五話
やっちまった…
作者暴走の巻
宮殿の一件から五年がたった。
あの後二人はすぐに二人で住むのに手頃な物件をさがした。幸いちょうどよい大きさの建物があったので土地の所有者と話をつけて譲ってもらい、以来そこで生活している。
普段は青が港で積み荷を揚げたり積んだりするのを手伝い、その報酬で積み荷の食材や調度品をわけてもらっている。力もあるので優秀な働き手として一目置かれている。
藍は町を歩いてめぼしい物がないか探したり、ここ数年で顔馴染みになった主婦と話をしている。すっかりこの町に受け入れられているようだ。
また青の仕事のない日は二人そろって町を歩くのが恒例となっていた。
ところで、何回も仲良さそうに二人が歩いているのをみると、自然と二人を夫婦だと勘違いするものが出てくる。
初めてこの町に来た商人などが二人揃って歩いているのを見ると『綺麗な嫁さんもらって羨ましいやつだねぇ』などと言ってくる。
最近は二人が夫婦でないと知って驚いてくっつくことをしきりに勧めてくる人まで現れ始めた。二人で港にいけば『おめぇ、嫁のいるいないで人生は偉く違うぞ。見たところそっちの別嬪さんは器量よしだし早く結婚しちまえ!』と顔馴染みの男にせかされるほどだ。
<青side>
クレタ島に住み始めてもう五年か…ここは気候もよくてまわりの人柄も暖かくてとても住みやすい場所だ。
毎日目新しいものを目にすることもできるし非常に充実しているといえるだろう。
ただ、最近まわりの人が結婚しろと急かしてくる。
別に藍と夫婦になるのは構わない。むしろ藍は美人だし仲もいいから嬉しいことだろう。ただなんというか俺の中ではそういうのは今さらっていう感じがある。今まで隣にいたんだからわざわざ夫婦だなんだという必要もないだろうと思う。
何より最近はまわりの人達と会話することでかなり人間らしくはなったが藍は一応妖獣だ。今は妖怪の俺でも藍がこういうことに対してどのような価値観を持っているかわからない。あるいは種の保存程度に思っているかもしれない。
今の関係で俺にとっては十分だ。藪をついて蛇を出すこともないだろう。
<藍side>
クレタ島に住み始めて5年がたった。
最近は毎日が楽しい。町を歩いては珍しいものを探したり知り合いの女性たちと喋ったりしている。彼女たちの夫への愚痴はとどまることを知らない。そしてだいたい話の最後には『その点あなたのとこの青さんは優秀でいいわねぇ』などと言われるのだ。
ちょっと前から私たちを夫婦だと思っている人達がだんだん増えてきた。中にはわかっていても夫婦だなんだといってくる。
こうまで言われるとふと考えてしまう、彼と番になるということを……嫌な気はしない。むしろそうしたいとも思う。
私たちはほぼ不老に近い。だから種の保存なんて考えていないし、妖獣になってからはあまり子供を作ったりもしない。
だからそういうことは頭から抜け落ちていた。ふと、彼と出会ってからを思い出す。
最初に出会ったときは全くの赤の他人、それからは貴重な話し相手、次は本当の意味での友人とだんだん彼が私の中で重要な位置を占めるようになっていくのがわかる。彼と出会ってからの歳月は私の生涯の百分の一以下だがその密度は百倍以上だったように思う。
もはや以前のように一人で生きていくのはごめんだと思う。なにか彼を縛りつけておく名目が欲しいと。夫婦となれば彼は必ず私の傍にいてくれるのではないかと。
これが恋なのだろうか?
出会ったあとの会話で青もよくわからない感情だと言っていたがどうなのだろう……でも青は元とはいえ人間に近い。私は妖獣で、もとは私と彼は食う食われる、滅す滅される関係だったはずなのだ。彼はこのことをどう思っているのだろう……
一度この気持ちをぶつけてみるのがいいかもしれない……
<sideout>
日が暮れかかる時間になって青は仕事から、藍は町の散策から帰ってきた。
青は貰ってきた報酬を藍に手渡すと疲れたのか横になり、藍は報酬の魚を料理し始める。魚を捌くと刺身にし、オリーブの実と柑橘類の汁をかけてカルパッチョのようなものを作る。
ちなみに料理は交代で行っており、藍は生魚を、青は焼き魚や肉を好んで作る。
そのあと二人で料理を平らげてから寝室へと向かうのだが、いつもは藍は狐に変化するのに今日はそれがない。
「青、ちょっと話がある」
「ん?あぁ、なんだ?」
心配して声をかけようとしていた青だったが、藍の方から話を切り出してきたのでおとなしく聞く。
「ここ最近夫婦だなんだと騒がれているのは知ってるよな?」
「まぁあれだけ言われればな。仕方ないことだと思うが」
「青はそのことについてどう思う?」
「夫婦だなんだと言われることがか?まぁさっきも言ったように同居してるんだから致し方ないだろう。それに今さら夫婦だなんだと言われてもな。隣の藍がいるのが当たり前になっているから改めて夫婦だなんだというのも今さらな感じがするしな」
「そうか……」
「急にどうしたんだ?やっぱり嫌だったか?」
「いや、そういうことではないんだが……」
「なんだ、妙に歯切れが悪いな。今まで一緒にいた仲じゃないか。一体どうしたんだ?」
そう言われた藍はしばらく無言だったが意を決したのかぽつりぽつりと話し始める。
「そのな……お前と夫婦だなんだと言われてついふとそういう関係になったらどうだろうと考えてしまったんだ。確かに青のように今さらだと感じるのも分かる。でも私は夫婦としていられるならそうしたいとも思っているんだ。
お前と出会ってから私の生活は激変した。お前のおかげで友人も沢山出来たし今は毎日が楽しい。
もう以前のように一人で生きていくのは嫌なんだ。お前は取り返しのつかないところまで私に根付いてしまった。
もちろんお前が何も言わずに私を捨てていくような薄情ものだとは思っていない。でも不安なんだ。なにかお前が私の傍にいてくれるという保証が欲しいんだ。出来れば夫婦という一つの形で」
「……」
「別に嫌なら嫌で構わないんだ。これはただ私が勝手に不安になっているだけの話なんだから…」
「いや、嫌じゃない。ただ藍を愛しているかと考えたら少し迷った。でも藍とずっと一緒にいたいと俺も思っているのは確かだ。俺は藍と夫婦になるのに異論はないさ」
「なら……」
「そうだな、今から俺たちは夫婦ということさ。明日あたりに言ってまわろうか」
「そうか……では、これからもずっとよろしくな、青」
「あぁ、こちらこそよろしくな、藍」
嬉しげに微笑む藍にうなずき返す青。自然と寄り添いあう二人。
孤独だった狐の藍と人間をやめた元人間の妖怪の青、お互いの居場所をお互いの中に確認したのだった。
問題作の第五話投稿でした。
………どーしてこーなった。
二人がくっつくのはもうちょい先にしようかと思っていたのに…
これで華陽婦人のイベントはなしに、妲己はなんとかねじ込めるかなぁ。
どちらにせよ史実改変になりそうです。
そしてだれこれ藍様。とりあえず九尾が何回も似たようなことになっているのは、人のような関係に飢えていて、なまじ美貌があったがために権勢に巻き込まれた…みたいな判断を作者はしてます。少なくとも藍はそうだったのではないかと。
で、正体も知っていて、ほぼ人間の感性を持った不老の元人間といたらこうなるかなぁと…
反応が怖い…
明日試験なのに書き進めたのが間違いだったのか…