羽ばたいたら雛鳥は浚われる
「――、2ndのバイツ。ちょっと足遅いんじゃないの?」
バイツが見た光景は自分の養い子が見知らぬ男に縋って泣いているという、普段のアーシェを知っていれば、見知らぬ男が1stのリウマと分かっていても頭に血が上る光景だった。
「貴様、俺の娘を何泣かしていやがる!!」
普段のバイツからは想像出来ないほどの怒声にアーシェの体がすくみ上がる。
「アーシェを放せ!」
バイツが剣を抜き放ち、竜真に切りかかった。
竜真はアーシェを左腕に閉じ込めると右手で腰の鞭を扱い、バイツを絡め取る。
「落ち着きなよ」
鞭に巻きつかれ、芋虫のようになったバイツは足元の木の根に足をとられて尻餅をついた。
「僕は弱いものいじめは好きじゃない。ていうか、鈍感を装って女の子を泣かすヘタレな男も好きじゃない。君の事はたいてい調べさせたけど、アーシェちゃんへの扱いは感心できないなぁ。年の差? 身分差? それがどうした。好きあう男女にそんな無粋なものはいらないんだよ。しかも身分差気にするなら、とっとと国元にアーシェちゃんを帰せば良いんだ。それなのに段々美人さんになっていくアーシェちゃんに年甲斐もなく惚れたのはいいけど、手が出せず傷つけるとかどうなのさ」
覆面の隙間から切りつけるように厳しい視線がバイツに襲いかかる。
バイツは口の端をきゅっと結ぶ。
「言えるわけがない。アーシェは……一国の姫だ。身分違いだ」
「――ばっかじゃないの? 君、数字持ちでしょ? 冒険者ギルドの数字持ちの価値なめてんの? 2ndでしょ? 王族でさえ、数字持ちを取り込めるならと躍起になる存在だよ? 身分違い? 2ndである。それだけで十分でしょ? 過去の自分の身分と今の自分の立ち位置間違えないでよね。それにこれまで育ててきておいて、今さらでしょ! い・ま・さ・ら! あえて言うなら年齢差? ていうか、アーシェちゃんが君を慕っている時点でそんなこと関係ないんだから」
足でバイツを転がしながら、口撃を止めない。
養い親の情けない姿を見て固まっているアーシェを、情けない姿をさらしているバイツはちらりと見た。
「リウマさん……もういいよ。あたし、行くよ。もういい……バイツ。今までありがとう。バイツが居たから、私は生きてこれたのよ。だから、あたし……ばいばい」
口ごもったままのバイツを見ていたアーシェは、下唇を噛み締めると身を翻して街道を森奥へと走り去った。
「さぁて、困った。今からの時間でここから女の子の足だと、今回の依頼の盗賊団の根城近くでアーシェちゃんは野宿だね」
さほど困っていない口調で言うリウマに対して、盗賊団の根城の近くで野宿にバイツはウゴウゴともがく。
「1st、早く放せ! 止めなければ」
「で、止めてどうするの? アーシェちゃん、言っていたでしょ? 今までありがとう。ばいばいって。もう清算された関係者が行って、止めてどうするの? とりあえず、彼女は僕の依頼人だから僕が付き添って依頼の隣の隣の隣の町まで連れて行く。そこまでの安全確保は僕のお仕事。まぁ、そのあとは君の自由にしたらいいさ。序に僕と盗賊団を捕らえて依頼を完遂してもいいだろうけどね」
簀巻きにしていたバイツをしゅるんと鞭を回収して開放すると、リウマはアーシェの後を追い街道を奥へと向かった。
残されたバイツも軽く体を解すとリウマの後を追うのであった。
***
「なにすんのよ!」
「至宝のねーちゃんじゃねーか! 今日はあの3rdはついてねぇのか?」
しまった!――そうアーシェが思った時にはすべてが遅かった。
人相の悪い男らに囲まれてしまったのだ。
――そうだ。バイツが先日、盗賊団が根付いたから、一人で町から出るなと言われていたのだ。と、思い出した。
腕を取られそうになり、振り払うが、反動でよろけてしまえば、汗や埃の匂いに塗れた盗賊の一人の胸に収まってしまった。
「おぉ! 嬢ちゃんが俺がいいってよぉ」
「ちがっ!! 放してよっ!」
「ぎゃはは、放してくれって言ってるじゃねぇか。お前みたいなくせぇ奴より、俺の方がいいさ。ほらこっちこい」
男達に囲まれ、必死に抵抗すればするほど、男達の顔に悦びが浮かぶ。
「よっこいせ。いい人質とご馳走が一度に手に入ったみてぇだ。ボスも喜ぶだろうよ」
「いやだ! 放して!」
男の一人に肩に担がれ、アーシェは彼らの陣地へと運ばれていった。
――ん~、なんてか、本当に計算通りっていうか、まさにって感じだよねぇ。
――ふんが、ふが、はぐあ!
――うるさいよぉ。見つかっちゃうでしょ?
そんなアーシェの様子を見守る男たちがいた。
もちろん、後を追った竜真とバイツだ。
運ばれていくアーシェを木の上から竜真とバイツは見つめていた。バイツは竜真に口を抑えられてモゴモゴと空気を口から逃がす。その身長差をものともしない竜真の力強さにバイツは汗だくにしながら、ひたすら運ばれたアーシェの身を案じていた。
男達とアーシェの姿が見えなくなってから竜真はバイツを解放した。バイツはむせてから竜真をキッと睨み付けるも竜真は余裕綽々に不敵に笑う。
「もう分かってるんでしょ? 小さな少女はいつか必ず大人の女性になるんだ。もちろん、”大人の女性”に誰かがするとも言えるんだけど――ねぇ、君は誰かが彼女を大人にすることを認めれるかい?」
「わかったよ。っくそぉー。認める。――アーシェを他の男に任せられるか! あれは俺が大切に可愛く可愛く育てた”女”だ。全てが俺好みになった俺の女だ」
ふふんと鼻で笑われたバイツは顔を真っ赤にして答えた。
「そんなこと僕に宣言されても困っちゃうね。さて、僕は先に行くけど、さっきも言った通りアーシェちゃんからの依頼で彼女を隣の隣の町まで連れて行くから、必死についておいでよ」
***
ついておいでよ――その一声がどれほど大変な代物だったか。
バイツは目の前で繰り広げられていた賊の討伐とそれからのアーシェとリウマの……リウマによるアーシェを連れた逃走がまるっと込められたその言葉はバイツの肺を破かき、心臓を停めかねない勢いでバイツを戦わせ、走らせた。
「い、ぃぃか、げ、……にしろ」
ぜいはぁと息も絶え絶えとテーブルにだんと手を置き、そんなバイツに目を丸くさせているアーシェの肩を抱いて優雅に軽食を食べている竜真を睨みつけた。
「体力ないなぁー、おじさんは。アーシェちゃん、こんなおじさんじゃなくて、僕にしない?」
「バイツさん、大丈夫ですか?」
竜真のおじさん呼びに加え、アーシェの丁寧語にバイツは抉られた。
「ダメージ受けてる。受けてる。全くアーシェちゃんはこんな男のどこがいいのか。あ、そうそう」
頭を振る竜真は何かを思い出したのか、懐から手のひらより小さい何かを出した。
「渡すの忘れるところだった。ギルド証貸して」
「え?」
「え? じゃないよ。ほら、ギルド証」
なんだか分からないまま竜真にバイツはギルド証を渡した。
「えーと、3rdのバイツ、1stのリウマ承認のもと、2ndへの昇格を認める。2ndへの昇格によりギルド証に証たる色を授ける。2ndたる責任と覚悟を持ち、ギルドの顔となるべく、今後の活躍に期待する……はい。ギルド証」
「さっきから俺のことを2ndと言っていたのは……」
バイツは手渡されたギルド証を震えた手で確かめた。ここしばらく停滞していたギルド証の色。銀から金に変わったそれは3rdなんかよりもあまりに重い責任を覚悟を持つことを意味する。
「間違いないじゃないよ。渡し忘れてただけ。本当はギルドで顔を会わせてから渡す予定だったんだ。あの盗賊団は2nd以上だから渡す前に潰しちゃったのはナイショでね」
にこりと笑う中にごり押しが見え、バイツは口許をひくつかせて苦笑いした。




