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籠の鳥は逃げ出した

「そりゃ災難だったな」

 そう言って笑うのはこの町ゼレフのギルドマスターのベルジオンだった。バイツの兄弟子として同じパーティーを組んだベルジオンはこの町で所帯を持ったのを機にギルドマスターとして職を持ち、現在は一男一女の父親でもある。バイツとはツーカーの仲で、ベルジオンに呼び出されたバイツは先ほどのやり取りをベルジオンに吐かされていた。

「まぁ、お前の養い子ももう思春期と言うか子どもじゃないんだ。そこをくんでやれ。アーシェは町一番の美少女で美女候補だ。酒屋の息子や粉屋の息子に鍛冶屋の息子に武器屋の息子にはたまた領主の三男坊に惚れられ、口説かれ、毎日男どもを袖にしてお前のために家事に勤しんでいるんだからな」

 ベルジオンの揶揄にバイツはぐふっと飲んでいたお茶を噴出した。

「はぁ?」

「気づいてなかったのか?この町の若い男どもはお前のアーシェに夢中なんだっつってんだ。そんなん鈍感でよく3rdになれたもんだ」

「うるせぇ。俺だって独身父親としていっぱいいっぱいだったんだよ。子育ては大変なんだぞ」

「ルビエルト計画じゃなくて?」

「ああ? あの物語のか?」

「そうそう。美少女の卵を育てて自分好みの女にしてぇ……べ」

「俺の好みはあんなに口やかましい女じゃない!」

「……そう。バイツは私のこと口やかましい女だと思っていたのね……バイツのバカ!アホ!まぬけ!知らない知らない! もう知らない!」

 ベルジオンが途中でまずいと顔をゆがませた次の瞬間だった。バイツの頭にお代りになるはずだったお茶がかかる。更に罵声が飛び、ばたばたと走り去る音がその罵声の後を追う。

「あーあ」

「言ってくれるな」

 濡れ鼠になったバイツをベルジオンが口をひくつかせて見る。

 なんとも言えない空気がギルドの応接室を漂った。


 ***


「そこの覆面の人!」

「僕?」

 ギルドから走って逃げたアーシェは町の入口で薄汚れた赤い覆面の小柄で細身の人物に声をかけた。

「そう。あなたよ」

「何か用?」

 その人物は小首をかしげて、その場に止まる。

「あなた冒険者よね? しかも高ランクの」

 覆面の人物からは男と予想できる声。

 アーシェは日頃から高ランクの男の側に居るせいか、冒険者のランクを見分けることに長けていると自信があった。

 覆面の人物からは冒険者としての精度の高さを感じたアーシェは門の付近で一番強いだろうと声を掛けた。

「……そうだけど。君は?」

 覆面のおそらく男はアーシェを上から下まで眺める。

「私はアーシェ。あなたにお願いしたいの。私この町から出たいのよ。隣の隣の隣の町に着くまで私の護衛をしてくれない?」

 覆面の男は口元でニコリと笑って見せた。

「僕、高いよ? 君に払いきれるかな?」

「……高くても……何をしてでも払うわ。だから私を連れて行って。本当は国超えてなるべく遠くにって言いたいの。でも流石にそんなに払えそうにないし」

 百群の潤んだ瞳がもう消えてしまいたいと訴えている。一秒でも早くこの場から居なくなりたいのだと。

「んー。厄介ごとは嫌いなんだけど。しかも痴情の縺れで男が有能とか面倒で嫌だけど、かわいい女の子の頼みを断るなんてできないんだよね」

 こちらの事情など全く話していないのに覆面の男はアーシェはの頭を撫でる。

「いいよ。準備は早めにしておいで。君のいい人にばれないようにね。この時間から町を出るとなると野宿になるけどいいかな? 報酬は目的地に着いてから話そう。さぁ行っておいで。待ってる」

「ありがとう」

 アーシェは覆面の男に抱きつくと身をひるがえして家に帰った。


 ***


「わかった。で、1stのリウマはいつ着く予定だ?」

 ベルジオンがギルドの書類を捌きながら、今回バイツに頼む仕事を説明し終えた。

「そうだな。早くて今日、まぁ近日中にはってところか。あの覆面は目立つから門に着けば報告が来るだろ」

「わかった。アーシェのご機嫌を直して待ってるよ」

「……まぁ直ればいいな」

「おう」

 バイツがギルドのベルジオンの執務室から出ようとした時だった。

 バタンと扉が開き、バイツの額に扉の角が当たる。

「マスター。リウマさんが門に着いたようですが、旅支度のアーシェさんとどこかに消えましたよ」

「は?」

「は?」

 赤くなった額に手をやったバイツと書類を手に顔を上げたベルジオンの声が被る。

 扉を開けた人物。門でリウマを待っていた人物で副ギルドマスターのニベルはアーシェとリウマのやり取りを報告した。

「本当に怒らせたな」

「そう……みたいだな」

「まぁ、失言を聞いた女の子のご機嫌はそう簡単には戻りませんよ」

 ニベルはバイツを鼻で笑う。

 バイツはそんなニベルに「なんか良い手ないのか?」と情けない声を出したのだった。


 ***


「アーシェちゃんね。君、バイツの養い子ちゃんでしょ?」

 パタパタと急ぎ足のアーシェの足が止まる。

「……もしかしてバイツの知り合いなの?」

 まずいことをした。アーシェの顔にはそう書いてあった。

「今からちゃんと知り合う予定だったよ」

「……うわぁ……見つかったらアウトだわ。バイツ、任務の邪魔する女が一番嫌いだものって…もう関係ないんだけどね。関係ない……」

 鼻をすんすんと鳴らして、涙を目尻に浮かばせる美少女に竜真は覆面の中で笑みを浮かべる。

「……泣かないで。アーシェちゃん。可愛い女の子には笑顔が一番似合うって知ってる? こんなに可愛い女の子を泣かすなんて男の風上にも置けないね。少し懲らしめてやらなきゃね。ほら、泣かない。僕は1stのリウマ。可愛い女の子の絶大なる味方だよ。どうやって懲らしめちゃおうか?」

「懲らしめなくっても勝手に首が絞まるわ。バイツなんか家のどこに何があるか把握してないんだもの。私が居なくなったら、そこらの店の若衆から総スカン喰らった上に飢え死によぉ。……しまった。ベルンのお姉様方にたかりに行くかしら?そんなことしたらもう二度と許さないんだから……ってもう二度と会うつもりないんだから許さないも何もあったもんじゃないわよね。もうバイツなしでも私だってやってけるんだから」

「うんうん。可愛い女の子は立ち直り早く次の有望株見つけるが良いよ。中年ダメ男なんて放っておいた方が君のためさ」

「バイツは中年ダメ男なんかじゃない!!」

 それまで早足で歩いていたアーシェの足がピタリと止まる。

 散々貶していた男が自分以外の人に貶された途端にアーシェはそれを否定した。

「大好きなんだよね」

 竜真の誘導にアーシェは唇を振るわせた。

「……大好きよ。子ども扱いしかされないけど。バイツが好きよ。……でもバイツにとって私は子どもでしかないの――もう限界」

 怒りで高潮したところから再び号泣へ。

 竜真はアーシェを懐に抱え込むと背中をとんとんと宥めるように叩いて落ち着かせる。

 しばらくしてアーシェが落ち着いてきたのを見計らって竜真は口を開いた。

「調査によるとバイツ・リドエル・アウグラフト。ジグラス国のアウグラフト伯爵家の四男坊で現在2nd。ゼレフの稼ぎ頭だね。アウグラフト家を出たのは今から20年前。君に出会ったのは10年前。丁度、ベデノフで五年に亘る内紛が終結する時。君は君の母親が持っていた指輪からベデノフの前第二王妃シルビア様の娘であり、現国王ジエスタ様の双子の妹姫と言うことが分かっている。正式名はアーシェリーナ・エル・ベデノフ。ちなみにバイツはそのことを君に教えてはいないけど、数字持ちになることにより君へはきちんと教育できるだけの資格を持って接している。隣の隣の町なんて言っているけど、君はベデノフに行けばお姫様として暮らしていける。これが彼、バイツの大きな秘密なんだけどね」

 アーシェは覆面の男から急になんと言われたか飲み込めなかった。

 ――バイツが貴族で私がお姫様?

「な……」

「飲み込めないのも分かるけどね。君の母シルビア様は内紛時、君を保護するために市井に身を隠されていたんだけど、最後は……まだ7つだった君を逃すためとは言え、お亡くなりになられた。シルビア様といえばベデノフの華と言われるほどの美姫。一度はお会いしたかった」

 竜真の脱線にすら何も言えないアーシェ。

「まぁ、こんな重大な秘密は簡単に暴露してみて時間稼ぎしてみたんだけど、2ndのバイツ。ちょっと足遅いんじゃないの?」

 アーシェを懐に抱え込みアーシェ越しに竜真はその男と対面した。

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