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東方饕餮記  作者: 待ち人
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四十七話

まず初めに申し訳ない……


 幻想郷の上空、幽明結界と呼ばれるものをこえた先に冥界という世界が存在する。


 冥界とは生前に比較的善行を積んでいると閻魔によって判断された霊たちが集まり、転生や成仏する順番を待っている場所だ。ちなみに成仏した魂は冥界のさらにはるか上空、天界へと昇るのだがそれについては割愛。


 そんな冥界に最近巨大な屋敷があらわれた。

 名は白玉楼といい、広大な庭と多数の桜、中庭には見事な枯山水を持っている日本屋敷だ。もっとも庭には順番待ちの魂たちがうろついているので、いくら風情のある景色でも冥界であることを意識せざるを得ないが……

 

 その白玉楼の主人にあたるのは西行寺幽々子と呼ばれる亡霊の姫君。

その肉体を西行妖と呼ばれる妖怪桜の封印の基礎とされている幽々子は輪廻から外れてこの場に縛られている。

 これは『死に誘う程度の能力』などという大それた力を身につけてしまった彼女の魂の安息について考えた八雲紫によるものであり、幽々子はその後遺症で生前の記憶を失っている。


 もっとも、本人は全く気にすることはなく、生前からは想像もつかないほど天真爛漫な性格で側仕えの魂魄妖忌を振りまわしまくっているが。


 さらに紫が幽々子のためにしたことはもう一つあった。それは閻魔との取引によって幽々子の存在を認めさせること。

 

 輪廻から外れた魂などというのは本来あってはならないものであり、それが人為的に、しかも無断で行われたとなれば大問題であった。当然このことに気が付いた閻魔側は紫を呼び出して幽々子の魂の解放を命じた。

 これに対して紫は幽々子を冥界の管理者として推薦することで利を示し、閻魔側の懐柔を図った。幽々子の能力はもとから『死に誘う程度の能力』だったのではなく、『死霊を操る程度の能力』が変質して生まれたものだ。そんな能力を持つ彼女ならば霊であふれる冥界の管理など朝飯前。当時人員不足に悩んでいた閻魔側にとってみれば喉から手が出るほどほしい人材であった。


 結局この話し合いで幽々子は冥界の管理者としておさまることになり、彼女の生前暮らしていた屋敷が西行妖ごと冥界に移されたのだった。

 

 


 

 そんな白玉楼には今、満開の桜たちが咲き誇っている。もちろん西行妖は咲いていないがほかの桜たちも見事なものであり、風と共にはらはらと舞い落ちる花びらなどは言葉にならないほど美しい。視界に霊たちが入るが、慣れてしまえばそれも一興。


 そしてその光景を縁側に座りながら楽しむものが四人。幽々子、紫、藍、そして青の四人であり、各々片手に持った猪口を時折口元へと運んでいる。いつかの約束通りに全員そろっての花見。

 ちなみに幽々子はもう片方の手で肴として妖忌が準備した饅頭を次々と平らげている。あまりの食べっぷりに残りの三人は苦笑い気味になりながらも、彼女の食事風景をもう一つの肴にして楽しんでいた。


「んん~、おいしいわね~。ほら、三人も食べてみなさいよ」


 何個目とも知れない饅頭をあっさり平らげた幽々子は満足そうな表情を浮かべるが、紫たちが饅頭に手を伸ばしていないことに気が付くと饅頭の盛られた皿を三人に差し出す。

 

「ふふ、私は遠慮しておくわ」


「あらどうして?」


「だって幽々子があまりにも美味しそうに食べるから、見てるこっちはその方が楽しいのよ。ね、二人共?」


「ああ、私はそんなにお腹はすいていないしな」


「そうだな。俺たちはいいから思う存分食べてくれ」


「そう? じゃあもらっちゃうわね。もぐもぐ……」


 やはり饅頭を譲るのは惜しかったのか、紫たちが幽々子の提案を断るとあっさり饅頭を口に運び始めた。その様子にますます苦笑を深くしつつも和やかな雰囲気に包まれる三人だった。


「そういえば……」


「?」


 ふとせわしなく動き続けていた手をとめ、何かを思い出したかのようにつぶやく幽々子。


「妖忌が青に用事があるとか言ってたけど、もう会ったかしら?」


「妖忌が、俺に? いや……特に何も言われなかったが」


 突然の質問に不意を突かれた青だったが、白玉楼に来てからの行動を逐一思い出しても妖忌には別段変わった素振りは感じられなかった。むろん何かをお願いなどされてもいない。


「あらそう? うーん、話しかける機会ならいくらでもあったと思うんだけど……」


「ふむ……」


 お互いに予想外だったのか二人して首を傾げる。


「私たちがいてはまずかったんじゃないか? 何か青と二人きりで話しかったのかもしれないぞ」


「やっぱり男同士の会話とかいうやつかしら。案外好い人でもできたんじゃないの?」


「あら、さっぱり気づかなかったわぁ。妖忌にも春が来たのかしらね~」  


「あのな……」


 藍の一言からあっという間に恋愛話に発展してしまった。女三人集まれば姦しいなどというが、それは妖怪だったり亡霊だったりしても同じだったらしい。本人たちもあの堅物にいい人などできるはずもないなどと若干失礼なことを思っていたりするのだが、冗談でもこういったことが彼女らにとって娯楽になるのだろう。


「ということで青、妖忌の用事とやらを聞いてきてやったらどうだ?」


「ついでに彼の好い人についてもね」


「主命令って伝えていいから、根ほり葉ほり聞いちゃってね~」


「はぁ……わかったちょっと行ってくる」


 内心目をつけられてしまった妖忌に合掌しながらも、無駄に彼女らに逆らっても面倒なだけだと厨房に向かうべく腰を上げる青。そもそも妖忌の用事とやらも気になっていたので問題ないだろうと自分を納得させる。


 場所は変わって白玉楼厨房。そこではこの時代には珍しく主夫をしている半霊半人の青年、妖忌があわただしく料理を作っていた。家事は女がするもの、などという固定観念は平安時代にあって白玉楼では時代遅れなのである。


「妖忌、ちょっといいか?」


「あ、青様。はい、しばしお待ちを」

 

 青の呼びかけに作業をしながら答えた妖忌は、手慣れた手つきで調理器具などを片付ける。その手際の良さは、もしこの場に彩音がいたら対抗心を燃やしかねないほどであった。


「お待たせしました。して、何用で?」


「ああ、幽々子からお前が俺に何か用があると聞いたんだが……」


「ああ……ええと……」


 青の問いに何やらまわりをうかがう素振りをする妖忌。その様は親に隠れて悪行をたくらんでいる子供のようにも見え、普段容姿と比較しても大人びている彼がするにはいささかおかしな行為ではあった。

  

 ちなみに普段は拝めないこの妖忌の様子に青の脳内ではこのようなやり取りがあった。


(まさか、本当に恋煩いにでもかかったのか……しかもこの様子だと都合が悪い恋だと見える……はっ! もしや幽々子に懸想でもしたか!? 常時同じ屋根の下にいるし幽々子は美人だ……否定できないぞ……)

 

 しっかり女性陣に毒されていたようである。


「……あの……青様?」


「ん、あ、ああ。なんだ?」


 ふと我に返った青の目の前にはいぶかしげな目で自分をうかがっている妖忌の姿。数瞬前まで考えていたことを脇に置き、気を取り直して再度尋ねる。


「……ではもう一度言いますね。出来ればいいのですが、青様に刀を打ってほしいのです?」


「刀? 既に持っているじゃないか。いや、そもそもなぜ俺にそれを?」


 突然の妖忌の発言に青は戸惑う。それもそのはず、妖忌はすでに白楼剣と呼ばれる業物を持っている。白楼剣は人の迷いを断ち切る短剣であり、それを用いれば幽霊を成仏させることすらできる。

 ただし、むやみに成仏霊を増やすことは閻魔から禁じられているが。


 さらに青がかつて鉄を鍛えることに精を出したことは当然妖忌は知らなかったはずだし、青も喋ったことがなかった。


「本来私が使う剣術は二刀を用いたものだったのですが、とうとうこの白楼剣に釣り合うような業物に今まで出会うことができませんでしたので、仕方なく一刀で戦ってきました。しかし先日紫様に青様がかつて鉄を鍛え、神にまで絶賛されたと聞きましたので、もしできるならと……」


「紫のやつ……」


 妖忌から真相を聞いて思わずため息を吐く青。別段紫が悪いことをしたわけではないのだから責めるわけにはいかないが、明らかに面倒なことになっていた。そもそも彼は刀を作っていた訳ではない。諏訪子に褒められたのはあくまで鉄の鍛え方だ。


 しかし、妖忌の期待に満ちた目を見ると青も断りづらかった。

 刀とは剣士にとって命。白楼剣に見合う片割れをと願うのは当然だが、半端な刀など持ってしまえばどこかで剣技にほころびが生じるし、そのほころびは死に直結するものだ。だからこそ今まで妖忌は二刀に頼るのではなく、信頼できる白楼剣のみを使ってきたのだ。


「……わかった、考えてみよう。できるかどうかはともかくな」


「本当ですか!? ありがとうございます」


 青の言葉に喜色満面といった様子の妖忌。面倒だとは思っていた青だったが、かといって何かしなければならない火急の用があるわけでもない。ならば妖忌の願い位聞いてやってもいいだろうというわけだ。


「後もう一つ青様には言っておきたいことがあるんですが……」








 季節は一回りしてあの白玉楼での花見から一年が過ぎた。今年も白玉楼の桜は見事に咲き誇っており、またそこにいる人物も去年と同じ顔触れだ。皆桜を眺めながら思い思いに杯を傾ける。

 

 ただ、多少違うのは今回は妖忌も酒を飲む側であり、これが彼のために開かれたささやかな別れの酒宴だということだった。


「妖忌~~、本当に行っちゃうの~?」


「本当ですよ。あと妙な泣き真似はやめてください」


 若干酔った様子の幽々子がよよよ、と泣きながら妖忌にしだれかかるが、彼も手慣れたもので淀みなく対処する。


「あら、つまらないわね。でも、あなたがいなくなってしまうのが寂しいのは本当なのよ? 必ず帰ってきなさい」


「必ず」


 妖忌は今日、この白玉楼を出ていわゆる修行の旅というやつに出ていく。

 

 幽々子を守ることが妖忌の務めであったわけだが、彼女が亡霊になったことで問題が二つ浮上した。


 一つは彼女の状態が非常にまれなものであって、万が一のことがあれば実験体扱いされかねないということ。実験体と言っても薬云々ではなくて、禁術や外法の餌食になりかねないということ。輪廻から外れた魂など、その道の術者にとっては非常に魅力的なのだ。


 しかし、この問題自体はもう一つの問題の原因によって大したものではなくなる。


 それは幽々子の圧倒的な強さ。さらに現段階で妖忌の実力が幽々子に劣るどころか足手まといにしかならないということ。なにしろ彼女は圧倒的な霊力と、強力無比な『死を操る程度の能力』を持っている。前衛だとか後衛だとかの話すらできるレベルではなかった。

 

 これでは従者の名折れ、とばかりに焦った妖忌の決断がこの修行の旅。残念ながら身近に剣の使い手がいない冥界では伸び悩むのは目に見えているからだ。


 ちなみに留守の間のことは紫が請け負った。食事についても彼女がどこからともなく調達してくるので心配はいらない。


「妖忌、これが約束の刀だ」


「これが……」


 そう言っておもむろに青が取り出したのは鞘に収まった一振りの刀。白楼剣とは対照的に異様に長いそれを興奮気味に受け取る妖忌。手にして鞘から抜き放てば鈍い光を放つ。


「刀の長さなどは要望通りにした。妖力を混ぜながら打ったからそこらのものには負けない仕上がりになった……はずだ」


「いえ……これは、すばらしいです……本当にありがとうございます」


 どうやら満足のいくものだったのか再び納刀して深々と青に頭を下げる。


「気にするな、俺も暇だったしな。ちなみに銘だが楼観剣と名付けてみた。折角対の剣にするのだから白楼剣から一文字、更にこの高みにある白玉楼から楼観の意をとって楼観剣。いずれここの守護をするならこの名がいいだろう」


「楼観剣……はい、思う存分使わせていただきます!」


 この後、妖忌は紫のスキマをくぐって旅に出た。わずかな食糧と二振りの刀のみ携えて旅立った妖忌、見送る側は彼の成長を楽しみにするのだった。





 


 場所は変わって八雲家。日もすっかり暮れたそこに帰ってきたのは青、紫、藍の三人。

 連日の刀鍛冶作業に疲れ果てていた青は、いち早く夕飯を食べて寝てしまおうと居間へと早足で向かい、残りの二人もそれに続く。


 ところが居間へと踏みこんだ彼らの目に飛び込んで来たのは信じがたい光景だった。


 普段なら和気藹々としている居間には重い空気が漂い、部屋の中心を囲む形で八雲家が勢ぞろいしている。

 いったい何があったのかとその中央をのぞきこめば――――――


「「「なっ……!!」」」


―――――――まるで死人のような顔色をした弥彦が横たわっていたのだった。



第四十七話投稿でした。



いやあ、大学で部に入ったら死ぬほど忙しい……

勉強もばかにならんし……

なにレポートとか? 過労死して欲しいの?


とか言い訳をつらつらと(汗)

しかし、投稿に一週間以上の間隔がorz

本当申し訳ないm(_ _)m


まあ今回の話は書き上がってから投稿するまで結構悩んだんですが……

次話はかなり慎重に出すと思います。

二つ用意したプロットの別れ道の話になるんで……



眠い……



感想待ってまーす。


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