、こんな単純に信じていいものか、と首をかしげる少女。
「さて」
目の前に立ちはだかる大きな扉。人間一人。それも見た目か弱く見える少女一人にどうにかできるとは思えない。
「神よ・・・私に力を――――――強化!!」
首にかかる十字の剣を象ったアクセサリを握り、神に祈りを捧げる少女は、神々しい光に包まれる。
「はああああ!!」
腹から、胸から、体全てから吐き出したような声を上げ、少女はそのか細い腕で、立ちはだかる巨大な扉を開けた。
「――――――素晴らしい」
パチパチと鳴る手の手の音。
拍手と共に扉の前に現れたのは筋骨隆々の大きな男。
「これは――――アキレウス教皇様」
少女はこの西バルティカを一言で動かせると言われる西バルティカの宗教“神教”の皇アキレウス117世の姿を目にした。