四十四話
相変わらず戦闘シーンは難しい……中国拳法なんて……
大陸のとある村外れでは神と妖怪の奇妙な掛け合いが終わろうとしていた。単なる漫才だが。
「……落ち着いたか?」
「……すいません」
疲れたような面持ちで確認をとる黒髪の男はご存知、八雲青。それに対してうなだれた様子で答える赤髪の女性の名を紅美鈴という。
およそ半刻近く掛け合いをしていた二人だったが、ようやく両者は落とし所を見つけて今に至る。
青はいくつか質問をし、それに美鈴は答える。そして以後この辺りで人間に迷惑をかけないなら青は美鈴を見逃す。
これだけを決めるために半刻。青の疲れ具合も分かるというものである。
もっとも、美鈴だけを責める訳にはいかない。明らかな命の危険を感じながら魔除けの神だと名乗る青と相対しているのだから、多少は取り乱すのも当然だろう。
「で、だ。早速質問なんだがどうして君は食い逃げなんてしたんだ?
妖怪ならそんなことをするより適当に人間を拐う方が効率も良いし危険も少ないだろうに」
「えっと……」
やっと、と言った感じで青が質問すると何故か口ごもる美鈴。
確かに青の言うとおり、食事という意味合いでは人間を喰らう方が遥かに栄養になる。つまり何回も危険を冒すよりは、僅かな回数で済む人拐いの方が楽なのだ。ついでに人間からのおそれも集められて一石二鳥。
だから普通の妖怪なら迷わず人間を拐うことを選ぶのだ。それ自体が妖怪という存在の根底にあるということもあるが……
「言いづらいことなのか?」
「そういう訳ではないんですけど……何と言うか言葉にし辛いんですよね。
なんとなく人間を襲いたくないといいますか……食い逃げ程度ならともかく殺したりすのはあまり……やっぱり私って妖怪失格なのかな……」
話すにつれて段々と落ち込みだし、しまいには膝を抱えての字を地面に書き出す始末。
しかし、そんな様子の美鈴を無視して青は考えだす。
(この口ぶりだと本当に人間を襲うことのない妖怪なのか……それを妖怪というかはともかく。だがそれにしては強いな。あの一撃で中級妖怪なら一蹴出来るのにあっさりとかわしたし……)
「しかし妖気の量の割に強そうだな。何か能力でもあるのか?」
「うぅ、妖気の割には、って……」
「あー悪かったから泣くなって……」
何気なく言った一言が胸に刺さったのかしくしくと泣き出す美鈴。そんな美鈴に対して途方に暮れた様子の青。まあ自業自得ではあるが。とにかく話を先に進めたい青は再度尋ねる。
「で、どうしてそんなに強いんだ?」
今度は一部を省いて青が再び質問をすると、今までいじけていた美鈴はやっと顔を上げて話し出す。
「私の能力は『気を使う程度の能力』なんです」
「気? 妖気などとは違うのか?」
「ええ、努力さえすれば誰にでも身に着くみたいですから。人間の武道の達人なんかは結構使い手がいます。私はそれを能力のおかげで最大限に扱えるので、妖力が足りなくても弾幕だとか身体強化が出来るんですよ。まあ、射撃に向いている力ではないのでもっぱら肉体強化にしか使ってないんですけどね」
「ほう、そんなものがあったのか」
妖怪が気を使わないのは妖気の方が使い勝手も身につけやすさも上だからだ。気を放出して撃つなどということは並大抵の訓練では習得できず、『気を使う程度の能力』を持つ美鈴だからこそ弾幕など撃てるのだ。
そもそも気、この場合は硬気功というのは人間が編み出した手段であって妖怪が使うのに適しているものではない。だから青が知らなくても無理はないのだ。
もっとも気は法術、たとえば巫術などに使われているので元術者の青が無意識に使っている部分はあるが。
「後は少々武術をかじっているので。八雲さんの攻撃を避けられたのもそれで養った力があったおかげですかね」
「鍛錬をしているということか?」
「まあ、地力じゃ勝てない相手も多いから鍛錬せざるを得ないんですよね……」
この返答に青は予想外だという顔をする。
以前言ったと思うが妖怪は鍛錬などめったにしない。種としての圧倒的な基礎能力でゴリ押しするのが妖怪の基本的な戦闘スタイルであって、多少の駆け引きのうまさがあっても戦闘訓練などはしないのだ。ちなみに鬼の戦闘好きなんかは娯楽の意味合いがはるかに強いので鍛錬とは言わない。
ともかく力が足りなければおそれを集めるか年月が経つのを待つのが普通なのだ。
(それなのに鍛錬か……元は人間だったんじゃないか? ……冗談半分だったがそう考えればいろいろと腑に落ちるな。あくまで推測だからなんとも言えんが。それはともかくとしてだ……)
「なあ美鈴、一つ頼みがあるんだが」
「はい、なんでしょう?」
特に青の機嫌を損ねた覚えもないし、このままなら晴れて自由の身だと若干浮かれている美鈴ははきはきと笑顔で青の質問に答える。
「一つ手合わせしてもらえないか?」
続く青の問いでその笑顔は固まった。はっと我に返り、顔の前で両手を残像が見える速度で振る。
「いやいやいやいや、私死んじゃいますって! 力の総量が違いすぎますって!」
「いや、純粋な技術に興味があるだけだから加減はするさ。一試合したら約束通りどこへなりとも行っていいから。なんならしばらく飯の面倒を見てやってもいいぞ?」
「う……ちなみにしばらくってどのくらいですか?」
「そうだな……一ヵ月くらいでどうだ?」
「うぅ……」
今美鈴の中では魔除けの神と試合をする危険と一月何不自由せずご飯を食べられるという景品、どちらをとるかで激しく揺れ動いている。
ちなみに彼女は一月分の食料かそれに値するものを貰って別れるのだと思っているのに対して、青は一月自分の家で飯を出そうと思っているのだがそのことを彼女が気づくことはない。
結局
「では一戦おねがいします!」
彼女の出した結論は青との試合をするということであった。
それを聞いて青はわずかに口元を緩める。基本的に彼の周りできちんとした格闘術が扱える存在がいないので、依姫との戦いのあと鍛錬を考えていた彼には技術の訓練が出来る絶好の機会であったのだ。
「お互い相手に致命傷を与えるのは御法度、弾幕その他の遠距離攻撃はなし、肉弾戦のみの戦いだ。本当なら第三者に頼みたいんだが、仕方がないので俺がそこまでと言ったら終わり、それでいいか?」
「大丈夫です。では、参ります!」
青の提案に頷き返した美鈴は腰を落として拳を構える。そんな美鈴に対して青も無言でうなずき返して構える。
先手は青からだった。
驚異的な脚力で一気に間合いを詰めると、その勢いを利用して肘鉄を繰り出す。彼の全力ではないとは言え充分脅威的な威力をであり、風切り音が鳴るほどの勢いで美鈴の喉元へと一撃が飛ぶ。もちろん青に彼女の喉をつぶす気などなく、万が一の場合は寸止めをするつもりだ。
しかしそんな配慮は不要だとすぐさま分かる。
美鈴は彼の一撃にひるむことなく見極めをすると、青の腕に両手を添えるように当てて軌道を横へとそらす。太極拳や合気道に通じるような動きである。
かわされるならまだしも逸らされるとは思わなかった青は一瞬意表を突かれた表情を浮かべるが、すぐさま次の一手として体が外へと逃げる勢いを利用した横蹴りを放つ。
それを美鈴はバク転してかわす。そして地に足がついた瞬間に勢いよく前方へと飛び出し、迎え撃つ構えの青の前で大きく震脚。独特の呼吸とともに溜めた拳から渾身の一撃を飛ばす。青はあえてそれを避けるのでは防いで威力を確かめようと思い、彼女の拳を妖力の鎧をまとった腕を交差して受ける。
「はあっ!!」
「っ!」
二人が衝突した瞬間に予想以上の衝撃が青を襲い、地面に踏ん張った後を残しながら1m近く後方へと押される。彼女が行ったのは発勁、八極拳の技術である。
青はその予想外の威力に、美鈴は渾身の一撃を受け止められたことに驚く。
「うわ、それを受け切るんですか……」
「いや、実際なかなかの威力だったぞ。妖力を纏っていなければまずかったかもな。ずるいかな?」
自身のもてる最高の一撃とも言えるものを受け切られておもわずこぼした美鈴の言葉に、青はむしろ賞讃を送る。彼の中で今の一撃の瞬間的な威力は鬼の一打に匹敵するかもしれないと判断されている。
「いえいえ、私も似たようなことしてますから。硬気功って言うんですよ。
それにしてもどうしましょうか。あれで防御を崩せないなら手数で勝負しかないですね……」
妖力の鎧について青が尋ねると、自分も似たようなことをしているから構わないと美鈴は笑って言い、威力重視から手数の勝負に出ることを決める。
次の瞬間二人の間には目にもとまらぬ殴打と蹴撃の応酬が始まる。
青の攻撃はひたすら連打、鋭い攻撃が間隙無く飛んでいく。
一方美鈴は緩急をつけつつも、かわしては撃ちかわしては撃ちを繰り返す。
両者のぶつかり合いは拮抗するが、徐々に妖怪としての格の違いからくる体力の差もあって美鈴は押され始める。いくら青が力を制御しても体力ばかりはどうしようもない。表情を見てみればまだまだ青は余力を存分に残しているように見え、対する美鈴は額に汗を浮かべ肩で息をし始めている。
そんな彼女の様子を見た青は大きく後退して一声。
「そこまで!」
「!……ありがとう、ございました」
これ以上やると技術ではなく体力勝負になると判断した青の制止で戦いは終わりを告げたのだった。
「美鈴は今何歳だ?」
「え? そんな、女性に年齢を聞くなんて「何歳だ?」むう……まだ二桁のぴちぴちの乙女ですよ~」
「ほう……」
戦いが終わって一息つき終わった美鈴にぶつけた質問、その答えに青は感心したかのように声を漏らす。彼女の年齢に対して身につけた技術の多彩さに驚いたのだ。何しろ青のそれは1000年単位で磨かれてきたものだ。100年も生きていない美鈴が一応技術面でそれとやり合えるレベルにあるのだから当然だろう。
決して乙女云々の部分ではないことをここに記しておこう、念のため。
「その歳の割には技も多彩でよく考えられていたな」
「ああ、これは人間の武道家に弟子入りして習ったんです。ほら、私って見た目は完全に人間じゃないですか。そのおかげでどこに行っても有望な入門者扱いでしたから、結構深いところまでおしえてもらえたんですよ」
「なるほど」
人の編み出した武術は多数の人間がお互い切磋琢磨して生まれたものだ、寿命というハンデを考慮しても、大抵自己鍛錬で築き上げてきた青のそれと渡り合える程度のものは生まれてくるのだ。
ふむふむと頷く青、それをよそに美鈴はすでにこれからのことに思いをはせる。
「さて、これで私は一月分の食料を手に入れたんですね!」
えへへ、などと口の端からよだれを垂らしている。
「そうだな約束したし、まずは我が家に行くとしようか」
「はい! ちなみに家はどちらで?」
「日本だ」
「日本ですか!? 随分と遠いんですね……でも行きます!」
予想外に遠かったため一瞬ためらってしまったが、一か月分の食事には代えられないと再び目を輝かせる。くどいようだが彼女と青の考えには食い違いがあるのだが、不幸なことに両者は気がつかない。
「そうか。ならば少し大変だが飛んで行くぞ。腕輪は一人しか運べないからな……」
「了解です!」
こうして二人は大陸を飛び去った。
場所は変わって八雲家。辺りは夕日に包まれている。
「帰ったぞー」
「……おじゃましまーす」
長い飛行を終えてやや疲れた様子の青と、それ以上に神様のお家に上がるということで緊張している美鈴。
いつもの元気はなりを潜めて声も小さい。青の声が家に響きわたると、すぐさまぱたぱたと足音が聞こえてくる。しばらくして姿を現したのは藍、夫の姿を見てその美貌に笑顔を浮かべる。
「おかえり、突然帰るのが遅くなると連絡が来たときは驚いたぞ」
「すまんすまん、一人ならよかったんだがそうもいかなかったからな」
和気藹々と会話をする二人、その後ろでは何やら怖気づく美鈴。
(九尾!? なんで神様の家に九尾? たしかに神様なのに妖力使えるから妖怪上がりなのかなあ、とか思ったけど九尾が奥さんっていいんですか!?)
必ずしも九尾=悪ではないのだが、大陸では九尾と言えば悪の権化のような扱いを受けているので、魔除けの神と九尾というまさかの組み合わせに混乱する美鈴。
まあその悪評の元になったのは紛れもない殷時代の藍なので、あながち間違いではないが……
とにかく自称弱小妖怪の美鈴はいつ機嫌を損ねて消し炭にされるのではないかと戦々恐々だ。
「そうか、そちらの方に食事を……」
「ああ、久しぶりにいい体験が出来たからな」
(これは食料だけ貰ったらすぐに退散しないと……)
貰った食料をどうやって運ぶのか、などの疑問は頭に浮かべる余裕もなく焦る美鈴。だが悲しいことに前提が間違っていることには気がつかない。
「分かった、ええっと美鈴さんだったかな?」
「は、はい!」
「これから一か月よろしく頼む」
「ほえ?」
「一か月ここで食事をしていくのだろう? 彩音はともかく私の腕は保証できないが……」
「何言ってるんだ、藍の料理は最高だぞ? 彩音も最近は追いつかれたとか言って嘆いてたしな」
「ふっ、そう言ってくれると嬉しいよ、青」
固まる美鈴。ここにきてやっと事態を把握した彼女の背中にはだらだらと冷や汗。
結局この後泣く泣く居候が決定した美鈴。まあ見た感じ優しそうな妖怪だったし一ヶ月間は目立たず過ごせばなんとかなるかなぁ、などと考えた矢先、夕飯に集まってきた面子の凄まじさに涙するのだった。
「ちなみに俺は饕餮だ」
「と、饕餮ぅぅっ!?」
第四十四話投稿でした。
最近めーりんいじりが愉しくて仕方がない待ち人です(
太極拳だとか八極拳なんかは動画を見て勉強しましたが、いまいち分からんかったんで描写はかなりテキトー(汗)
しかし太極拳ってゆっくりなイメージが強かったんですが、格闘術としての場合だとかなりキレがあるんすね……
さてとりあえずめーりんをキャッチしましたが、そのままにするかリリースするか悩むなぁ……
どっちのがいいと思いますかね?
後書きまで読んでる奇特な皆さんに聞いてみたい(ぇ
感想でごにょっと言ってくれると有難いです。
ちなみにキャッチしたままなら紅魔館の門番はオリキャラで埋めます。
感想待ってまーす。