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カレンダーによると今日は1983年4月11日。

暦上ではまだ春なのに真夏のように暑くて、

思わず返り血のついた制服のワイシャツを4つほどに折る。


春休み明けから学校の医務室に担ぎ込まれるなんて、とんだ騒ぎだ。

さすがに進路が大変なので、一時間目からしっかり出ようと思っていたのに。

しかも世界で一番嫌いな保健室のおばはんに手当てしてもらうなんて…

ほほに確かに感じる、重みのあるガーゼ越しの痛み。

久々の登校なのに、この恰好じゃクラスメイトに引き目で見られてしまうだろう。


ああ、なぜこんなに臆病な高校生なのに

やくざの手伝いなんてやらされなきゃいけないんだ――――――


つぶれかけたデッキシューズを校門へ向かわせると、

一枚のA4ほどの派手な掲示物が目に留まる。


最近よく見る、進路系の学校にしては奇抜すぎる。

非行防止のポスターにしても、こんなに派手なんて異様だ。

避けようとしても目に留まる、異様な曲がり字と、脳髄が腐ったパンダのような薄気味悪いイラストが、うさんくささを漂わせている。


「…は?」

 顔を近づけてその紙面の詳細に目を向けると、

 まるでどこかのませた小学生が書いたような文面だった。


「正義の味方に、なりませんか。

 今なら奨励金1000万円支給!

 高校三年生からでも遅くない、将来有望な職業です。

 小さいころから憧れてたなんたら仮面、なんたらレンジャーになってみませんか?

 子供たちにも憧れ、ご両親にも安心して紹介できる!

 こんなにおいしい職業、ありませんよねぇ?

 詳細を希望する方は、下記の連絡先へどうぞ。」


この様子は、デパートの屋上できぐるみや戦隊ヒーローに扮して働く仕事のようだ。

正社員なのかアルバイトなのかは書いてないが、そこそこいい給料なので、やはり危ない仕事なのか…と色々考えながら、誰もいない廊下に立ち尽くす。


だが、俺は今まで高校3年生が本業の傍ら、

今は亡き父のかかわっていたヤクザ組織の手伝いをしている。

俺は彼らに言われたようにして見た目は俗に言う不良少年なのだ。

相手の組織を鉄パイプだの木刀で片っぱしから片づけるこの仕事は、

中学の時の素の俺のような外見ではやっていけない。

でも正直言って、この仕事は大嫌いだ。


俺は正直なことを言って、普通の高校生として生活したい。

勉強だってしたい、恋人だって作りたい、できれば中学の時あきらめた陸上だってやっていきたいなど、あと1年の高校生活にこれでもかというほど心残りがある。

だけれど、病弱な母親と下の4人の小さな兄弟達を支えていくにはあきらめることしかできない。

そして、また夜の街に出かけ、指令のまま「目標」を片付けるしかできない。

学校をやめて昼の仕事に出たとしても、家族を養えるほどの報酬はもらえないので、

本当に逆らうことができない仕事なのだ。

そして、上司の人間たちにもこの仕事をやめたらどんな目にあわされるかわからないという恐怖もある。


さらにそれを理解しない学校の大人たちは、俺が学校に来るたびに白い目で見てきたり、

「親御さん心配してるんだぞ、どうするつもりなんだ」だの、「それじゃあ進路なんて決められるはずないじゃないか」など色々文句をつけてくる。

好きでこんなことやってるわけじゃないんだよ、そう反抗することさえできずに俺はいつも大人たちの前を無言で立ち去ることしかできない。


「正義の味方。」

そんな存在になれば、この世界だって変えられるかな?

父親に関係していた組織を説得して、くだらない争いをやめられるかな?

大人たちに理解してもらえる生徒になれるかな?

母親や兄弟達を支えていけるかな?

そんなの幼児期の都合のいい妄想や幻想だということは理解している、

なのに、輪郭の見えない希望が胸の奥から生まれてきてしまう。


「帰ろう」

 俺が昼間の校舎の中、つぶやいた一言があたたかい春の風に融けていく。

 桜の花びらが頭上を流れても、振り返ることもなく歩いていこうとした瞬間。



「やあ、こんにちは!」

 高く明るい声がするとともに、いきなり背後から肩を掴まれた。

 その声質と手の大きさからは、その人物はおそらく女性のような気がする。

 俺はあわてて振り返ると、今どき珍しいブレザー式の制服を華奢な体に身にまとい、

 細くて繊細な亜麻色の髪を二つに結った、少し変わった雰囲気の小さな少女がいた。


「…は?」

 いつものくせが出てしまい、このようなガラの悪い反応をしてしまう。

「こ、こわいよお兄さん。強引にとかやめてよね…わたしまだなんだから」

 初対面の人間に悪いが、こいつはどことなくあやしいような気がする。


「何馬鹿こと言ってるんだよ、何か用か」

 俺が身の毛をよだてるように警戒しながら、彼女の様子をくまなく見つめる。


「…そんなに見ないでくださいよ、私…あやしいものじゃありませんから。

 はじめまして…とでも言うべきでしょうか、野々村タケシさん。

 私は警察庁ネットワーク犯罪対策課、レナ・ブリトニッチ・田中と申します」

 ちょこん、とスカートのすそをあげて可愛らしく挨拶をしてきた。

 どこの日系か西洋かぶれかお嬢様か知らないが、こいつは明らかに変質者だ。


 相手にしないで逃げようとデッキシューズをくるりと返す。


「あ、ちょっと、待ってくださいよ、説明したいことが…」

 驚くほど短いスカートをなびかせ、細い足で必死に俺を追ってくる。


「なんだよ…お前部外者なんだろ。ちゃんと許可取って学校はいらねーと怒られるぞ」

 敵対している組織が今朝のように突然学校に乗り込んできて襲うことも時たまあるが、

 彼女がそういったものと関係あるようには到底みれない。


きっと校内に迷い込んできた精神病患者なんだろう。

こんな若いうちから色々あったんだな。

俺も色々あったから言えないのだが、かわいそうに。


色々考えながら、俺は通学路に出る。

それでも彼女はあきらめず俺を追いかけてくる。


「違うんです!あなたが説明を聞くためにわたしを呼んだんです!

 この世界ではわたし、身寄りもないんですよ、助けてくださいタケシさん」

 彼女があまり外に出たことがないことが白い膝小僧と妙な走り方からうかがえる。

 それでも彼女が出せる全速力で、俺の背中を懸命に追ってくる。


「呼んだ覚えなんかねえよ、さっさと病院だか豪邸だか社長室か知らねえけど帰れ!

 今日は物騒な日だから、あんたも俺の私事に巻き込んでしまうかもしれねえから!」


 朝から奴らが襲ってくるなんて、いくら白昼といえど多少の動きがあってもおかしくな い。

 彼女が何者かもわからないが、とりあえず弱い立場の者を危ないことに巻き込ませてしまっては責任はとれない。


 今回追ってきたやつらは何十人かで束になってやってくる、

黒翼連合という悪名高い金貸し屋だから、彼女を人質にとられ襲われる状態になりかねる。


「だから、帰れないんですってば…きゃっ」

 彼女は力尽き、いつも見かける「止まれ」の道路標識の前ですっ転ぶ。

 引き続き彼女の正体はよくわからないが、女の子とこんな風に通学路を走るなんて生まれてはじめてで、次第に胸が不思議な感覚に満たされていく。



心が向かうまま、彼女の方へ歩いていく。

本当は正体のわからない彼女から逃げるはずだったのに、

自然に彼女の方へ足がどんどん進む。

相手が女だからかはわからないが、俺はきっとこういう「人情に流される」ようなところがあるから、苦しい生活を強いられているのかもしれないな-----。



「おい、大丈夫か…」

 その説明ならなんやらに耳を貸す気はなかったが、

 白い膝小僧を血だらけにした彼女にすっと手を差し出す。

「はい…こちらの土はなかなかなれなくて、申し訳ないです」

 彼女は、俺の手を取りがらゆっくり立ち上がり、ぺこりと小さくおじきをすると、さらさらとした髪から、俺が小さいころの母のような甘くて優しい香りがした。

突然の懐かしさに、どくん、と左側の胸が激しく跳ねて手の力が抜ける。


「あ…」

 俺が小さくうめくように声をあげると、

彼女は握っていた右手に俺の全部の左指全部の骨が折れてしまいそうなぐらい

強い力を入れた。

「……」

 とにかく驚いて、声すら出ない。

 あの華奢な体のどこからこの力を出しているのだろうか?


手を握られたまま呆然と立ち尽くした俺を、

彼女は恐ろしいほど優しい笑顔で見つめていた。


静かで穏やかな11時前後の白昼に、戦慄する。

しかも相手はヤクザでもなく警察でもなく、小さくどこか可愛らしいような少女。

彼女は宇宙人でもなければ、精神病患者でも頭がいった人でもなかったら。

一体何者なのだろうか。




彼女は俺にまるで恋人同士のように体をぴったり密着させて、

小さく笑みを残しながら、




「うさぎ、007。対象者を連れて署へ戻ります」






立ち尽くす俺の耳元をくすぐるように甘くそれを囁いた。


次の瞬間、体中を痛いとも気持ちがいいとも言えない衝撃が、

体中をまっすぐ貫いた。

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