雛鳥が落ちてきた
「としゃま?」
ゼルマ王国の都、ユグノラトに向かっていた男は街道沿いの切り株に足を揺らして座る、齢4つ程に見える少女と目があった。
「……俺のことか?」
としゃまないの?」
男はバイツと言う齢26になる冒険者。錆色の短髪はオールバックに、眉間の深い縦皺、左目の目尻から頬骨の辺りにかけて古傷があるのが特徴で、基本的に子どもはまず近寄ってこないタイプの男。なのに、「とうさま」ときた。
バイツには子どもができるような経験が1度、しかも10年前にしかなく、「とうさま」とこのような幼子に言われる理由などない。
「おい。お前、母親はどうした?」
「かしゃまおきないね。あっちでねむねむの」
幼子があっちと言った方に足を向けてみると、そこには少女の母親らしき若い女が倒れていた。
少女の髪は自分に近い赤茶色で、女の髪は死してなお魅力的な輝きの金髪。生きていたらさぞ見栄えがする髪の持ち主だっただろう。女の服を見てみれば、割と仕立ての良いもので、この少女は複雑な背景の持ち主なのかもしれないと、バイツの後をついてきた少女に視線をやる。
「悪いが身元に繋がるものを捜させて貰うぞ」
バイツは女の死体を仰向けにする。
――極上の部類の女だな。死んでいるのが惜しいぐらいだ。
胸元や袂、襟元、解れた髪の中など、耽々と女が何かを隠せそうな場所を探す。
――髪飾り、アイセン銅貨が少し、指輪……紋章入り。
身元が知ることが出来そうなものは何点か出てきた。バイツは女の髪を一箇所、手荷物の中の紐で括ると、その近くで切り取る。長めに切り取ったその髪は少女に形見として編み込んでから渡すつもりだ。
「これだけ美しい女だ。丁寧に葬っておこうな」
バイツは少女の頭を軽く撫でると、手荷物の中から小さなスコップを取り出し、女の近くを掘り始める。
「かしゃま、なぁするの?」
「お前の母親を埋葬。土に埋めるのだよ。そうだな。俺の姿が見える範囲で良い。たくさん花を摘んでくれ。かあ様を綺麗に土に返してやろう」
少女はこくりと頷くと近場に咲いている花を摘みだす。
バイツは少女に気を向けながら、ひたすらに穴を掘り続けた。
しばらくして少女は両腕から溢れんばかりの様々な花を持ち帰ってきた。
「かしゃま、いこいいこ、する? アーシェね、かしゃまのいこいいこ、だぁしゅき」
少女、アーシェが花を摘み終えた頃、バイツも穴を堀終えてアーシェの母親をその穴に横たえていた。
アーシェの頭を土に汚れた手でがしがしと撫でるとアーシェに母親の顔の回りに花を添えるように告げたのだった。
***
花に囲まれ、眠るように穏やかな顔をして埋葬された母。
あの時から10年の月日が経った。
「バイツ」
「なんだアーシェ」
まるで花のような真紅の髪は馬の尻尾のように揺れ、眩しいのか目を細め、バイツの腕に絡み付けるように若い体躯から伸びる細腕をまきつける少女。顔かたちはあの時埋葬した若い女と同じような輪郭に育ったようで、10人のうち8人は美人だと言う様に育った娘。
「バイツったら、イシイの木片をほったらかしにするんだもん。あんな貴重品はちゃんと倉庫にしまっておいて頂戴」
「そりゃあ悪かった。だが、あれを今から使おうと思って」
「今から使うね……それが自分の常套句だって知っていて家の掃除をする私に言っているのかしら?私がしまって10日もしまわれたことに気がつかない時があるんだから。それは使わないのと同義語でしょ?」
白群のなんとも言えない澄んだ瞳が挑発的にバイツの目を覗き込んでくる。
「はいはい。俺が悪いんだよな。ダメオヤジですまんすまん」
「……ふーん。ダメオヤジがねぇ……ベルンの館のお姉様方からいつでも寄ってね。バイツなら御代要らないわと言わせるものかしら?」
「ありゃあ、社交辞令だよ。社交辞令!」
「そうね。社交辞令ね。社交辞令で私はベルンのお姉様から嫌みを言われるのね。まったく腹立つぅー」
そういうとアーシェはバイツの耳を思いっきり引っ張った。
「うを! ったい! 痛いから。勘弁してくれ!」
養い子の悋気にバイツは目尻に涙を浮かべて謝る。
「バイツなんて知らない!」
最後に思いっきり引っ張ってからアーシェはバイツが向かうであろう方向の反対方向に向かって走り出した。
熱っぽくなっている耳を撫でつつ揺れる赤い髪を眺めていたバイツは鼻でふんと短く息を吐き、もとより行く予定の場所へと動き出した。




